第149話、友人に気付かせて貰った錬金術師。
「・・・何か、邪魔した感じかしら」
ボロボロと泣くメイラと半泣きの私を見て、アスバちゃんが困惑した様子で問いかけて来た。
余りにも慌てていたせいで、彼女の接近に全く気が付かなかった。遊びに来たんだろうか。
普段なら出迎える家精霊も来ないから、気になって作業場まで入って来たんだろう。
「あ、あすば、ちゃ、ちょ、まっ、さ、できなっ、いま、メイ、ないっ、やめ・・・!」
取り敢えず待っていて貰おうと言いたかったのだけど、焦り過ぎて全く言葉になっていない。
最近この状態にならなかったから直ったかと思ったけど、全然そんな事なかった。
「・・・いや、まあ、何となく遊びに来ただけだから、別に焦んなくて良いけど。むしろ何だか申し訳ないわね。タイミングの悪い時に来て。取り敢えず居間の方に居るわね」
焦る私を見て目を見開き、片眉を上げながら謝って居間に向かうアスバちゃん。
家精霊は私とアスバちゃんを見比べ、取り敢えず彼女の対応にワタワタと向かって行った。
多分言いたい事は伝わってないと思うけど、焦っている事だけ解ってくれたんだと思う。
だって、今までライナ以外に、この状態になった時の私の言葉が通じた事って無いし。
「ひぐっ、ご、ごめ、なさい・・・わ、わたし、全然、でき、なくて・・・!」
「だ、だいじょ、大丈夫だから、ごめ、ごめんね」
『『『キャー・・・』』』
泣いているメイラを宥めようと、慌てる気持ちを何とか少しでも抑えて頑張って声を出す。
その成果は少し有った様で、アスバちゃんに応えた時よりはいくらか言葉になった。
取り敢えず謝りつつ深呼吸を繰り返し、自分も泣きそうなのを頑張って我慢する。
山精霊達も気遣う様に鳴き声を上げていて、何時もの陽気な気配は無い。
何故こんな状況かと言えば、メイラが自分の出来なさに泣いてしまったせい、なのだろうか。
正直な気持ちを言えば、何故彼女がここまで泣いているのかは良く解っていない。
昨日ライナの店で決めた通り、彼女に錬金術を教える事にした。
朝食が終わったら、先ず見本の有る倉庫の素材を説明。
名称、特性、組み合わせ方、等々を片っ端から。
そしてその合間に出来る作業は進め、その作業の説明も並行でやった。
作業自体もメイラにやらせてみたのだけど・・・メイラは悉くを失敗した。
薬剤は材料を間違える所から始まり、分量ミスに行程ミス。
道具の作成の場合、加工ミスというよりも、加工法が頭に入らない。
頭に入っていた事が有っても、何度やっても綺麗な加工が出来ない。
最初の方は失敗しても次を頑張ろうという気配が有ったのだけど、最後の方は瞳に涙が溜まっていて、それに気が付いた私は「今日は止めようか」と彼女に言った。
多分出来ない作業が辛くなったんだろうと、そう思っての気遣いのつもりで。
だけど何故かメイラは堰を切った様にボロボロと泣き出してしまい、現在に至っている。
「ひぐっ・・・うぐっ・・・ご、ごめ、なさい・・・ごめんな、さい・・・!」
「だ、大丈夫だから、あ、謝らなくて良いから。きょ、今日はもう休もう、ね?」
深呼吸を繰り返したおかげで、何とか喋れる様になって来た。
ただいかんせんメイラが泣いている理由が解らず、焦っているのは変わらないのだけど。
私は失敗をした事が無い訳じゃないけど、同じ作業の失敗を繰り返した事は殆ど無い。
身体能力が足りなくて出来なかった事は有っても、そうじゃない事はほぼ二度目には出来た。
簡単な作業なら最初から失敗無しなんてのも普段の事だ。
扱いの難しい素材や道具、製法が確立していない物なら別だけど、今日はそんな事は無い。
さっきやってた作業も殆どが簡単な作業で、だから失敗する要素が私には解らなかった。
それで同じ失敗を何度も繰り返すなら、メイラに錬金術は向いてないんじゃないかなと思う。
なので辛いなら止めようと声をかけたのに、何故それで泣いたのかが全く解らない。
責めていないのに謝られているのも含め、本当にどうしたら良いのか。
そんな状態では有ったけど、ずっと抱きしめていたら何とか泣き止んでくれた。
完全に泣き止んだ訳ではないけど、取り敢えず普通に話せる程度にはなった様だ。
それならお茶にでもして心を落ち着けようと、仮面を付けさせて居間に向かう。
「終わったの? ま、座りなさいよ」
居間では既にお茶が用意され、アスバちゃんが当たり前の様に席に着いていた。
何故か家主の様に席に座れと言われたけど、何時もの事なので特に気にしない。
彼女は大体普段からこんな感じだ。そういう子だ。
「で、さっきの何だったの?」
「え、えっと・・・その・・・メイラに、錬金術を、教えてた・・・んだけど・・・」
さっきの話を掘り返すとまたメイラが泣きそうで、彼女の質問にしどろもどろに応えた。
少し不安になってメイラを見ると、お茶を飲みつつもまた眼に涙が少し溜まっている。
あ、あうう、ど、どうしよう、また泣かせてしまう。
「成程。出来なくて泣いてた、って訳ね。解る解る。私も魔法の訓練で似た経験有るから。悔しいわよね、出来ないのって。恩人の期待に応えられずに失敗するのは、一層悔しくて堪らない」
ただアスバちゃんの意外な言葉に、思わず驚いた顔を向けてしまった。
だって、アスバちゃんが魔法で失敗って、全く想像できない。
凄い魔法を当たり前に使えて、凄まじい量の魔力を保有しているのに。
「ほ、ほんとう、です、か、そ、それ。アスバさん、は、凄い、才能溢れる、魔法使いだって、セレスさん、言ってました、けど。悔しいとか、思った事、あるん、ですか。私、みたいに」
とはいえ、その後メイラがその言葉に食いついた事の方が、もっと驚いた。
つまりアスバちゃんの言う通り、出来なかった事が『悔しくて』泣いていたという事だろうか。
いや、私の教えに応えられなかった事が悔しい、という事になるのかな。さっきの言葉だと。
「才能は有ったと思うわよ。けど最初から全て自在に扱えた訳じゃないわ。だけど諦めるなんて選択肢は無かったし、鍛錬を止める気なんて無かった。師匠の為に。私の為に。たとえ誰が無理と言おうと、それこそもし師匠が出来ないと言おうと、私は足を止める気は一切無かったわ」
何時かの様に胸元を握りながら、力強い目で告げるアスバちゃん。
その強さは本当に見惚れてしまう程で、ただ出来るから覚えた私とは違い過ぎる。
本当に彼女は強くてかっこいい。私には、真似、出来ない。凄い。
「すごい、です、ね」
「・・・どうなのかしらね。師匠には頑固だって笑われた事も有るけどね。でも私はあの時諦めず、師の技を継げた事を誇りに思っている。それだけは、間違いないわ」
メイラの本気で尊敬した目を受けて、だけどアスバちゃんは自身に少しの疑問を投げる。
ただその口元は優しい笑みを見せていて、確かな自信も有ると口にした。
自分という物をしっかり持っている・・・お母さんと同じ様な目をして。
「・・・出来ない、と言われても、やる、か」
もしメイラが同じ考えなのだとしたら、私はそれを否定した事になるのかな。
自分が尊敬する友人と同じ考えをした彼女に、やらなくて良いと言った事に。
勿論今日は取り敢えず止めようかというだけだったけど、それでも無理かもしれないと思った。
それはアスバちゃんを尊敬するならとても失礼で、メイラにも思っちゃいけない事なのかも。
友達の事を否定しちゃ駄目だって、私だってそれぐらいは解ってる。
私に出来ない事が出来るアスバちゃんだから、私にそれを気づかせてくれたんだ。
「・・・ありがとう、アスバちゃん」
とても強い、尊敬できる友人に、感謝を口にする。
言おうと思った物じゃなく、だけど口にせずにはいられなかったと思う。
貴女と友達に慣れて、本当に良かった。やっぱり私には真似できないぐらい、貴女は強いな。
「ん、どういたしまして。まあ、私はただ世間話をしただけよ。大した事は無いわ。それに私は面白い物を見れたから、自分の恥を少しぐらい話しても何て事ないもの。ふふっ」
アスバちゃんは普段の様子でふふんと笑い、楽し気にそう応えた。
面白い物って何だろう。何か見せたっけ?
まあいいか。それよりも今は今後メイラにどう教えるかだよね。
どうしようか・・・いや、本当にどうしよう。今日のじゃ駄目だって事しか解んない。
あれ、これ不味くないかな。結局まだ何も結論が出てないよね。
・・・と、とりあえず、今日はアスバちゃんが帰ったらメイラとお昼寝しよう。うん。
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最近久々に受けた大物依頼を終え、街に戻って来たのでそのままセレスの家に向かった。
ただ庭に入っても山精霊だけで、家精霊もセレスも出迎える様子が無い。
もしかしたら留守かと思って山精霊に訊ねると、別にそういう訳ではないらしい。
家の扉は普通に開くので、中に入る事を拒否はされていない。
それを確認してから奥に向かい、セレス達を探しに向かった。
ただその先で見た物は、泣き崩れているメイラと、酷く焦るセレスの姿。
「・・・何か、邪魔した感じかしら」
彼女があそこ迄慌てている姿を見るのは初めてで、それ以上の言葉が出なかった。
だけど彼女は私が思っていた以上に焦っていたらしく、その後の対応も酷い物。
言葉にならない言葉、とでも言えば良いのかしら。取り敢えず焦っているのだけは解った。
というか、私も結構焦っているというか、混乱しているのよね。
セレスのこんな姿を見る事が有るとは思っていなかったんだもの。
自分も落ち着く為に一旦その場を離れ、居間で家精霊にお茶を入れて貰う。
「ふぅ・・・こんな時に来て悪いわね」
『お気になさらず』
「そ、ありがと。本当にいい子よね、あなた」
帰ろうかとも思ったのだけど、ここで帰るのも何だかすっきりしない。
なので家精霊の言葉に甘え、セレス達が居間に来るまでゆっくりと待つ。
そして暫くして、泣き止んだらしいメイラと、心配そうに見つめるセレスが居間にやって来た。
「で、さっきの何だったの?」
取り敢えず二人が席に着いてお茶を飲むのを見届けてから、何が起こったのかを訊ねる。
ただ返ってきた内容は、とても可愛らしい話だった。要は悔しかっただけよね、これ。
小さい子供に良くある話だ。出来ない事が悔しくて泣いてしまう。ただそれだけの話。
とはいえこの子の場合は保護された事情が有るから、余計に悔しくて仕方なかったんでしょう。
私にも経験がある。だから『自分も泣いた』という部分は伏せて体験談を話した。
こういうのは師匠以外の人間の言葉の方が、意外と素直に聞けるのよね。
だって師匠が「昔は失敗した」なんて言っても、中々信じられないもの。
おそらくセレスの力量が高すぎるから、そういう話をされても納得できなかったんでしょう。
メイラは私の言葉を真剣に聞き、何かを納得した様に頷いていた。
私に向ける目が少し変わった気がするわね。うんうん、もっと尊敬して良いわよ。
「・・・ありがとう、アスバちゃん」
結果に満足しているとセレスに礼を言われ、だけど一瞬誰が言ったのか解らなかった。
何せ声音がいつもと違い、声音に優しい何かが籠っていていたから。
セレスってば本当に可愛がってるのね、この子の事。それなら泣かれたら焦るってものよね。
思い出すとあの焦り様は笑えるわ。良い物を見せて貰ったかもしれない。
「ん、どういたしまして」
特別な事をしたつもりは無いので、軽く返しておく。だって普通の事を言っただけだもの。
ただ師弟が上手くいかないのは、単純に私が見ていて嫌なのも有ったんでしょうね。
師が弟子を可愛いと思い、弟子も師を慕っているなら尚更だわ。
・・・師弟が何時までも一緒に居られる保障なんか、何処にもないもの。
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