第146話、引き取った娘の将来を考える錬金術師。

「・・・やっぱり、王子って、暇なの?」


思わず目の前の人物にそう訊ねてしまった。だって仕方ないと思う。

騒動が片付いたのかもしれないけど、また二日に一回は来るようになったんだから。


そもそも来た目的は貴族の手紙の事だった訳だし、目的は果たしたはずだよね。

私は気にしないよって言ったんだし、もう国に帰っても良いはず。何でまだ居るんだろう。

私の質問にリュナドさんは苦笑しているけど、言われた本人は特に気にする様子を見せない。


「暇という訳ではないんだが、ここに来ると不思議と居心地が良くてね。ついつい足が向いてしまう。お邪魔かな?」


王子はふふっと笑いながら訊ね返してきて、んーっと首を傾げながら考える。

彼が来る時間帯は何時も作業の終わりごろなので、邪魔という事は無い。

それにこの家が居心地がいい空間だ、と言われるのは悪い気はしないかな。

前までは少し苦手な相手だったけど、今は前ほど苦手な感じもないし。


彼が来るとリュナドさんも来るので、それを含めてまあ良いかなと思う。

少し残念なのは、王子が居る時はリュナドさんが全然喋らない事ぐらいかな。


「・・・別に、この時間は大体作業終わってるから良いけど」


なのでそう答えてお茶を啜ると、王子は嬉しそうにニッコリと笑う。

余りに嬉しそうに笑うので、思わずつられて少し笑ってしまった。

・・・もしかして王子、友達居ないのかな。寂しいのかも。


でもそっか。居心地が良いか。きっと家精霊のおかげだろうね。

何時もこの空間を維持してくれてありがとうと気持ちを込めて、家精霊を優しく撫でる。

家精霊も私の手を完全に受け入れ、むしろすりすりと猫の様に自ら寄って来た。


「そういえば、以前から聞こうか聞くまいか悩んでいた事が有るのだが」

「ん、何?」


ふにゃっと溶けだす家精霊を撫でていると、王子がそんな事を言い出した。

なので精霊を膝に乗せて王子に顔を向け、水玉状になった精霊を撫でながら首を傾げる。


「庭に在るあの塔と、黒い塊は何なんだろうか。余り良い物には見えないのだが・・・」


ああ、黒塊。また庭の塔の上に鎮座してるんだよね。あれやっぱり気に入ったのかな。

前の神宿りの後、結局ずっとメイラの中に居る事が出来なかった。

正確にはメイラがずっとあの状態になるのを嫌がり、普段はやっぱり庭に居る。


「塔は山精霊達が遊びで作った物で、黒塊は悪魔・・・見方によっては神の類、かな。ただ力の性質は呪いの塊だから、触れると危ないよ。解呪の手段がないなら触らない方が良い」

「か、神?」

「うん、神」


悪魔だけど、力的には結局同じ。ただ呪いに寄っているのか、清浄に寄っているか。

単純な力としての強さ以上の結果を残す場合が有るから、呪いの方が性質が悪いけど。

結構何年も残ったりするからね。


「・・・貴女は神すらも従えているのか」


王子は少し驚いた後、落ち着いた様子でそんな事を言った。

ただ従えているのは私じゃない。あれを従えているのはメイラだ。

だって黒塊、全然私の言う事聞かないもん。


「黒塊は私の言う事は聞かないよ。無理やりいう事聞かせる事も出来なくはないけど、あれを従えているのは私じゃなくて、メイラだよ。あれはメイラの・・・従僕みたいな物、かな?」

「あの娘が・・・」


私の答えに彼は階段に視線を動かす。

今メイラは山精霊達と一緒に二階に居る。彼女はまだ王子には慣れていないからね。

何せリュナドさん相手でもまだ怖いのだから、当然と言えば当然だと思う。


「貴女が保護したという話だったが・・・成程、同類という事か」

「同類・・・そうだね、同類だね」


王子は何故か納得した様にそう呟き、ただ言葉自体には確かにそうだと思い頷く。

あの子は同類だ。人が怖くて仕方ないという私と同じ恐怖を持つ子だ。

だから助けてあげたいと思って引き取ったし、今は家族みたいに扱っているつもりだ。


「では何時かは、彼女を貴女の弟子にでもするつもりで?」

「・・・そんなつもりは、無かった」

「おや、そうなのか。てっきりそのつもりで面倒を見ているのかと思ったのだが」


弟子、弟子か。余りそういう事は考えていなかった。でも確かにそれも良いのかも。

今はあの子の面倒を見る気満々だけど、私に万が一があった時の事を考えるべきかもしれない。


ただ彼女に錬金術をやる気が有るかどうか、という所を本人に聞いてみないといけないけど。

私にはこれしか教えられないし、これ以外の生き方となると自力で学んで貰うしかない。

もし錬金術を学ぶ気が無いのであれば、その時はまたライナにでも相談しようかな。

とはいえまだ今暫くはノンビリ生活させるつもりだから、どっちみち教えるのは先の話だけど。


「・・・何か問題が有ってこの国に居られなくなったら、何時でも言って欲しい。出来る限り力になる。私は何時でも貴女を歓迎する」

「ん? うん、うん? その時は、お願いするね」


今後のメイラの事を考えていると、何故か王子はそんな事を言って来た。

良く解らないけど頷いて返すと、彼はふっと笑顔になった。本当に良く解らない。

何でメイラを弟子にする話から、国を出て行く話になったんだろう。そんな事言われても困る。


「・・・でし、かぁ」


ただ弟子とういう考えも有りだなと、気づかせて貰った事には感謝しておこう。

全然考えてなかったから、言われないと思いつかなかったと思うし。


実際に教えるのは先になるとしても、希望がどうなのかは今日お昼寝前に聞いてみようかな。

ただ教えるとなると・・・私が人にちゃんと教えられるのかが不安要素かも。

膝の上で気持ちよさそうにプルプルしている家精霊を撫でながら、また一つライナへの相談事が増えてしまったと思った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先日の許しからこっち、錬金術師の態度が最初の頃と比べて明らかに変わった。

先ず大きな変化は仮面だろう。彼女が私の前で仮面を付ける事が無くなった。

素顔で対応される様になり、彼女の表情の変化を見る事が出来る様になっている。


次にローブだ。いつも深く被られたフードが無くなり、最近ではローブも着ていない時が有る。

はじめてローブじゃない時は少し驚いたが、精霊使いの反応から普段はあの格好なのだろう。

ようやく私は訪問者として認められた、という事なんだろうな。


目つきも最初の頃の鋭い目つきではなく、ただ興味を持たれていないというのは確実だろう。

当然だ。彼女にとって私は、あくまで「母の知り合い」でしかないのだから。

彼女の言った「悪い様にはしない」というのが本心でも、態々気にかける相手ではないのだ。


先ずその点を多少なりとも改善してから国に帰りたいと思っている。

彼女にはまだ帰らないのかという態度を取られているが、拒否されている訳でもない。

であれば今暫くは彼女との関係改善に努めたいと思う。その為の時間も有る。


それと馬鹿共が手を出した際は、何かをする気なら一報入れて欲しいという事は告げた。

彼女はその時は鋭い目を見せて「いいの?」と問い、何をする気なのか正直少し怖い。

とはいえ私の要望を聞く気は有るからこその言葉だろうと、頷いて返した。


・・・しかしそれにしても、この国の王はボンクラなのだろうか。


彼女に会う為に正式な手順を踏んだが、連中の返事は彼女の有用性を理解出来てないと感じた。

あの時は『彼女』に会える事で頭が占められていたが、冷静になった今は不安が残る。

彼女の危険と有用性を理解出来ていないという事は、彼女の生活に面倒を持ち掛けかねない。


彼女の目的が平穏にここで暮らす事だというのであれば、あの王族共は少々不味い。

最近戦争が無かったせいで平和ボケしているのか、目先の利益以外が見えていない所が有る。


精霊使い。それと同等の力を持つ友人。彼女の有用性を認める領主と、精霊兵隊。

下手をすればこれらも全てがこの国に、王族に向きかねない可能性すらある程に。


それに今彼女から聞いた、神の力を従える少女。

保護したという話だったが、つまりは同類である強大な存在を手元に置いたという事だ。

これもおそらく国に対するけん制が入っているだろうが、何処まで理解しているのか。

もし何も理解せずに接触すれば、その時は大きな騒動となるだろうな。


だが騒動は彼女の望む所ではないとは思うし、それは彼女の友人の言葉からも感じられる。

平穏に暮らしたいというのが本音であれば、出来る限りは避けたい事だろう。

私に心配される様な事は無いのかもしれないが、それでも最初の気持ちは変わっていない。


「・・・何か問題が有ってこの国に居られなくなったら、何時でも言って欲しい。出来る限り力になる。私は何時でも貴女を歓迎する」


なのでそう告げると彼女は首を傾げた後、その時はお願いすると気のない返事を返した。

ただその声音はどこかぽやっとしていて、まるで興味が無い様子だ。

ここまで当てにされていないと笑えて来る。彼女は何処まで何を考えているのか。


「・・・でし、かぁ」


ただ何かを思いついた様に呟く言葉に、自分の言葉が多少彼女に響いた様子を感じた。

ふむ、一つ思いついた事が有るが・・・これは一旦帰ってから父と相談してみるか。

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