第145話、謝罪を受け入れる錬金術師。
ライナと内緒の話について結論を出した翌朝、キャーキャーと山精霊が鳴く声で目を覚ます。
「ふあああ・・・ねみゅい・・・庭・・・?」
目をこすりながら窓を開けて庭を見ると、王子とリュナドさんの姿が見えた。
・・・王子が来たって事は、騒動とやらは決着がついた、という事なのかな。
それにしても朝から来るとは珍しい。そう思いながら欠伸をしつつベッドから降りる。
眠くて目を瞑りながら服を着替え、ローブを着込んで仮面を付けた。
「・・・んん・・・せえすさん・・・おでかけれすか・・・?」
私が動いた事でメイラが起きたらしい。ただ寝ぼけているのか呂律が回っていないけど。
「ううん、お客さん・・・だから、寝てて良いよ・・・ふぁああ」
とはいえ寝起きなのは自分もなせいか、大きな欠伸をしてしまう
んー、眠い。昨日お昼寝してなかったのと、結局帰ってからも中々寝付けなかったせいだ。
どうにも頭が起きない。眠くて思考が上手く働いていない。
そして私に付きあっていたメイラも眠くて起き上がれそうにない様だ。
「ふぁあ・・・まあ、いいか・・・あの王子だし」
相手があの王子なら別に少しぐらい寝ぼけていても怒られないだろう。
そう思い半分目を瞑ったまま下に降り、玄関を開けると沢山の視線が私に向かう。
殆どが精霊達の視線で、家の傍に居た子達はおはようと声をかけて来た。
『『『『『キャー』』』』』
「キャー・・・」
駄目だ、つられた。眠い。やっぱり頭が起きてない。ウトウトしながら王子の元へ足を向ける。
「・・・おはよう」
「おはよう、錬金術師殿。寝ていると聞き一度去るつもりだったが・・・大丈夫だろうか」
「んみゅ・・・良いよ」
「そ、うか。感謝、する」
起きちゃったし別に気にしなくて良いよと伝えると、不思議そうな顔をする王子。
思わず小首を傾げたけど、傾げただけで特に何も考えてはいない。眠い。
取り敢えず家精霊にお茶を頼み、彼等を家に上げる。
「先ず貴女に、謝罪を」
「・・・何の?」
席に着いた王子は唐突にそんな事を言ってきた。意味が解らずまたも首を傾げる。
だって謝られる理由が無いし。ただそんな私を見て、彼は少し躊躇う様に続けた。
「貴女へ、我が国の貴族が、失礼な手紙を送ったと、知っている。私は知っていて貴女に接触した。出来れば貴女に、はじめは貴方の母の不興を買いたくないと、そう考えここに来た。その後も貴女に変な連中が接触して来ない様にと、そのつもりで」
「・・・ああ、知ってたんだ」
アスバちゃんが言ってた通り、あの手紙で迷惑をかけたから来たって感じなの、かな?
でもあの手紙別に私は迷惑でも何でもないんだよね。ただ行かなければ良いだけだし。
「今回の街での件も、まさか私が居る間あんな馬鹿な手段に出るとは思わず、この街の住人にも迷惑をかけてしまった。本当に、申し訳ない。この身は王族故に膝を突く事は出来ないが、どうか謝罪させてほしい」
街での騒動って、王子様関連だったんだ。王子が出歩けなくなったのはそのせいだったんだね。
・・・あれ、それは王子が謝る必要は無いのでは。むしろ被害者だよね。
なんというか、これも王族の責務、というやつなんだろうか。
そう考えると少し可哀そうだな。自分のせいじゃない事まで謝らないといけないなんて。
態々私に謝りに来るのも律儀な話だし、出来れば私に関しては気にしないで欲しいな。
「・・・別に、良いよ、気にしなくて」
それに正直まだ眠くて頭が全然回ってないので、いつも以上に難しい事は考えられない。
ああ、眠い。舟をこぎそうだ。何か眠気覚ましでもないかなぁ。
気が付くと目を瞑ってしまう。今も王子の反応とか全然見ずに耳だけで聞いてるし。
という所で家精霊がお茶を持って来てくれたので、頭を撫でてから受け取る。
「・・・んみゅ」
お茶を飲もうとして、仮面を付けたままな事に気が付く。
仮面をずらして飲もうとして、何だか凄く面倒になって仮面を外してテーブルに置いた。
目を瞑ったままお茶を飲み、ふぅと息を吐いて一息つく。少しだけ目が覚めて、きた、かな。
「お母さんの知り合いを、悪い様にはしない。ちゃんと、話してくれたんだし」
念の為、目をゆっくりと開いて、王子にはっきりとそう言った。
さっきまで完全に寝ぼけていたから、さっき何て言ったか少し自信が無いし。
でも多分王子が何も悪くないのは確かだ。うん、合ってる合ってる。
あー、お茶美味しい。しかし王子様って大変だなぁ。
・・・あ、目が覚めて気が付いた。仮面、外してる。しまった。
あれでも、そこまで問題無いな。余り気にならない。慣れちゃったのかな。
お母さんの知り合いだし、律儀で良い人みたいだし、その辺りも理由かも。
面倒だなってちょっと思ってたけど、私の為だったみたいだしね。
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見張りの兵以外の殆どが寝静まった深夜、扉をノックされる音が耳に入る。
目を開いて静かに体を起こし、傍に控えている侍従に目を向ける。
侍従はこくりと頷きナイフを腰に差し、扉へ向かってどなかたと声をかけた。
「この様な深夜に真に申し訳ありません。ですが火急の様にて、失礼はご容赦を。殿下にどうしても、今会って頂きたい方が居ます。どうか、お願い致します」
扉の向こうから聞こえてきた声は、あの精霊使いの声だ。
ただし何時ものゆるりとした様子でも、私相手に緊張した様子とも違う。
どこか焦りの見える、本当に急用だと感じられる言葉だった。
「・・・どう思う?」
「足音からは二人、かと」
二人、か。言葉通り会って欲しい人物と二人で来た、という事だろうか。
まさかとは思うが、精霊使いが襲われ、負けた可能性も有る。
だが今やこの街の象徴とも言える精霊使いが負けるとあれば、問答無用で押し入る方が早いか。
最悪のパターンは精霊使いと貴族が内通している、という事だろうな。
「・・・自身の目を、信じろ」
錬金術師は正直まだ人間を計れていない。計り知れないという感想しかない。
だが領主と精霊使いはここに来てから良く見たつもりだ。
どちらもただの兵士と辺境領主にしておくには惜しいと思える人間だった。
あそこまで力と名声を得て、それでもただ街の為に生きる兵士。
他領の領主から下に見られていたのに、今や見返す立場になっても一番は領民と考える領主。
あの二人が謀を私にしてくる意味が無い。商売上ならばともかく、命を奪うのは悪手だ。
「解った。今開ける」
一応扉から離れ、侍従に目で指示を出して開けさせる。
そしてそこに居たのは精霊使いと、ローブを深く被る女だった。
まさか錬金術師かと思ったが、女は膝を突いて礼の形をとった事で違うとすぐに気が付く。
「お初にお目にかかります。この身は平民故に礼儀を知らず、失礼を知らずして――――」
「良い。火急なのだろう。早急に要件を聞こう。中に入れ」
態々このような深夜に、それも王族に会いに来るという事は、相応の覚悟が居るはずだ。
それに何よりも隣の精霊使いの顔が余りに険しい。その時点で聞く意味が有る。
「では、結論を先に言わせて頂きます。このままでは王子は殺される可能性が有ります」
「・・・成程、馬鹿共はまさか私にまで手を出そうと考えたか」
つまり火急の様とはそういう事か。成程この街の者達は肝の座り方と、良心の在り方が良いな。
彼等にとっては他国の王族など、死のうが死ぬまいがどうでも良い事であろうに。
しかし、馬鹿だとは思ったが、幾らなんでもそこまで馬鹿だとは思わなかった。
「いいえ、殿下を殺すのは錬金術師・・・セレスです」
「――――っ」
まさかの名前に息を呑んだ。先の一件で私に見切りをつけたという事か。
いやだが、何故その事をこの女が知っている。この女は何者だ。
「・・・それは、確かか」
「確定ではありませんが、このままではかなりの可能性で。ですが手は有ります」
そこで女はフードを外し、何故か頭に精霊が座っていた。それも何故か手で口を塞いで。
よく見ると、精霊使いの傍に居る者達も同じ様に口を塞いでいる。
何か意味が有るのかと見ていると、女が「もう良いよ」と言った事で手を放した。
「まさか、精霊に言う事を聞かせられるのか。精霊使いが従える精霊達へも・・・!」
「はい。これはわざとやりました。こうでもしなければ一蹴される可能性も有りましたから」
女の言葉に少し身構える。その言葉はつまり、精霊使いと同等の人間という事だ。
だが私は彼女を知らない。ここで見た覚えがない。
つまり、それは。可能性を考えるなら――――。
「貴女が、錬金術師の、友人か」
「正解です。殿下。私はセレスの友人として、セレスが殿下を殺さない様にしたいんです。ただ申し訳ありませんが、殿下の命を救いたい訳では無い。セレスの平穏を守りたいだけです」
殺すという言葉の重みが増した。決して脅しではないのだと嫌な汗が流れる。
何らかの確信を持って彼女はここに立ち、私に忠告をしに来たのだと。
でなければ精霊使いがあの様な険しい顔をする理由もなく、彼女がここに来る理由もない。
何より『錬金術師の為』という、善意からの行為ではない理由が裏を感じさせ難くしている。
その言葉に、真実味を、持たせている。それが何より恐怖だ。
「聞こう。いや、教えてくれ。私は何をすれば良い」
「感謝します、殿下。事は簡単です。問題は私が今日殿下に会えるかどうかだけでしたから」
そう言った彼女の提案は、確かにとても簡単な事だった。
先ず彼女に粉をかけようとした貴族から守りたかったと言う旨を素直に告げる。
その上で先日の捕り物の件で、街に迷惑をかけた事の謝罪。
それを素直に言う事で、きっと彼女は許してくれると。
本当に単純な内容で、そしてそれだけで彼女は精霊使いに送られ帰って行った。
真偽を問うも「問う意味が無く、明日の内にやらなければ殿下の身が危ない」と言って。
「殿下、信じられるのですか?」
「・・・信じるしかないだろう。神雷が落ちずに済むのであれば、私は縋るだけだ」
侍従は少し渋い顔をしたが、それでも私の言葉に素直に従ってくれた。
翌日は早速錬金術の下へと、以前の様に昼過ぎには行かず、朝食を済ませてすぐに向かう。
だがどうやらまだ寝ていると家精霊から伝えられ、昼に来ると伝えて一旦帰ろうとした。
その途中で小さい精霊達にキャーキャーと服を引かれ、何事かと後ろを振り返る。
すると板に『主が起きた様です』と書かれており、庭に戻ると錬金術師が玄関から出て来た。
その様子はまるで来る事が解って居た様でもあり、待ち構えている様に見える。
緊張しつつ招き入れてもらい、席について先ずは昨日言われた通りの事をした。
その間彼女の仮面の奥の目は、殆どが閉じられていた様に見える。
彼女の真意がまるで解らず、手に汗が滲む。本当にこれで良かったのかという疑問が浮かぶ。
「・・・別に、良いよ、気にしなくて」
いつもの様な声音ではなく、とても緩い声に、思わず目を見開いて彼女を見つめた。
そして一瞬遅れて言葉の意味を理解し、許して貰えたのだと気が付く。
良かった・・・本当に昨日の彼女には感謝だ。いずれ個人的に礼をしたい。
ホッとしている所に家精霊が茶を運び、全員分が置かれた所で錬金術師が仮面を外した。
今まで頼んだ時以外は頑なに外されなかった仮面が、テーブルに置かれる。
そのせいでカップを手にしたにもかかわらず、ただ彼女の行動を目で追っていた。
彼女はお茶を口にするとふぅと息を吐き、ゆっくりと目を開いてから、私に告げる。
「お母さんの知り合いを、悪い様にはしない。ちゃんと、話してくれたんだし」
そう、にっこりと笑う顔は、まるで別れた時のあの人の様で――――。
『じゃあね、坊や。せっかく助けたんだ、頑張って良い王族になんなー』
―――――あの笑顔が、薄れていた記憶が蘇り、目の前の人はあの人の娘だと改めて実感した。
彼女相手に、彼女の娘相手に上手く立ち回ろうとしたのが、結局の所敗因だったのだと。
最初から全て知っていたのだ。解っていたのだ。私の考えも何もかもを。
だって彼女は最初からずっと『気に食わない』という態度を見せてくれていたじゃないか。
全てはわざと見せていた態度であり、私が素直に協力を求めればそれだけで終わっていたんだ。
おそらくあの友人である女性の行動は、最後の判断を促す為の仕込みだったんだろう。
これも貴女の教えなのだろうか。ならば流石貴女の娘と言うしかない。
本当に敵わないな、貴女には。これでも頑張って『良い王族』してたつもりだったんだが。
尊敬と畏怖を、改めて貴女に抱きました。一生かかっても敵う気がしません。
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