第147話、信頼する人の事を話す錬金術師。

王子は結局今日も他愛のない話をして、お茶のお代わりを飲んでから席を立った。

彼が立つと当然リュナドさんも立って玄関に向かい、私も彼の後ろをトテトテと付いて行く。


ただ王子は黒塊が気になる様で途中で足を止めた。そんなに気になる物だろうか。

そう思って塔をじっと見て、私が慣れただけで最初の頃は気になった事を思い出す。

うん、気になるね、あれ。良く解らない塔に良く解らない黒塊だもん。


とはいえ触ると本当に危ないので、一応もう一度ちゃんと言っておいた方が良いかな。

人間気になると触っちゃうもんね。私みたいに。あれ結構痛かった。


「その、気になっても、触っちゃ駄目、だよ」

「ああ、解っている。先程忠告を受けたのだから。それにしても呪いとは、受けた事が無い故に想像がつかないのだが、どういう物なのか教えて貰っても良いかな」

「えと・・・簡単に言えば、殺す呪い。身体異常を起こし、生命力を落とし、衰弱させる。勿論その力を使って直接的な現象を起こす事も出来るけど、あれ自体はそういう呪い。結構辛いよ」

「辛い、という事は、受けた事が有るという事か」


そういえばメイラを引き受けた下りを話した時、黒塊の事は特に話してなかったっけ。

人が苦手な理由の部分しか話して・・・ないね。言う必要なかったし。


「その、私はあの黒塊と戦った事が有るから。直撃は一度も貰ってないけど、防御も躱しもせずまともに貰ったら、多分簡単に殺されてた、と思う。直撃受けてないのに体は痛むし、意識は遠のいて来るし、動いてなくても体力消耗していくし、かなり面倒だった」

「聞いているだけで相手にしたくない存在だな・・・」

「私も、倒さないといけない事情が無かったら、多分相手にしなかった、かな」


あの時は女の子を、メイラを助けてあげたかったし、それにリュナドさんの身も危なかった。

もし私が逃げたら最悪リュナドさんを狙った可能性が有ったから、逃げる訳にはいかない。

結果はその彼に助けて貰った訳で、何だか情けない事になったけど。


でもあれ、嬉しかったし、凄く助かった。彼が抱き留めてくれたからあの程度で済んだんだし。

でなかったら足を止めて防御と攻撃なんて、あそこまで上手く成立はしなかったと思う。


「うん、リュナドさんと精霊が居なかったら、少し、危なかったと、思う」

「彼が?」

『『『『『キャー♪』』』』』

『『『『『キャー!』』』』』


当時の事を思い出してリュナドさんに目を向けると、王子も同じ様に彼に顔を向ける。

すると普段彼と一緒の精霊達が得意げに鳴き声を上げ、他の精霊が文句を言う様に鳴き始めた。

彼にはその意味が通じているのか、少し困った顔で精霊達を見ている。何て言われたんだろう。

まあ山精霊達の言う事なので余り気にしても仕方ない。取り敢えず説明の続きをしよう。


「山精霊達は、神性を持ってる、から。その加護を持つリュナドさんのおかげで、私は呪いから大分助けられた。彼が居なかったら、復帰に大分時間がかかったと、思う」

「神性・・・まさかここの精霊達は、精霊ではなく神の眷属、という事なのか?」

「ううん、精霊達は精霊だけど、神性も持っている、が正しい。リュナドさんは、その精霊と共に在る精霊使いだから、精霊の持つ神性を持ってる。あの黒塊の呪いも、効かない」

「彼の力はただ精霊を従える能力、という訳ではなかったのか・・・!」


王子が目を見開いてリュナドさん見つめると、リュナドさんは一層困った様な顔になった。

あれ、もしかして私、今何かおかしな事言ったかな。

・・・言ってない、と、思うんだけど。事実しか、言ってない、よね?

少し不安になって上目遣いで彼を見つめると、彼は小さく溜息を吐いてから口を開いた。


「私は精霊使いなどと呼ばれていますが、実際は使っている訳ではありません。あくまで精霊達に力を貸して貰っているだけです。私に特別な力など、存在しません。私はただの一兵士です」


ああ、そうか、それで困った顔してたのかな。確かにリュナドさん自身は普通だもんね。

最近訓練頑張ってるからなのか前より動きは良いけど、まだまだ接近戦でも勝てると思う。

神性も確かに持っているんだけど、持ってるだけでそれを何かに使える訳でもないらしいし。


『『『『『キャー!』』』』』


ただ足元で山精霊達が何か抗議してる様に見えるけど、良いのかな。

凄い文句言ってる感じがする。何言ってるのかは全然解らないけど不満そうなのは解る。

とはいえ足元でわちゃわちゃ動いてるだけなので、そこまで本気の文句でもないのかな?


「だが君は、錬金術師殿が認める人間だ、というのは確かだろう。その時点で『ただの』とは言えないと思うのだが」

「それは・・・私の口からは何とも。彼女の判断を私が口にするのは憚られます」


認める、という言い方だと、まるで私が上の様だ。実際は確実に逆なのに。

いつもいつも彼には助けて貰っている。むしろ私が認めて貰えているのか不安だ。


「彼は、信頼出来る人。いつも頼りにしてる。助けて貰ってる」

「ほう・・・貴女がそこまで言う、か」


私の言葉に王子は感心した様に頷き、何かを考える様に視線を下げる。

対してリュナドさんは何故か空をぼーっと眺め始めた。

何か有るのかなと思って同じ方向を見たけど、特に何も居ない。何処見てるんだろう。


「帰り際に聞きたい事が増えてしまったが・・・いや、止めておこうか。今日は帰るとしよう。また来た時に、色々話を聞かせて欲しい」


王子のその言葉で視線を戻すと、リュナドさんも視線を王子に戻していた。

何が聞きたいのかと首を傾げつつも頷くと、王子は頷き返して背を向ける。

というか、また来るんだね。本当に何時帰るんだろう、この人。


頭に精霊が乗ってるけど、王子として気にしなくて良いのかな。君達本当に頭の上好きだね。

そのまま二人は街道へつながる通路へと消えて行き、背中が見えなくなった所で家に戻った。


「あ、お帰りなさい、セレスさん」


家に入るとメイラに出迎えられ、テーブルは既に片付けられていた。

話を聞くと後片付けはメイラがやった様で、家精霊にも良く出来ましたと褒められたらしい。

嬉しそうに報告するその姿が可愛くて頭を撫でると、照れくさそうにえへへと笑う。


「え、か、完璧は、言い過ぎだよ。言われた通りに、やっただけで、大した事はしてないし」


そこで家精霊がメイラを褒めたのか、彼女は狼狽えながらそんな事を言った。

だけどメイラは偉いと思う。だって私、家事の類は家精霊に任せっきりだもん。

出来ない訳じゃないけど、やらなくて良いならやろうと思わない。家精霊には感謝だ。


という訳で家精霊も一緒に撫でてあげて、ギューッと抱きしめておいた。

腕の中で嬉しそうにしているのを見て、この笑顔がなるべく曇らない様にはしたいと思う。

あ、そうだ、丁度良い。さっきの弟子の話をしてみようかな。


「メイラって、錬金術、学んでみる気、ある?」

「え、錬金術を、です、か?」

「うん」


腕の中で少し困った様な、戸惑う様な、どう答えて良いのか解らないという顔を見せるメイラ。

答え次第で私がどう反応するのかが怖い、という所だろうか。多分そうだと思う。

私の望まない答えをするのが怖いんだ。望んだ答えじゃなかった時に何て言われるかが。


「別に今すぐ答えて欲しい事じゃないから。嫌なら嫌で良いんだ。ただ何時か私が居なくなった時に、自分で生きていく術は、必要かなと思って」

「―――――せ、セレスさん、居なくなる、ん、ですか?」


きゅっと私の服を握り、泣き出しそうな顔になるメイラ。いや、すでに涙目だ。


「ち、違うよ、そういう事じゃないよ。大丈夫、私はここに居るから」


私が『居なくなる』という、その事が怖くて、その言葉しか頭に入らなかったんだと、思う。

自分の失敗に気が付いて、慌ててメイラを抱きしめた。今は言葉よりも行動の方が大事だ。

兎に角傍に居るという事を、この場を離れずに証明してあげないと。


「大丈夫・・・大丈夫だよ。私はここを出て行く気は、無いから」


お母さんと違って、私は錬金術の深奥に到達しよう、という気概は殆ど無い。

勿論興味が有ればやりたい事はやるけど、拠点を移動させてまでやりたいと思わない。

それならいっそ面倒でも転移の魔法石を作るぐらい、私は家を移したくないもん。


「ほ、ほんとう、ですよね、居なくなりません、よね?」


涙目で縋る彼女の姿に、同じ様な自分の姿が被る。解っているはずなのに、やってしまった。

彼女の背中をポンポンと叩きながら、迂闊な言動しかしない自分が少し情けなくなる。

まだまだちゃんとした保護者にはなれないなぁ。難しい。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスの家を出ていつも通り車に乗り込み、領主館へと走らせる。

以前は渋い顔を何度か見せていた王子の侍従も、最近では特に感情を見せない。

最初の頃はセレスの家に連れて行かないって話になった時、かなり睨まれたんだよなぁ。


とはいえ信用が無いのは当然だし、実力も疑われてるだろうから当たり前なんだけど。

ただ最近はセレスの家に行くのも、俺が同乗するのも何も言わない。

諦めたのか信用されたのか認められたのか・・・諦めたが有力だな。王子の要望だし。


「精霊使い殿。君は特別な力を得て、何かを成そうとは思った事は無いのかな」


車を走らせてすぐに、王子はそんな事を聞いて来た。とはいえこれには慌てずに済んでいる。

帰りに色々聞かれるのは何時もの事で、今日も聞かれるんだろうなとは思っていたからだ。

ただまあ、普段は街や領主、錬金術師の事ばかりで、俺の事を聞かれる事なんて無いんだけど。


・・・意図的にそうしてた、って所は有る。だって変に目を付けられたくなかったし。

だから今日だってセレスに睨まれつつも、当たり障りない返事をした訳だ。

正直後が怖かったけど、言い切った後特に怒る様子も無いのは意外だった。


ただいつも一緒の精霊達に『僕達に色々させてる』って文句言われたけど。

確かにさせてるけど、その代わりちゃんと報酬渡してるじゃないか。

言っとくけどお前ら、俺より良い物を俺より量食ってるからな!


まあ多分セレスのあの反応は、その後の王子の言葉を予想したんだろう。

結局俺が『錬金術師すら認める人間』だ、という立ち位置になる説明が出来る流れを。

本当に何処まで先を読んでるんだろうか。ああいう所が怖い。思わず遠い目になったぞ。


「私は何も。そもそも私には、セレスの言う様な力という物が解りませんので」

「使う事が出来ない、と?」

「認識する事すら出来ていません。使う使わない以前の問題です」


セレスが何の意図をもって王子に俺の事を持ち上げて話したのかは解らない。

だが意図がどうあれ、俺自身の認識はこれが正直な言葉だ。

精霊の加護や神の加護、なんて物を受けていると言われても、俺自身が認識出来ていない。

もっと正直な気持ちを言えば、精霊兵隊の隊長、なんて役職すら不相応だと思っている。


「それに私はただ街を守る兵士です。それ以外にするべき事も、成そうと思う事も有りません」

「・・・ふっ、凄いな、君は。いや、君達は、か」


待って待って。君『達』って誰と一緒くたにしてるんですか、王子様。

まさかセレスと同類と思ってませんよね。俺はあんなにとんでも人間じゃないですよ。

後凄いなとか言われても困る。本当に俺は何も無い。期待されても何も出ないから。


「精霊使い殿・・・いや、リュナド殿。私は君達を評価している。錬金術師殿の事は別として、君達とは上手くやっていきたいと、そう思っているよ」

「この身に不相応な有りがたきお言葉です」


あれ、セレスとは別なら『達』って誰の話だ。もしかしてアスバか?

いや、王子とアスバって面識まだなかったよな、確か。

となると該当するのは単純に領地、もしくは領主かな。いや、ライナの線もあるか。

王子からすればあいつは俺と同じ『精霊使い』と思ってるはずだし。


「君は精霊兵隊という特殊な部隊の隊長だが、ただそれだけで身分を持たない。君の様な人間にこそ貴族位を授けるべきだと、本来の王族ならば思うが普通だろう。君は貴重な存在だ。この国の王族に君達はもったいない。君達の価値を理解していないからね」


・・・誰でも良いや。そんな事より俺が目を付けられてしまったのが問題だ。すっごい困る。

貴族位とか言われても全然欲しくないんですよ。出世欲とか殆ど無いし。


だって出世とか、偉い人に目を付けられると、仕事と義務も増えちゃうじゃん。今みたいに。

この街でのんびり警備兵やれれば良かったのに、何でこうなってんだろうな。

それもこれも全部あの日セレスが街に来たのが、あいつと会ったのが全ての原因だよなぁ。


とはいえ、セレスが街に来た事情を知った今となっては、それも責め難い。

生きる事に必死だったと考えれば、俺を巻き添えにしたのも必然だったんだろう。

扱い易そうな奴が居るなと思われた、というのを解っていても、多少同情してしまう。


という事をライナに言うと、くすくすと笑いながら「お人よし」と言われてしまったが。

ただ「セレスの信用した相手が貴方で良かった」とも言われ、何とも複雑な気分だ。

本人の口からも『信頼している』と言われたけど、未だに疑いの気持ちが胸に有るし。

最近は単純に自分に自信が無いせいでそう思うのかもな、なんて思い始めてるけど。


「君達さえ良ければ、私は君達を受け入れるつもりだ。などと言っても、頷かないだろう事は解っている。君達は余計な騒動を望まないだろうからな。だからもし、周りに敵しか居なくなった時は、私に連絡を入れてくれ。君達をみすみす失うのは惜しい」


周りが敵って何なんですか。どういう状況なんですか。まさか近々戦争でも起きるとか?

・・・まて、もしかして本当に戦争が有りえるのか。ここ最近全然そんな気配なかったのに。


「その時は、是非、頼らせて頂きます」


王子の様子から好意なのであろう事は解るので一応頷いたが、これは流石に内容が不味いよな。

かみ砕くと『争いに巻き込まれる前に我が国に来い』って、そう言われてる訳だし。

確実に領主に報告した方が良いよな・・・ああもう、胃腸薬追加で貰って良かったなぁ。

良く効きやがる、畜生。

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