第143話、知らない話に驚く錬金術師。

今日の分の作業を終えて倉庫を出ると、嫌に暑くて眩暈までしてきそうだと感じた。

最近暑かったけど今日は特に暑い。なので思わずふらふらと氷室に向かう。

氷室の中はとても涼しくて、体が急に冷えて行く感じがとても気持ち良い。

とはいえずっと入っているには寒いので、長時間は体に良くないのだけど。


「そうだ、冷たいお茶を飲もう・・・」


氷室の氷の一つを少し割り、棚の器に入れていく。

余り細かく砕き過ぎると持って行く間に溶けるので、ある程度ゴロゴロとした大きさに。

終わったら少し体が冷えるまでじっとしてから家に戻ると、家精霊がお茶を用意していた。


「あ、セレスさん、おかえりなさい。家精霊さんが冷たいお茶用に濃く入れたそうです」

「ん、ありがとう」


気が利くという範囲ではない家精霊に、独り言が聞こえているんだなとしみじみ確認した。

とはいえとてもありがたいので優しく撫でると、猫の様に擦り寄って来る家精霊。

そのまま暫く撫でた後にお茶に氷を入れ、メイラと一緒に冷たいお茶を堪能する。


「・・・美味しい」


少し薄くなるのを前提に入れたお茶の絶妙な濃さが良い。

たださっきは暑いから冷たいお茶をと思ったけど、家の中はそこまで暑くないんだよね。

庭も暑くはあるけど、実は家精霊の領域外程ではない。本当に快適に守られているなと思う。


「・・・外は、暑そうだな」


そこでふと、見張りの人達は大丈夫かな、なんて少し気になった。

この暑い中いつも通り街道に立っているのは、中々に辛い気がする。


「冷たいお茶、持って行ってあげようか」


そう思い立ったら家精霊にお茶をお願いして、私は倉庫に向かう。

氷室を建てる際に余った材料で作った保冷箱を山精霊に運んで貰う為だ。

保冷箱に氷を入れ、大きめのポットに入ったお茶と、組み立てテーブルも持っていこうかな。


「メイラ、ちょっと、冷たいお茶の差し入れ、してくるね」

「はい、行ってらっしゃい、セレスさん」


メイラと家精霊に手を振って見送られ、荷物は山精霊に任せて街道の方へ向かう。

軽いお菓子も持って来てるけど、それは自分で持っている。だって持たせると途中で食べるし。


二人の姿が見えてきたところで仮面を付け、ふと片方が見知らぬ人だと気が付いた。

ただ装備が二人とも同じなので、おそらく精霊兵隊さんではあるんだろう。

近づくと二人は敬礼をしたので、ぺこりと頭を下げて返す。


「お疲れ様、です。お茶を、持ってきました。氷も有るので、どうぞ」

「これはありがとうございます」


知らない人が居たので少しだけ緊張したけど、割と普通に話しかけられた。

通路の内側から声をかけているので、草むらが人目を塞いでいるのも大きな理由だろう。

どうやら知らない人は一通り訓練を終えた新人さんらしく、今日からここにも立つそうだ。


「よ、宜しくお願いします」


少し緊張気味だったので、自分と同じ様な様子に少しだけホッとする。

挨拶を済ませたら街道側に出過ぎない様に手前に組み立てテーブルを置く。

カップには氷を先に入れてからポットのお茶を注ぎ、軽く混ぜてから二人に差し出した。


「あ、あの先輩、良いん、ですか?」

「好意は素直に受け取らない方が失礼だろ。別に賄賂とか貰ってる訳でもなし」


新人さんは戸惑っていたけど、先輩の言葉に納得してお茶を手に取った。

二人ともやっぱり暑い中は大変な様で、冷たいお茶はかなり喜んで貰えた様だ。

何だか最近、良かれと思った事が本当にちゃんと上手く出来てる。嬉しい。

とはいえ自分が暑いからそう思っただけで、単純な状況判断でしかないのだけど。


精霊の領域外はやっぱり暑く、お茶の冷たさが驚くほど心地よい。

山精霊は関係ないのかキャーキャーと兎に角お菓子を食べているけど。

あ、何体か氷をガリガリ食べてる。山精霊も暑いのかな?

その後は軽く世間話をしつつ、お茶が無くなった所で片づけに入った頃。


「しかし、隊長は普段と戦闘時の印象が違い過ぎますね。鬼気迫るというか。迫力が違うというか、怖いんですよね、戦闘時だけ。普段どこか緩い感じなせいで余計に」


なんて事を、新人さんが言ったので首を傾げてしまった。

リュナドさんの戦闘時の様子って、そんなに印象違ったかな・・・。

確かに普段よりは気を入れてるだろうけど、そこまで変わった感じはしない様な。


「え、あの、そうでもない、感じ、ですか?」


そんな私に気が付いたのか、新人さんは恐る恐ると言った感じに聞いて来る。

言われてうーんと悩んでみるも、先ず怖いリュナドさんというのが解らない。


「迫力の有るリュナドさん、というのが、想像出来ない、かな」

「そう、なんですか・・・」


新人さんが何故か不思議そうな顔で私を見つめて来る。

わ、私、おかしなこと言ったかな。いやでもリュナドさんって優しいし。

鬼気迫るとか、迫力とか、そういう言葉とは縁が遠い気がするんだけど。


「この間の夜中の捕り物とか、自分は万が一の取り逃しに対応する為に配置されていたんですけど、隊長一人で片付けちゃいましたし。勿論精霊さん達も手を出したからでしょうけど、それでもほぼ一瞬で終わりましたからね」


あれは隊長の迫力に押されていたせいも有りますよ、と付け加えて誇らしそうに語る新人さん。

リュナドさん慕われてるんだなぁと思うと同時に、そんな面も有るんだとやっぱり首を傾げる。

私の中の彼は優しい人、っていうイメージが強いせいかな。やっぱり上手く想像出来ない。


「襲われた、えっと、食堂の店長のライナさんでしたっけ。あの方も隊長の強さを信用してたんでしょうね。あの隊長に守られるなら、わざと襲われても問題ないと思えるってものですよ」


―――――何その話。私知らない。ライナも何も言ってなかった、よ?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「襲われた、えっと、食堂の店長のライナさんでしたっけ。あの方も隊長の強さを信用してたんでしょうね。あの隊長に守られるなら、わざと襲われても問題ないと思えるってものですよ」


それはただの世間話と言うか、少々ご機嫌取りも入っていた言葉だった。

何せ噂の錬金術師殿と隊長が良い仲だと、そういう噂が立つ程度には良い関係のはず。

だから隊長の活躍の話はきっと楽しく聞けるだろう。そう思って、いたの、だけど。


「――――私、何も、聞いてない」


返って来たのはとてつもなく低い声と、背筋が凍る程の威圧感。

仮面の奥から少し見える瞳が、明らかに鋭い物を光らせている。

内臓を掴まれたかのような恐怖。これが、噂の錬金術師の、本当の姿。

だけど解らない。何で、何を、何がいけなかったのか。何故こんなにも睨まれているのか。


「申し訳ありません、錬金術師殿。先程の話は内密の事でした。迂闊に口を滑らせた新人にはきつく注意をしておきますので、どうか、ご容赦を」


先輩の声が聞こえてハッっと目を向けると、先輩は膝を突いて頭を垂れていた。

錬金術師は視線を先輩に向け、そこで自分が呼吸すら出来ていなかった事に気が付く。


「・・・そう、内密、なんだね。解った」

「はっ、申し訳ありませんでした」

「・・・ううん、いいよ。仕方ないし。お仕事、頑張って」


錬金術師はそれ以上の会話に意味が無いと、精霊を連れて家に戻って行った。

そこで力が抜け、地面にへたり込んでしまう。立とうとしても力が上手く入らない。

膝が笑っている。訓練で走りこんだ時でもこうはならなかった。


「ばっかやろう、あれは彼女は『知らない事』で通す話だって隊長に言われてただろうが。あー、びっくりした。ここの警備になってから初めてたぞ、あんな恐怖」


先輩に何故彼女が怒ったのか説明され、そこでやっと理解した。

彼女が知らないはずの事を、知らない事で通す事を喋った事が原因だったんだと。

たとえ本当は知っている事でも、その事実を口にする事が問題なんだと。


さっきの『私は何も聞いていない』とは、聞かなった事にするという意味だろう。

浅学な俺には良く解らないが、そういう事も駆け引きの一つという物らしい。


「ほ、本当に、怖かった、です」

「あの隊長が『絶対に怒らせたくない。怒らせたら殺される』までいう人だぞ。普段は結構穏やかな人だけど、目茶苦茶強いんだから、下手な事言って怒らせてくれるなよ」

「身に沁みました・・・今度から迂闊な事言わない様に気を付けます・・・」

「まあお前はそれで良いが、隊長に報告して・・・隊長が無事に戻って来る事を祈ろう」


そうか、隊長はこの後俺の尻拭いをしに行かなければいけないのか。

・・・今度何か、精霊達のおやつでも持って行って、改めて謝ろう。許してくれるかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る