第142話、自衛手段を思いつく錬金術師。

「今日も来ないみたいだね・・・」


作業を終えて伸びをして、倉庫から出てそんな呟きが漏れた。

何が来ないかといえば、ここ数日王子が訪ねて来ない。

まあ別に来て欲しいって訳じゃないから来なくても良いは良いんだけど・・・。


「大丈夫かな・・・」

『『『『『キャー』』』』』


ただその理由が街で騒動があったらしく、王子の安全を考えて外出は控える事になったらしい。

危険が有ってという話となると、流石に少し心配にはなる。

因みに山精霊達は本人じゃなくお菓子の心配をしている。


「まさか今やると思わなかったんだけどな。こうなると手段を選ばない可能性が有る。王子に怪我とかさせたら俺の責任だから怖いんだよ・・・」


と、リュナドさんは言っていた。王子様だもんね。きっと大変な事になるよね。

絶対色んな人に怒られるだろうし、怖いのは解るよと頷いて返した。

私の同意に少し嬉しそうにしていたけど、すぐに暗い顔になっていたので心配だ。


『同意してくれて助かるよ・・・はぁ、隊長辞めたい』


なんて暗い顔で帰って行ったので、またお腹壊すんじゃないかなと薬を精霊に預けた。

リュナドさんどうやら疲れでお腹壊すみたいだからね。少しでも助けになれば良いな。

最近のリュナドさん少し私みたいでちょっと可愛い、と思ったのは失礼だろうか。

けして自分の事を可愛いと思っている訳じゃないけど、彼の焦る姿は少し可愛い。


「私が気にしても仕方ないかな・・・」


詳しくは内容聞いてないから解んないけど、私が気にしてどうなる話でもないだろう。

一応ライナが少し心配で大丈夫かは聞いたけど「私は何も問題ないわよ」って言ってたし。

多分一般人には関係ない、王子様に関する騒動だったんじゃないかな?


「えい、やぁ」

『『『『『『キャー、キャー』』』』』』


可愛い掛け声に意識が庭に向き、一旦王子の事を考えるのを止める。

庭でメイラが短剣を持って素振りをしていて、その周りで山精霊達も同じ様に素振りしている。


今回の騒動の話を聞いた後、メイラは何故か戦闘訓練を付けて欲しいと言って来た。

何でも良いので少しでも自分で守る手段を教えて欲しいと。頼りっぱなしじゃ駄目だと。

私もそのうち何か出来る様にとは思っていたので、やりたいならと素直にうなずいた。


ただメイラはそもそも体が出来ていないし、無理に鍛えても良くないだろう。

だから軽く基礎鍛錬と基礎の技術を教えてあげる事にしたんだけど。


「・・・うーん・・・メイラは、普通の接近戦、諦めた方が良いかも」


短剣の振りの甘さを見るとそう思ってしまう。何というか、向いてない気がする。

元々こういう事はしてこなかったみたいだから、身体能力も高くないし。

そもそもメイラはあの黒塊を従える才能が有るのだし、そっちを伸ばせばいいんだろうな。


そう思ってちらっと黒塊を見るも、あの呪いを完全制御出来るのかという疑問は残る。

だってこの黒塊、基本こっちの発言を少し穿った感じで判断するし。

私が呪術を教えてあげられれば良いんだけど、残念ながらそっち方面には疎いんだよね。

勿論道具作成の為に必要な知識が有ったから、完全に知識がない訳じゃない。


ただ私は呪術の才能がない。呪術師の技術は私には向いていないんだ。

正確には自分自身の体では出来ない、だけど、出来ない事には変わりないか。

一番簡単な戦闘方法はあの黒塊を使う事だから、素直に言う事聞けば良いんだけどなぁ。


「ねえ、黒塊」

『何だ』

「メイラの言う事、ちゃんと聞く気有る?」

『我が娘の言う事を聞かぬわけが無いだろう』

「外であの子が怖い目に遭っても、動かず我慢出来る?」

『当然原因を殺す』


駄目だ。やっぱり言う事聞く気が無い。

そもそも何で黒塊はここまで言う事を聞かないんだろうか。

メイラの力になるのは当然と言える程、彼女には才能が有ると言っていたのに。


「・・・あれ、そういえば、メイラから命令した事って、今のところ一度も無かったっけ?」


無い、よね。少なくともメイラの『助けて』以外は、命令されてないはず。

いや、有る。有った。そういえばメイラの言葉に嘆きつつも、素直に従っている。

彼女の怖いから近づくなという言葉を、今も守って塔の上に鎮座しているし。


その事に気が付くと、以前黒塊が言っていた事も思いだし、ふと気になる事が出来た。

もしかしたら一石二鳥の手が有るかもしれない。そう思いメイラに声をかける。

メイラは素振りを中止して恐る恐るこちらに寄り、私に隠れつつ黒塊を見つめる。


「メイラ、黒塊に少し命令をして欲しいんだ。良いかな」

「え、わ、私が、ですか?」

「うん、お願い」


メイラは困惑した顔を私に向けていたけど、すぐに頷いて黒塊に目を向ける。

ただしその眼には怯えが有るので少し申し訳ない。

でももし今思いついた事が確かなら、案外黒塊の制御は簡単かもしれない。


「黒塊に、メイラの中に戻る様に、言って貰えるかな。あれは元々メイラと融合しているらしいし、その上で主導権は本来メイラに有るはずなんだ」

「え、その、私、の中に、ですか・・・」


ただメイラは命令内容を聞くと怯えが増した。明らかに手の震えが増した。

これは無理かな。仕方ない。思い付きでもあったし中止にしよう。


「・・・ごめん、やっぱり止めよう――――」

「や、やります。私、します!」


だけど彼女はその私を止め、黒塊の前へと少しだけ近づく。

ただ手は私の服をぎゅっと掴んでいて、やっぱり無理しているのは確実だろう。


「わ、私の中に、戻って・・・!」

『――――我が娘の望みのままに』


メイラが黒塊に命令を下すと、吸い寄せられるように一瞬で彼女の中に消えて行った。

ただ本人はその事に慌てていて、体をペタペタと触って確かめている。


「どう、かな、内側に何かが有る感じは、するかな?」

「えっと・・・」


メイラは私の質問にすぐに答えず、目を瞑って意識を内に向ける。

急かす必要も無いので彼女が答えるまでじっと待つと、少しして呟く様に答えた。


「何か、体の内側に、私じゃない何かが有る気がします」

「やっぱり、解るんだ」


呪術師は呪いで現象を起こす。だから呪術が使えるという事は神性を感じ取る力が当然ある。

彼女は前に私を解呪したのだから、詳しい知識は無くとも感知は出来るはずだと思った。

そして呪術師の呪いとは別に悪い現象だけを起こす物じゃない。


のろいはまじないでも有る。まじないとは他から力を借り受ける術。

そもそも元々の呪術師はそちら側であり、呪殺が主軸ではない。

神や悪魔の力を疑似的に再現出来る力の持ち主が呪術師だ。なら―――――。


「あの呪いの塊を許容出来る器。黒塊が言っていた事が本当なら、メイラは神性の力をその身に宿し、従える事が出来るはず。本当にあれがメイラと共に在るなら」


本来はそんな事は無理だ。人間に神性を取り込んで自分の体で再現するなんて普通は出来ない。

リュナドさんの様に自然に纏った物なら兎も角、本来自分に無い物を取り込んでいるんだから。

出来たとしてもその後本人の体がどうなるか、という危険な行為の部類だ。


だけどメイラは既にその身に神性を宿している。巨大な呪いの塊と融合している。

神性を許容できる程の大きな器は才能と言って良い物だろう。

ただ黒塊や山精霊の反応からは、それ以外の何かも有るみたいだけど。


「メイラ、その力を体に巡らせるようにイメージして。そしてイメージ通りに力が廻ったら、庭の端まで走ってみてくれるかな」

「力を・・・イメージ・・・えっと・・・こうで、いいの、かな・・・」


メイラは不安そうに呟くが、悪いけど私にはその確認をしてあげられない。

何となくの気配や流れは解るけど、彼女程はっきりと感じ取れる才能がないから。


「あ、あの、庭の端まで、走ったら、良いんですよね」

「うん。ただ不調を感じたらすぐにどっちも止めて良いから」

「は、はい。えっと、行きます・・・!」


メイラは宣言と共に踏み込み―――――地面を吹き飛ばして回転しながら上に跳ね飛んだ。

慌てて落ちて来るメイラを抱きかかえ、本人は状況が理解できずに目を見開いて固まっている。


「痛みは無い? 大丈夫?」

「・・・はっ、あ、え、は、はい、体は、大丈夫、です」

「そう、良かった」


ほっと息を吐いてメイラを地面に下ろし、メイラが立っていた背後を見る。

そこには踏み込みで大きく穴が開き、家精霊が嘆く様に崩れていた。


「ご、ごめんね。私もまさかこうなるとは思ってなくて」

「あ、ご、ごめんなさい、家精霊さん」


二人で慌てて謝ると、家精霊は気にしないでと言う様にプルプルと頭を横に振る。

ただその後水玉形態になってしまったので、落ち込んでいるのは確かだろう。

今のは家精霊がメイラの力に対抗する加減を間違えから起きた事だからだろうな。


忘れがちだけどこの庭も家精霊の領域で、家も庭も精霊にとっては守るべき物だ。

私が庭に建物を建てる際は、精霊が許容してくれるから穴をあけられるだけ。

普通なら今の現象は起こらない。でも、成してしまった。メイラのその才能故に。


メイラが今やったのは『神降ろし』と『神宿り』だ。

神性の力を呼び出し、その力を借り受け身に宿し、自身の力に変換する技術。

本来は借りてそのまま行使する力を、自分の内側に取り込む本来なら無茶な業だ。


実際は神性が既に身に降ろされているから、やったのは神宿りだけかもしれない。

それに今見た限り、力の制御と身体操作が上手く出来ていない。

だけどこれなら多少訓練すれば、自分の身を守る術を持つ事が出来そうかな。

自由に操れるレベルになれば、山精霊の神性も使えるかもしれない。


「あ、あの、ごめんね、本当にごめんね。そ、そんな事ないよ。家精霊さんはとっても役に立ってるよ。ううん、これは私が悪いの、あ、え、違うよ、落ち込まなくて良いよ」


取り敢えず今は落ち込んだ家精霊のご機嫌取りが優先だ。

必死に謝るメイラの横に座り、一緒に謝りながら家精霊を撫でてご機嫌を取る。

水玉状態の精霊を暫く抱きかかえて、何とか機嫌を直して貰った。


メイラが言うにはスンスン泣いて『私は半人前の家精霊です』と言っていた様だ。

毎日の食事と気持ちの良いベッドの時点で大満足なんだけどなぁ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「まさか、やりやがった・・・馬鹿が・・・!」


王子がする言葉づかいではないが、思わずそう口にせずにはいられない。

錬金術師の友人が襲われ、それを捕らえたという話を精霊使いから聞かされた。

狙いは錬金術師と予想されるので、王子の身の危険を考え少しの間訪問を控えて欲しいと。

これには錬金術師も同意しているので、彼女も来ないで頂きたいと言っていたとも


勿論言葉通りな訳が無い。これ幸いに錬金術師との接触を断つつもりだ。

彼は錬金術師との会話に必ず同席している。

だから先日の彼女の『街を出る選択肢は在る』という言葉も聞いていた。

である以上、彼はこの街の領主に仕える者として、断固としてそれを防がなければならない。


私としては無理やり彼女を連れて行く気は無いが、向こうに私の事情は関係ない。

勿論ここの領主は私への義理はしっかり通しているし、今回の事も表面上は私を想っての形だ。

だが、おそらく疑われている。私もその人攫いの連中側の人間だと。

私の行動はあくまで『国は友好的だ』というポーズだと疑われ始めている。


幸いは実行犯が金で雇われたただの馬鹿だった事だけか。国が責められる要素は今の所無い。

いや、そんなものは何の意味も無いな。錬金術師の不興を買えば同じ事だ。


「本人を狙うのは、王子が滞在の間は不可能。ならば別の所を先に。解り易い人質ですね」

「そんな事は解っている・・・!」


思わず八つ当たり気味に侍従に強く返してしまうが、それ程に今の私には余裕がない。

どうする。この事を知った彼女がどうでる。私は先ずその事が怖い。

彼女の噂を眉唾だと思っている者と違い、私はその脅威を正しく認識しているつもりだ。

あの『神雷』の威力を見た。本当に神の御業かと思ったあの雷を。怖くないはずがない。


「馬鹿が・・・民を死なせるつもりか・・・!」


攫う計画を立てた連中はあれを敵に回す危険を何故考えなかった。

脅して言う事を聞かせる? そんなのは脅せる程度の相手の時だけだ。

彼女と何度も対話したから解る。彼女に脅しは通用しない。そもそも交渉が通用しない。


常にこちらの駆け引きに乗る気が無く、確実に自分のペースを保っている。

そんな人間が、脅される様な要素を残すと思うのか。脅しに屈すると思うのか。


「どうにか、するしか、ない・・・」


現状まだ打開策は思いついていない。だが何か思いつかなければいけない。

プリス殿に会いたかった事は事実だが、この危険性も考えていたからこそ急いだというのに。


「警戒をさせない為に必要最低限の人数で来たが、兵を呼ぶ・・・のは不味いか。それよりも精霊使いに協力を要請・・・は無理だろうな、現状はあちらに好都合だ」

「今潜んでいる連中を捕まえた所で、大本を糾弾出来る材料にはなりませんしね」

「そもそも潜んでいる連中も捕える事が出来ん。国元ならもう少し無理がきくが、ここは他国だ。他国に住む民に手を出した、等という事になれば更なる面倒が待っている」

「もういっそ、王子を襲ってくれたら楽なんですけどね」


侍従の案は聊か乱暴だが、確かにそれが一番簡単だった。

最悪『神雷』が国に落ちるのを許容する報告を父に送る必要が有るな。


・・・その方が馬鹿も消えるし良いんじゃないかと思うのは、完全に焦っているな。

そんな事をすれば無辜の民も死ぬ事になる。そんな事は許容出来ない。

プリス殿なら流石に無関係の人間は手を出さないと断言できるが、娘殿はその辺りは怪しい。

どうする、考えろ。彼女の機嫌を少しでも取る方法を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る