第141話、自分だけ知らずに待つ錬金術師。
あれからまた暫くたったけど、相変わらず王子の訪問は続いている。
別に絶対来て欲しくない、って程じゃないんだけど、来て欲しいとも思わない。
お母さん関係の人と思うと強く拒否出来ないのでズルズルと、という感じだろうか。
因みにその中で一度だけ「我が国に来る、という選択肢は君の中に在るのかな」とか聞かれた。
今の所は行く様な予定はないけど、何時か海には行きたいと思っている。
なので素直に「在る」と言うと、驚いた顔をした後に「その時は歓迎する」と返されたっけ。
それと良くお母さんの話を聞きたがるので、流石に私も何となく彼の目的が解った気がする。
彼は多分お母さんに会いたいんだ。
それで私の所に来れば、何時かお母さんが来ると思ってるんじゃないかな。
という様な事をライナに話したら「そう、ね・・・」と言って目を逸らされた。
ち、違うのかな。でも必ず一回はお母さんの事聞かれるんだけどな。
「王子はお母さんの事、好きなのかな、もしかして」
今日も今日とて毎日の報告をしにライナの店に来て、そんな疑問を投げかけた。
するとライナはうーんと少し首を傾げてから口を開く。
「好意は持ってるでしょうけど、どういう好意かは測りかねるわね。なにせ出会いの内容が内容だもの。本人の言う通り、単純な尊敬かもしれないし」
「でもあの王子未だ独身なんでしょ。あわよくばって思ってんじゃないの?」
因みに今日はアスバちゃんも居る。というか家に遊びに来てそのまま付いて来た。
今彼女が言った独身という話は、この間聞いてもいないのに王子が話していた事だ。
最早父親からは呆れられて諦められている、と言っていた。
「で、でも、そうだったら素敵ですよね。ずっと一人を想って、なんて」
メイラが頑張ってアスバちゃんに応えた言葉を聞き、私とライナは思わず目を合わせてしまう。
今日は珍しくライナの考えが解った。相手がお母さんじゃ素敵なんて気持ちにならないよね。
「どうかしらねぇ・・・」
ただアスバちゃんはメイラの言葉を受けて、少し気に食わなさそうに呟いた。
どうかしたのかなと思いながら首を小さく傾げると、彼女の眼が半眼になる。
あ、あう、そんな目で見られても、解んなかったんだもん。
「手紙の事、忘れてんじゃないの、あんた達」
「・・・手紙?」
「・・・すっとぼけないでよ。あんたに渡せって言われて私が渡した手紙よ」
ああ、そういえばそんな物も有ったっけ。王子のせいですっかり忘れてた。
いや、これは王子のせいじゃないか。全く興味がないから頭から抜け落ちていた。
「組んでんのか敵対してるのか解らないけど、確実に無関係じゃないでしょ」
アスバちゃんがフォークを私に向けながら言うが、意味が解らず首を傾げる。
無関係じゃないって言われても、関係は同じ国の人って事ぐらいじゃない?
それに王子は国に来る事は有るかと聞いたけど、雇いたいから来て欲しいとは言ってないし。
「尻拭いをしに来たのか、それとも上手く丸め込みたいのか。敵に回さない程度に何か仕掛けてくる可能性だってあるわ」
敵に回すと言われても、別に敵対する様な事は特にされていないと思う。
私からも敵だと認識するような事も今の所無いし、そこは気にしなくて良いんじゃないかな。
少なくとも私は敵対する気とか全く無いし、王子はお茶飲んでるだけだし。
「敵じゃないよ」
「そりゃそうでしょうよ。戦闘含めてあんたに敵う奴なんかごく少数でしょうよ。でも順当に考えれば恩を感じているいないの真相は別として、王子はあんたには絶対高圧的な態度はとらないでしょうし、となれば例の貴族と組んでいない事だけは確かかしら」
・・・ん? 何か話が違う様な。別に私が敵対する気が無いよってだけだったんだけど。
「しかし、王子様、見たいわね。私まだ一度も見てないのよ。リュナドが見せてくれなくて」
「おじさんだよ」
「解ってるわよ。良いじゃない。子供は面倒臭いから大人の方が良いわ。話が早いもの」
別におじさんな事が悪いと思ったわけじゃなかったんだけど。
話の速さは大きくなってもダメな人は居る。私とかその典型だし。
それにそもそもアスバちゃん・・・。
「・・・自分も、子供なんじゃ」
「何か言った?」
アスバちゃんがギロッと睨んで怖かったので、そのまま同じ方向に顔を逸らした。
ちょっと泣きそう。だってどう見てもアスバちゃん子供なのに。理不尽。
『キャー』
「そう、とうとう動いたんだ。ん、解ったわ。ありがとう」
そこで山精霊の一体がライナに声をかけ、彼女は礼を返して頷くと席を立った。
何事だろうかと見ていると、彼女は玄関の方に向かって行く。
「どこか行くの?」
「ええ、少し、ね。すぐ戻るから、二人はゆっくりお茶を飲んでいてちょうだい」
「ん、解った」
ライナが店を出て行くのを手を振って見送り、メイラも私を見つつ遠慮がちに振っている。
それに気が付いたライナはクスクスと楽しそうに笑いながら店を出て行った。
「この深夜に、出て行く用事ねぇ。肝が据わっているというか何というか」
「ライナは暗いのは平気だから」
「・・・ここまで来て蚊帳の外は流石に拗ねるわよ、私」
え、そんな事を言われても、ただ事実を言っただけなのに。
というかアスバちゃんは普段から突然拗ねてる気がする。
理由が解らなくて焦るんだよね。気が付いたら機嫌直ってるけど。
だからそういう時は余り気にしない事にしている。全然解んないし。
偶に怒られるけど、彼女は謝ったら大体許してくれるからきっと大丈夫。
「ま、それがあんたなりの気遣いなのかもね。事情が事情だから、面倒の方が多いし。まあ良いわ。それならそれで、勝手に首突っ込むから。じゃあね、私は『先に帰る』って言っといて」
「ん、解った。私はライナが帰ってくるまで待ってるから、伝えとくね」
彼女の言葉に頷いてそう返すと、彼女はニッと笑って扉に手をかける。
「成程成程、私が動く事も全部計算ずくなのかしらね。まあ良いわ、楽しそうだから踊らされてあげる。最近ちょっと暇だったのよね」
ただ去り際に言った言葉の意味は良く解らず、メイラと顔を合わせて首を傾げた。
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「中々帰らねえな。どうせ女四人しかいないんだし、突っ込んじまえば良いんじゃねえの?」
闇夜の陰に潜みながら、食堂から目を離さずに仲間に愚痴る。
日が落ちてからずっと張っているが、何時まで経っても店の灯が消える様子が無い。
どうせ中に居るのは女四人だ。一人が噂の錬金術師つっても、不意を打てばどうにかなるだろ。
何せこっちは一人二人じゃない。十人以上居る上に全員男だ。
つーか、こんなに人数要らねえと思うんだけどな。
「止めとけよ。前金貰って、上手くいけば更に貰えんだぞ。気が付かれて逃げられたり、やたら多い衛兵に察知される方が面倒だ。灯が消えたら押し入って、即攫って即逃げる。それで良いじゃねえか。少しぐらい我慢しろよ」
「つってもこのくっそ暑い中、じっとしてんのはきついな」
「せめて酒でも有ればなぁ」
「この後たらふく飲めるだけの金貰えるんだから我慢しろっての」
見つかったら元も子もないので小声だが、俺と同じ様に不満を漏らしている奴も居る。
別に仲間って訳じゃない。どいつもこいつも金のねえならず者だ。
急に大きくなり始めた街だからと夢を見て、結局何も為せなかった連中だ。
それでも運よく犯罪者にならずに済んでいた様だが、今日でそれも終わりだろう。
何せ人攫いを金で雇われてやろうとしてんだからな。立派な犯罪者共だ。
その中に混ざってる時点で、当然俺も同じなんだが。
あの食堂はこの街では人気らしいが、ここに居る人間は一人として行った事は無い。
事前に行ったかどうかを聞かれたので、多分顔見知りじゃ無い奴を選んだんだろう。
俺達みたいなクズを的確に集めて絶対に攫ってくる様にな。
「しっかし、あの女攫ったら、少しぐらい味見しても良いんじゃねえの?」
「ばっか、それで金貰えなかったら全員でお前袋にすんぞ」
「そうなったらマジでぶっ殺すぞ」
俺より馬鹿が一人いたらしい。全員から睨まれて小さくなった。
一応依頼は「食堂の娘を捕らえて来い」って話だから、無傷でとは言われてない。
ただ後金も有る事を考えれば、なるべく怪我させず連れて来いって意味なのは馬鹿でも解る。
つまりアイツは馬鹿以下の何かって事だな。
しかしまいったな。クズばっかりで抑えが弱い。
俺も段々焦れて来たからああ言った訳だし、早い所終わらせてぇ。
「おい、誰か出て来たぞ、やっと一人お帰り・・・いや、まて、あれは」
「あれ、目的の女じゃねえの?」
「こんな夜中に独り歩きか。幾ら安全な街っても不用心だねぇ。俺達にとってはありがたいが」
日中仕事の奴がこんな深夜に何の用か知らないが、標的が態々一人で外に出て来た。
店から他の連中が出てくる気配は・・・一人出て来たが別方向だ。
それを見て全員が好機と動き出し、余り固まらずにそれぞれ女の後をつける。
女はなるべく衛兵が近くに居る所を歩いている様だが、全ての場所でそうはいかない。
暫くして衛兵も減り、その上この街でも普通に夜静かになる方向へ進んでいく。
店の類の殆どない、住宅ばかりの区画の方向のはずだ。
ただ女は途中で道を間違えたのか、家が密集した行き止まりでキョロキョロしている。
明かりを付けている民家は無く、衛兵も精霊も見当たらない。
流石にこれ以上の好機は無いと全員が思ったのか、一斉に女の元へ走る。
俺達が走る足音に気が付いた女が振り向き、その顔は驚――――いてねえ。
次の瞬間、何かが、俺達と女の間に落ちて来た。そのせいで逆に俺達が驚きで固まる。
殆ど音も立てずに落ちて来たそれは、見ると蛇の鱗の様な鎧を纏い、槍を持つ男だった。
「もっと早く襲って来ると思ったけど、意外に慎重だったわね。中止したのかと思ったわ」
「こんな仕事引き受けた時点で慎重もくそもねえだろ。馬鹿だ馬鹿。特にあんた狙う所とかな」
「それじゃまるで私が危険人物みたいに聞こえるんだけど、酷くないかしら」
「セレスを操縦出来るんだから、一番怖いだろ、あんた」
『『『『『キャー』』』』』
「・・・精霊達にまで頷かれると、少し凹むわね。これでもここまで結構怖かったんだけど。胸もドキドキしてるんだから。私別に荒事は得意じゃないのよ?」
女は空から降ってきた男と当たり前の様に会話していて、その異様さに全員動けなかった。
いや、解ってる。最悪のパターンを引いた事に、どうして良いか解らねえんだ。
「よ、よりにもよって、精霊使いにばれてたのかよ・・・」
「ば、ばか、何口走ってやがる!」
「言わなきゃ誤魔化せたかもしれねえのに・・・!!」
どこかの馬鹿が余計な事口走ったせいで、誤魔化しもきかなくなった。
だがこいつだけはこの街で絶対に戦っちゃいけない奴だ。こいつは化け物だ。
逃げ・・・られるか? いや、この人数だ。分散すれば逃げられるかもしれねぇ。
「随分間抜けな事言ってるな。この街にどれだけの精霊が居ると思ってんだ。街の外で決めた事ならともかく、街の中であれだけ話しておいて俺を出し抜けると思ってたのか」
勘弁しろ、やる前からばれてたのかよ。何が女一人攫ってくるだけの簡単な仕事だ!
つーか、たかが街の女一人の為に化け物が出張ってくるなよ!
「あら、そういう事。本格的に私だけのけ者だったのね」
突然背後から子供の声が聞こえ、慌てて後ろを振り向く。
そこにはさっき店から出て行ったはずの子供が立っていた。
しめた。馬鹿なガキだ。あいつを人質にしてやる。
ただ同じ様に思った奴が居た様で、俺より近い奴が先に動いた。
そいつは子供を掴んで捕えようとして、だけど子供はそこから全く動かない。
そもそも手が子供まで届いていない。見えない何かに阻まれている。
「ま、そう来るわよね。『我が手に集いしは根源たる力。我に逆らう愚か者を圧し潰す』」
子供がそう口にすると、男は見えない何か抑え込まれる様に地面に押しつけられた。
舗装された地面が割れていき、明らかに普通じゃないのが見てわかる。こいつ、魔法使いか。
いや待て、この生意気な喋り方の子供の魔法使いって、まさか、あの噂の。
「アスバ、殺すなよー。それと舗装してる所を壊すな」
「うっさいわねぇ・・・良いからあんたはとっとと仕事しなさいよ」
「へーへー。解りましたよお嬢様。さて、どうせお前ら捕まえた所で根本的には意味ないんだがな。お前ら何も知らないし、何の証拠にもならねえし・・・とはいえ行動に出たなら放置は出来ないんでな。街の治安の為にお縄について貰おうか」
状況にそぐわない軽い声と共に、精霊使いが異常な速度で俺達の中心に飛び込んで来る。
ただ速過ぎて誰も反応出来なかった。動いたと思った瞬間に既にそこに居たと感じる程に。
人間に出せる速度じゃねえ。一度遠目で見た事が有ったが本当にふざけてやがる!
「多少の怪我は覚悟しろよ。俺も余裕は無いんでな」
不味い、目が合った、来る―――――と思った時点で遅く、気が付いた時は牢の中だった。
この街、馬鹿には生き難い街だなと、冷たい床に転がりながらしみじみ思った。
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