第140話、王子に少し慣れた錬金術師。
「精霊殿の入れるお茶は美味しいね」
ニコニコしながらお茶を飲む王子の言葉に、嬉しそうにニコーッと笑う家精霊。
私はそれを眺めつつ、仮面をずらしてお茶を飲む。
因みにお茶菓子は王子が持参して来た。お茶をする気満々だったらしい。
「・・・王子様って、暇なの?」
山精霊がお茶菓子を奪い合い、勝利した子が『キャー!』と喜び鳴くのを眺めつつ訊ねる。
ここ最近、この王子は二日に一回ぐらいのペースでやって来る様になった。
大体いつも作業が終わってお昼寝前の時間帯に、リュナドさんを連れてやってくる。
長時間滞在している訳では無いけれど、仕事の話もせずに世間話しかしていない。
いや、最初の頃は多少は仕事の話はしていた。
ただそれは私との話というよりも、領主との取り決めを私に報告する形だ。
なので私はただその話を聞いてふんふんと頷くだけで、特に何をする事もない。
そして話が終わったので国元に帰るのかと思ったら、王子はまだ滞在をし続けている。
「あはは、これは手厳しい。まあ、時間が有ると言えば有る。なにせ私は王位継承権『だけ』が高い人間だから、王位を継ぐ気は無いと思われている。なので煩わしい事に時間を割く必要が周りの王族より少ないのさ。ま、実際王になる気は無いけどね。私は補佐が性に合っている」
「・・・そう」
何が楽しいのか知らないけれど、王子はいつも楽し気だ。
ただ二度目の訪問以降は私を見る目が変わっている。
私を見ている様で、私を見ていない様な、不思議な感じ。
「・・・まあ、別に、良いけど」
そのおかげか最初の頃ほど王子に対して苦手意識は無い。
勿論仮面はまだ外したくないけど、私を見ていないので比較的喋りやすい。
視線が私を捕らえている様で捕えていないのは、結構楽だ。
「それは歓迎して貰えている、という事で良いのかな」
歓迎しているかと言われれば、別に歓迎しているつもりは無い。勝手に向こうが来てるだけだ。
ただそうすると、隣に居るリュナドさんも歓迎してないという事になるんだろうか。
私としては彼はただお茶を飲みに来るだけでも歓迎だ。出て行って欲しいとは思わない。
とはいえ王子も追い出したいかと言われれば、最近は慣れたのでそうでもないのだけど。
「・・・別に、追い出す程じゃ、ないから」
「ははっ、それはありがたい。この家に来る人間は限られている。その中に入れるのは光栄だ」
限られているというか、私が人付き合いが悪いから来ないだけだと思う。
いや、知らない人怖いから、来られても困るんだけども。
ただそれとは別に、余り長居をされては困る事も有る。
「・・・ただ、余り長時間居座られても、困る」
「それは申し訳ない。作業の邪魔になっているかな」
「・・・別に、作業は、問題ない」
「では何だろうか。もし力になれる事なら手を貸すが」
手を貸すと言われても、ここに来られている事自体で発生している事だ。
「・・・あの子が、怖がる」
「ああ、そうか・・・それは確かに、迷惑か」
二階に目を向けながら言うと、王子も同じ様に目を向けて頷く。
彼はメイラの事は既に知っている。今日はお茶の用意まではここに居た。
あんまり何度も来るので、ちゃんと出迎えようと頑張りたいらしい。
ただ最初の接触時に、王子が礼のつもりで頭を撫でたのが不味かった。
頭に手を置かれた瞬間、彼女は蹲って謝りながら泣き出してしまう。
自分より大きな男が、上から手を持って来て、頭を『握る』記憶が怖くて。
だからその日はすぐに帰って貰って、その後リュナドさんに事情を聞いたらしい。
私の剣幕に殺されるかと思ったと言われたけど・・・あの時はただ焦ってただけなんだけどな。
それに悪いのは私だ。気を付けていなかった私が悪いと思う。
何も悪くないメイラに何度も「ごめんなさい」と言わせたのが辛い。
だけど彼女は「私のせいで人を招けなくなる事の方が嫌だ」と、落ち着いた後にそう言った。
王子を追い出さないのはそういう理由も有る。最近の私はメイラ中心の判断になってるなぁ。
「ならば尚の事、君は困っている事が、有るのではないかな?」
「・・・困っている、事?」
何の話だろう。別に今言った事以外に困ってる事なんか何もない。
むしろそんな事を言われて今困っている。この王子、時々良く解らない事言うんだよね。
「・・・別に、無い」
「そうか。仕方ないと言えば、仕方ないのかもしれないか」
王子は少し目を伏せてそう呟くけど、やっぱり言ってる事は良く解らない。
仕方ないとは何の事なんだろう。もう少し私に解る様に言って欲しい。
「ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。私はプリス殿に顔向け出来ない事はしない」
そんな事私に言われても困る。それはお母さんに言って欲しい。
娘の私にそんな宣言をしても何の意味も無いと思うんだけど。
そもそも顔向け出来ない様な事って何だろう。
「・・・家を追い出された私に、言う意味が有るとは、思えない」
「ははっ、そうかもしれない。だがそれだけ感謝しているんだ。君が娘だというのであれば、私は君の力になりたい。いや、ならなければいけない。それだけの恩が有る」
「・・・そう言われても、特に、無い」
ならなければと言われても、現状王子を頼る様な事は何もない。
王子を頼るぐらいならリュナドさんかアスバちゃんに頼る。精霊兵隊さん達でも良い。
少なくとも彼を優先的に頼る様な事は、私の中には何もない。
それに彼が恩を感じている相手は私ではなくお母さんなんだし、私に返されても困る。
「そうか・・・それじゃあ、今日はこの辺りでお暇するとしようか。精霊使い殿、宜しいか?」
「はっ」
王子がお茶を飲み終わると席を立ち、リュナドさんに声をかけて家を出て行く。
別にリュナドさんは居ても良いんだけどな。一緒に帰らないと駄目なのかな。
『『『『『キャー』』』』』
「ああ、ありがとう。今度来る時はもう少し多めに持って来るよ」
山精霊は王子の事が気に入ったらしい。多分お菓子をくれるからだろう。
家精霊は基本的にお客さんには丁寧なので、どう考えているのかは良く解らない。
「・・・いつまで来るのかなぁ。ねえ、黒塊」
『我に問うな』
今日も塔の上に鎮座する黒塊はつれない。やっぱりそこ気に入ったの?
『我が結論などとうに出ている。我が娘を泣かせた時点で家精霊が居なければ殺していた。貴様が許可を出せばすぐにでも殺してやるぞ。流石に奴らも貴様には逆らえまい』
・・・メイラの件、物凄く怒ってた。大人しくなった気がしてたけど、やっぱりそこは駄目か。
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セレスの家を去り、街道で待っている車に王子を乗せて領主館に走らせる。
「精霊使い殿、君から見て、彼女は私をどう見ていると思う?」
「私の目からは、単純に警戒されているかと」
「そうか。余りに解り易い態度故、何か考えが有るのかとも思ったが、違うのかな」
セレスの王子に対する態度は相変わらず威圧感が有る。
声は低いし何時も気に食わなさそうだ。メイラの件が響いているのも大きいだろう。
あの時のセレスは珍しく焦っていて、出て行けと言った時は死を感じる程の迫力だった。
今も時々仮面の奥の目がぎらついているのが見え、傍に居るだけの俺が怖い時が有る。
「君も、私の事を、信用出来ないかな?」
「・・・私がその様な事を口にするは不敬と、思っております」
王子の言っている事は解っている。勿論セレスも解っていて惚けているんだろう。
セレスに接触して来た貴族の使い達は、彼の国の貴族に仕える連中だ。
幾ら彼がセレスの母に恩が有るとはいえ、それで彼を信用する理由にはならない。
少なくともセレスはそう思っているだろう。彼に何かを話す気配は無い。
「私は、恩を仇で返したくはない。それだけは、信じて欲しいが・・・態度で示すしかないな」
王子のその言葉に何も返せなかった。実際それしか方法は無いだろう。
彼は自分の国の貴族の手の物が潜んでいると、セレスに態度で見せていた。
ただ潜んでいる連中を捕まえても意味が無く、どうにかする手段はセレスが持っている。
セレスが何を考えているのかは解らないが、少なくとも馬鹿共へ対処は考えているだろう。
そんな彼女にすれば、王子が証拠隠滅を図ろうとしている、と思っていてもおかしくない。
そもそも今日「家を追い出された私に言う意味が有るとは思えない」と言ったしな。
つまり「母と自分は関係ないだろう」という拒絶だ。甘言に靡く気は無いと。
「しかし、彼女がこの街に来た経緯には驚いたね。プリス殿も中々厳しい。そう思わないかい」
「は、え、はぁ・・・」
唐突に話が変わり、上手く応えられなかった。
この間セレスが街に来た経緯を初めてちゃんと聞いたが、中々に無茶苦茶な母親だ。
別に普通に家から出せば良いだけだろうに、何で山に捨てる様な事をしたのか。
その時の事を話しているセレスは声が更に重くなっていた。良い記憶ではないのは確かだ。
街に来た頃は何時も機嫌が悪かったのも、そういった理由も有ったのかもしれないな。
そういう意味では、やっぱりぽやっとしている時の方が素なんだろうか。
もしそうなら、せめて機嫌の落差の激しさだけでも、どうにかして欲しい
いきなり不意打ちの様に鋭い目を向けられるので怖いんだよ。しかも時々理由解らないし。
「我が国に連れて来てほしかったものだが・・・この街に連れて来た理由が有るのだろうか」
「・・・私には解りません。申し訳ありません」
「ああいや、あくまで少しそう思っただけさ。プリス殿が意味のない事をするのかな、と」
セレスの母親がこの街を選んだ理由、という事だろうか。
そうは言われてもこの街には特に何もない。何もなかった。セレスが来るまでは。
いや、もしかして山に精霊が居る事を、セレスが何時か接触する事を予想していたのか?
「彼女は、味方が、どれだけ居るのだろうね」
味方―――――そうか、ライナだ。ライナがこの街に居る事を知っていたんじゃないのか。
一人立ちをさせる為に放り出し、だけど何をやるか解らないセレスの事を考え、ある程度操縦の出来る人間の居る所に投げた。そんな所じゃないだろうか。真相は解らないが。
「何か、彼女に関して心当たりが、有るみたいだね」
「――――っ、いえ、特には」
「そうか、それは残念だ」
俺の言葉と態度から、セレスが街に来た理由、そして居着いた理由が有ると察してしまった。
殆ど態度に出したつもりは無かったが、言葉に詰まったのが一番の要因だろう。
ただライナの事は口に出来ない。セレスが何と言うかも怖いし、ライナ本人も怖い。
この程度言ったところでどうなる訳でもないとは思うが、万が一を考えると下手に喋れない。
「成程。これはもう少し、気を付けた方が良さそうかな。下手を打てばただでは済まなそうだ。もし彼女が噂通りなら、あの『神雷』が国に向く可能性も考えなければいけないしね」
王子はそれ以上何かを訊ねて来る事は無く、苦笑しながらそんな事を言う。
あの爆発の魔法の威力を知ってるだけに思わず目を逸らしてしまった。
だってあいつ、機嫌損ねたら普通にやりそうだもん・・・。
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