第137話、保護者として真に目覚める錬金術師。


「・・・え、やだ」


対応する様に私の手を引く家精霊への第一声はそれだった。

だってさっき庭から見たもん。ちらっとしか見てないけど絶対知らない人だったもん。

やだ。対応するのやだ。私が許可して家に入れた訳じゃないもん。

そもそも何で家精霊は普通に入れちゃったの。リュナドさんだけならともかく。


抗議を込めてかけ布団にくるまって芋虫になると、コロンと簡単にひっくり返された。

そのまま布団をはぎ取られてベッドから降ろされ、そのバタバタでメイラが起きてしまう。


「え、な、なに、何ですか、何が起きたんですか!?」

「やぁだぁ。私あの人知らないもん~、いやぁあ~」

「え、セレスさん、え、なに、この光景、え?」


メイラが混乱している事に気が付き、家精霊は一旦メイラへ説明に向かった。

私はその間に布団を奪取・・・出来なかったので部屋の端っこで三角になって膝を抱える。


「はぁ・・・王子様が・・・王子様!?」


メイラは家精霊の説明に凄く驚いている。私も少し驚いた。

あの知らない人、王子様だったんだ。じゃあ尚更行きたくない。

だって良いって言われたもん。私今回は悪くないもん。ちゃんと確認取ったもん。

そう思いながら膝を抱えて俯いていると、不意に頭の上に小さな影がかかった。


「・・・その、セレスさんは、体調が悪いって、伝えて来ましょうか。えと、私なら家精霊さんと話せる事は、リュナドさんは知ってますし・・・多分、信じてくれるかな、と」

「――――――」


―――――ああ、そうか、そういう風に考えちゃう子なんだ。

家精霊から聞いた以上、来たのは男の人だって知ってるはずなのに。

少なくともリュナドさんが居る時点でその事は解ってるのに。


いや、知ってたはずだ。この子は何時までも逃げる事を良しとしていない事を。

だから人が困っているなら自分が行こうと、そう言えてしまう子なんだ。


今提案した時点で手が震えている事に、私が気が付かない訳ないのに。

怖いなら怖いと、素直に、言わないんだ、この子は。

それは私の為だという、その事実に、胸が締め付けられる。


『自分一人ならともかく、メイラが居るのだから。保護者をするんでしょ?』


ライナの言葉が、頭に浮かぶ。ああもう、本当に、親友はどこまでも私を解っている。

私がどこで何を踏ん張ると良いのか、何時もちゃんと教えてくれているんだ。

いつもいつもそうだ。私は言われた時にその意味を理解しきれていない。


「・・・ローブ取って。仮面も」


立ち上がって家精霊にそう告げると、優しい笑みを見せてローブと仮面を持って来る。

これも全部私の為、なんだろうなぁ。本当に優しくて厳しいね、貴方は。ありがとう。


「え、セ、セレスさん、私」

「・・・ごめん。良いから、ここに居て。私が行くから」

「・・・は、はい」


メイラの頭を優しく撫でてからローブと仮面を付け、家精霊の頭も優しく撫でる。

そうだ。私は彼女の前だけは、彼女の前に立って壁になれないと駄目なんだ。

あの恐怖を、少しでも救ってあげたいと、そう思ったんだから。


「・・・ふう、じゃあ、行こうか」


小さく息を吐いてから、気合を入れて家精霊に声をかける。

コクコクと満面の笑みで頷く家精霊を連れて、ゆっくりと階段を下りて行く。


大丈夫だ。焦るな。この仮面が有れば、落ち着いていればパニックにはならない。

それは前に野盗狩りに行った時に証明されている。自分の経験なんだから大丈夫。


相手が王子様とか、王族とか、そういうのは一旦頭の端に置こう。

あくまで敬意を払わなければいけない相手。それぐらいの意識に抑えれば行けるはず。

何か叱られるかもしれないとか、そういう怖くなる考えも全部一旦排除だ。


そう自分に言い聞かせながら階下に降りると、既に席に付いている二人はこちらを見ていた。

テーブルに居るのは二人。片方はリュナドさんで、もう片方が知らない人。

この人が王子様・・・おうじ、さま? え、本当に? 本当にこの人が王子様なの?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


精霊使いに用意して貰った車を使い、錬金術師の家へと向かう。

ただ窓から少し外を見ると、明らかに人気の少ない方へ向かっているのが解る。


「・・・随分、走るんだな。街の中央からどんどん離れていくが」

「はい。彼女は、人の多い所を好まないので、街から外れた所に居を構えています」


成程。これは行って帰ってくるだけで、それなりに時間がかかる訳だ。

ただそのまま外を眺めていると、門を超えて完全に街を出てしまった。

まさか外れとは『街に居ない』という事だったか。流石にそれは予想外だ。


そうしてそのまま車が走ると、街で見た精霊と共に立つ兵士が見えた。

車はそこで止まり、先に精霊使いが外に出る。


「着きました、殿下。どうぞ」

「ああ」


自身も出て周囲を軽く見回すも道以外は何もない。これなら確かに周囲に人は住んでいないな。

こちら側から来たので兵が立っているのは知っていたが、まさか錬金術師の警護の為とは。

てっきりこの奥に領地内で秘密にしている何かでも有るのかと思っていた。


「この奥に居る、という事で良いかな」

「はい。この奥に、彼女の家が有ります」


『彼女』の家か。やはり、女性なのだな。噂通り。どこまで噂通りかは解らんが。

何せ我が国でも『彼女』の噂と本人とは、大分乖離している所が有るからな。

そう思うと、ふと、噂の中心に巻き込まれている彼に目をやった。


「・・・どうか、されましたか?」

「いや、何でもない。行こうか」


護衛で付いてきた侍従には申し訳ないが、車で待ってもらう事にした。

気難しい相手に、会いたいと言っている人間以外をぞろぞろ連れて行ってもな。

侍従は不満そうな顔をしていたが、渋々頷いて精霊使いに頭を垂れた。

私を守ってくれ、という願いだろう。彼は静かに頷いてから、私を先導する。


『『『『『キャー』』』』』


彼の周りの精霊達がご機嫌に踊りながら、山の中に居たのであろう精霊達と挨拶をしていた。

可愛らしい見た目をしている精霊達だが、甘く見ると痛い目を見るのだろうな。


「街でちらほらと精霊を見かけてはいたが、山にも居るのだな」

「ええ、元々彼らは山に住んでいましたから。もっともこちらではなく、反対側ですが」

「ふむ、興味深いな」

「でしたら彼女に訊ねた方が宜しいかと。彼らを山から街に連れて来たのは彼女ですから」


・・・成程、この精霊達を本当の意味で従えているのは『彼女』という事か。

いや、そうとも限らないか。精霊達は彼の言う事をちゃんと聞いている様に見える。

ただ『彼女』の言葉に従うだけなら、精霊が彼の言う事を聞く義理も無いだろう。

どちらかと言えば彼女の方が上位、という考えが正しいのかもしれない。


「・・・これが『彼女』の家」


通路を抜けた先の光景に、思わずそんな呟きが漏れた。

詳しい事は解らないが、街の建物とは建築様式の違う建物だ。あれが家なのだろう。

他にも建物は有るが、あの建物の扉からは井戸に向かって屋根付きの通路が有るからな。


軽く見回すと精霊が大量に居るのが確認できた。

庭が広いし精霊は小さいので圧迫感は無いが、かなりの数だ。二十か三十か。

建物が有る事を考えるともっといるのかもしれない。陰に隠れて私を見ている者も居る様だ。

・・・あの塔の様な物と、その上の黒い物は何なのか。余り良い気配を感じないんだが。


「―――――ひとりでに、開いた?」


扉が勝手に開き、そこから布の様な物と板の様な物が浮いて出て来たのが目に入る。

思わず少し身構えてしまったが、精霊使いが安全を説明して来た。

何やら家に宿る精霊との事だが、住人以外には姿が見えないらしい。


「や、セレスは、居る、よな?」

『はい。どうぞ、お入り下さい』


板が近づいて来ると精霊使いが声をかけ、板に文字が書かれていく。

姿も見えなければ声も聞こえないので筆談という訳だ。

という事は、あの布は目印なのだろうな。


精霊は家に戻って行くと扉を開き、その後は精霊使いの誘導に従い家に入る。

椅子がひとりでに引かれる様子は少し怖いが、布が有るので精霊の仕事だろう。

そして精霊は階段を上って消えて行った。主を、錬金術師を呼びに。


やっと会える。やっと『彼女』に会える。そう思うと心臓が高鳴った気がした。

解っている。勿論別人の可能性が有る事ぐらい解っている。


だが、あの魔法石、そして庭の異様な光景と、他国にまで伝わる強者の噂。

可能性は高いと、そう、思っている。

最早記憶は薄れてしまったが、それでも『彼女』の力と迫力だけは良く覚えている。


精霊使いに気が付かれない程度に深呼吸をし、家の主が下りて来るのを待つ。

少し上でドタバタと音が聞こえたが、静かになった後ゆっくりと誰かが下りて来た。


あれが、噂の錬金術師。フードに仮面で、見た目からは女性という事以外が解らない。

石仮面を付けている、というのは精霊使いから聞いていた。

とはいえ目がはっきり見える物だと思っていたのだが、それすらも少々解り辛いな。

彼女は私達を確認すると、少しだけ私を見つめて首を傾げ―――。


「・・・はじめまして」

「――――」


体が、動かなかった。あの時の畏怖に。迫力に。そのせいで、声も出ない。

低く唸るような彼女の言葉で、懐かしい恐怖と・・・憧憬の気持ちが蘇る。

たった今初対面だと言われたはずの言葉を、余りにも懐かしく感じる程に。


「――――プリス、殿」


私が詰まりながら名を呼ぶと、微かに驚いた様子を見せた事は解った。

ああ、きっと、解らなかったんだろう。こんなあの時の少年などと。


だけど私は王子という立場を伝えた上で来ている。何処から来たのかもだ。

あの国で『彼女』の名を知っているのは、教えて貰ったのは私だけだ。

なれば名を呼んだ事できっと『彼女』は、私が誰なのか気が付く―――――。


「・・・え、おかあ、さん?」


―――――という事を、即座に否定せざるを得ない言葉が、返って来た。

どうしようか。少し、力が抜け過ぎて崩れ落ちそうなんだが。

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