第136話、知らない人に訪ねられる錬金術師。
リュナドさんから王子が来ると聞いて数日、何とも悶々とした日々を送っている。
お陰でお昼寝が気持ちよく出来ていないのでとても困る。
・・・毎日お昼寝しておきながら言う事じゃないって、ライナに叱られたけど。
ライナもこの件は聞いていたらしく、少し困った顔で頑張りなさいと言われてしまった。
「自分一人ならともかく、メイラが居るのだから。保護者をするんでしょ?」
ぐうの音も出なかったどころか、納得し過ぎて泣きそうだった。
とはいえ納得はするしかない、と思えるだけ成長したのかもしれない。
前の私なら「それでも嫌だもん」って普通に言ったと思う。
メイラの為。そう考えるだけで少し頑張れる。不思議な感じだ。
「・・・まあ、頑張れる、気がする、だけかもしれないけど」
精霊達が騒がしく鳴き、庭を見るとリュナドさんの姿を確認した。
確か今日彼が来る予定はない。だから来るとすれば予定外の事。
勿論ただ遊びに来ただけの可能性も無くは・・・うん、無いよね。解ってる。
彼は基本的に仕事以外で私の家に来ない。という事はほぼ確実に王子様の件だ。
その事を頭が理解した時点で物凄く気分が重い。それと同時に体も重くなった様に感じる。
流石に今すぐ扉を閉めて立て籠もる、何てのは彼相手には出来ないし、したくもない。
ただ足が重たくて玄関から動かず、リュナドさんは首を傾げて庭で待っている。
メイラの件が有るので、私が出るまできっとずっと待っているだろう。
この間は寝ぼけていて招いたけど、今日は解っているのでちゃんと出て行くしかない。
「・・・あー・・・機嫌悪そう、だな」
重い足を動かして庭に出ると、私の様子を見て少し困った顔で彼はそう言った。
機嫌が悪いという訳じゃない。どちらかというと怖いので怯えているの方が正しいと思う。
ああ、本当に行きたくない。何を言われるのかを考えると物凄く行きたくない。
「その、今、件の王子が領主館に居るんで、迎えに来たんだが・・・今、行けそうか?」
ああ、やっぱり。領主館に居るんだ。行けるかと言われれば行けるけど、行きたくない。
・・・最後の足掻きで、試しに行かなくて良いか聞いてみようかな。
上目遣いで彼の様子を見ながら、怒られないかなと思いつつ口を開く。
「・・・私、行かなきゃ、駄目かな」
「あー・・・えっと・・・うーん・・・そっか、うん、解った。先方も無理に連れて来いとは言わなかったから、そう伝えるな」
「・・・良いの?」
「え、あ、ああ。向こうが先にそう言ってきたからな、じゃあ、また、後でな」
彼はそう言うと用は済んだとばかりに街道へ向かって行った。
とても足取りは重かったのが気になるけど・・・けど、去って行った。
「・・・え、あれ、本当に、良いの?」
―――――やったああああああああああああああああ!!
ここ数日ずっと気が重かったのが、今の一瞬で全部吹き飛んだ!
あんまり嬉しくて様子を見に来たメイラに抱き着いて抱え、ついでに家精霊も抱き寄せる。
「わーい!」
「わ、わーい?」
ハイテンションの私に少し困惑している様だけど、今の私はとても嬉しいので気にしない。
家精霊は単純に抱きしめられるのが嬉しいのか、私にすりすりと擦り寄っている。
暫く二人を抱きしめたり、頭を撫でたり、また抱きしめたりしてから日課を済ませる事にした。
「ここのところ作業が進んでなかったから、やるぞー!」
『『『『『キャー』』』』』
珍しく声を大きく宣言すると、山精霊達もご機嫌に号令をかけていた。
手持ちの素材の利用方法を考えつつ、先ずは魔法石のストックを作りをする。
魔法石の作業を終えたら今度は炭などの日常で使う物の作成作業を進めた。
あの山は石炭が簡単に取れるから燃料には困らないけど、他の燃料があって困る物じゃないし。
ある程度作業を終えたら鼻歌を歌いながら片付ける。
気が付くと山精霊達がその鼻歌で踊っていたので、一緒に混ざって踊った。
それを見たメイラの少し驚いた顔で正気に戻ったけど。
ちょっと恥ずかしい。少しテンション上がり過ぎたかもしれない。うん。
ただそれでもやっぱり気分はご機嫌で、その気分のまま家に戻る。
その後はいつも通りメイラを抱えてベッドに向かい、今日こそ気持ちよくお昼寝をした。
「・・・んあ?」
眠りに入ってどれだけたった頃か、庭が少し騒がしい気がして目が覚めた。
閉めた窓から漏れる光を見るに、まだ日は落ちていない。
という事はアスバちゃんが遊びに来たのかなと思い、窓を開いて庭を見た。
「・・・だれ、あれ」
・・・知らない人が、庭に、居る。リュナドさんが隣に居るけど知らない人が居る。
「え、なん、で?」
リュナドさんはリボンを目印に家精霊に何かを話していて、そして家精霊は二人を招き入れた。
扉を開ける事で歓迎の意思表示としているので、彼等は家精霊の歓迎に従い家に入った様だ。
呆然としながら扉が閉まる音を聞き、階下で椅子に座る音も聞こえる。
それとほぼ同時に家精霊が二階に上がって来た。
家精霊は下にお客様が着ましたと、身振りで対応する様に伝えて来る。
物凄く笑顔の家精霊の行動は、私には死刑宣告かの様に感じ取れた。
・・・嘘でしょ? というか、あれ、誰? メイラ、つ、通訳、あ、駄目だ、寝てる。
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「ふむ・・・あの領主、中々良いな」
やっと目的地に辿り着き、迎え入れてくれた領主を思い出して呟きが漏れた。
あの領主は決して優秀とは言い切れないだろうが、清濁を上手く飲み下す度量が有る。
ただ決して悪道に染まるという訳では無く、柔軟な思考と決断力の持ち主という意味でだ。
良い評判だけが有る、という訳では無い錬金術師を大事に抱えているのが良い証拠だろう。
抱えていて良い事ばかりでは無かったはずだ。でなければあそこまでの悪評は走らない。
「気に入られたのでしたら、引き入れてみますか?」
「今の彼に半端な誘いは意味を成さない。上手く断られるのがオチだ」
「そうでしょうか。王子殿下の誘いですよ? 彼はこの国に大きな義理を持つ様な扱いは受けていないと思いますし、案外簡単に頷くのでは」
領主に用意して貰った部屋で侍従の言葉を否定しつつ、用意された茶を飲む。
だが侍従はその言葉に内心は納得をしながら、わざと更に否定を重ねた。
二人きりだからと少し気軽な侍従の言葉に溜息を吐きつつ、素直に答えてやる為に口を開く。
「この屋敷、いくらか修繕はされているが、大きく建て直された跡は無い。みすぼらしい、とまでは言わないが、儲けている貴族にしては少々質素な屋敷だ。調度品もそこまで金をかけているようには見えん。ならば彼は、儲けた金を何処に使っている。何に使っている」
「・・・街の整備、でしょうね」
「そうだ。街の為に、民の為に金を惜しみなく使う男が、安易な誘いに乗る訳がない」
ここに来るまで街道を見た。街を守る門を見た。街を覆う壁を見た。街中を見た。
徹底的なまでに街の整備に力を入れているのが、ただ街を軽く見ただけで解る程の出来。
民の目線を理解した上に立つ人間の仕事だ。間違いなく領主の仕事だ。
「それにおそらく、兵士と装備にも金をつぎ込んでいるな、あれは」
「質は兎も角、数は多いですね、この街の兵士。急いで数を増やした、という感じかと」
「その多い兵の大半を街の衛兵として使っている。徹底的に街の為だ。あの精霊兵隊の隊長は、その中でも特別扱いの様だが。そして彼が兵士達のストッパーにもなっているな。有象無象と言われても仕方ない兵士達が、彼の存在により秩序が保たれている。畏怖と尊敬でな」
数少ない『彼女』と直接接触出来る人物。精霊兵隊の隊長。名はリュナド、だったか。
まるで英雄譚の様な背景を持ちながら、さしたる威圧感のない人物だった。
だが彼の装備を見れば、鎧も、槍も、明らかに普通の物でない事はすぐに解る。
つまりはそんな物が与えられるような人物だという事だ。
「その彼ですが・・・遅いですね」
「仕方ないだろう。気難しい女性なのだからな」
彼は私がこの街に来た目的の人物を呼びに行っている。『彼女』を呼びに。
だが私は、何となく『彼女』はここに来ないのではないかと、そう思った。
なので事前に彼には『もし断られたら私から向かおう』と伝えている。
その時の彼のあからさまにホッとした顔は、どう考えても断られる事を察していた顔だ。
そして思わず笑いそうになってしまったが、その予想は当たってしまう。
暫くして彼が部屋に訪ねて来て、申し訳なさそうな様子で断られた報告をした。
私からは会いに行かないと、そう言われた様だ。一国の王子にその言い草は笑うしかない。
「殿下、申し訳ありません」
「いや、構わない。私からそう言ったのだからな。足を用意して貰えるか?」
「はっ、すぐに」
謝罪をする精霊使いに足を頼み、自分の言葉通り錬金術師の元へ向かう事にした。
そうしなければ会ってくれないというのであれば、大人しく従うまでだ
錬金術師に会う為だけに、『彼女』に会う為だけにきたのだ。ここで行かない選択肢はない。
しかし、ここまでくると期待をせざるを得ないな。
たとえその名が『セレス』という、私の知らない名だとしても。
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