第135話、頭の中で話が飛んだ事に気が付かない錬金術師。

家を去って行くリュナドさんを見送りながら、心当たりについて再度悩んでいた。

勿論心当たりなんか全然無いんだけど、無いだけで何かやっちゃったのかなと。

知らないうちに何かやらかしたせいだとすると、もしかして怒られるんじゃないだろうか。


リュナドさんの背中が少し丸まってる所を見ると、彼もとても嫌なんだろうなというのは解る。

ただ彼は私と違って人との会話は上手だし、なら嫌そうな理由は何だろうかと考えた。

その結果「まさか叱られるのでは」という考えに至った。だって私だし。

来てから失礼を働いてじゃなくて、すでに失礼と思われる事をした可能性がとても大きい。


「王子様に怒られたら、どうなるのかな・・・」


まさかこの国を追い出されちゃうのかな。それはとても困る。ライナに会えなくなっちゃう。

家も手放さないといけなくなるし、家精霊も置いて行く事になるし、とにかく嫌だ。

つい最近何か似た様な事を考えた覚えが有るけど、あれは別に私が拒否すれば良かったしなぁ。


「はぁ・・・」


そもそも失礼の無い様にって何でなの。私から会いに行く訳じゃないのに。

会いたくないのに会いに来られて失礼の無い様にって訳が解らない。

私にそういう物を求めるのは止めて欲しい。相手の考えとか全然解らないもん。

流石に困ってそうとか、泣きそうとか、明らかに怒った顔とかぐらいは解るけど・・・。


「それが解った所で、何で怒ってるのか、あんまり解らないからなぁ・・・」


扉を閉めてとぼとぼ部屋に戻り、飲みかけのお茶を啜って息を吐く。

あ、これリュナドさんに出してた方だった。まあ良いや。もったいないし。


「セ、セレスさん、もう、大丈夫、です、か?」

『『『『『キャー』』』』』


お茶を飲んで再度ため息を吐いていると、階段からメイラと精霊の声が聞こえて来た。

しまった、上に上がって貰ったままだった。

私はほんとにもう、何か一つに意識を持っていかれると、他の事を良く忘れる。


あれ、でも家精霊が一緒だし、リュナドさんが帰ったのは解ってるはずだよね。

いや、解ってても確認してしないと怖いのかもしれない。

私と違って周囲の気配を読む事は、外出時の視線に気が付かない時点で出来ないんだろうし。


「もう大丈夫だよ。ごめんね、怖がらせて」


そう言っておいでと手招きすると、メイラは重い足取りで私を窺う様に降りて来た。

背後には家精霊が相変わらず付いていて、何やらメイラに話しかけている様だ。

メイラはうんうんと頷いているので聞いているのだろうけど、視線は私に固定されている。


そして彼女は私の傍までくると、視線を彷徨わせながら口をもごもごと動かし始めた。

多分何かを言いたいのだけど、上手く言えない、もしくは言うのが怖いという感じだろう。

自分も同じ事をやるので、こういう時は言えるまでのんびり待ってあげよう。

山精霊達は応援する様に鳴いているけど、急かすと焦るから止めてあげた方が良い気がする。


「・・・その、お邪魔を、して、すみません、でした」


山精霊を止めようかなと思っていた所で、メイラは意を決した様に謝って来た。

ただ私は何に謝られたのか解らず、キョトンとした顔を彼女に向けてしまう。


「何で謝ってるの?」

「その、大事なお話、だったみたい、なので、その、えっと・・・」


問われた事に応えようとは頑張っているけど、視線は私に合わず少し怯えている様に見える。

言葉の意味を聞きたかっただけなのだけど、もしかしたら問い詰める様に思ったかもしれない。

私もこういう時に問い返されたらそんな気分になってしまうし。

相手の考えが解らないのは怖い。だからちゃんと伝えてあげないと。


「メイラは謝る様な事は、してないよ。そう思ってる。だから、何で謝ったのかなって」

「・・・じゃ、邪魔してません、か?」

「むしろお茶はありがたかったし、リュナドさんが、男の人が居るのに頑張ったと思うよ」

「そ、そう、ですか・・・良かった・・・」


ホッとした様子のメイラを見て、私もほっと息を吐いた。

これで落ち着いて話を聞けるかな?


「えっと、それで、何で、謝ったの? 邪魔、だっけ。そんな風には、思ってなかったけど」

「あ、えっと・・・その・・・」


だけど理由を尋ねると、メイラはまた困った様な顔で視線を右往左往させ始めた。

たださっきと違い上目遣いで様子を見ていて、言って良いのかなと思っている様に見える。

私の対応は最初と変わらず、彼女が言い出せるまでのんびりと待った。


「とても、機嫌が、悪そうだったので・・・大事な話に割り込んで、その、ご迷惑だったかなと、思ったん、です。家精霊さんは、そんな事ないと、言ってくれたんですけど・・・不安で」

「あー・・・」


機嫌が悪そう。というのは多分、さっきの私の困惑の時の話だろうか。

そうか、人が怖い彼女にしてみたら、たったそれだけの行動でも怖いよね。

私も隣で困惑した様子で唸られたら、何かしたかなって焦るし。

自分がされたら怖いんだから、そこは自分と同じ彼女の事を気遣うべきだった。


「その・・・えっと・・・それは、私が、ごめんね。ちょっと、困ってただけだったんだ。次からもう少し、気を付けるね。ごめんね」

「い、いえ、すみません、セレスさんは悪くないです。私が勝手に勘違いしたのが悪いんです」

「ううん。仕方ないよ。まだ、私の事も、怖いよね。ごめんね、もうちょっと頑張るから」

「ち、違うんです。そ、そうじゃなくて、その、えっと、あ、あう、わたしは」


慌てて言い訳をしようとするメイラに頭に手を伸ばし、そのまま優しく頭を撫でる。

そしてそのまま彼女の前に膝を突いて、抱きしめて背中をポンポンと叩いた。


「うん、大丈夫だから。心配しなくて大丈夫。怒ってないよ。本当に少し困ってただけだから」

「・・・あ、う・・・はい・・・ありがとう、ございます・・・」


ライナを頭で想像しながら優しく語り掛けると、メイラも段々落ち着いた様子を見せてくれた。

やっぱり私の親友は偉大だ。何時かメイラが大きくなったらこの事は話したいな。

ぜーんぶライナが居たからなんだよーって。そう気軽に、話せる時が来れば、良いな。


完全に落ち着いたらメイラも椅子に座り、家精霊がお茶のお代わりを入れてくれた。

珍しく山精霊の分も持って来て、山精霊達は喜んでいる。

因みに器はお酒やつまみを入れる様な小さな器だ。小人な山精霊にはそれでも大きいけど。


「あの、セレス、さん・・・何に困ってたのか、聞いても、大丈夫、ですか?」

「うん? えっと、ね・・・」


何にといえば王子様が来るからなんだけど・・・最終的に困った部分はそこじゃないんだよね。

リュナドさんを見てて思いついた事だけど、私なら有りえそうだもん。

実際一度宿を追い出された実績が有る。そもそも実家を追い出された実績もある。

どちらも私にしたら、普段通りに過ごしていたら追い出されたという結果だ。


「もしかしたら、この家、追い出されるかもしれない、のかなと・・・」

「・・・え?」


私の言葉を聞いたメイラは、これ以上ないぐらいに目を見開いて驚いていた。

隣で家精霊がプルプル首を横に振ってるのは、出て行っちゃ嫌だという意思表示だろうか。

多分そうだよね。出て行かれたくはないよね。私も出て行きたくないけど。


やっぱりやだなぁ。怒られたくないなぁ・・・立て籠もっちゃ駄目かな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


珍しくセレスさんが家に男の人を上げ、それは私を助けてくれたリュナドさんだった。

会いに行くのはとても怖いけど、それでもセレスさんの作ってくれた仮面が有る。

これが有れば少しは我慢出来るし、あの人は違うんだと思えば頑張れると思う。


そう思って、せめて家において貰っている身として、お茶ぐらい出せる様になろうと思った。

家精霊は心配してくれたけど、それでも少しでもやれることはやりたいとお願いして。

ただその日のセレスさんは、何時もと、違った。


「・・・ありがとう、メイラ」


お茶を持って行った時の、体が恐怖で縛られたかと思う程の、不機嫌極まりない声音。

それどころか眼はとても鋭く厳しい。何時もの優し気な顔が完全に消えている。

仮面を付けている時は外出時だから、周囲を警戒してるんだと思ってた。

だけど今日は家の中で、何時も楽しそうに話してる相手で・・・。


そこでふと、もしかして邪魔をしたのかと思い、すぐに二階に退散した。

前に私が危惧した事を、やってしまったんじゃないかって。


「家精霊さん、わたし、邪魔、しちゃった、かな・・・」

『そ、そんな事は無いです。その、主様の許可なしには話せませんが、決してメイラ様が気に食わなかったとか、そういうことを考える方では有りませんから。大丈夫ですから』

「・・・うん、ありがとう」


家精霊が慌てた様に慰めてくれて、それが余計に私の情けなさを痛感させる。

迷惑をかけない様にしたいのに、迷惑をかけてどうするんだろう。


『主、機嫌悪かったねー』

『悪い時怖いよねー』

『怒ったらバーンされる!』

『やだ! バーンやだ! あれ怖い!』

『でもあれリュナドのせいでしょ?』

『リュナドの奴ー! 主怒ったら怖いんだぞー!』

『でもリュナドに仕返ししたら、主が怖いよ』

『怖いよね。でもライナが一番怖い』

『『『『『解るー』』』』』


今日の山精霊達の会話は何だか良く解らない。バーンって何だろう。

リュナドさんのせい、という事は、大事な話に水を差した、って事になるのかな。

それならどちらにせよ邪魔をした事にはかわらないのかも。


家精霊は『あれらの戯言を気にしてはいけません』と言ったけど、どうしても気になる。

なので意を決してリュナドさんが帰った後に訊ねると、またいつもの様に慰められてしまった。

さっきの不機嫌そうなセレスさんはどこにも居らず、何時もの優しいセレスさんに。


・・・その事に心底安心するのは、未だ私が信じきれてないからなんだろうか。

そう考えるととても申し訳なくて、だけどそれでも嬉しくて仕方ない。

私はもうセレスさんが居ないと、セレスさんに裏切られたら、心が保たない。そう、解るから。


「もしかしたら、この家、追い出されるかもしれない、のかなと・・・」


ただ落ち着いた後に聞かされた事が衝撃過ぎて、そこまで考えていた事が吹き飛んでしまった。

驚きすぎて言葉を失っていると、後ろから『そんな話してませんでした。絶対違います』という家精霊の声が聞こえ、でも溜息を吐いてカップを見つめるセレスさんはまた不機嫌な顔になってしまい、訳が解らず余計に困惑する。


だけど家精霊が『大丈夫です。あれは悩んでるだけです』というので口を出すのは止めておく。

変に口を出して考えの邪魔をするような事はしたくない。

ただ最後に『見当違いの事で』と小さく言ったような気がするのは、気のせいかな。


大丈夫かな、セレスさん。それに家の話となると、家精霊も心配だな。

私が心配してもどうにもならないとは思うけど、何か力になれないかな・・・。

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