第134話、探りを入れられる錬金術師。
ある日の昼下がり、お昼寝をしようとした頃合いにリュナドさんがやって来た。
寝ぼけた頭で出迎えてしまい、彼の「良いのか?」と問う意味に首を傾げつつ家に入れる。
だって前に寝ぼけていた時と違い寝間着では無いし、恥ずかしい恰好ではなかったし。
ただメイラが下に降りて来た事で、彼の言葉の意味に気が付いた。
しまった、寝ぼけてて普通に家に入れてしまった。メイラが怖がる。
「い、いらっしゃい、ませ。お、お茶の用意、し、しますね」
だけどメイラはリュナドさんにちゃんと挨拶して、お茶を入れに台所へ向かって行った。
仮面はつけてはいたけれど、それでも怖さが無い訳じゃないだろうに。
後ろに心配そうな家精霊が付いていた辺り、多分メイラ自身の意志で降りて来たんだろう。
・・・強いなぁ。私はあんなに強く在れなかった。いつも誰かに縋っていた。
いや、縋っているのは今もか。私のは全然過去の話じゃないや。
「・・・あの仮面、心を落ち着けるん、だったよな。家の中では、外せているのか?」
「う、うん。一応、普段は付けてない、よ」
「・・・そうか。それなら、まだ良かった」
ふっと優しく笑みを見せる彼を見て、やっぱり優しい人だなと改めて思う。
いつかこの人の優しさを彼女が見れるようになれば良いけど・・・難しいだろうな。
私はリュナドさんが優しくて頼れる人だと解っても、話せる様になるまで時間がかかったもん。
「まあ、あんまり長居して怖がらせるのも何だし、用事をさっと済ませて帰るよ」
その言葉に少し申し訳なく思っていると、彼は懐から手紙らしき物を差し出した。
前にアスバちゃんが持って来た手紙に少し似た感じがする。ただ一度封を開けた跡が有った。
良く解らないけれど中を開けて内容を読んでみる。
「んー・・・んー?」
気のせいかな。手紙の差し出し主が国王になってるんだけど。なにこれ。待って、本当に何。
しかもどこかの国の王子が会いに来るとか書いてる。意味が解らない。
失礼の無い様にっていう感じの事書いてるけど、それならまず私に会わせないで。
私が失礼な事しないで済むわけがない。絶対何かやる。絶対怒られる。
「・・・なに、これ・・・リュナドさん」
「―――――っ、ま、まった、ちょっと待った。うん、頼むから、先ずは落ち着いてくれ」
余りに驚いて声が上手く出ず、意味の解らない内容を窺う様に上目遣いで訊ねた。
ただ私の焦り様に気が付いてくれたのか、彼はまず落ち着くようにと言ってくる。
確かに今焦りすぎて、何を言われても混乱するかもしれない。よし、ちょっと、落ち着こう。
「ど、どうぞ、お茶です」
「あ、ああ、ありがとう」
「・・・ありがとう、メイラ」
「――――は、はい、そ、その、邪魔にならない様に、上に、い、居ますね」
丁度良いタイミングで持って来てくれたので礼を言うと、メイラは一瞬固まってしまった。
そして声を震わせながら上に居た方が良いかと言い出したので、怖かったのかもしれない。
無理せず上に居た方が良いだろう。ここに来ただけでも十分頑張ってる。
「・・・ん、ごめんね、その方が良いね」
「は、はい、ごめんなさい、し、失礼します」
メイラは私の様子を窺いながら、家精霊に連れられて二階に上がって行った。
何故か一緒に山精霊達も沢山ついて行ったけど、まあ、良いか。
取り敢えず心を落ち着けるのを優先し、お茶をすすってから大きく息を吐く。
「ふぅ~・・・リュナドさん、これ、どういう事」
とはいえ混乱を完全に回復は出来ず、少しかすれた声で彼に訊ねる。
すると彼は普段から良い姿勢を更に正す様に座り直し、緊張した面持ちで口を開いた。
「こ、こちらとしても、状況を把握しかねている。セレスの作った道具が売れているのは事実だし、セレスに自分の所で働いて欲しいと思う奴は居るのは確かだ。けど態々王族が、それも他国の王族が自分で会いに来る理由、なんてのは正直解らない。理由も告げられていない」
リュナドさん達も困ってる、って事なのかな。本当に何で私なんかに会いに来るんだろう。
「・・・会わないと、駄目、なの?」
「で、出来れば、会うだけは、して欲しい」
問答無用で会いに来るって感じがとても苦手で、困り顔を彼に向けて訊ねた。
すると彼も同じ様に少し困った顔で応え、どうしようもないという事が解ってしまう。
うう、嫌だ。王子様に会うとか、私そんな人に会えるような態度出来ない。怖い。
「・・・失礼の無い様に、って、言われても・・・」
いきなり「会いに来るから失礼の無い様に出迎えろ」とか、私にはちょっと無茶だ。
知らない人が突然訪ねて来て、私が上手く話せる訳がない。
私は私が解っているから、きっと失礼なんて当たり前にする。絶対相手を不快にさせる。
その事が一番不安で、彼に困った瞳を向けた。
「そ、それに関してはセレス宛てじゃなくて、あくまで領主に向けられた手紙だ。この街に住む錬金術師に他国の王子が会いに行くから、失礼の無い様に領主が対応しろって内容だから」
「・・・私は、気にしなくて良い、って事?」
あ、それならまだ何とかなりそう、かな。怒られないで済む、んだよね?
「あー・・・そのー・・・・多少は、気にしてくれると、助かるんだが・・・」
「・・・そう」
駄目だった。やっぱりちょっとは頑張らないと駄目らしい。うう、どうしよう。
仮面が有るから取り敢えず対面は出来るけど、失礼をしない様にとか言われても解んない。
何が相手にとって失礼かなんて、私には解んないもん。そのせいで声が殊更重くなった。
「―――――っ、で、出来る限り、こっちもフォローするから」
「・・・リュナドさん、その時、傍に居るの?」
それならとても心強い。そう感じて目を開いて彼を見つめる。むしろ居て欲しいと願って。
「う・・・わ、解った、そこに、居る、から」
「・・・なら、うん、それなら、良いかな」
「そ、そうか・・・良かった・・・うん、本当に良かった・・・」
リュナドさんは安心した様に大きなため息を吐いた後、また少し困った様な顔を向けた。
ただすぐに口を開かずに躊躇している様で、首を傾げながら彼の言葉を待つ。
「その、だな。セレスはその王子が来る理由とか、実は知ってたり、しない、かな」
王子が来る理由? そんな事言われても私は知らない。知れるはずがないと思う。
だって来るのって今知ったんだもん。理由なんてどうやって知れば良いのか。
ただ一応心当たりは無いかと、むーんと眉間に皺を寄せながら悩むも、やっぱり何も無い。
「・・・知らない。私が、教えて欲しい」
「そ、そうだよな、す、すまん。余計な事を聞いた」
「・・・謝らなくて、良いよ」
多分リュナドさんも困ってるん、だよね。多分。最初にそんな事言ってたし。
本当に私なんかに何の目的で会いに来るんだろう。
もし作って欲しい物が有るとしても、王族って、普通は会いに来ない、よね?
あ、そうだ、一番大事な事聞いてなかった。
「・・・仮面は、着けていい、よね」
「あー・・・んー・・・うん、まあ、良いか、な」
「・・・ん、解った」
良かったぁ。仮面無しでそんな良く解らない状態とか、緊張感で泣き出す自信が有る。
会いに来る理由は良く解らないけど、仮面とリュナドさんが居るなら多分大丈夫かな。
・・・でも、ほんとに何の用なんだろう。
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「・・・なに、これ・・・リュナドさん」
「―――――っ」
ここ最近聞いていなかった低く唸るような声と、久しぶりの視線だけで殺せそうな鋭い目。
やっべえ、予想以上に不機嫌だ。何となくそんな気はしてたけど、めっちゃ怖い。
取り敢えず落ち着いて貰おうとしたけど、メイラって娘にすら不機嫌を隠さねえ。
ただそんな不機嫌な様子を見せたくはないと思ったのか、娘は上に行かせた。
どうやら彼女も、流石にあの威圧を見せる相手は選んでいる様だ。
ただ対面に居る俺は逃れられない。大きなため息が物凄く怖い。俺も一緒に逃げたい。
「・・・会わないと、駄目、なの?」
全然落ち着いてないな。うん。目茶苦茶不機嫌なままだわ。
いやほんと、最近ここまで不機嫌な声音で話しかけられた覚え無かったのになぁ。
段々セレスに対する危機感が薄れた頃にこういう事してくるんだよなぁ。泣きそう。
びびりつつも何とか会う事だけは約束して貰い、嫌々ながら同行の条件を呑んだ。
王子と機嫌の悪いセレスの間に立つとか本当に嫌過ぎる。
だけどそうしないともっと面倒な事になる可能性も有るし、俺以外やれる奴が居ないだろう。
つーか、セレスが俺を名指しするから、どうせ逃げられない。
そもそも今目の前で目を見開いて「拒否は許さない」って顔してるし。
・・・これが有るから俺、セレスに友人だと思われてる自信無いんだよなぁ。怖い。
「その、だな。セレスはその王子が来る理由とか、実は知ってたり、しない、かな」
ただ一応これを聞く為に来た所が有るので、反応が怖いけど恐る恐る尋ねる。
すると彼女は今までで一番深く眉間に皺を刻み、殊更不機嫌そうに目を瞑った。
「・・・知らない。私が、教えて欲しい」
ほんとか。なあ、それ本当なのか。何だよ今のタメと気に食わなさそうな顔。
その上仮面も付けて良いかと聞かれたし・・・やっぱり心当たり有るんじゃないか?
でも怖くて突っ込めない。帰って報告したら先輩にへたれとか言われそう。
えーえー、ヘタレですよ。じゃああんた達が行って下さいよ。怖いんだぞ! マジで!
なんて心の中で先輩や領主に文句を言いつつ、重い足取りで錬金術師の家を後にした。
今日は見送りの時点でもまだ顔が険しかったな。普段ならぼーっとした顔に戻ってるのに。
やっぱ、何か心当たり有んのかな。やだなぁ。王子様来れなくならないかなぁ。
彼女の難しい性格をやんわり伝えなきゃいけなさそうなのも含めて、ほんと来ないで欲しい。
領主と同等の貴族と話すのと違って、後ろ盾が何の意味もなさないから本気で怖い。
一応、錬金術師には何か心当たりは有りそうだ、と報告する事しか出来ないな。
ライナは「セレスには心辺りは無さそう」なんて言ってたが、あの態度じゃそうは思えないぞ。
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