第133話、褒めて貰って気の抜けた錬金術師。
あれからまた数日経ち、だけど変わらない毎日が続いている。
何事も無い平和な毎日と言えば、きっと平和な毎日なんだろう。事実何も起きてないし。
ただやっぱりどうにも・・・ライナの店に来るのは止められなかった。
「いらっしゃい、セレス。メイラちゃん。どうぞ、座って」
「・・・うん」
「お、おじゃま、します」
ライナに出迎えて貰い、背後に感じる視線から目を逸らして店の扉を閉める。
中の様子を窺っている感じはするけど、相変わらず動きそうな気配ではない。
「直ぐにお茶を用意するから」
ライナは普段通りそう言って厨房に向かい、メイラも大人しく席に座る。
ただ私は席に着くことはせず、ライナを追いかける事にした。
「・・・メイラ、私、ライナと話す事が有るから、ちょっと離れるね」
「あ、は、はい」
「精霊達、メイラをお願いね」
『『『『『キャー』』』』』
店内には私の家より多く精霊が居るので、任せておけばメイラは大丈夫だろう。
メイラ自身が精霊達に優しいからか、山精霊達も彼女を気に入っている。
最近は家精霊に何か言いたい時に、メイラの背後に隠れながら言ってるぐらいだし。
「ら、らいなー?」
「ん、どうしたのセレス」
厨房に向かって声をかけると、こちらをちらっと見てお茶の用意を続けるライナ。
その構えない様子に少し安心しつつ、だけど中々言葉が出て来ない。
だけど何時までもそうしている訳にはいかないと、意を決して口を開いた。
「メ、メイラの事、なんだ、けどね」
「・・・メイラちゃんの?」
メイラの名前を口にすると、物凄く不思議そうな顔でライナは問い返してきた。
あんまり解り易く不思議そうだったので、私も思わず首を傾げてしまう。
ただ「ああ、ごめんね。続きを聞かせて」と言われ、慌てて最近起きた事を説明した。
「メイラちゃんを、か。確かに、本人狙うよりは有効よね。私も考えなかった訳じゃないし」
「え、何を、考えてたの?」
「ごめんなさい。こっちの話よ。でもセレス、外出時のメイラちゃんの安全の為に、ローブを改造して精霊をつけたって言ってたわよね。それでも足りなさそうなの?」
「あ、そっちは、多分、大丈夫なんだけど・・・このまま店に来てると、その、ライナのお店に、迷惑かかるかなって・・・来ない方が良いかなって、その、思って」
もしこれを話して、その通りだから暫く来ない方が良いと言われたら、辛いけど我慢しよう。
そう思いつつ恐る恐る上目遣いでライナを見上げると、彼女は笑顔で私を見ていた。
「ふふっ、ありがとう。心配してくれて。でも大丈夫よ。見てのとおり店内は精霊達が沢山居るし、滅多な事は起きないでしょ。来たい時においでなさいな」
「そ、そっか、良かった・・・え、えへへ、ありがとう」
精霊が守ってくれるだろうというのは勿論解っていた。だけど肝心なのはライナの考えだ。
なのでいつも通りのライナがそう言ってくれるなら、安心して店に会いに来られる。
「んー、セレスの心配を取り除く為にも、外出にも一人は精霊を連れて行こうかしらね。勘違いされるのは困るから、今まで外に連れて行かなかったんだけど」
「ふぇ? 勘違いって、何を?」
「精霊使い、と勘違いされたくないのよ、私。幸い料理人や食事を振る舞う人間には懐き易い傾向が有るから、あんまり気にされてないけど。でも大勢連れ歩いたら絶対噂されちゃうわ」
・・・それは勘違い、なのかなぁ。ライナは山精霊に一番懐かれてる気がするんだけど。
ライナの料理で街に来たし、店には私の家より精霊居るし、私よりライナの言う事を聞くし。
まあライナが嫌だと言うなら仕方ない。別に私も精霊使いになって欲しい訳じゃないし。
「セレス、その事メイラちゃんには伝えてるの?」
「う、ううん、怖がらせるかな、と思って言ってない。自分なら、知らない人の害意の目とか、怖いし・・・私とメイラじゃ話が違うから、一緒じゃないかも、しれないけど」
「・・・確かに結果として何も起こらなければ、その間ただ怖がらせちゃうものね。正解かも」
あ、良かった。自分の判断だったから少し不安だったけど、ライナがそう言うなら安心だ。
「そうだ、ちょうど良いわね。私もセレスに、少し聞きたい事が有ったのよ」
「え、な、なに、私、何かした?」
「んー・・・セレス、最近、一人で遠くに出かけたりとか、した?」
「ふぇ? ううん、出かけてないよ。領地から出る時は、必ずリュナドさんに連絡入れてるよ」
「そうよねぇ・・・そう言ってたものねぇ・・・」
私の答えにうーんと困った顔をするライナ。何でそんな質問をするんだろう。
帰って来た後は必ずライナにも伝えてるから、いつ出かけたかも知ってるはずなのに。
「私、野盗狩りの一件以来、殆ど出かけてないよ。二回程、魔獣狩りの依頼、受けたぐらいで」
「そうね、そう言ってたのよねぇ」
何だろう、段々、不安に、なって来た。私、知らないうちに、何かしちゃったのかな。
いや、私だもん。多分やっちゃったんだ。あうう、どうしよう、ライナ怒ってる?
「ああ、不安にさせてごめんなさい。ちょっと確認しただけだから」
ただ私の不安そうな様子に気が付いたライナは、ふっと笑ってそう言ってくれた。
「え、あ、えっと、ライナ、怒ったりとか、してない?」
「ないない。ちょっと気になった事が有ったから聞いただけよ」
優しく頭を撫でられほっと息を吐く。良かった。また良く解らない内に何かしたかと思った。
「頼れるおねーさんになって来たかしらと思ってたんだけど、まだまだ心配ね、ふふっ」
「あ、あう・・・だ、だって、あの子の場合は、単にあの子が私よりか弱いだけだし・・・」
「ふふっ、そうね。でも頑張ってると思うわよ。昔のセレスなら、そんな余裕無かったでしょ」
「・・・そう、だね」
私は私の事で精一杯だった。私の普通は人の普通じゃなくて、だから話が通じなくて。
だけどライナっていう優しい友達が居てくれたから何とかなっていた。
そう、目の前の親友が居てくれたから、その『余裕』が微かに生まれたんだ。
「・・・ライナのお陰だよ。あの子を助けてあげようって思える、今の自分は、全部」
「違うわ。それはセレスが自分で変わったの。私に感謝してくれるのは嬉しいけど、私がそうしろって言った訳じゃない。自分で、決めたんでしょ?」
「だけど、ライナの言葉が無かったら、私は―――――」
「セレス」
私の言葉を少し強めに止めるライナに、怒らせたかと思ってびくっと固まってしまう。
だけどその顔は声とは別で優し気で、少し混乱して言葉が出ない。
「・・・ねえ、セレス。もし私があの子を助けるなって言ったら・・・助けなかった?」
助けるなって言われたら、助けなかった、だろう、か。解らない。どうしただろう。
だけど私が彼女を助けたのはこの恐怖から救ってくれた人が居たからで、だから私も助けてあげたいと思って、そんな私を助けてくれた彼女がそんな事―――――言うとは思えない。
「ラ、ライナは、そんな事、言わないと、思う」
「そうかしら。私セレスが思っているより薄情よ。友達が無事ならそれで良いもの。前に騒動があった時だって、貴女が無事だったらそれで良いと、そう思ったのだし」
「そ、そんな事ないよ。ライナは、優しくて、凄いもん」
だからこそ私なんかを構ってくれて、助けてくれて、だから、だから―――――。
「・・・助けて貰ったから、助けようと思った。それは自分の意志よ。誰に言われたからやった訳じゃない。自分がしたいと思ったからした事。そして、あの子はそれで救われたの。私の力じゃないわ。セレスが助けたの。貴女が頑張ったのよ。私じゃなく、自分を褒めてあげなさい」
―――――――だから、いつも、私が嬉しい言葉をくれる。やっぱり、薄情なんて、嘘だ。
「が、頑張った、かな、私」
「ええ、頑張ったわ」
「リュ、リュナドさんに、色々、助けて貰ったけど、良いの、かな」
「あの子がセレスに懐いているのが、何よりの証拠でしょ。貴女が私を慕ってくれる様に」
私自身が頑張ったからだと、そう褒めてくれた、その事が嬉しくて泣きそうだ。
だけど泣いたら、メイラに、心配かけちゃうかもしれない。
涙目で、戻る、なんて――――――。
「らいなぁ~~~~」
「はいはい、よしよし・・・保護者としてはまだまだねぇ」
「ごべんあざい~~~」
「謝らなくてもいいわよ。これから、なんだから。少しずつ頑張れば良いのよ」
お湯が沸きあがる少しの間、泣き止むまでライナに抱き着いて頭を撫でて貰った。
涙目で戻った私に気が付いたメイラには、ライナが上手く誤魔化してくれたので助かった。
私じゃ上手く誤魔化せなかったので早速助けて貰ってしまった。保護者って難しい・・・。
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「久々にこちらの方に来るが、やはり遠いな・・・まだ国境にも着かないか」
それなりの速度で車を走らせそこそこの日数が経つが、目的地に着く様子が無い。
返事を待つ前に出発して良かった。待っていたら訪問にこの倍以上かかっただろう。
「辺鄙な領地の、特にめぼしい物が無いと言われていた街、か」
もしその街に住み着いたのが『彼女』なら、そんな事はきっと有りえないだろう。
確実に目的が有って、何か有益な物が有るから、そこに住み着いたはずだ。
そしてその証拠の様に、その街は一気に大きくなっている。錬金術師の力によって。
もしかするとそこに人が新しく寄り付かなかった理由も存在するかもしれない。
少なくとも鉱山として開ける山が有ったのに、今まで全く力を入れて来なかった事は不可解だ。
そして今更気が付いたとして、人の集まりと流通に乗る速度が速過ぎる。どんな手品を使った。
解っている事は、その全てが錬金術師のを中心に回っているという事実。
「他国に商品が流れ、貴族共が欲しがる程・・・となれば、たとえ『彼女』でなくとも、接触には意味が有る。勿論出来れば『彼女』である方が望ましいが」
おそらくまだあの国は、その街に住み着いた錬金術師の価値を理解出来ていない。
いや、価値が有るとは思っているだろうが、どれだけの価値かの把握が出来ていないんだ。
だが錬金術師を名乗る人間の中で『これ』を作れる人間を、私は一人しか知らない。
もし作れる人間が他に居るのならば、今更こんな物が市場に出回るのは異様だ。
「・・・魔法石・・・もし『彼女』なら、万が一『彼女』がそこに住み着いたのなら」
あの時の借りを、返させて貰おう。神雷の魔女よ。
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