第132話、とても困っている錬金術師。
黒塊から害意を持って見られていると言われて暫く経ったけど、特に何事も無く過ごしている。
ただあれから私の外出回数は多いとは言えず、確か4回ぐらいしか昼間には出ていない。
だけど最近、あの視線はほぼ毎日感じる様になった。理由は解っている。
「ライナのお店に、張ってる、感じする、よね・・・」
最近は食堂に近づく前ぐらいから、絨毯で飛んでる最中でも視線を強く感じる。
元々真夜中なのに時々視線を感じてはいたけど、あの視線は感覚的に違うと解った。
あれは出かけた時に感じる嫌な視線と同じ物だ。間違いなく同じ奴が私達を見ている。
幸いはメイラが全く気が付いてない事かな。絨毯で飛んでる時は怖がっている様子は無いし。
彼女は人は怖いけど視線には鈍い様で、見られている事を認識しなければ怖くはないらしい。
相手が傍に居る、自分が認識出来る距離に居る、見える範囲に居る、という辺りが重要な様だ。
私も殆ど同じなのだけど、私の場合は視線を何となく肌で感じてしまうから怖いんだよね。
なので私のせいで怖がらせる事も無いかと思って、視線の事は内緒にしている。
「・・・うーん・・・どうしよう。暫くお店に行くの、止めた方が良い、かなぁ・・・」
狙いがメイラだとするのであれば、ライナのお店に張られているのはとても困る。
もしライナの店に居る時に襲ってこよう、なんて考えられたら迷惑をかけてしまう。
万が一が有って怪我をさせてしまう、なんて事に成ったら私は私を許せない。
「でも、ライナに会いに行けないのは、やだなぁ・・・」
ライナの身の危険を考えるなら物凄く我が儘だけど、お店に行けないのは凄く困る。
彼女の食事を食べられないのは勿論、会える距離なのに会えないのはとてもストレスだ。
仕事や素材採集で街から離れている訳でもないのに。悲しい。
「でも、仕方ない、かぁ・・・」
うう、とても辛い。ただでさえ市場に頑張って行った日は会いに行きたいのに。
因みに買い物に行った日は、何を買ってどれだけ払ったか全て記録している。
精霊の食事量を賄う為に大量に購入するので、その金額を聞いたライナの指示だ。
メイラの面倒を見るなら収入と支出の記録はつけなさいと、力強く言われて頷いた。
私は特に必要ないと思ったのだけど、ライナに「やりなさい」と言われてたので仕方ない。
買い物に行った日は必ずその帳面を持って確認して貰っている。
『・・・今の所、馬鹿な事する人は居なさそうね。少し安く売り過ぎな気もするけど』
出納帳を確認するライナの目は真剣そのもので、この間はそんな事を呟いていた。
安く売り過ぎと言われて結界石の値段を上げた方が良いのかと思ったけど、どうやら市場の売り物が安過ぎるという事らしい。
私としてはありがたいのだけど、それならちゃんと値段上げて貰った方が良いのかな?
今度市場に行った時は言ってみよう。言えたら。うん。言えたらちゃんと言うよ。
『でも、良かったわ。セレスに変な事する人は減ってる様で。これもリュナドさんが活躍した上で、警備を常時つける様にしてくれたおかげかしら。暫くは安心そうね。ほんと、物語のヒーローみたいになってるわね、今のあの人・・・本人は嫌がってるけど』
ただライナは今の私の状態をそんな感じに言っていたので、余計な事を言えなかった。
確かに私の周りには変な人は居ないのかもしれないけど、メイラの周りに居る事を。
でも黙ってるのも辛いし、会えないもの辛いし、どうしたら良いのか私解らなくなって来た。
話題に上がったヒーローのリュナドさんに相談も考えたけど、最近忙しそうなんだよね。
新人さんの訓練とかで自分も鍛え直してるって言ってたし。
実害が有るならともかく、現状ただ見られているだけだから、余計な仕事は迷惑かもしれない。
「私どうしたら良いかなぁ・・・どう思う、黒塊」
『・・・何故貴様は我にそれを話すのだ。少なくとも我が貴様なら我を選択肢には選ばぬ』
「家精霊に言って心配させるのも嫌だし。貴方なら何話してもそこまで問題無いかなって」
『・・・そんな理由で我をここに呼んだのか』」
こことは、新しく作った食材倉庫だ。実はさっきから二人っきりで話している。
最近は私の黒塊に対する警戒心は殆ど無い。むしろ何言っても良いので楽な相手だ。
「だって黒塊、何時も外に居るし、最近外暑いし、家の中じゃメイラが怖がるし・・・それに黒塊は氷の上を陣取ってるし、貴方だって暑かったんじゃないの?」
この倉庫は断熱材を仕込んだ上で氷を置き、氷室の様に使っているのでとても涼しい。
断熱性の高い木材を使って建て、内側には鉱物で作った断熱材を使っている。
高温で溶かして混ぜながら冷やすと、多少の火にも強い物が出来上がる鉱物を使った。
ただ難点を上げるとすれば、木材に関してはもっと良い物が欲しかったという事か。
あの山には『私の知る限り一番断熱性の高い木材』は無い。
とはいえ無い物は仕方ないし、それよりは劣るけど代わりになる木材を使っている。
因みに難燃剤も作れるので紙類での断熱も考えたけど、それはまた別の機会にでも使おう。
『・・・我は寒暖は感じん。氷の冷たさもな』
「そうなんだ。でもごめんね、私が暑いんだ。流石に氷の上に乗りたい程ではないけど」
因みに氷は魔力の籠った氷ではなく、魔法で冷気を発生させて井戸水を凍らせた物だ。
これなら魔力による影響は少ないだろうし、素材を置いても余り変質はしないだろう。
ただ何時かは何かしらの道具を作って冷やしたいとは思う。氷を何度も作るのも手間だし。
まあその辺りはおいおいという事で。今は遠くに探しに行く気は起きないし。
『・・・まあ良い。だが先に言っておくが、ここで話した内容は全て家の精霊には筒抜けだぞ』
「え、ほんと?」
『嘘を吐く意味が無い。ここは奴の加護を受けているだろう。そもそもこの庭自体奴の領域だ。この領域内の出来事は全て掌握している。どこで話そうが口に出した言葉は全て筒抜けだ』
あ、そうなんだ。私あの子と直接話せないから、その辺り解る機会が無かった。
でも確かに言われてみると、外で作業してても適度なタイミングで飲み物持って来てくれる。
あれは単純にタイミングが良いんじゃなくて、家の中でも私が見えているからか。
そう考えると追い出す家精霊に抵抗して引き籠る、なんてのは絶対に無理だった訳だ・・・。
『その上で我から答えるとするならば、勝手にしろ、と言うだけだ』
「・・・何の解決にもなってないよね、それ。どうすれば良いか解らないから困ってるのに」
『ふん、我は娘さえ無事であれば良い。現状娘に手を出す事が出来る者は魔法使いの娘だけだ。その上で貴様が警戒しているというのであれば、我が何を言う事も無い』
「・・・まあ、それもそう、だよね」
私も黒塊が良い答えをくれるとは思ってなかったけど、あんまり予想通り過ぎる。
とはいえその言葉を信じるなら、少なくとも相手は『他愛もない存在だ』という事だろう。
「やっぱりそうなると、問題はライナへの迷惑だけだよねぇ・・・どうしよっかなぁ・・・」
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「今の所、襲撃をする、という所までは纏まってない様ね。とはいっても逃げる気配もまだないそうだけど」
リュナドさんにお茶を出して、彼の目の前に座りつつそう口にする。
彼はカップを持った手を止めて困った様な顔になっていた。
まさか私からこんな話題が振られると思ってなかったんでしょうね。
申し訳ないけど、少しおかしい。思わずクスクスと笑ってしまった。
「マスターにでも聞いたのか?」
「ふふっ、いいえ、この子達にお願いしたの。ここ最近セレスの様子がおかしかったから、何か有ると思ったのよね。そうしたら簡単に調べて教えてくれたわ。元々アスバちゃんから手紙の事は聞いていたけど、まさか攫うつもりまであるとは、ね」
『『『『『キャー』』』』』
確かにマスターなら、錬金術師に用が有る者達の存在には気が付いているかもしれない。
だけど別に彼に頼まなくたって、セレスの事という話なら精霊達に頼めば良いもの。
何だかんだこの子達はセレスの事が好きだというのは解っている。
ならセレスの為だと伝え、その上でご褒美をあげれば案外しっかり働いてくれるのよね。
問題は一気に報告してくるのと、関係ない話も混ざるので、内容を纏めるのが大変な事かしら。
「・・・何時まで粘るつもりなんだろうな、連中」
「一応セレスに関する約束は有効なんでしょ? 大本に問い詰めたりしないの?」
「うちの国の貴族ならな。面倒臭い事に他国から来てんだよ。残念ながら錬金術師に対する決まりは内々の取り決めみたいな物でな。連中には関係無い。捕らえても尻尾切りだ」
成程・・・流石にその辺りは、この子達じゃ解らないわ。他国の貴族だったのね。
「下手に連中を潰してしまうより、逃がして正確にこの街の状況を理解させ、手を出してこないように出来れば良いなー・・・なんて考えだったりする。潰しても次が来るんじゃ面倒臭いし、潰して他国に変に恨みを買うのも面倒だ。とはいえ実際に行動を起こしたら捕らえるけどな」
彼の言う通り、街に潜む連中を捕らえても切り捨てられて終わり、なんでしょうね。
捕えても知らぬ存ぜぬで通すつもりだからこそ、こんな無茶をさせているんでしょうし。
だけど捕えたら捕らえたで気に食わないと、また仕掛けて来る可能性が有ると。
確かに面倒そうな話ね。セレスの為だけを考えても正解が解らないわ。
「・・・とまあ、当初はそのつもりだったんだが、もっと面倒な事が起きて、正直どうしたものかな、ってのが現時点なんだよ」
「何か、有ったの?」
ここまでも彼は良い表情はしていなかったけど、ここで殊更面倒そうに大きなため息を吐いた。
それで何となく、本当に物凄く面倒な事なんだろう、というのは感じ取れる。
「王子様が、来るんだってよ・・・」
「・・・え、王子様って、まさか、嘘でしょ?」
確かにセレスの今までの活躍や、街に知れ渡っている噂が王都まで届いていれば、セレスに王都で働かないかという話が来てもおかしくはない。
だけど、だからって、王族が態々ここまで会いに来るなんて、有りえない。する訳が無い。
「多分、勘違いしてるぞ、ライナ」
「え、勘違いって・・・あ、もしかして、王子様ってたとえた表現って事?」
「違う。来るのは、その手紙出してきた貴族の居る国の王子だ。近い内にここに来るんだと」
まって、そっちの方がよっぽどあり得ない。何で他国の王子が態々来るの。
セレスの作った道具が国外迄流れているとしても、王族がやって来る程の事とは思えない。
まさか手紙の貴族がその王子と繋がってい・・・いや、それなら尚の事来る意味が解らないわ。
態々自分の不始末を教えに来るなんて損しかないもの。攫うなら秘密裏にやるから意味が有る。
状況が理解出来ず困惑するに私に、彼は心底面倒だという表情を隠さず続ける。
「真意は知らない。だけど正式に我らが国王陛下に書簡が届き、許可が下りてこの街にやってくる予定だ。それも『この街に居る錬金術師に会いたい』という言葉つきで。なあ、セレスから何か聞いてないか。態々他国の王子が来る様な何かを。俺は直接聞くのが怖くて堪らないんだが」
・・・ねえ、セレス、まさか知らないうちに他所の国で暴れたとか、ない、わよね?
どうしよう。これは確かに、私も聞くのが怖い。あの子、何したのかしら。
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