第131話、敵の存在を感知する錬金術師。

「ふぁああ・・・」


いつもの様に朝起きて、ぼーっとした頭のままベッドから体を起こす。

隣には気持ちよさそうに眠るメイラが居て、この光景も見慣れたと思いつつベッドから降りる。


「・・・少し前までは、想像出来なかったな」


傍に彼女を置いて、彼女の世話をして、一緒に寝て・・・落ち着きつつある今改めてそう思う。

この街に来る前の私に、ライナと母以外の人間と一緒に眠る、なんて言っても信じないだろう。

メイラだけじゃない。リュナドさんとも平気だし、アスバちゃんも大丈夫になった。


「・・・私が成長した、訳じゃないけど」


多分私は殆ど変わっていない。ほんの少しだけ変わったかもしれないけど、それだけだ。

メイラを守ろうと、気を張れるようになった事だけが、唯一の成長かな。

ただこの子が居ない所では、私はいつも通りの私に戻ってしまうけど。


「・・・だって怖いしなぁ・・・未だにリュナドさん以外の兵隊さんとは、素顔で話せないし」


申し訳ないけれど、普段お世話になっている精霊兵隊さん達も、未だに素顔では話せない。

良くして貰っているし、良い人達なのは解っているけど、まだ少し緊張してしまう。

とはいえ、多分ただ話すだけなら出来るとは思う。顔をまっすぐに見る自信がないだけで。


リュナドさんには良く背中に縋っていたので、そこから慣れた部分も大きいと思う。

それに彼は私がどれだけボソボソと喋ってもちゃんと拾おうとしてくれるし。

・・・改めて考えなくても、私本当に成長して無いなぁ。


「・・・朝から自分で勝手に落ち込むのは止めよう。取り敢えず起きて顔を洗おう」


階下に降りると既に手拭いを用意している家精霊が居たので、頭を撫でてから受け取った。

にへーっと嬉しそうに笑う様子はいつも通り心が和む。


ただ可愛がってるつもりになってるけど、お世話になってるのって圧倒的に私なんだよね。

最近は無いけど、外に出なさ過ぎて叱られた事もあったし、それでもお世話してくれる子だ。

褒めるより感謝の方をもっと見せた方が正しいんじゃないだろうかと、時々思ったりする。


「・・・でも、まあ、喜んでるし、いっか」


手元で溶け過ぎて段々球体に近づきつつある家精霊を見て、取り敢えずこの子が不満な態度を見せない限りは良いかと結論付けた。

顔を洗いに外に出ると山精霊達は今日も元気に踊っていて、最近は黒塊も平和そうにしている。


黒塊から聞いた話では『美味しいもの食べてご機嫌』だからだそうだ。

つまりメイラの提案がここまで効果が出ていて、私は何も考えずに対策が済んでしまった。

なので黒塊も庭で特に何するでもなく鎮座している事が増えている。

ただ今日は何を思ったのか、黒塊は私に向かってゆっくりと移動を始めた。


『おい、女』

「・・・珍しいね。最近そっちから話しかけて来る事なんて無かったのに」


一応少しだけ警戒しつつ待っていると、黒塊は害を与えない距離で止まって声をかけて来た。

最近は本当に静かに動かなかったので、声を聴く事自体久しぶりかもしれない。


『用も無いのに我が娘以外に話しかける意味がない』

「なら何で話しかけて来たの?」

『用が有るからに決まっているだろう。当たり前の事を問うな』


それもそうか。用が無いなら話しかけないって言ってるもんね。

ただ一体何の用だろうかと思いつつも、特に気を張って聞くつもりは無かった。


『我が娘を狙う者が居る』

「―――――」


だけど黒塊のその言葉で、まだ少し寝ぼけていた頭が覚めた。

メイラを狙う人間が居る? まさか野盗の生き残りが居たの?


『最近、外に出る我が娘を見ている。明らかに害をなす感情でだ』

「見て、いる・・・まさか、あの視線・・・私じゃなくて、メイラを見ていた・・・?」


最近感じていた嫌な視線。あれはメイラへ向けた視線だったんだろうか。

いや、そんなはずはない。私を見ていなかったなんて事は無いはずだ。

なら私を見ていなかったのではなくて、メイラを見ていたから私にも目を向けていた?


「まって・・・そもそもあの視線は外でしか感じてない。何で黒塊がそれを知ってるの?」

『我が娘とは繋がっている。我がここで動かずとも、娘に対する害意は感じ取れる』


成程、そんな事も出来るんだ。となると黒塊の言う事は本当かもしれない。

ただこれの言う事だから、何処までの害意が有るのかどうかは少し悩む所だけど。

・・・ただ、私も、あの視線は嫌な物だと感じていた、んだよね。


「しかし、そっか、害意か・・・メイラに、か・・・」


すっと、自分の中から恐怖が引いて行くのが解る。

私に対する感情ならともかく、あの子が敵意を向けられる理由なんか何も無い。

もしあの視線がメイラを狙う物なら・・・それは敵だ。敵なら、何も怖くない。


「ありがとう、教えてくれて」

『我は娘の為に語ったまで。動く事を封じられている以上、事を告げるが得策と思ったまでだ』

「それでも、ありがとう。これなら私は動ける」

『・・・貴様が娘の敵でなくて良かったと、今の貴様を見るとそう感じるのが理解出来ん。貴様自身の力は弱いはずなのに、有りえない力を感じさせる。あの時も、そうだった』


あの時とはどの時だろう。肉塊を吹き飛ばした時の話だろうか。

それならその感想は当たり前だと思う。だってあれ大半山精霊の神性の力だし。


『まあ、良い。我が娘さえ無事ならばな』

「うん、気を付ける。ちゃんと守るよ。それに外では山精霊達も守ってくれるし」

『ふん、外でなくとも守っている様だがな・・・話は済んだ。我は何時もの位置に戻る』

「え? あ、うん・・・」


黒塊は話は済んだと移動を始め、前に山精霊が作った塔の上に戻って行った。

最近はずっとあそこに居るんだけど、もしかして気に入ったんだろうか。


「しかし、メイラをか・・・まさかメイラを襲おうとか、そういう事なのかな・・・」


彼女は襲われた事が有る以上、その可能性が無いとは言えない。

まあ、良いや。目的は何でも良いし、理由もどうでも良い。

つまり敵だと解ったならそれだけで充分だ。それだけで私には十分過ぎる。


「ただ、手を出してこない限りは、駄目。うん。大丈夫、覚えてるよ・・・ライナ」


例え友達に対し敵意が有るとしても、相手が悪い事をしていない以上は手を出すのは駄目。

もしこちらから手を出せば、悪いのは私の方になってしまうかもしれない。

何時かそうお説教された事を思い出しつつ、それでも心はもう戦闘準備が出来ている。


「だけど、メイラに手を出して来たら、その時は―――――――」


容赦は、しない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「クソ! 何時になったら帰れるんだ!」


叫びながらテーブルを叩き、それでも気が収まらず俺達を怒鳴り散らす上司。

そんな彼をこの場に居る殆どの人間が冷めた目で見ている。


「おい、何とかしろよ、あれ。出来るだけ騒いで大丈夫な所に潜んでるとはいえ、あんまり騒ぎすぎると面倒な事だってあるのに」

「何とか出来るならな。出来ないだろ」

「不満なのは解るけど、現実見えてないからなぁ・・・面倒臭い」


我らが上司様がご立腹なのは、錬金術師が今だ俺達に接触して来ない事だ。

お陰で彼は我が家に帰る事が出来ず、俺達も未だに帰れない。

このままではお叱りを受ける、で済めばいい。切り捨てられれば殺されかねない。

なので焦りは解らなくも無いが・・・。


「無能か貴様ら! たかが女子供を攫うだけだろうが!!」


この言葉を聞けば、彼と現場でどれだけの意識差が有るのか解る。

俺達だって最初はそう思っていた部分もあった。


だがこの街で奴らを観察し、この街を理解すればそんな言葉は出て来ない。

いや、違うな。出せなくなる、が正解だろう。

既にその理由も報告しているが、それでも彼は俺達が無能だからと唾を飛ばしている。


「現実が見えてないな・・・」

「何人か既に使えなくなってるから後戻りも出来ない。連中が吐けば身の破滅は確定しているからな。せめて錬金術師を連れて帰れば助かる、と思ってるんだろう」

「馬鹿だったからなぁ、アイツら。まさか先走るとか」


人を攫うならそれなりに準備は必要だ。特に有名な人間を攫うなら尚の事だ。

だから強硬手段に出る決断を下された後、その為の準備を進め――――無理だと結論が出た。


まず本人を攫う。これは完全に不可能だ。ローブのせいで解り難かったが、近づいて解った。

あの女の動きは接近戦も行ける口だ。捕らえるのは相当骨が折れると容易に想像出来る。

だというのに外では常に兵士と一緒に居るし、油断する様子が無いから余計に手が出せない。

むしろ最近は殺気すら感じる程に警戒されているし、確実に俺達の動きに感づいている。


馬鹿に金を握らせて襲わせ隙を作るのも考えたが、おそらく馬鹿じゃ使えないだろう。

相手がただの女ならそれで良いが、状況を理解して動かないと話にならない。

偶々錬金術師が魔獣を狩る所を見れたが、あれは『意味が解らない強さ』の一言だった。

そしてその強さを理解している連中はそもそも引き受けないから、この案は却下だ。


次に傍に居るチビを攫う。これも無理だ。女が離れた事は一度もなく、となれば兵士も居る。

その様子から大事にしているんだろうが、だからこそ攫う隙が見当たらない。

こっそり奴らの住処に忍び寄るにも唯一の通路は兵士が立っていて、草むらを忍んで進もうとすれば精霊達がうじゃうじゃ居る。

どうやら精霊兵隊が守っているというだけあって、精霊が女の住処の周囲を囲んでいる様だ。


先走った馬鹿が精霊にやられて街道に放り出されて捕まってしまった。

下手な事を言えば待っているのは死だから、上手く誤魔化しているとは思うが、半々かな。

なので居ない人間は数に数えられず、ただでさえ手が足りないのに更に減ったのが現状だ。


「もう諦めて帰った方が利口だと思うが」

「俺もそう思うが、帰れば彼は処罰を受けるのは確定だ。このまま帰る気は無いだろう」

「仕事場を間違えた、という感じだな。まあ俺達も解っててやってた訳だから、自業自得と言われればそれまでなんだが。処刑されても、所詮悪党には似合いの最後だと言われるだけだろう」


当然俺達もこのまま帰れば面倒な事が待っている。もっともそう簡単に死ぬ気も無い。

こうなれば諦めて逃げるもの一手だと仲間内では話し合っている。

今回は噂が余りにも馬鹿馬鹿しい規模だったせいで、信じていなかったのも原因だろうな。

この街も、兵士も、錬金術師も、あのアスバという小娘も本物だという事も含めて。


・・・いや、この街が特殊過ぎるだけか。

普通はこんなに苦労はしない。少なくとも今まではそうだった。


相手が国の要人ならともかく、たかが小娘一人攫うのにここまで厳しいのは珍しい。

それが最近話題の人物であっても、多少の隙ぐらいは有る物だ。

だがあの錬金術師に限っては、少なくとも本人には一切隙が無い


それにたとえチビ仮面が単独で動いていても、攫うのは簡単ではないだろう。

どの領地よりも安全な街を謳っている通り、街中も兵士と精霊の目が良く光っている。

錬金術師の外出が少ない事も含めて、余りにチャンスが無さ過ぎで現実的じゃない。


「唯一の穴は、食堂の店主か」

「・・・確かに目標にするには唯一現実的だが、それも難しいだろう」

「本人は戦えないのは見たら解るが、周りに精霊が多過ぎるからな。少なくとも店では無理だ」

「だがあの女は、外に精霊を連れて行っている訳じゃない。狙うならそこだと、思うが」

「そこだというか、それしか手段がない、ってのが正しいんじゃねえかな」


仲間も俺も狙いをつける所は同じの様だ。錬金術師関連で唯一の穴。食堂の店主。

一つ難点を上げるとすれば、あの女が錬金術師にとって何処までの人間かという所だ。


博打になるが、成功すればそれなりの報酬が待っている。

何せこの街が、この街の領主が持っている利益を手中に収められるんだからな。


ここまで街が大きくなった理由は結局の所は金だ。奴の生み出す金が有ったからだ。

どれだけ人が居た所で払う金が無ければ街は大きくならないし、そもそも人が住み着かない。

今やこの国の王都程大きな街に、とは流石にいかないが、将来的にはなりかねない勢いだしな。


「・・・勝てば大儲けの博打を打つか、安全に逃げるか」

「博打なのはどっちもだとは思うがな。逃げれば裏切り者だ」

「今回は逃げる方が安全だと思うぞ。むしろ他の連中の方が先に逃げる可能性だってある。それにあの調子の上司様なら嵌める事だって出来そうだ。生贄に捧げて俺達だけ助かる、ってな」


仲間達は殆ど諦めムードで、全く諦めてないのは騒いでいる彼だけだ。

失敗時の責任を全部彼に擦り付けて帰る、って方法も有りか、これは。

さて、そろそろ本気でどうするか、身の振り方を決めてしまった方が良い頃合いか。

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