第130話、メイラの防御を固めておく錬金術師。
いつも通りに朝起きて、朝食を食べてから服を着替え、仕込みの済んだローブを羽織る。
鞄に絨毯を括り付けて背負い、最後に仮面を被って準備完了だ。
今日は市場に買い物に行くつもりなので、少しだけ気合を入れている。
「もうちょっと、慣れないと、かな・・・」
仮面が有るおかげで前よりは人の目が怖くないけれど、話しかけるとなるとまた別だ。
市場の元気な人達に声をかけての買い物は、家を出る前に気合を入れておかないと動けない。
怖さが軽減したところで人付き合いが苦手なのは変わらないのだから。
「セ、セレスさん、準備、出来ました」
私と同じくローブを羽織って仮面を付けて、準備が出来たと告げるメイラ。
アスバちゃんの予備に置いていた手袋と靴も装備して、準備は確かに出来ている様だ。
「ローブ、着難かったりはしない?」
「は、はい、大丈夫です。山精霊達も、大丈夫、だよね?」
『『『キャー』』』
メイラが今着ているローブは、元々アスバちゃん用に作った物の予備だ。
なので仕込みの類は一切無かったのだけど、メイラが使うのならそのままでは意味が無い。
勿論人目から身を防ぐ意味は有るけど、ローブの機能を使う事が出来ないからだ。
なので先ず山精霊用のポケットを用意し、精霊は既にそこに収まっている。
これでローブと靴と手袋は一応使えるし、事前に軽く練習もしているので大丈夫だろう。
そして山精霊の作った結界石と、私の作った結界石と封印石を入れる所を作った。
メイラ自身が自分の意志でも防御出来る様に、出来なくても精霊が守れる様にした訳だ。
ただ転んだりして怪我した時の為の傷薬と解毒剤も各種仕込んでいるので、余程珍しい毒でも食らわない限りは問題ないはずだ。
あと念の為に山精霊は常に三体付けているし、これならば安全確保は確実に出来ているだろう。
何気に山精霊がちゃんとどの薬を使えば良いか覚えたのには驚いた。普段適当なのに。
他にもまだローブへの仕込みは有るけど、その辺りは多分発揮される事は無いかな。
だってまず精霊を突破出来る相手の時点で、今のメイラじゃ対応出来ないと思うし。
「それじゃ、行って来るね」
「いってきます」
家精霊の頭を撫でて出発を告げ、メイラも同じ様に家精霊を撫でる。
私が撫でた後態々メイラが撫でやすい様に低い位置に行くのが可愛い。
家を出ると手を振る家精霊に手を振り返してから荷車に乗り、自分の操作で街道へ向かう。
以前は山精霊に頼んでいたけれど、今ならこの仮面が有るので街の移動ぐらいなら問題無い。
とはいえ市場での買い物は精神力を使うので、帰りは疲れて任せる事も多いけど。
看板の所に立つ精霊兵隊さんが見えたので一度深呼吸をし、挨拶をしようと声をかける。
「お、おはようございます」
「お、おはよう、ござい、ます・・・」
「「おはようございます」」
私に続いたメイラの精いっぱいの挨拶に、静かな声で挨拶を返してくれる二人の精霊兵さん。
最近精霊兵隊の人数が増えたらしく、ここの見張りは二人に増えた。
「・・・メイラ、大丈夫?」
「だ、大丈夫、です」
ただ静かに返してくれる二人であっても、この二人は男の人だ。
男の人が特別怖いメイラには余り関係無いだろう。
一応仮面の効果で震える程怖いという事は無い様だけど、それでも怖いのは違いないはずだ。
「わ、私の為の、買い物です。行きます・・・!」
ただ私が家に居て良いよと言っても、彼女はこう言って付いて来る。
因みに彼女の為の買い物とは、彼女が食べる物を家精霊が作る為の買い物だ。
今までは家に私一人だったので朝食と偶に出て来るクッキー類で十分だったのだけど、メイラを可愛がる家精霊がとても色々と作り出して材料が足りなくなっている。
・・・とはいえ『私とメイラが食べるだけ』ならそんな事は無いのだけれど。
悪いのは山精霊だ。いや、悪いと言うのもどうか悩む所かもしれない。
メイラが食べているのを見た山精霊は、彼女に分けて欲しいと祈る様にお願いをした。
その視線と願いに負けたメイラは、家精霊に山精霊の分も作ってあげられないかと願う。
メイラが可愛い家精霊はそこで頷きたかったが、山精霊に食べさせるとなると頷く事が出来ず、私が許可を出せばという結論になった訳だ。
「結局、私が悪いんだけどなぁ・・・」
「え、な、なん、ですか?」
「・・・ううん、何でも無いよ」
私にその話をした時のメイラは余りに謝りながらの説明で、まさか私の事もまた怖くなったのかと、慌てて許可を出した結果が今の状態だ。
山精霊達も『許可が下りたぞー!』とはしゃいでしまい、食べる勢いが増してしまった。
その代わり素材に一切手を付けなくなったので、余計に良いのか悪いのか悩む所だ。
そんな訳で、結局私の傍に居る精霊への食事なので、メイラが気にする必要は無いと思う。
私が外に余り出たくないのは私の都合だし、メイラ自身の食事量は大して多くもないのだから。
何時かは自分が私の代わりに買い物に行く為に、というのが一番の目的の様だけど、それこそ今無理しても難しいと思うんだけどな。
「では、セレスさん、今日は私が先導させて頂きます」
「あ、は、はい。お願い、します」
メイラの方ばかり気にしていたら、精霊兵隊さんから声を掛けられ慌てて応える。
これも以前と変わった事で、買い物の際には必ず彼らの内誰か一人が付いて来るようになった。
メイラと私がトラブルに巻き込まれない様に、というリュナドさんの提案らしい。
私達の為に兵隊さんを割いて良いのかと思ったけど、彼等にとっても都合が良いと言われた。
なので素直にお願いし、市場にも一緒に付いて来て貰っている。
・・・実は話しかけ難そうな人は彼らにお願いしているので、凄く助かってたりする。
「・・・ん?」
まだこの時間帯は人気が少ないはずなのに、凝視されている感覚が有る。
街道や街からじゃない。家とは反対側の開発中の山の方から、人の視線を感じる。
何だろう。何でそんな所から私を見てるんだろう。明らかに強い感情を込めて見られている。
何か嫌な視線に感じるし。ちょっと怖―――――。
「セ、セレスさん、どうかしたん、ですか?」
――――駄目だ、私がここで怖がったら、メイラはもっと怖がってしまうかもしれない。
大丈夫。私大丈夫。仮面も有るんだから行ける。よし、行くぞぉ・・・!
「・・・ごめん、何でもないよ。大丈夫。うん、大丈夫だから」
「そ、そうです、か?」
メイラを安心させる為にそう言って、精霊兵さんに先導して貰って移動を始める。
ただその嫌な視線は、街中に入ってもずっとつき纏って来た。
お陰で買い物の際に上手く言葉が出ずに物凄く手間取った。
家に帰ったら流石になくなったけど・・・何だったんだろう、あの視線。
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錬金術師の家に通じるという通路から、引く動物の無い荷車が出て来た。
本来御者が座るであろう所には仮面を付けたフードの女が居て、看板前に何時も立っている精霊兵隊とかいう連中と話している。
「・・・あれが錬金術師か。本当に訳の分からない物に乗ってるな」
「仮面が二人居るが・・・小さい方は流石に違うか」
「我々を放置して悠々とお出かけか。良い気なものだ」
「おかげで俺達は帰れないというのにな」
手紙は確かに受け取っているはずだが、奴は我々に接触する様子を見せない。
魔法使いを名乗る小娘には小銭を再度握らせ確認したので、手紙を受け取ったのは間違いない。
「しかし邪魔だな、あの兵士。まさか錬金術師に護衛が居るとは」
「兵士一人ごときなら何とかなるだろう」
「正面からは止めておけ。お前は後から来たから知らんだろうが、あの兵隊共は不味い」
「連中は『精霊に認められた』何ぞと吹聴してるだけあってかなり出来るぞ」
精霊兵隊の隊長と呼ばれている男が、暴れているチンピラを取り押さえたのを見た事が有る。
その際兵士はたった一人で十人近い連中をあっという間にのしてしまった。
それも素手で、動きは本当に同じ人類かと疑う程の動きでだ。
あれが率いる兵隊となれば、精鋭と謳っている以上相当な手練れだろう。
「ならどうする。あの魔法使いの小娘でも攫って人質にするか?」
「それは無駄だろう。もしそれが通じるなら、既に手紙に応えているはずだ」
「そもそも金で手紙を渡しに行き、錬金術師の情報を容易く喋った小娘だぞ。錬金術師も小娘に対し特別思う所が有るとは思えん」
「噂を聞くに、人を助ける為に動く人間、とも思えないしな」
むしろ敵とあらば容赦なく殺す、という噂の方が多いぐらいだ。
そして奴が魔獣を屠って来た実績がある以上、確かな実力も有るのだろう。
とはいえ所詮女だ。奴の使うという不思議な道具さえ使わせなければ大した事は――――。
「――――おい、今、こっちを見なかったか、あの女。仮面のせいで視線が解り難かったが」
「まさか、気のせいだろ?」
「ただこちらを向いただけじゃないのか」
「・・・どうなんだろうな、取り敢えず、街の方に合図は送っておくぞ」
俺達の事に気が付いているなら、その内接触はしてくるだろう。
領主や兵士達に特別動きが見られない以上、錬金術師は手紙の事を話していないのだろうしな。
もしかすると錬金術師も接触する機会を窺っている可能性も有るかもしれない。
誰にもばれない様に、上手くここから去る算段を立てているのだとすれば、あの反応も解る。
「未だ暫くは様子見だろう」
「いつまで見てなきゃいけないんだ」
「俺達の上が諦めるか、強硬策を取るまでだろう」
「女一人程度、とっとと攫えば良いのに」
「仕事をさせたいんだ。出来れば友好的な方が良いって事だろうよ」
まあ、強硬策を取る日も、そう遠くはないと思うがな。
使えないとは思うが、その時は魔法使いを名乗っているの小娘も一応攫っておくか。
後は一緒に居るチビを先に捕らえる事が出来れば、言う事は聞かせ易そうだ。
最悪あれを人質にして脅して働かせる、というのも有りだろう。
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