第129話、怪しげな誘いの手紙を貰う錬金術師。
「ねえセレス、何あれ」
「黒塊の塔、かなぁ・・・」
『『『『『キャー』』』』』
ある日アスバちゃんが遊びに来たので出迎えると、また精霊達が黒塊で遊んでいた。
今日は土で作った塔の上に黒塊が鎮座していて、精霊達がその周りで踊っている。
実に楽しそうな精霊達なのだけど、一切身動きしない黒塊は今何を思っているんだろうか。
「ねえ、大丈夫・・・?」
『投げ飛ばされるよりは良い』
良い、の、かなぁ。まあ確かにこの間みたいに玩具にされてないから良いのかな?
別の意味で玩具にされてる気がしなくもないけど、一応そこに居るだけだから平和か。
「で、セレス。さっき何言おうとしてたの?」
「あ、そうだ、メイラの事なんだけど・・・出来れば少し優しく喋ってあげてくれると、ありがたいんだ・・・普段より、少しで良いから・・・」
黒塊を見てすっかり忘れていたけど、何の為に出て来たのかを思い出した。危ない危ない。
アスバちゃんは女の子だからリュナドさんよりは良いと思うけど、言葉がきついからね。
まだ慣れないうちはあの子が怖がると思うから、優しくお願いしたいと思って出たんだった。
「・・・まあ、事情は改めて聞いてるから、解ってるけど・・・賊共に攫われて乱暴されたんでしょ。そうなれば男は当然怖いし、人間自体が怖くても不思議じゃないしね・・・」
「そっか、良かった・・・ありがとう」
了承してくれた事にほっと息を吐き、礼を言って彼女を我が家へ迎え入れる。
後ろから「私、そんなにきついかしら」と聞こえたけど、少なくとも私は怖いと思った。
世間の人は平気なのかもしれないけど、私達には怖いので許して欲しい。
家に入ると家精霊がお茶の用意を始めていて、メイラも手伝っているみたいだ。
多分アスバちゃんが家に入ってくるのかどうか確かめてから動き始めたんだろう。
「服装は可愛らしいのに石仮面って・・・まあ街中で聞いたローブに石仮面よりはマシかしら」
メイラの姿を見てそんな事を呟きながら席に座るアスバちゃん。堂々としたお客様姿だ。
私も仮面無しであれぐらい堂々としてみたいと思うけど、きっと一生出来ない気がする。
お茶が全員分行き渡った所でメイラも席に着き、先ずはアスバちゃんを紹介する事にした。
「えっと、メイラ、この子はアスバちゃん。私の友達で、とても強い魔法使いだよ」
「ふふっ、まあ宜しくね。あんたの事は一応リュナド達から聞いているわ。もし困った事が有れば頼って構わないわよ。セレスの『友人』として、このアスバ様が手を貸してあげるわ」
「は、はい・・・宜しく、おねがい、します」
ん、なんだろう、アスバちゃんがさっきと違って凄く機嫌が良さそう。
メイラに対してもとても優しいし、何か気に入る部分でもあったのかな。
ただそれでもメイラは少し怖かったのか、ちょっとだけ俯く様子を見せていた。
背後で家精霊が焦った様子で話しかけているけど・・・大丈夫かな?
「セレス、はいこれ」
「へ?」
メイラの心配をしていたので、不意に突き出された物に間抜けな声を出してしまった。
アスバちゃんに向き直って首を傾げつつ受け取ると、それは手紙に見える。
それも何やら豪華な印の付いた・・・貴族が使う様な印の付いた手紙だ。
「・・・何、これ」
「とある貴族の使い様っていう、あんたと交流の有るアスバっていうちんけな魔法使いに、小銭を握らせて渡す様に、上から言って来たクソみたいな奴が居たのよねー」
アスバちゃんは手紙の説明を始めると段々と不機嫌になって来て、その様子が少しだけ怖い。
あの、メイラが怯えるからってお願いしたの、覚えてる? 大丈夫?
「ぶっ飛ばしてやろうかと思ったんだけど、少し面倒になると思って我慢したわ。それで、仕方ないから持って来たって訳。まあ内緒でって言われてないから、ぜーんぶリュナドと領主に言ってやったけどね。ざまーみろ、ばーか」
説明を詳しく聞くと、こういう手紙を私に直接渡すのはルール違反、という事らしい。
基本的に酒場のマスターか、領主か、最低限リュナドさんに話を通す必要が有るそうだ。
何時の間にそんなルールが出来たのかと思ったけど、私にとっては助かるので良い事かも。
だってそれ、私は知らない人と一人でいきなり話す、って事をしなくて良いって事だもの。
「ただまあ、その手紙を渡してセレスがどう思うのか聞いて欲しいって頼まれてね。これは内緒でって言われてたんだけど、別に良いでしょ。セレスだし、隠すだけ無駄よね」
「どう思う・・・って言われても・・・」
取り敢えず中身を見て見ない事には解らないと、手紙を開いて中を読む。
すると中には形式ばった何が言いたいのか良く解らない内容が長々と書いてあった。
取り敢えず要約すると『噂の錬金術師を雇いたい。我が屋敷に来い』という事だと思う。
何だかこの手紙から既に強気で、苦手な人な感じがするから出来れば会いたくないな。
「・・・手紙の主と会いたくない」
「ははっ、そうよね、あははっ!」
何がそんなに可笑しかったんだろう。さっきの不機嫌よりはよっぽど良いけど。
しかし雇うと言われても、別にお仕事には困ってないし、興味が無いというのが本音だ。
「セレス、中身見て良い?」
「え、うん、どうぞ」
「・・・ふーん、中々の額が提示されてるわね。額だけは、ね」
この街に来たばかりの頃なら嬉しかっただろうけど、今はそんなにお金に困って無いしなぁ。
それにさっき手紙から感じた通りの人だとすると、そもそも会いに行く事自体が嫌だ。
「ま、こんな馬鹿をあんたが相手にするとは思ってなかったけどね。こんな奴の所で住み込み仕事とかぞっとしないわ。勝手に没落するだけならともかく、巻き添えはごめんよね」
え、これ住み込み仕事なの? でも手紙には屋敷に来いとしか書いてないけど。
でももしアスバちゃんの言う通りなら、尚の事この手紙の人物に会いに行く理由が無い。
むしろ会いたくない理由が増えたぐらいじゃないかな、これ。
「・・・私から会いに行く理由は何もないかな」
「はっ、そりゃそうよね、あんたならそう言うと思ってたわ。リュナド達も心配性なのよねぇ。セレスがこんな馬鹿に引っかかる訳ないじゃないの。その上引き留める役目まで頼んで来てさ」
引き留める、という事は、リュナドさんは別の街に行ってほしくないという事だろうか。
達という事だから領主もかな。とはいえそんな心配は杞憂だ。
よっぽど出て行かないといけない理由でもない限り、私はこの家を出て行く気は無い。
「・・・とはいえ、ちゃんと手順を踏んであんたに話を通しに来る奴も、暫くしたら出てくるかもしれないけどね。あんた、最近薬と結界石以外の仕事も前より増やしたみたいだし」
増やした、となると石鹸の話だろうか。最近新しく貰った依頼はそれぐらいしか記憶に無い。
少し前にライナ達に渡した石鹸が欲しいとマスターから依頼が来た。
香りつけに使った精油も卸す予定で、ここ数日また少し忙しい。
元々薬の材料に使っていた物も有るので、今更精油を頼まれるのも不思議な気分だ。
市場には余り無い精油も有るので売れるとマスターは言っていたけど、私には良く解らない。
大量生産出来ないかと言われたけれど、そこはちょっと無理だ。手も場所も道具も足りない。
というか、私がそんなに急いで働きたくないかな。お昼寝したいもん。
「ま、あんたなら心配ないとは思うけどね」
アスバちゃんの話はそれで終わり、その後は家精霊の作ったお菓子を堪能して帰った。
しかし貴族の誘いかぁ・・・面倒臭いなぁ。今更引っ越しとか冗談じゃないよね。
私はこの家から出て行く気は無いから、最低限その条件じゃないと引き受ける気は無い。
ライナと離れちゃうし、家精霊を置いて引っ越せないし、メイラも家精霊に懐いてるしね。
「メイラは、この家が、良いよね?」
「え、は、はい。私は、この家、好きです、けど・・・みんな、良く、してくれますし・・・」
「だよね」
リュナドさんとも離れちゃうし、山精霊の手も借りれなくなっちゃうもんね。
うん、やっぱりここから離れる選択肢はない。私ここが良い。そもそも動くの面倒臭いし。
周りに人が居なくて、適度に引き籠れて、その上でお仕事が在る環境だ。手放したくないよね!
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セレスさんはここ最近、朝は早いけどお昼寝をする様になった。
勿論毎日何かのお仕事はしている様なのだけど、必ず一回はお昼寝をしている。
「気持ち良さそうに寝てるんだよね・・・」
私を抱きしめながら気持ち良さそうに眠るセレスさんは、本当に眠るのが好きなんだと思う。
ただセレスさんの腕に包まれてのお昼寝は私も心地良いので、人の事は言えないかもしれない。
この家が、セレスさんの腕の中が、やわらかいベッドが、とても、安心する。
「・・・やっぱり、私の為なんじゃ、ないかなぁ」
確かに家精霊の言う通りお昼寝好きなんだろうけど、私の為な気がして仕方ない。
自惚れてるのかもしれないけど、とても気を遣って貰ってるのではと。
そんなのんびりした日が過ぎていくある日、アスバという名前の女の子がやって来た。
とても気が強そうで、セレスさんと対等に話している女の子が。
セレスさんは女の子の事を友達と言い、少し気を遣っている様な感じが見える。
ただ何だかその光景を見ていると、少しだけ、モヤっとした気分になった。
『アスバ様は悪い子ではないのですが、その、勢いが強いので、メイラ様は怖いかもしれませんね・・・でもその、本当に良い子なんですよ。根は良い子なんです、この方』
俯く私の様子に家精霊が焦った口調でそう言った。多分怖がってると思われたんだと思う。
実際仮面が無いとちょっと怖いなと思うけど、そこまで凄く怖いとは感じてない。
だって多分同じぐらいの年齢の女の子だし・・・。
ただセレスさんとアスバさんの会話は、私に入れるものじゃなかった。
貴族の誘いとか、セレスさんの立場とか、領主がどうとか、口を挟めそうな話じゃない。
それが何だか、余計にモヤっとした気分が、増してくる。
ただそれは私がその中に入れないだけで、ここに来たばかりの私が持つ様な感情じゃない。
セレスさんを取られている様な気分なんて、そんなのを考えるのは、おかしいと解ってる。
「メイラは、この家が、良いよね?」
だけどセレスさんは、私にそう確認を求めて来た。私の事を気にしてくれていた。
私の事を、考えてくれている。優先してくれている。勝手に機嫌の悪くなっていた私を。
その事に気が付いて、胸の内に在ったもやもやしたものは、綺麗に消えていた。
逆にこんなつまらない事で変な嫉妬をした事に、恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。
「セレスさん、優しいよね・・・本当に」
『ええ、優しい方だと思います。私が寂しくない様に、何時も気にかけてくれますし・・・私はそんな主様が大好きです。主様が望む限り、お世話させて頂きたいと思っています』
私の呟きに応える家精霊も、とても嬉しそうな声音だった。
実際セレスさんが家精霊を可愛がっているのは良く解る。
自分の周りの存在を大事にする人、なんだろうな。
だってセレスさんはあの黒塊相手にも優しい態度をとる人だもん。
『ただ主様の事ですし、家から動きたくないのも大きな理由でしょうけど・・・アスバ様との会話も多分噛み合ってないと思いますし・・・これは正直に言わない方が良いでしょうか』
最後に家精霊がボソボソと呟いていたけど、それは良く聞こえなかった。
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