第128話、とうとう防具作りに入る錬金術師。
ここ数日、とてものほほんとした毎日を送っている。
魔法石の補充は終わったし、急ぎの依頼も来ないし、特別やる事もない。
朝起きて、朝食を食べて、適度に作業をして、お昼寝をして、ライナの店へ向かう。
細かい変化は有れど、大体いつもそんな感じ。野盗狩りに行く前の生活に戻った感じだ。
ただ野盗狩りに行く前と違うのは、メイラが付いて来る事だろうか。
最初こそ私一人だったのだけど、最近はいつも一緒にライナの店に行っている。
そのおかげなのか、ライナが凄いのか、メイラも段々ライナと話せる様になっていた。
とはいえまだ仮面は付けていないと駄目らしい。この辺りは仕方ないよね。
私としては、私よりライナの方が話し易いと思うんだけど、それは私の考えだもの。
彼女にとってライナはまだ怖い相手なんだ。だから私が何を思ったってどうしようもない。
「まあ、その内、だよね・・・んん~・・・ふはぁ、良い天気・・・ちょっと暑いけど」
昨日の事を思い出してそんな事を呟きつつ、家を出て倉庫に向かう。
最近チマチマと下準備を進めていた作業の本格的な工程に入ろうと思っている。
何かと言えば、時間が出来たら作ろうと思っていたリュナドさんの鎧だ。
「さって、鱗を出してと・・・」
まずは鎧の表面を覆う物を取り出す。一枚が大きい鱗を沢山詰めたツボだ。
これは以前魔獣狩りが多かった頃に狩った大蛇の鱗。
鱗には爆弾が通じなかったので、かなりの強度を誇っていると言える。
色々試した結果乾燥させると更に強度が上がったので、このツボの中の物は全部乾燥済みだ。
加工がし易い様に一つ一つ剥がしたのだけど、その作業が少し大変だった。
何せ鱗だけでなくその下の皮も頑丈で、何とか刃は通るのだけど物凄く力が要る。
「火薬の材料を変えたら通じる気もするけど・・・そうすると周りの被害がなぁ・・・」
多分普通に爆弾をぶつけて倒そうと思ったら、大蛇一体の為に山が一つ無くなる。
それぐらいの強度のある鱗だけれど、それを突破するような火力は要らない。
流石にそれは非効率だ。中から攻撃すれば簡単に倒せるのだから意味がないもん。
「緩衝材のゴムと・・・」
ゴムの材料は精霊の山に在った。あの山は精霊の作った岩のせいか、色々と本来の自然とは違う植物の生え方をしている。おかげで木材類の自然材料には殆ど困らない事が解った。
同じく鉱石類も少しおかしい種類が取れるので、その辺りは下手をすると実家よりも便利だ。
「摂れる物の法則性が無いんだよね、あの岩の傍・・・石鹸になる植物も有ったし、便利は便利なんだけど、腑に落ちない・・・」
因みに石鹸は別にその植物ではなく、普通に油と鉱石を使って作っている。
最近はメイラが家精霊と香りの良い石鹸がどうこうと話していたので新しく作ったりもした。
リュナドさんにもおすそ分けしていて、最近私達は皆同じ香りになっている。
ただライナには食堂で料理以外の香りの強い物は止めておくと言われた。
なので彼女には香り付けを行っていない物を渡している。
今まで使っていた物より良く落ちると喜んで貰えたので嬉しい。
「材料を街で独り占めしてるみたいで悪いけど・・・山精霊が嫌がるからなぁ・・・」
相変わらず山に在る石は人除けの力を放っていて、精霊達は人を入れるつもりがない。
私の様に入れる人間は仕方ないと諦めているらしいけど、積極的には入れる気は無いらしい。
何か理由が有るのかと聞いてみると『だって僕達のだもん・・・』との事だ。
縄張り意識というか、自分達を退けられない限り自由にさせない、という事かなと思っている
「羊毛は、っと・・・」
材料のゴムを取り出したら今度は羊系の魔獣から刈った毛の塊を取り出す。
糸にして紡げばきっと頑丈な衣服になるだろうけど、今回はそのつもりは無い。
これを塊のまま袋に詰めて、一番内側の緩衝材にするつもりだ。
一見柔らかくて役に立たなさそうに見えるけれど、これがなかなか侮れない。
実際この毛を纏う羊の魔獣は、打撃に関しては凄まじく耐性があった。
斬撃や突きにもそれなりに耐性が有り、普通に武器で倒すのは少し面倒な魔獣だ。
「まあ、急所狙えば良いんだけど・・・」
たとえ体が毛に覆われていようと、目は露出しているし口も有る。
狙えるところなど幾らでも有るのだから、馬鹿正直に胴体を攻撃する意味は無い。
「うん、今の手持ちの材料では、かなり優秀だよね。良し、精霊達、持って行って」
『『『『『キャー』』』』』
倉庫から出した材料を山精霊達に運ばせる。
一人分ならば自分で運んだのだけど、今回は材料が多いので数を作るつもりだ。
幾ら頑丈な鎧といっても、使っていれば壊れる時は有る。予備は必要だろう。
槍の時と違って材料が有るのだから、作らない理由はどこにも無い。
「あれは核が手に入らないからなぁ・・・大型の蛙は相変わらず出て来ないし・・・」
因みに今回の為に作業用の窯が必要だったので、すでに庭に出来上がっている。
以前からチマチマと作っていた耐火性の煉瓦を使って作った。
そろそろ窯を作りたいと思っていたので丁度良かったかな。
「他の物もそうだけど、あの窯も精霊達のおかげで楽に作れたんだよね・・・自分の配合で作れるってやっぱり良い。安心出来る」
耐火接着の材料も、山の精霊に頼めば即日で持って来てくれるから凄く楽だった。
とはいえ彼らはどれが材料か解らないので、適当に持って来た物からこれだと伝えたのだけど。
偶にかじった跡が有るのはご愛敬だと思う。それぐらいの事で目くじらを立てる気は無い。
「あの時はありがとうね。おかげで楽だったよ」
『『『『『キャー♪』』』』』
材料採取に一切時間をかけず、ただひたすらに作業だけで良かったもん。本当に楽だった。
まあ自分で採取に行くと混乱したから精霊達に任せたんだけど。
あの山は本格的に採集に行くと、常識が通用しない時が有るから結構困る。
普通一緒に在るのが有りえない鉱石が隣に在ったりするんだよね・・・。
「あれもあの岩の力、なんだろうなぁ・・・本当に精霊って訳が解らない・・・」
ただ今回の作業の為を優先したので、鍛冶用の窯場にはしていない。
いずれは複数の作業が出来る様にするつもりだけど、今はただ煉瓦窯が有るだけの状態だ。
その内陶器用の窯も作りたい。そうすれば自分で使う物は全部自分で作れる様になるし。
「マスターからの依頼はこの間済ませたし、ライナの所へお肉も持って行ったし、暫く時間は大分空いているから、のんびり作れば良いかな。リュナドさんの装備も、急ぎじゃないしね。ある程度やったら今日もお昼寝しよっと」
とはいえ一つ目は早めに作って渡そうとは思ってる。ついでに私の装備も作ろうかな。
ここ最近の私は働き者な気がするけど、そんな事を言ったらライナに怒られそうな気もする。
だって毎日お昼寝はしてるし。メイラを抱えてのお昼寝は気持ち良いんだよねー。
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「そこ、歩くな! 走れ! 力を入れろ!」
「は、はひ、隊長、申し訳ありません・・・!」
「謝ってる暇が有ったら走れ! もっと速くだ!」
あれから精霊兵隊の隊員が少し増え、その新人を鍛える為に先ずは兎に角走らせている。
何故か知らないが精霊達は若い連中しか相棒に認めず、そのせいで急いで鍛える必要が有った。
「精霊兵隊に所属した以上、その辺のチンピラ共には絶対に負ける訳にはいかないんだぞ! 気合い入れろ! 貴様らは自ら望んで兵隊になったんだろうが!!」
俺達は一応対外上は精霊に認められた兵士、という事になっている。
つまりはそれだけの力を持ち、街を守る為の切り札的な立ち位置だ。
俺達は勝つ前提の部隊なんだ。少なくとも街のチンピラなんぞに遅れは取れない。
その事を先ず新人共に叩きこむ必要が有ったし、それだけの力を付けさせ必要が有る。
最低限、俺や先輩と当たり前に打ち合える程度にはなって貰わないと困る。
俺達だって別に特別強い訳じゃないんだからな。
「・・・せめて、先輩の同期ぐらいのを連れて来て欲しいんだけどな」
新人のケツを蹴り上げながら追いかける先輩を見て、そんな呟きが漏れた。
何故かあの人は精霊に気に入られてるんだよな。同世代の連中は全然駄目なのに。
因みに俺も走っている。大口を叩いておいて俺が動けないとか笑い話にもならないし。
それに少しばかり自惚れてたのを自覚させられたしな。ちょっと調子に乗ってたと思う。
領主が俺を叩き伏せてくれて本当に良かった。俺はやっぱり一般人だ。
「精霊が居るおかげで助かってるだけだ。それを忘れんな・・・!」
そう自分に言い聞かせつつ、新人共に激を飛ばして走り続ける。
戦闘訓練も必要だとは思うが、先ずは一番必要な基礎の身体能力だ。
手袋と靴が有れば大丈夫、なんてのは甘えだ。
「おら、てめえら、隊長様に全然追いつけてねえじゃねえか! トロくせえぞ!!」
がははと笑いながら新人を蹴り上げる先輩は、無駄な動きが多いのに息が乱れていない。
あの人の体力どうなってんだろう。体力だけならあの人も化け物だな。
技術がちょっと、うん、残念なところある人だけど。あの人基本が力押しなんだよなぁ。
「・・・ただやっぱ、あの人の方が隊長向いてんじゃねえかな」
俺は口で言うのは平気だが、へばってる連中に蹴りを入れるという事は余り出来ない。
本当はそれぐらいした方が良いのだろうとは思うけど、先輩がやるので甘えている。
とはいえ隊長交代に関しての話をすると怒るんだよなぁ。隊長はてめえだろうって。
『キャー!』
精霊達も何故か走っていて、おそらく訓練ごっこをしている気がする。
だって先頭に居る奴が常に何か言ってるみたいだし。後ろの奴はへばった演技してるし。
お前ら本当に何でも楽しそうだな。別に文句が有る訳じゃないけど。
「・・・なんだかなぁ」
そんなこんなで思う所は有りつつ、本日の訓練は終了した。
精霊兵隊用にあてがわれた部屋で汗を拭き、着替えたらすぐに出て行くつもりだった。
他の連中はまだともかく、俺が居ては新人共も愚痴が言い難いだろうと思っての事だ。
「俺達も、偶には、そっちが良いっす・・・」
ただ出て行こうとする前に、新人が少し気になる事を言っているのが耳に入った。
まだ新人共は錬金術師の家の警備に回していないのだが、その事を羨ましいと言っている。
「・・・おい――――」
「あのな、お前ら。あっちの方が、訓練よりよっぽど気を張る仕事だぞ」
ちょっとそれは考えが甘いと注意しようと思ったが、俺より先に他の部下がそう言った。
表情を見るに、元々先に精霊兵隊になった連中は同じ考えの様だ。
「ふざけんなよ。気楽な訳ねえだろうが。俺らがあっさりあそこ突破されるような事が有れば、それだけで部隊の価値が一気に落ちるんだぞ。それに錬金術師の機嫌を損ねたら一発で終わりだ。そこんところ良く理解してから物を言えよ」
彼らはかなり重く自分の部隊の職務を受け止めていた様だ。
新人達はそう言われて俯いてしまい、重苦しい沈黙が部屋を支配する。
「・・・まあ、今後は自分の給金がどれだけの義務が在るから貰える事になるのか、考えて訓練をする事だな。それが解れば今日の所はそれで良い。新人共は早く帰って休め」
このままだと新人が動き辛そうだなと思い、先に出られる様に口を出して帰らせる事にした。
隊長の言葉なので全員従うしかないだろうし、彼等もあのままでは気まずいだろう。
とはいえ明日になればまた訓練が待っている。落ち込ませる暇なんざ無いだけだ。
新人共が帰って扉が閉まったのを見届けてから、残った連中に顔を向ける。
「しかし、お前ら、意外にしっかり考えてたんだな」
「隊長、それじゃ俺達が何も考えてないみたいじゃないですか。精霊達のお陰で街が安全なのも、元々錬金術師が街を守ってくれたからなんでしょう? それにあの人は噂の様な怖い人じゃないと思ってますから、あの人が住み難くなったりしない様に、ぐらいは考えますよ」
・・・それはどうだろう。お前らアイツと行動共にしてないからそんな事言えるんだよ。
一度で良いから自分を丸呑み出来る魔獣の隣に放り出されてみろ。怖過ぎるから。
「ああ、勿論変な事は考えてないですよ。隊長の大事な人なんですし」
「・・・は? 何言ってんだ?」
「だって隊長、朝方は良く彼女と同じ匂いさせてるじゃないですか。あの人時々差し入れくれますけど、その時と同じ匂いさせてますし、そういう事じゃないんですか?」
・・・いや待て。ちょっと待て。何でそんな訳の解らない話になってんだ。
匂いってなんだ。まさかあれか、セレスに分けて貰った石鹸の匂いか。
そりゃあ同じ匂いするよな。同じ物を使ってんだから。ふざけんな馬鹿野郎。
「夜中にアイツの家に行った事なんか一度もねえよ。お前ら警備してるのに何でそんな頭の可笑しい事を言いだしたんだ。俺が夜中に通った所なんか一度も見た事ないだろうが」
「え、その、俺達も何時も居る訳じゃないですし、確認するのも野暮かなと・・・それに隊長なら精霊達に特別認められてますし、俺達が知らないルートとか知ってそうですし」
「ねえよ。有りえねえよ。おいまさか、そんな話外に広めてないだろうな」
「広めるも何も・・・街ではもっと激しい噂立ってますよ。錬金術師との間に子供が居るとか、既に夫婦だとか、街を大きくした錬金術師と街を守る精霊使いならお似合いだって」
おい、なんだ夫婦って。恋人も抜かして夫婦って、全く意味が解らないだろうが。
もしかしてメイラって娘が俺と錬金術師の娘って話になってんのか。勘弁してくれ。
大体あんな怖い女と結婚とか冗談じゃない。悪い奴じゃないのは知ってるがそんな感情は無い!
「もしかしてアスバちゃんも実は隠し子だったんじゃ、なんて噂も立ってますよ。流石にそれはデマだって解ってますけど」
「全部デマだよ馬鹿野郎!!」
ああもう、それで近所の世話焼き共から見合い話とか全然来なくなったのかよ。
胃腸薬あんまり使わずに済んでたのに、またお世話になりそう。
後ろで大爆笑してる先輩が煩い。他人事だと思いやがって・・・!
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