第127話、最近余り休んでいない錬金術師。

メイラが家に住むようになってから数日経ち、彼女も少しは落ち着いてきた気がする。

おそらく私の力ではなく家精霊の力だろう。いつも仲良くお喋りしているし。


私はといえば肉塊戦で消耗した分の補充と、領主に卸す分の結界石の作成をする毎日だ。

出来れば早めにリュナドさんの装備を作りたいけれど、まだそこまで手が回っていない。

勿論前に使い切った時と違い今回は倉庫に予備が有るけど、だからと言って余裕は無い。


だって一度出会った以上、この先肉塊の様な相手と出会わないとは限らないだろう。

なら神性結界石と封印石、そして神性魔法石は早めに作っておいた方が良い。

他にも防御手段と攻撃手段を考える必要は有るけれど、先ずは一番製作が簡単な物からだろう。

という訳で、本当はお昼寝して毎日を過ごしていたいけど、そうもいかないのが辛い。


幸いは領主に卸す分は山精霊達の作った結界石な事かな。あれは私が疲れないから良い。

ただふと気が付いたのだけど、あっちは通常で神性付与されてるんだよね、今は。

重ね掛けさえ出来れば便利なんだけどなぁ。重ねられないんだよねぇ。


「ふぅ・・・もう、魔力が足りない・・・かな・・・」


魔法石のストックをツボに詰めて蓋を閉め、精霊と自分しか居ない作業部屋で息を吐く。

私の魔力量は決して多くない。一日に作れる量には限界が有る。そろそろその限界だ。


「もうちょっと回復が早ければ良いんだけど、ね・・・」


魔法石の作成は時間もかけてるから一気に消耗せず、緩やかな消耗でその間に回復も多少する。

ただそんな消耗を抑えられる道具であっても、続けて作ればやっぱり消耗の方が大きい。


因みに消耗という点では、発動しないという事が無い点でも魔法石は優秀だ。

何せ魔法を失敗しても魔力はいくらか消耗するし、なのに何も起きないなんて話にならない。

まあアスバちゃんぐらい魔力が有れば、膨大な魔力量で無理やり発動させられるんだけど。

私も彼女の三分の一でも魔力が有ればと思うけど、無い物をねだっても仕方ない。


「精霊達・・・これ、倉庫に仕舞っておいて」

『『『『『キャー』』』』』

「ん、ありがとう。家精霊に何か後で作って貰うね」


魔法石の入ったツボを山精霊に渡して倉庫に運んで貰い、その代わりお菓子の約束をする。

別に対価が無くても運んではくれるけど、手伝ってくれるのだしそれぐらいは良いだろう。


「あ、しまっ・・・ちょっと、加減間違えた、かな・・・」


作業を終えて立ち上がろうとした瞬間、立ち眩みでたたらを踏んでしまう。

想定より消耗していたみたいだ。座っている時は良かったけど、少し気分が悪い。

ここまで魔力を使って脱力するのは、こちらに来てからは二度目だろうか。

確かリュナドさんと山精霊に会いに行く前に、慌てて結界石を作ってこうなった覚えが有る。


「たしかあの時は寝不足で、恥ずかしい所を見せた気がする」


結界に弾かれて吹き飛んだんだっけ。確か物凄く寝ぼけてた様な。

今思い返しても恥ずかしいけど、彼には恥ずかしい所は沢山見られているし今更か。


「・・・情けない所なんて、いっぱいだしなぁ」


ふらつく体を壁に預けながら、ずりずりと体を擦りつつ居間に向かう。

居間では家精霊がちくちくの縫い物をしており、メイラも向かい合って同じ様にしている。

体を預けたままぼーっと二人を見ていると、きりの良い所だったのだろう家精霊が針を置いた。


そしておそらくその前から気が付いていたのであろう、私にニコッと笑って台所へ向かう。

多分お茶を入れに行ってくれたんじゃないかな。そこでメイラも顔を上げて私に気が付いた。


「セ、セレスさん、お疲れ様です。き、気が付かなくてごめんなさい。今お茶用意しますね」

「ううん、良いよ気にしなくて。そのまま続けてて。家精霊が行ってくれたし、きりの良い所で一緒に休憩しよう」


針を置いて立ち上がろうとするメイラを制し、壁から動かずに家精霊を待つ。

テーブルに向かおうとすると壁が無いので移動が辛い。どうしようかな。


「あの、セレスさん、大丈夫、ですか?」

「ん? うん、大丈夫だよ。ちょっと、疲れただけだから」

「そう、ですか・・・」


メイラは私とは違う目を持っている。という事は私の消耗も別の見え方をしているのかも。

心配そうに見つめられている事を考えると、余り無茶しない様にした方が良いかもしれない。

私が倒れたらこの子を守れる人が減るのだし、心配になるよね。ごめんね。


「明日からは、気を付けるから・・・ごめんね」

「え、い、いえ、セレスさんが大丈夫なら、良いんです・・・」


気合を入れて壁から離れ、メイラに謝りつつテーブルに向かって席に着く。

ただそれでも彼女の答えは私の身を案じる言葉で、余計に少し情けなくなってしまう。

やっぱり守ってあげなきゃって思っている相手に心配かけてちゃ駄目だ。うん。


「あ、そ、そうだ、これ、どうですか?」


席に着いた私を見て、メイラは針を置いて今縫っていた物を広げた。

それはスカート部分に作りかけの花の刺繍が付いているワンピースだ。

少々つたない気もするけど、子供がした刺繍だと思えば大分上手な方だと思う。


「うん、上手だと思う」

「あ、ありがとうございます・・・!」


上手だと褒めると嬉しそうに笑うメイラに、私も少し笑みが零れる。

因みに何故彼女がこんな事をしているかと言えば、数日前の家精霊の提案が理由だった。


『メイラ様の服をお作りしたいです!』


という事をメイラに言ったらしく、私は「別に良いよ」と了承の言葉を返した。

実際メイラの着ていた服は『とりあえず服だ』という様な物だったし。

着替えも無いし、女の子なのだし、それなりに服は有って困らないだろう。


ただ家から出れない家精霊の為に布は自分で買いに行った。

最近は仮面さえあれば市場に買い物も何とか行けるので、本当に仮面様様だ。

それに気のせいか、市場の人達は私に優しい気がする。大体安く売ってくれるし。


「貴女様から高いお代でなんて、そんな恐ろしい事・・・お安くさせて頂きます」


少し安過ぎないだろうかと思い訊ねると、大体そんな事を言われたけど。

私はそんな風に言われる覚えはないのだけど、何で高く売ると怖いんだろうか。

とはいえ安く買えるのはありがたいので、ちゃんとお礼を言って買って帰った。


そんな訳でその日から家精霊がメイラの服を作り出し、メイラは申し訳ないと手伝っている。

最初こそ要らないと拒否していたようなのだけど、家精霊がとても懸命にねだったらしい。

最後は諦めて「手伝って良いのなら」という条件でさっきの光景が出来上がった。


「・・・あれ、でも、その服大きくない?」


ただ彼女が見せている服を良く見ると、彼女の物にしてはかなり大きい気がした。

メイラが着たらダボダボどころか下まで落ちるんじゃないかな。


「あ、こ、これは、セレスさんに、着て貰え、たらなって・・・その、刺繍、頑張って、ます」

「そう、なんだ・・・そっか、ありがとう」


そうか、私の服を作っていたんだ。ならこれは完成したら寝間着にしようかな。

普段着に使うには少し仕込みが足りない。普段着は武装が出来る衣服が好ましい。


「あ、そ、それと、その、家の精霊さんの服も、作ってあげて、いい、ですか?」

「家精霊の? 私は別に構わないよ」

「あ、ありがとうございます」


家精霊に服か。別に構わないのだけれど、家精霊は良いのだろうか。

まあ今はリボンを付けてるし問題ないか。最近壁抜けや地面に潜む事は無いし。

という所で家精霊がお茶を持って来ると、今度は庭に居る山精霊が大きく騒ぎ始めた。


「・・・この感じは、リュナドさんか、アスバちゃんか、どっちかかな」


客なのは間違いないだろうと扉を開けて確認すると、リュナドさんがやって来たのが目に入る。

ただ庭の真ん中で黒塊がキャッチボールの玩具にされていたのも目に入った。

リュナドさんは少し困った顔でそれを見ている。私も少し困った。


「・・・止めてあげなよ」

『『『『『キャー・・・』』』』』


取り敢えず庭に出て黒塊を開放する様に言うと、精霊達は渋々といった様子で離れて行った。


『・・・我はボールではない』

「うん、ごめん・・・」


目を離すとこうやって黒塊で遊んでいるので、最近は少し黒塊が可哀そうになっている。

山精霊としてはこの家に居るだけで譲歩している、という言い分らしいから困りものだ。

その上家精霊も把握しているはずなのに注意しないし、どうしたものかな。

多分その間黒塊が拘束されるからメイラに近づけない、ってあの子は考えてるんだろうけど。


「いらっしゃい、リュナドさん」

「あ、ああ・・・なんかアイツの扱い、前以上に雑になってるな」

「その、一応、止めてあげる様には、言ってるんだけどね」

「・・・まあ、あれが起こした被害を考えれば可愛い扱いか」


確かにリュナドさんに言う通り、あれは沢山の人を殺した危険物だ。

だからそれを考えれば殺されても文句は言えないし、言う権利もないだろう。

とはいえ大元を考えれば、あの呪いを作った人間と、発動させた野盗が悪いとも思ってしまう。

そう考えてしまうと、玩具にされているのは少しだけ可哀そうに感じてしまうんだよね。


「ま、良いか。さて、本題に入るが――――――――」


リュナドさんは気を取り直した様子で用件を話だし、私もそのまま彼の話を聞く。

何時もなら家でお茶でもどうかなと思うけど、家だとメイラが怖がるかもしれない、よね。

・・・その内彼女も、リュナドさんに頼る様になったら、嬉しいな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


セレスさんが男の人と話しているのを、扉から少し顔を出して見つめる。

怖いので仮面を付けてだけど、それでも男の人なせいで自分からは近づけない。


「――――――」

「――――――」


ここからだと二人が何を話しているのかは聞き取れない。

周りで山精霊達が騒いで踊っている声の方が大きいからだと思う。


『リュナド、リュナドー! 今日は胃薬要らないのー!?』

『僕もアイツ投げたかったな』

『今日はおやつは? 何貰えるの?』

『家の奴、何で出て来ないんだろう。あ、メイラだー』

『あ、ほんとだ、メイラー、ヤッホー』


私に気が付いて手を振る精霊達に手を振り、他の精霊達も私に向かって手を振り出した。

何体かは傍にやって来て、私の傍で踊り始める。この子達は毎日楽しそう。


『メイラこっち来ないの?』

『リュナドの傍落ち着くよ』

『リュナドもメイラ気にしてるよ。大丈夫かなーて言ってたよ』


山精霊達の言う事は本当だと思う。あの人も私を助けてくれた一人だって知っているから。

だけど解っていても、どうしても歩み寄れない。男の人だという事が怖くて。

そんな思いで顔を俯かせていると、後ろから家精霊がそっと優しく抱きしめて来た。


『メイラ様は恥ずかしがり屋さんなんです。貴方達みたいな何も考えていない精霊と違って』

『あ、家の奴酷い!』

『本当だ酷い!』

『僕達だって考えてるもん! 今日の夕食とか! 明日の朝食とか! 明後日のおやつとか!』

『そうだぞ、酷いぞ、家!』

『酷い家!』


あ、今何か、家精霊が怒った気配を感じた。多分気のせいじゃないと思う。


『――――――今、酷い家とか言いましたか、貴方達。この家を酷いと』

『『『『『『逃げろー!』』』』』


ただ家精霊の怒りが爆発する前に、山精霊達は即座に散開して逃げてしまった。

ほぼ毎日見る光景だけど、何故あの子達は懲りないのかな。本気で怖がってるのに。


『・・・気になさらずとも良いのですからね。メイラ様のペースで、ゆっくりで。私もリュナド様は良い方だと、そう思っております。ですがだからと言って、メイラ様が大丈夫でなければいけない訳では無いんです。ライナ様の事は・・・話せる事が嬉しくて口が滑りました』


背後から申し訳なさそうな声が聞こえ、思わず家精霊に顔を向ける。

そこには声音通りの申し訳なさそうな顔があり、逆にこっちが申し訳なく感じてしまいそう。


『ご無理を、なされたでしょう。あの時、私がライナ様の事を伝えなければ、あの様な無理はされなかったでしょう?』

「・・・うん、そうかも、しれない。けど、大事な事だと、思ったから」


ライナという、セレスさんにとって一番大事な人が居る。家精霊はそう言った。

実は最初はその人を男の人だと思っていて、だから物凄く怖かった。


男の人がここに来るかもしれない。そしてその人と会うかもしれない。

もしその人の事を怖がったら、セレスさんはなんて思うだろう。

そう考えたら、怖くても我慢しないと、ちゃんと挨拶しなきゃいけないと、そう思った。


「だけど、凄く、優しい人だった、と思う。人の気持ちを汲んでくれる、良い人・・・だとは、思うの。素直に言うと、まだ、怖いけど・・・」


男の人ほどではないとはいえ、今の私は女性でも他人が怖い。

野盗達の中には女の人も居た。居たんだ。酷く乱暴をされなかっただけで。

その事を少し思い出して震えて来るけど、抑え込む様に自分の体を抱きしめる。


「・・・だけど、このままじゃ、駄目なんだ。私がそう思ってるから、だから、家精霊さんは、何も悪くないよ。教えてくれて、ありがとう」

『メイラ様・・・』


だって、怖いけど解ってる。今だってリュナドさんは私に気が付かないふりをしてる。

私の方を見ない様に気を付けているあの人を、悪い人だなんて思えない。思わない。

セレスさんが良い人だと言う人は、本当に良い人なんだ。だから、早く、慣れないと。


『・・・メイラ様。良くお聞き下さい』

「え、な、なに?」


唐突に家精霊が真剣な様子になり、私も思わず佇まいを直して問い返す。

するとその真剣な表情のまま、家精霊はとても予想外な事を言い出した。


『主様は結構怠け者です』

「・・・え?」


怠け者? セレスさんが? でもあの人は家に帰って来てから、殆ど休んだ所を見ていない。


『今は色々思う所があって沢山作業をされていますが、主様は基本的にのんびり屋さんです』

「は、はあ・・・」

『頑張らない、という事がとても得意で、お昼寝がとても大好きな方です』

「え、あ、そう、なん、ですか?」


私を助けてくれて、今日まで一緒に過ごしたセレスさんのイメージと、言われている内容が噛み合わない。そのせいで変な風に返事をしてしまった。


『だから・・・そんな主様が、メイラ様に無理して頑張れ、なんて考えません。主様は一度でもそんな事を言いましたか? むしろ無理はしない様にと、そう言ったのでは有りませんか?』

「あ・・・うん・・・」


確かに、セレスさんは「無理をするな」と、そう何度も言ってくれた。

頑張れとは、セレスさんから言い出す事は、無かったと、思う。


『だからゆっくりで良いんですよ。無理しなくたって。だって主様自身が無理をするのを嫌うんですから。まずはのんびりと、この家での生活が当たり前になってからで良いんですよ』


当たり前の生活。この家が自分の家だと思えるまでか。早めにそう思えたら、良いな。

家精霊の暖かい言葉に、肌に感じる優しい力に、気が付いたら震えは収まっていた。

そんな私の様子にを確認してから、家精霊はにっこりと可愛い笑顔で笑う。


『その為にも、早く可愛い服をいっぱい作りましょうね!』

「・・・え、う、うん?」


全然話が繋がってない気がしたけど、満面の笑みの家精霊に頷いて返すしか出来なかった。

だけど後から訂正する気も止める気も起きないから、きっと良いんだろう。うん、良いんだ。

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