第126話、親友に報告しに行く錬金術師。

『・・・我は長く存在するが、あの様な人間は初めてだ。何だ、あのふざけた魔力量は。純粋な魔力を放てば、そこの神性共も容易く吹き飛ぶぞ。流石に家の精霊は無理だろうが』


スキップをしながら去って行くアスバちゃんを見送っていると、黒塊がそんな事を言った。

確かに私もあそこ迄凄い魔法使いは初めて会ったし、そうそう見る存在じゃないと思う。

とはいえそんな風に言う程、黒塊は昔からあの土地に居たんだろうか。


「・・・貴方って、どれぐらい昔から存在してたの?」

『我が娘の基準で言うならば、1000年以上前から我は存在している』


意外と古くから生きていたらしい。だけど呪いとはいえ神性ならまだ若い方じゃないだろうか。

大体長生きした所で、機会が無ければ一生出会う事なんて無いと思うし。

単純に見かける様な機会が無かっただけなんじゃないのかな。地下に居たし、この黒塊。


「地下に、何年居たの?」

『我を崇める神殿に人が居たのが100年程だ。それ以降はずっと埋まっていた』


それ実質百年程度しか外で動いてないという事だよね。長生きした人間と同じ程度だ。

生き方によってはアスバちゃんみたいな相手には会わなくて当然だろう。

それにもしかすると、黒塊はあの遺跡から動いた事が無いんじゃないかな。


『それまでは何年もかけて贄が捧げられ、あの地に呪いが渦巻き、そして我が生まれた』

「なのに、自然災害に負けて、埋もれたんだ」

『奴らは死を願った。我は願いを叶えただけだ』


・・・ああ、遺跡が埋まったのは自然現象じゃなく、黒塊の力の届く範囲の全てを殺したのか。

多分最初はそこまでの力は無かったんだろう。だけど発現してから百年で更に贄が捧げられた。

結果として、贄を捧げる者達の願いを叶える力を手に入れ、その力で全てを飲み込んだ。


そして願う者が居なくなったから、そのままあの遺跡でずっと存在し続けたんだろう。

捧げ続けられたそれまでの贄と、願いを叶えた際の人の死を糧にして。

つまり黒塊は本当に人に願われて生まれた神性で、人の願いをただ叶えている存在なんだ。


「・・・そう考えると、力の質以外は危険度は下がるかも。大人しくしてる間は、私も手出しはしないつもりで、多分問題ないかな」

『ふん、あの精霊や先程の娘ならともかく、貴様に何が出来る』


確かに私の能力は高くない。私自身は決して強くない。魔力量だってそこまで多くない。

だけど私には技術が有る。道具が有る。やっぱり一応、見せておいた方が良いか。

寝巻にも仕込んでおいた魔法石を、昨日急ぎで作った特製結界石を取り出して指で弾く。


『―――――!』


即座に結界が発動し、中に黒塊が閉じ込められた。うん、上手く出来てる。

中では黒塊が出ようと暴れているけど、結界が解かれる様子は無い。

取り敢えず結界は解いてあげようか。メイラにどんな影響が有るか解らないし。


『――――く、あの時の結界では無いな!』

「実体が無い貴方を閉じ込めるには、普通の結界じゃ不足だと思ったから。この結界石には神性が最初から付与されている。メイラと精霊に手伝って貰って作った結界石・・・封印石だよ」


材料の水晶へ事前に山精霊の神性を込めて貰い、その水晶を使って作った結界石だ。

今後は他の魔法石も同じ工程で作る。これなら態々別の道具に神性付与させる必要が無くなる。

魔法石にした際に神性が消えていないか不安だったので、その確認はメイラにして貰った。


「理解したら、大人しくしてなよ」

『・・・それでも、我が娘が救われている限り、だ。娘は助けてと願ったのだからな』


結局の所、何処まで行ってもこの黒塊のやりたい事はただそれだけ。

解り易くて良いな。事情を聞いたら多少は付き合い易そうな気もして来た。

少なくとも人と話すよりはやり易い。


「任せて・・・あの子は、私だから。見捨てない。助ける」


きっとこんな事を言ったって理解されない。黒塊だけではなく、誰に言ったって。

いや、メイラに出会ってその恐怖を共感したのだから、どこかにはきっと居るんだろう。

だけど違うんだ。解らないんだ。伝わらないんだ。この、恐怖は。


「・・・解ってる。解ってるよ。本当はあの子と私の怖さは、違うって。だけどそれでも、人が怖いっていうあの子を、私は助けてあげたい。自分を見ている様で、見捨てられない」


言ってる事に矛盾が有るのは、私でも解る。だけど人が怖いという事だけは、きっと、同じだ。

だからこそあの子の恐怖に反応出来たし、あの子が出来るだけ怖がらない様に行動出来た。

他の誰に言うでもなく、ただ自分にそう言いながら、黒塊の反応を待たずに家に戻る。


「あ、おはよう、ございます。ちょ、朝食の用意、出来てます」


家に入るとテーブルには朝食が並んでおり、食器の類が並べられている。

ただ私が普段座る位置に先に並べてあり、他の所にはメイラが今置いた様だ。

もしかして起きてから家精霊を手伝っていたんだろうか。私が顔を洗っている間に。


「・・・手伝い、してたの?」

「あ、は、はい。その、少しでも、お手伝いをと・・・あ、お、起きるの遅くて、すみません」

「気にしなくて良いよ。疲れてたんだろうし・・・家精霊も楽しそうだし」


家精霊はメイラの背中に抱き着いていて、私の言葉を聞いて「ねー?」と言う様な動きをした。

昨日から楽しそうだけど、本当にメイラの事を気に入っているみたいで良かった。


「ありがとう」

「え、い、いえ、これぐらい、何でも無いです、はい・・・」


お礼を告げてメイラと家精霊の頭を撫で、照れくさそうなメイラを見て笑みが漏れる。

ただ家精霊がとても嬉しそうにメイラに話しかけると、彼女も笑顔で応えていた。

今日から暫くこんな毎日が続くのかなと思うと、何となく気持ちがホンワカしてくる。

娘・・・には少し大きいか。妹が居たらこんな感じだったんだろうか。


『『『『『キャー』』』』』


そしてそんな空気を壊す様に、既にテーブルに群がる山精霊達。

家精霊が何か叱っている様子だけど、食事が目の前に在るからか山精霊が引かない。

テーブルに群がり早く早くとせかしてくる。待ってるだけまだ良いのかもしれない、かな?


「せかされてるし、食べようか」

「は、はい」


席について私達が食べ始めると、一斉に料理を食べ始める山精霊達。

流石の家精霊もこの段になると諦めている。この子達の食い意地には勝てないらしい。

ただ私はこの光景を見ると帰って来たという気分になれて、家精霊には悪いけど心地いい。


とはいえ何時もと違って家精霊がお喋りに夢中なので、余り気にしてないというのも有るかな。

メイラの受け答えから察するに、料理の味の好みの話だろう。

彼女の答え次第では、今後メイラ好みの料理も出て来るのかも。


食事が終わったら後片付けを家精霊が始めるが、メイラも一緒に手伝っていた。

最初こそ家精霊はやらなくて良いと言ったようだけど、これは本人の希望だ。

二人で仲良く洗い物をしている姿はとても楽しそうに見える。


「あ、そうだ、言い忘れてた。私、少し出かけて来るね」


食事が終わった後にライナの店に向かうつもりだったけど、ここまでずっと言っていなかった。

なので家精霊に告げて服を着替えに行き、何時もの装備を纏って階下に戻る。

するとメイラが階段の下で構えていて、私をじっと見上げていた。


「あ、あの、わ、私も連れて行って、くれません、か?」


まさかの返答に少し固まってしまう。だって彼女は行きたがらないと思っていたから。

だって今の彼女は人が怖い。なのに街中なんかに行けばパニックになるかもしれない。


「あ、そ、その、家精霊さんから、きいて、セレスさんが、よくお世話になってる人に、会いに行くんだって、聞いて、その、それなら、ご挨拶して、おいた方が、良いかなって・・・」


ああ成程。家精霊にライナの事を聞いたんだ。それでそんな事を言い出したのか。

やっぱりこういう所は私と違うな。私なら怖くてそんな事考えないと思う。

ただ彼女は想像で震えている事に気が付いている以上、頷いて大丈夫か心配だ。


「だ、大丈夫、です。いえ、大丈夫じゃ、ないけど、大丈夫に、しますから。セレスさんの大事な人は、怖がっちゃ、駄目だと、思うんです・・・」


カタカタと震えながらのその言葉に、どれだけの勇気が込められているんだろう。

怖いのは解る。凄く解る。だけどこの子はその怖い気持ちを持ちながらやろうとしている。

・・・なら、出来るだけ怖くない様に、私が手助けしてあげる。


「無理な時は、もう無理だって、ちゃんと言って良いからね」

「え、あの、それは・・・」

「いこっか、一緒に。何時かはライナに紹介したかったし」

「は、はい・・・!」


両手を胸に組んで力強く頷く彼女に、その恐怖に耐える様子にやはり思ってしまう。

この子は何時か、私と違い一人で立てるのだろうと。立とうとしてるんだろうと。

その何時かまでは私が傍に居よう。大した力は無いけど、同じ怖さを共感出来る者として。


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忙しい時間帯が過ぎ、客足ものんびりとした時間帯にそれは来た。

何だか以前に感じた覚えのある、とても静かなホールの空気。

客の雑談も店員の注文を通す声も無い。それですぐに何が来たか察した。


「客足も落ち着いたし、後任せるわね」


厨房を従業員に任せてホールに向かうと、そこには予想通りの人物が立っている。

何時ものフードに以前付けていた仮面のセレスが・・・あら?

口元は出ているけれど、同じような仮面を付けた小さな子がいるわね。

しかも格好はセレスと同じフードだから、まるで彼女の子供の様に見える。


「いらっしゃいセレス・・・もしかして、その子が、メイラちゃん?」

「あ、うん、そうだよ。あれ、何でライナが知ってるの?」

「昨日リュナドさんが来たから。ある程度の事情は聞いているわ。とりあえず奥に来て」


二人を早めに奥の部屋に連れて行き、私はお茶の用意をして部屋に向かう。

中に入るとセレスは仮面を外していたけど、少女の方は付けたままだった。

ただセレスの付けている仮面と違って口元が見えるから、感情が察せられるのは良いわね。


「お茶どうぞ」

「あ、ありがとう、ライナ」

「あ、ありがとう、ご、ございます・・・」


お茶を出すと二人で同じタイミングでどもったので、ちょっと笑いそうになった。

笑っちゃいけないんだけど、なんだかセレスが増えた様に感じる。

ただ見た限りセレスにべったりとくっついているから、セレス相手には大丈夫なのかしら。


「初めまして。私はセレスの友達で、ライナと言います。宜しくね」

「は、はい、宜しく、お願いします。メ、メイラです」


取り敢えずは自己紹介をすると、彼女は幼い頃のセレスの様にどもりながら答えた。

とはいえセレスは本気で焦ると言葉にならないので比べるのは失礼かもしれない。

見た感じ私にも怖がっている気はするけど、恐怖より緊張の方が強いかしら。

無理に彼女に話しかけるよりも、セレスと話して落ち着くまで待った方が良いわね。


「今回は、色々、大変だったみたいね、セレス」

「あ、うん・・・今回は、リュナドさんにはいっぱい助けて貰ったんだ・・・本当に助かった」


一応彼からは今回の顛末は聞いている。だけど知っていても彼女の報告は聞くつもりだ。

ただ聞いているうちに、彼が省略した部分を、セレスが話し始めた。

てっきり「助けて貰った」は何時もの事かと思っていたら、今回は全然違ったらしい。


「リュナドさんが居なかったら、あの呪いは厳しかったな。精霊も居なかっただろうし」


本当に助けて貰ってる。何であの人は自分が活躍した事は頑なに話さないのか。

聞いてないわよそんな話。まったくもう、今度見つけたらちゃんとお礼を言わないと。


「それで、リュナドさんが話を付けてくれたから、この子を助けられたし・・・」

「・・・大活躍ね。流石精霊兵隊の隊長様だわ」


これはもしかして、暫くしたらこの街は更に人が増えるんじゃないのかしら。

そんな化け物を倒した錬金術師と精霊使い。錬金術師は兎も角精霊使いは領地の兵士。

ならその人の部下になりたいとか、その人と同じ力が欲しいとか、思う人はきっと出て来る。


「・・・領主の思惑は当たって外れたわね」


多分今後セレスの周りは安全になる。安全にするしかなくなる。

メイラちゃんっていう爆弾の扱いを考えると、余計に周囲を固める必要が出るはず。

リュナドさんが言うには、化け物を引き取った事は周囲には知られているとの事だもの。


という事はセレスを欲しいという貴族は減り、そして増える気がする。

事情を知ってる人間は絶対に手を出さない。だけど知らない人間は欲しがる。

チンピラ達が絡むよりも面倒な事になりそうな気がするわね。


それに問題はもう一つ。今回の件は信じられない人も多いと思う。

実際の被害場所を見たとしても、それをたった二人で倒したなんて、ねえ。

つまり余りに活躍し過ぎたせいで、本来広めるべき脅威部分が若干嘘くさくなった。


勿論実際に見た人達が居るから、絶対に信じて貰えないって訳じゃないでしょうけど。

そして私がここでこう思っているという事は、領主はとっくにその事に至っているでしょうね。


「完全に切り捨てられない所まで自分でやっちゃったわね。自業自得だけど」

「え、な、なに、ライナ」

「ああ、ごめんなさい、気にしないで。それで今日はこの子を連れて来た、って事なのね」

「あ、う、うん。本当は私一人で来ようと思ってたんだけど、この子も挨拶したいって言うから・・・私の大事な人なら、ちゃんと挨拶しておきたいって」


ふむ、それでこの子は緊張してたのね。何だか納得がいったわ。

今この子が怖いのは、つまるところセレスに捨てられる恐怖なんだと思う。

ここでもし私の機嫌を、ここでなくても何時か損ねたら、セレスに嫌われるんじゃないかと。


だから早めに顔を合わせて少しでも恐怖を薄めて、ちゃんと気に入られようとしている。

人が怖いという点ではセレスと同じだけど、セレスと違って人付き合いの頭は回ってるわね。

・・・少し、子供らしくないと思ってしまうのは、可哀そうな感想かしら。


「大丈夫、なんて言っても、多分信じて貰えないでしょうね。だから私は今後、貴女に行動で示していくわ。この人は大丈夫だって。頼れるところが一つじゃ、怖いわよね?」

「あ、え、あ、そ、その・・・!」

「良いのよ。良いの。解ってるから。今は縋っていなさい。縋れる所を増やしなさい」

「―――っ、あ、ありがとう、ござい、ます・・・」


今この子の命は他人が握っている。この子はそれを良く理解している。

こんな子供が、死なない為に、恐怖と戦っている。だけど、彼女は、頑張るしかない。

生きていく為に。気に入られる為に。嫌われない為に。この先も捨てられない為に。

その辛さに思わず顔を顰めそうになるのを我慢して、彼女には笑顔を向ける。


「ライナは、頼りになるから・・・私も頼りにしてるね」

「・・・そう言ってくれて嬉しいわ」


多分この子の焦りとか、その辺りは良く解ってないんだろうな、セレス。

怖いのが解るから引き取って保護者になったのなら、もうちょっと頑張って欲しいわ。

ま、私に出来る範囲で手助けはしましょうかね。


・・・しかし、フードで仮面の大小二人組って、別の噂が立ちそうね。

あの家には精霊使い様が良く出入りしてる訳だし・・・大丈夫かしら。

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