第125話、黒塊の事で特に頼る気は無い錬金術師。

鳥の声が聞こえる。それで何となく意識が浮上し、そのまま目を開けた。

見慣れた天井と寝慣れたベッドだ。ただすぐ傍から聞きなれない寝息が聞こえる。

ぼーっとした頭のまま体を起こして隣を見ると、小さく寝息を立てる女の子が転がっていた。


「・・・ああ、そうだった・・・そうだった・・・うん」


女の子を引き取って、ベッドが無いから一緒に寝たんだった。

思い出す様に独り言を口にした後、彼女を起こさない様に静かにベッドから降りる。


着替えは後で良いや。取り敢えず顔でも洗ってこよう。

階下から良い匂いがするからお腹も減ってくるし。

・・・家とライナの店に居ると物凄くお腹が減ってくるなぁ。


「おはよう」


階下に降りて家精霊に声をかけると、にこっと笑ってタオルを持って来てくれた。

お礼を告げて頭を撫でると、にへーっと笑って少し溶けている。

落ち込んだ時などは球体になってたりするし、気分で姿も変化する様子は解り易くて良い。


「そうだ、メイラは多分色々あって疲れてると思うから、起きるまでは寝かせてあげてね」


まだ起きて来ないメイラの事を伝えると、家精霊は気合を入れる様に頷いた。

そしてご機嫌に台所に向かって行くのを見届けてから井戸に向かう。


『『『『『キャー』』』』』

「ん、おはよう」


キャーキャーと多分朝の挨拶をしてくる山精霊達に応えつつ、井戸水を汲んで顔を洗う。

最近少し暑くなってきた気がするけど、早朝はまだ涼しいからか水がとても冷たく感じる。


「ふう・・・目が覚める」


あのまま二度寝も気持ち良いとは思うし、多分今日は家精霊も許してくれそうな気はする。

ただ昨日は結局ライナに今回の事を話しに行けなかったから、日中に行っておきたいんだよね。

今ならこの仮面も有るし、お昼でも会いに行けるもん。本当に仮面を作って良かった。


・・・そういえば仮面を付けていても、野盗狩りの時は結構怖かった気がする。

となると多分あの街ならきっと怖い人は少ないと、無意識部分でもそう思ってるんだろうか。

全く怖くないって思うのは無理だけど、全然知らない所よりは怖くない、って感じかな?


『女よ、あれが貴様の言っていた脅威か』


仮面の効果の考察をしていると、黒塊が浮いて近づいてきたのが目に入る。

それ以上近づいて来たら警告しよう、と思った所で黒塊はピタリと止まった。


「・・・あれって、何?」

『この地に、いや、あの家に宿る精霊だ。あれ相手では受肉した状態でも我の方が格下になる』


・・・あの子、そんなに強かったのか。あの子の強さは余り気にしてなかったから驚いた。

肉塊を倒すのは割と大変だったんだけどな。呪いが無ければそこまで脅威じゃなかったけど。


『その上我が娘を守護下に置くと決めた瞬間、更に力が跳ね上がった。神性も持たず、ただ自身の力だけで下位の神性を超えている。あの様な精霊は稀だ』


メイラを家に置くと決めた瞬間に、となると、ちょっと条件に心当たりが有る。

精霊は不思議な生き物だけど、その在り方で力が上下する事が有るのは知っている。

自分の在り方に反する行動は力を落とす事が有るし、逆に準じれば強くなる事もあったはずだ。


とはいえ精霊はそんなに大量にサンプルに出会える物でもないし、検証数は少ない。

だからこれはあくまでお母さんからの知識で、私が体感したものじゃ無いんだよね。

お母さんの精霊は初めて会った時から強かったし、強くなった理由も教えてくれなかったし。


「多分あの子は制限が強い分、力が強いのかもしれない。あの子はこの庭だけしか動けないし、あの子にとって大事なのは家の住人。住人が増えて、それも自分の声を聞ける住人が増えた。それはあの子にとって、どれだけの価値が有る存在か・・・そういう事かな」

『我が娘という力の強き存在を守護するに相応しい精霊として、更に力を増したという事か。元から神性を下す力を持ちながら、更に強くなったのはそのせいか』

「元から?」

『また強くなって逆らえないと、小さき神性共が昨日から嘆いて煩い』


山精霊達・・・怒られない様にすれば良いだけなのに。大体あの子そんなに怒りっぽくないよ?

許可とってから菓子を食べれば良いのに、こそっと入り込んで盗るから怒られるんだと思う。

そもそも倉庫の素材も時々勝手に食べてるの、私だって知ってるんだから。


『あれが居るならば、確かに我が娘の安全は確約された様な物だろう』

「そうだね。家にいる間は、多分安全だと思う」

『だが、それはこの家に居る間だけの話だ。外に出れば―――――』

「セレス、何そいつ。この空間に物凄くそぐわない呪いの塊に見えるんだけど。吹き飛ばさなくて良いのかしら。それ、ぱっと見大した事無い様に見えるけど、結構やばい呪いよね」


黒塊の言葉を遮る様に、明らかに戦闘態勢のアスバちゃんが庭に現れた。

彼女の様子に何かを感じたのか、山精霊達はいつもの様にはしゃぐ事なく見守っている。

私は途中で接近に気が付いていたけれど、黒塊はここで初めて彼女に気が付いた様だ。


気が付かれない様に近づいていた様子だし、あの距離が確実に葬れる距離なんだろう。

後多分、攻撃準備してから出て来てる。結界に込められた魔力がおかしい。

黒塊相手に張ったのと同じレベルの結界を当たり前に使ってる。本当に魔力量が多いなぁ。


「おはよう、アスバちゃん」

「はよ。帰って来たって聞いたから仕事前に顔出してみたら、何か変なのが居るわね」

『――――何だ、こいつは、これは、人間、なのか?』


まさかアスバちゃん、人間扱いされないとは思わなかった。

多少は警戒するとは思ってたけど、家精霊の時より黒塊の反応が強い。


「しっつれいな奴ね。私の何処見たら人間以外の何かに見えるってのよ」

『い、いや、だが、しかし―――――』

「っさいわね! 一旦あんたは黙ってなさい! 消し飛ばすわよ!」

『―――――っ』

「―――――っ」


あ、黒塊が素直に黙った。そんな気はしていたけど、やっぱりアスバちゃん強いな。

ただその勢いは私も少し怖い。黒塊と一緒に息を呑んじゃった。未だにこういう所は苦手かも。


「セレス、何コイツ。家に居る精霊がこんなのを置いとくの、許す理由が解んないんだけど」

「・・・今、家で保護している子が居て、これと繋がってる。これを消耗させ過ぎると、あの子も消耗してしまう。だから取り敢えずそのまま置いてる」

「なーるほどねー。そういや何か子供保護したってリュナドが言ってたっけ。聞き流してたけど。成程ねぇ、そういう理由が有っての事か。あんたらしいと言えばあんたらしいわ」


私らしい、とはどういう事なのだろう。私は私らしさという物は良く解らない。

普段の私を考えると、人を連れて帰るのは私らしくないと思うけどな。

怖がりで情けないのが普段の私だし、アスバちゃんが何を思って言ったのかが全然解らない。


「・・・黒塊、向こうで言ったのは、彼女の事。ただその様子だと説明は要らないよね」

『―――――あ、ああ』

「あん? なによセレス、私の事何か言ってた訳?」

「・・・暴れる様な事が有れば、その体を吹き飛ばす程度の事は出来る人が居ると。一応これは保護した子を守りたいみたいだから、消耗したくなければ大人しくしていろって言ったの」

「ああ、そうなんだ。そういう事。ふふっ、確かに私なら、この程度どうにか出来るわねぇ」


アスバちゃんは何故かとても機嫌が良さそうになり、黒塊を笑顔で見下ろし始めた。

今言った通りメイラと繋がっているから、攻撃されるの困るんだけど、大丈夫かな・・・。


「・・・アスバちゃん、一応攻撃はしないでくれると、助かるんだけど」

「解ってるわよ。こいつが大人しくしている限り、手を出さなければ良いんでしょ。私だって金にもならないのに態々魔力を大量に消耗したくないわよ。面倒臭いし」

「・・・うん、ありがとう」


良かった。アスバちゃんは時々止まらない所が有るから、ちょっとだけ不安だった。

そういえば初めて会った時も彼女は良く解らない勢いだったな。少し懐かしい。

今回はちゃんと話せる時に来てくれて良かった。攻撃されると本当に困っちゃうからね。


勝手に動かない様に封じ込める道具を昨日作ったから、彼女の手を煩わせる事は無いし。

というか、もしさっきの言動を黒塊が最後まで言ったら、今すぐ使って封じるつもりだった。

一旦は解除するけど、もしそんなつもりだったら完全封印するぞと告げる気で。


手を借りる気は全然なかったけど、結局彼女に抑えて貰って少し申し訳ない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


昨日偶々領主館から家に帰るリュナドに会い、セレスが帰って来たと聞いた。

ただその日は宿に帰り、翌朝仕事前に彼女の家に寄ってみると、庭に変な気配を感じる。

少し嫌な感じがして、魔力で中の状況を探ると、明らかにおかしなものが居た。

呪いの塊。悪しき神性。言い方は何でも良いわ。とにかく良くない物だ。


気が付かれない様に気配を消し、警戒しつつ庭に向かう。

とはいえ山精霊達は私の存在に気が付いているし、家精霊も気が付いているだろう。

あれに気が付かれなければ良い。セレスが何か話している、あの黒塊に。


「セレス、何そいつ」


近づく前に吹き飛ばせるだけの魔法を準備し、結界を強めに張って近づいて声をかけた。

少しでも変な動きをすれば消し飛ばす。あれは本来問答無用で吹き飛ばさないと危険な物だ。

だけどセレスや家精霊が手を出さない以上、何か理由は有るんだろう。


そう思って攻撃前に彼女に訊ねて正解だった。成程、そういえばリュナドが何か言ってたな。

しかしこの手の存在を傍に置いて、特に気にする風でもないのは彼女らしい。

おそらく脅威と感じてないのだろう。多分セレスの事だ。対処の術を考えているはず。


そう思っていたら帰って来たのは『私が居るから』という意外な言葉だった。

まあ確かに? 私が居るならこれを抑えられると思うわよね?

私としても頼られるのは悪くないし? これも多少は借りを返す事になるかしら?


「それに・・・ふふっ、良く解ってるじゃない」


実際この黒いのが喧嘩を吹っかけてきたら、問答無用で吹き飛ばすつもりだもの。

悪いけど私、見知らぬ娘の命より自分の命の方が大事だから。


「セレスはこう言ってるから見逃してあげるわ。だけどもし私の目の届く範囲で何かすれば、容赦無く消し飛ばされると思いなさい。私は、私の身の方が、大事なのよ。解った?」

『わ、解った。我が娘の為にも、我は、大人しくしていよう』

「宜しい」


とはいえ私だって別にその保護した子とやらを傷つけたい訳じゃない。

ならこうやって脅しておけば下手な事はしないでしょ。私も相手するのは面倒だしね。


「じゃあ、私はそろそろ行くわね」

「・・・もう行くの? 朝食は要らない?」

「魅力的な提案だけど、もう今日は食べてんのよ。仕事前だし、満腹じゃ動き難いわ」

「・・・ん、解った。気を付けてね」

「ええ、あんたもね。もしそれの事で困ったすぐに言いなさい。何とかしてあげるから」

「・・・ん、もし困ったら、ね。うん、ありがとう」


ふふん、今日は朝から気分が良いわ。本当に気分が良い。あのセレスが私を頼っている。

道具の試しとか、別に協力しなくても良い状況じゃなくて、頼りにされているのよ?


「ふふっ、ああ、もう、うふふっ、笑いが、止まらないじゃないの。ふふっ」


流石にこんなだらしない顔、あいつの前で見せられない。我慢して朝食なんて無理。

ああもう、これから仕事なんだから、早く気持ちを落ち着けないと。

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