第124話、仲良く出来そうな錬金術師。
どうやらメイラは家精霊の言葉も解る様で、家精霊はぴょんぴょん跳ねて喜んでいる。
かと思ったらメイラに突撃する様に抱きつき、嬉しそうに頬を摺り寄せ始めた。
ただ途中でピタッと家精霊の動きが止まり、何かを辿る様に視線がリュナドさんへと向いた。
「え、あ、その、私と、同化? してる、のが、入ってます」
家精霊は私達には解らない何かを見て、鞄の中に居る黒塊に気が付いたらしい。
メイラに訊ねて答えを聞くと、真剣な表情でふよふよとリュナドさんに近づいて行く。
そして彼の目の前に立つと鞄を渡して欲しいという動きをして、見えていない事に気が付いて私の方へ振り向いた。少し恥ずかしそうだ。
「リュナドさん、多分、鞄渡して欲しいんだと、思う。渡してあげて」
「あ、そうなのか。えっと、この辺りで、大丈夫か?」
リュナドさんはリボンで大体の位置を把握し、当たらない様に気を付けて鞄を差し出す。
家精霊は少し照れくさそうに鞄を受け取り、だけど真剣な様子に戻って鞄を開ける。
そして警戒する様子無く手を突っ込むと、山精霊がぶら下がる黒塊を取り出した。
『・・・我は我が娘を守るだけだ。貴様の敵にはならん』
家精霊が何かを言ったらしく黒塊が応えるけど、何だか少し警戒している様な声音に聞こえた。
山精霊を相手にしていた時と違い、本気で警戒をしている様子に見える。
そんな黒塊に対し、また家精霊が何かを告げた様に見えた。
『・・・解った。大人しくしていよう。我が娘が無事な限り』
少し、驚いた。何を言っても言い返してくる黒塊が、とても素直に言う事を聞いた。
勿論私の脅しも聞いてはいたけど、今回は一切の文句も言わずに従っている。
だけどそれでも家精霊は納得いっていないのか、黒塊を強く握ってまだ何かを言っていた。
『・・・既に我が娘は貴様の守護下。ならばこの地では我は何もせぬ・・・それで良いか』
黒塊が沈んだ声音でそう言うと家精霊は手を放し、ポトンと黒塊が悲し気に落ちた。
何だろう。物凄い上下関係が今の一瞬で出来上がった様に見える。
だけど家精霊は落ちた黒塊に一切視線を向けず、にこーっとした顔でメイラに語り掛けた。
「え、は、はい・・・ありがとう、ござい、ます」
メイラのお礼を聞いた家精霊は、とても嬉しそうに胸元で手を組んで喜びをかみしめている。
家精霊が何を言ったのかは解らないけど、どいうやらその行動はメイラの為の様だ。
「・・・ふむ、これは俺、もうあれについて特に手を出さなくても良さそう、って事かな」
そう小さく呟いたリュナドさんに向けて、家精霊は笑顔でコクコクと頷く。
今回はリュナドさんに向いての頷きだったので彼にもちゃんと通じている。
「なるほど・・・んじゃセレス、俺は帰還報告をしに行くから、もう帰らせて貰うな。ついでに食堂にも寄ってライナにも帰った事を伝えておいても良いが、どうする?」
「え、あ、じゃあ、お願いして、良いかな」
夜に行くかもしれないけど、少なくとも今すぐ会いに行く事は出来ない。
まだ家に落ち着いてもいないのに、メイラを置いて行くのは少し気が引けるし。
取り敢えず今日の所は彼女が寝るまでは一緒に居てあげようと思っている。
「あいよ、了解。ほら、お前ら行くぞー」
『『『『『キャー』』』』』
落ちて動かなくなった黒塊をつついていた山精霊達は、彼に声を掛けられてついて行った。
今更な話だけど、彼は精霊の見分けがついている気がする。私全然ついてないのに。
流石にいつも頭の上に居る子は解るけど、それ以外は殆ど区別がつかない。
「じゃあ、取り敢えず家に入って、お茶でも飲んで落ち着こうか」
「は、はい」
私の言葉にメイラと家精霊が頷き、家精霊は真っ先に玄関に向かって扉を開いた。
その様子に少し戸惑うメイラの手を引き、家に入るとパタンと扉が閉じる。
勿論閉じたのは家精霊で、精霊はそのまますいーっと台所に向かって行った。
因みに黒塊は締め出されている。そーっと付いて来ていたけど駄目だったらしい。
「あ、そ、その、そんなに、気にしないで、下さい」
ただメイラが話しかけた所でピタッと止まり、振り向くとにこっと笑って何かを告げる家精霊。
「は・・・はい、解り、ました・・・」
メイラの答えが満足だったのか、家精霊はにへーと笑うと今度こそ台所へ向かった。
「仲良く、出来そう?」
「は、はい、勿論です。ちゃんと仲良くします。良い人・・・良い精霊さんですし」
「そっか、良かった。私と違って会話も出来てるから、余計に接しやすいのかな」
「え、出来ないん、ですか?」
「うん、出来ないよ。山精霊・・・このチビ達の言葉も、私達には全然解らないし」
「あ、そ、それでさっき、不思議そうにしてたんですね」
当然の様に家精霊とメイラが会話し始めたので、最初は首を傾げてしまった。
とはいえ何となく会話が通じているんだ、というのは見ていてすぐに解ったけど。
「そういえば、もう黒塊は、見るだけなら大丈夫そうなの?」
さっき家精霊が取り出した時、彼女は思ったより怯えが無かった。
領主館に居た時は私の袖を掴んで離さなかったのに、さっきは普通に見ていた気がする。
「あ、その、何故かさっきから余り怖くなくて・・・何ででしょう?」
「仮面を付けているから・・・ではないよね。つけていても怖かったんだし」
「はい。たださっき家の精霊さんに抱き着かれた後ぐらいから、とても優しい物に包まれている様な感じがして、あの黒いのも、リュナドさんも、少しだけ怖くなくなった、気がします」
家精霊に抱き着かれて、という事は怖くない原因は家精霊の加護かもしれない。
ただ私も寝ている時にとても優しい何かに包まれる感覚が有るけど、彼女程強くは感じない。
意識がはっきりしている時に明確に効果が解るのも、彼女の才能の一つなのかな?
「あ、そうだ。あの時家精霊は黒塊になんて言ってたの?」
「え、えっと・・・『メイラ様は私が守るので、貴方は何もしなくて結構です。迷惑です』と、それだけを繰り返してました」
「三回とも?」
「三回ともです。そして最後に『宜しい』と言って、手を離した、感じです」
言う事を決して曲げる気は無いという、確固たる意志を感じる。
でもこれで間違いなく家精霊の方が黒塊より上位だという事は解った。
まあ小さい状態の山精霊に勝てないのだから、当然と言えば当然なんだけど。
でもそれで大人しくなったというのなら、事前に考えていた封印方法は使わなくて良いかな。
肉塊の時だったら無理だろうけど、今のアイツなら多分封印出来ると思うんだよね。
とはいえ大人しくしているなら置いておくけれど。封印した時のメイラへの影響も怖いし。
「『もう怖くないから大丈夫』って言われて、何だか、体の力も、抜けた気がします」
「・・・そっか」
家精霊の力が有れば、彼女の心を和らげるのは意外と早く出来るのかもしれない。
たぶん彼女は人が怖いけど、私と違って考えが解らないなんて事は無いだろう。
だからゆっくりこの家で過ごせば、そう遠くないうちに普通に生活出来るかも。
『『『『『キャー』』』』』
「あ、お菓子持って来たの? ありがと」
山精霊達はいつの間に家に入ったのか、棚からクッキーを取り出してテーブルに持って来た。
これからお茶をするのだしお茶菓子には丁度良いだろう。
『キャー』
「あ、ありがとう」
精霊はクッキーを態々メイラに手渡し、受け取って貰えた事に嬉しそうに笑っている。
ただそこでふと顔を上げると、山精霊達を厳しい顔で見下ろす家精霊の姿が在った。
山精霊達は『キャー!』と散開し、それぞれ私とメイラの背後に隠れる様に逃げ出す。
「・・・昨日勝手に食べた事を怒ったのに、って怒ってます、家の精霊さん。だけど山精霊さん達は、先に私達が食べてるから悪くないって、隠れながら言ってます」
「ああ、その為に私達に先に渡したんだ」
どうやら家精霊に勝手に食べたと怒られない為に、先に私達に食べさせようとしたらしい。
私達のご相伴に預かった形になるので、それなら家精霊も怒らないだろうという事か。
何でこの子達は態々怒られると解ってやるのか。解らないでやる私も人の事は言えないけど。
「まあ、今日は許してあげよう。ね?」
家精霊の頭を撫でてなだめると、ちょとだけ拗ねた様に唇を尖らせてしまう。
その後に諦めた様な溜め息の動作をし、私の手に頬を擦りつけながら山精霊に何かを言った。
おそらく「もう良いよ」という許可だったんだろう。山精霊達は一斉にテーブルに戻って来る。
「ん、良い子良い子。ありがとうね。家を守ってくれてたんだよね」
たださっきの行動はあくまで全て私の為だ。だから家精霊はちゃんと褒めてあげないと。
嬉しそうに自ら手に擦り寄る家精霊の頭を撫で、溶けそうな様子に思わず自分も笑みが零れる。
それを見てメイラも撫でたら良いと思ったのか、一緒になって家精霊を撫でだした。
家精霊は一瞬だけ驚いたものの、そのままふにゃっと気持ち良さそうに崩れてしまう。
『『『『『キャ-!』』』』』
・・・勝ち取ったぞー、とでも言う様にクッキーを掲げている山精霊の事は後で良いか。
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まだ改修の住んでいない店の入り口が、いつもの様に軋む音を上げた事で目を向ける。
そこには見覚えが有るが、有って欲しくはない男がカウンターへ向かって来ていた。
「酒」
その男はカウンターに座ると、ただそれだけを告げて来た。
雑な注文には雑に返してやろうと、店で一番の安酒と壊れた木の器で出してやる。
だがそんな事は一切気にする様子は無く、目の前の男は酒を一気に煽った。
「・・・で、何の用だ、馬鹿領主」
目の前の馬鹿に率直に尋ねると、馬鹿は普段の様に睨みも反論もせずにため息を吐いた。
「・・・爆弾が、もう一つ爆弾抱えて、帰って来た」
「ああ、錬金術師は帰って来たらしいな」
爆弾とは錬金術師の事だろうが、もう一つというのは何の事か。
流石に野盗狩りの件はまだ情報が入っていないから、何を言っているのか解らん。
「・・・野盗狩りに行った先で、その辺の大型魔獣なんか目じゃない化け物が出て来たらしい」
「まさか、それを連れ帰って来たのか?」
流石にあの女でもまさかそんな事は・・・いや、やりそうだな、あいつなら。
奴なら何をやっても不思議じゃないと、そう思えてしまう。
「いや、それは錬金術師が退治した。一応リュナドと協力してという事になっている様だが」
「なら、何が問題なんだ」
「・・・その化け物を呼び出した奴を、連れて帰って来たって、リュナドから報告が有った。聞いた限りじゃその化け物、この街ぐらい一瞬で吹き飛ばせるらしい」
・・・それは何か。ただでさえ山の精霊っていうのが居るのに、更に化け物が増えたのか。
「まさか、許可したのか、それを街に置く事を」
馬鹿は俺の問いにこくりと頷いた。ふざけるなよこいつ。なんて事してくれやがる。
「断れなかったんだよ・・・連れて帰って来た奴は幼い子供で、錬金術師が助けたがったって話だし、そもそも処刑をする予定だったのを、自分が面倒を見るからと引き取ったらしいし」
「だとしても、街の傍に置くのは危険だろう、そんな化け物」
「もうその化け物の情報が回ってるんだよ・・・既に向こうの領主達は知ってる」
・・・ああもう解った。解りたくないが解った。
つまりは近い内にこの辺りにも情報が回って来るって事だな。
勿論一般人は知らんだろうが、領主や口の堅い貴族は大半が知る訳だ。
「・・・だからこの街に一番近い所にしか、何処の領地も置く事を認めてくれない。そして今更追い返す事も出来ない。つーか追い返したら他の領地からも錬金術師からも何をされるか」
「死ね、馬鹿領主」
「るせー! 俺だってこんな事になると思ってなかったんだよ! つーか予測出来るか!」
「騒ぐな、他の人間に聞かせる事じゃないだろう、馬鹿が」
「ぐっ・・・! ああもう・・・!」
馬鹿は俺から酒瓶を奪い取り、そのままラッパ飲みし始めた。やけくそだな。
はぁ・・・後で精霊使いの兄ちゃんと食堂の娘に詳しく事情を聴くか・・・。
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