第123話、やっと家に帰れる錬金術師。

リュナドさんを倒したから今度は私、なんて言われても困る。

そもそも私最初からやる気無いし、リュナドさんも溜め息吐いて押し切られた感じだったよね。

ああ、甲冑がべっこりへこんじゃってる。わき腹痛そう。後で薬塗ってあげないと。


領主はじっと私見てるけど、これ返事待ってるのかなぁ。やだなぁ。

だって今の見た限りだと、勝てないの解ってるもん。解ってるのに勝負って言われてもなぁ。


「・・・同じ条件なら、私は貴方に勝てない。だからやらない」


だから素直にそう言うと、領主はあっさりと笑って引き下がった。

もっとぐいぐい来られると思っていたから少し予想外だ。

ただこういう人は何時気が変わるか解らないので、さっさとリュナドさんを回収しに行こう。

荷車から飛び降りて彼の元へ行き、痛そうに歩いている彼を横にして抱きかかえる。


「え、何これ、え?」

「・・・リュナドさん、痛いから、歩き辛い、でしょ?」


大分痛そうにしているし、歩くのも段差を上るのも辛いだろう。

領主の気が変わらない内に退散したいので、彼が歩くのを待つより迎えに行った方が早い。

そのまま振動を与えない様にさっと戻り、彼を荷車に乗せる。


「甲冑を付けている男を軽々とか。足はふらつかないどころか、踏ん張る気配も無い。ふむ、これは貴殿の力の想定を誤っていたかもしれんな」


これは靴と手袋を使ったから軽々持てるだけで、自力で持っている訳じゃない。

多分私の体格を見て力を想定していたのだろうし、であればその想定は間違ってないだろう。

まさかそれをこじつけて「だから勝負を」なんて言われては敵わないので訂正しないと。


「・・・間違ってない。同じ条件でやれば、負けるのは私」

「ははっ、つれないな。まあ致し方ない。流石にもう誘わんよ。しつこい男は嫌われるのでな」

「・・・そう、じゃあ、帰るから」

「ああ。言う必要などないと思うが、気をつけてな。またいずれ会おう!」


またこの人に会う機会なんて有るのだろうか。出来れば会いたくない。苦手だこの人。

最後まで勢いの強い領主に見送られながら、荷車を浮上させる。

私は早々に奥に引っ込んで操縦を精霊に任せ、ローブから薬を取り出した。


「リュナドさん、甲冑外して。打ち身に効くから、これ」

「あ、ああ、すまん」


リュナドさんは頷いて甲冑を外そうとするけど、痛そうだったので途中で手伝った。

怪我を確認すると、動けなくなる様な負傷ではなさそうなのは良かったかな。

とはいえ多分、そのままにしておいたら後で紫色になっていたと思う。


「――――ひっ、あ・・・!」


リュナドさんが上を全部脱いだところで、メイラが急に強く怯えた様子を見せた。

なので申し訳ないけど彼に薬瓶を渡して自分で塗って貰い、私は彼女を抱きしめて宥める。


「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、解ってるんです。違うのは解ってるんです。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」

「・・・うん、謝らなくて良いよ。誰も何も気にしてないよ。怖いなら泣いても良いから」


リュナドさんを見て怯えたのは解ったので、彼が見えない様に壁になって背中を撫でる。

私に縋りつく様子を見るに、私の事は平気というのは確かなのかもしれない。

いや、それも考えが甘いかも。他の人よりは怖くないだけかもしれないな。


「・・・ん、寝ちゃった?」


謝罪の言葉や小さくぶつぶつと喋る声が消え、震えも収まったと思ったら寝息を立てていた。

急激な恐怖に耐えられなかったか、それとも落ち着いた反動で力が抜けたか。

どちらも経験が有るので、多分そのどっちかだとは思う。このまま寝かせておいてあげよう。


「悪い、ちょっと、忘れてた・・・そりゃ男の体なんて見たら、怯えるよな、この子・・・そういう目に遭ってたんだから。少し落ち着いていた様子だったから油断してた」

「え、う、うん・・・私も、うっかりしてたから、その、ごめんなさい」


そうか、この子は人が怖いけど、男の人はもっと怖いのか。

リュナドさんの方が良く解ってるなぁ。本当に私は恐怖という点以外が全然解ってない。


『精霊使いめ・・・よくも我が娘を・・・殺す、絶対にいつか殺す・・・!』

『『『キャー!』』』

『ぐっ、や、やめ――――』


黒塊が鞄から出てこようとして、また鞄の中に押し込まれた。

うーん、黒塊は彼に預けようかなと思ってたけど、この様子だとそれも危ないかもしれない。

どうにかこいつを抑える様に・・・あ、良い事考えた。帰ったら試してみよう。


「なあ、セレス、ちょっと聞いて良いか?」

「ん、なあに?」

「領主との勝負、本当に勝てないと思ったのか?」

「え、うん、勝てないよ」


あの条件だと、多分私は彼に絶対勝てない。私が勝つには真正面からの勝負じゃ絶対無理だ。

彼の腕力と体捌きを見るに、少なくとも身体能力は私より上。その時点で勝ち目が薄れる。

その上で領主は身体能力を使った戦闘技術を磨き上げているのが、あの一合で良く解った。

リュナドさんは槍の魔法も使わなかったし、接近戦のみの真正面からなんて勝てる気がしない。


「彼に普通に接近戦を挑んだら、私は絶対に勝てない。見えてる勝負をやる意味が無いもん」

「そんなにか、あの領主・・・」


おそらくたゆまぬ鍛錬を積んでいたのだろう。私と違いただそれだけを積み重ねたんだろう。

だから彼に真正面から挑んでは勝てない。本気で、手段を選ばずに殺さないと、無理だ。

魔法や道具有りなら加減も出来るけど、無しなら一切加減が出来ない。加減をする余裕が無い。


「彼に勝つには、一切の手段を択ばず、殺すつもりじゃないと勝てない。だからやらない。それはもう手合わせじゃないし、殺し合いは良くない。それに・・・ライナに怒られる」

「・・・そっかぁ、うん、そっかぁ・・・やっぱそんな感じだよな、お前は・・・」


んむ? そんな感じってどんな感じだろう。でも頷いてるから納得はしてくれたんだろう。

そのまま荷車の操縦は精霊に任せ、私はメイラを抱きかかえておく事にした。

目を覚ました時にその方が安心出来ると思うし。多分。


・・・それにしても今回は、いつも以上に彼のお世話になったな。

この子を無事連れて帰れるのも彼のお陰だし。私じゃ領主と上手く話せなかったもん。

ちゃんとやる為に仮面を作ったのに、結局最後まで頼りっぱなしだった。


それに彼が居たから私は呪いで余り苦しまずに済んだ。

また何かお礼しないとなぁ。何が良いかなぁ・・・。

そうだ、彼の甲冑壊れちゃったし、防具を何か考えようかな。

最低限私の爆弾に耐えられる装甲で、内部に衝撃緩和材が有ると良いよね。


「リュナドさん、今度、またお礼するから、少し待っててね」

「は? え、何の話?」

「助けられた、お礼」

「ああ、いや、別に良いんだが・・・俺は結局大した事してないしな・・・」


リュナドさんは大体こう返してくるよね。大した事ないとか、普通の事しかしてないとかって。

多分彼が優しい人だからだと思うけど、私相手に色々してくれる時点で凄いと思う。

うん、やっぱりちゃんと、少しでもお返ししないと。彼には恩を受けてばっかりだもん。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


目を覚ますと、優しい暖かさに包まれていた。

寝起きの頭で顔を上げると、セレスさんが笑顔で男の人と話しているのが目に入る。

その人の事を信頼しているんだろうなと、何となくそう思う笑顔。


「あ、起きた? 大丈夫?」

「あ、は、はい。ご、ごめんなさい・・・」


私の意識が覚めた事に気が付いたセレスさんが、優しい顔で問いかけて来た。

それで一気に頭が覚め、気を失う前の事を思い出す。

慌ててその事を謝ったけど、セレスさんはただ優しく笑って頭を撫でてくれる。

たったそれだけの事が心を落ち着かせてくれて、男の人に顔を向ける事が出来た。


「・・・その、リュ、リュナドさんも、ご、ごめんなさい」

「ああいや、こっちこそ気が付かなくてすまない。無理しなくて良いから」


仮面のお陰もあるとは思うけど、何とか落ち着いて謝れたと思う。

それでもやっぱり怯えは有って、だけど彼は自分こそ申し訳ないと逆に謝って来た。

・・・きっと、優しい人なんだと思う。それは解る。だってセレスさんが信頼してるんだから。


だけど、やっぱり怖い。男の人は怖い。頭では解っていても、男の人という事が怖い。


『主、お家ついたー!』

「ん、着いた?」


そこで精霊がセレスさんに声をかけ、私は彼女に抱かれたまま荷車の端へ移動する。

眼下には広がる山林。そしてぽつんと空間が開いた様に、広い庭の在る家が在った。

庭には小型の精霊達が沢山居て、みんなぴょんぴょん跳ねながら出迎えている。


『主、お帰りー!』

『お土産―! お土産欲しいー!』

『リュナドちゃんと生きてるー?』

『主ー、家の奴、主が居ない間おやつくれなかったー。酷いー』

『でも代わりに倉庫の石食べたら怒られたー』

『あ、それ主に言ったらもっと怒られる! 馬鹿! なんで言うのー!』


歓迎というか、何か言いつけている様な子も居る。家の奴とは住人の事なのかな。

ただ地面が近づいて来ると、庭の中央に青い人が居る事に気が付いた。

人、というには少し違う気もする。小さい子達と同じ様に、精霊なんだろうか。


『お帰りなさい! お帰りなさい! お帰りなさい!』

「・・・ただいま。ごめんね、また帰ってくるのが遅くなっちゃって」


荷車が地面に降りると青い精霊はセレスさんに飛びつき、何度もお帰りなさいと言っていた。

その様子はとても嬉しそうで、見ているこちらが嬉しくなってしまう程だ。

暫くそうやって抱き合っていた二人だけど、青い精霊が不意に私に視線を向けた。


『主様、この方はどなたでしょう。新しいご友人ですか?』

「あ、えっと、この子はメイラ、って名前で、私が引き取る事になった子なんだ。これから面倒を見てあげてくれると嬉しい。メイラ、この家には精霊が宿っていて、この家を管理してくれてるんだ。優しい良い子だから、仲良くしてあげてくれると嬉しいけど、大丈夫、かな?」


家の精霊。そうか、この精霊がセレスさんの言っていた、寂しがっている子だったんだ。

なら多分、大丈夫だと思う。精霊の事は不思議と怖くない。

あの黒い塊はどうしても怖いけど、小さい精霊達は平気だったし、大丈夫だと思う。


「えっと、メイラ、です。これから宜しく、お願いします」

『はい、メイラ様、宜しくお願いします。頑張ってお世話させて頂きますね!』


家の精霊は身振り手振り大きく応え、ピコピコした動きが少し可愛い。


「え、えっと、その、ご迷惑は、なるべく、かけない様にします、ので」

『そんな、迷惑などと。私はこの家に住んで頂けるなら、それが幸せ・・・あれ?』


家の精霊は話の途中で不思議そうに首を傾げ、何故かセレスさんも不思議そうに傾げている。

何故不思議そうにされるのか良く解らず、私も同じように首を傾げてしまう。

ただ家の精霊が恐る恐るといった様子で私に近づき、少し不安そうな顔で口を開いた。


『・・・あの、メイラ様、もしかして、私が見えている様な事は』

「え? それは、当然、見えてます、けど」

『・・・も、もしかして、声も、聞こえていますか?』

「は、はい、聞こえて、ます」

『――――!』


不思議な問いかけに答えると、両手を胸で組んで物凄く嬉しそうな顔を見せる家の精霊。

そして泣きだしそうにも見える表情で笑い、両手で私の手を取って握りしめた。


『メイラ様、貴女が来てくれて、とても嬉しいです! ありがとうございます!!』


ただセレスさんの家にやって来ただけで、物凄く感謝されてしまった。

歓迎されたのは嬉しいんだけど、えっと、何でこんなに嬉しそうなんだろう・・・。

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