第122話、帰る前にお願いをされる錬金術師。

領主との話は上手く行ったとリュナドさんから報告を受けた。

ただ何の話をしていたのかは聞いていない。でも彼が満足そうだし問題無いだろう。

問題をあえて挙げるとすれば、今日はもう遅いので宿泊が決まった事ぐらいだろうか。


「寂しがってないかなぁ・・・寂しがってるだろうなぁ・・・」


家精霊の事を考えると、思わずそんな呟きが漏れた。

あの子は帰って来て嬉しいと伝える事は有っても、帰ってくるのが遅いとは怒らない。

それが尚の事早く帰ってあげたいと思ってしまい、申し訳なくも感じる。


「・・・家に、誰か、待ってるんですか?」

「うん? うん。私の家を守ってくれてる子が、居るんだ。だから早く帰ってあげたくて」

「・・・そ、そうなん、ですか」


メイラの疑問に家精霊の事を伝えると、彼女は何か真剣な表情で少し顔を伏せた。

そして何か小声でぶつぶつと喋り始めたけど、声が小さ過ぎて聞こえない。

私が言いたい事が言えなくて、だけど頑張ろうとしている時に似ている気がする。

なので言えるまでじっと待っていると、メイラは決意した様子で顔を上げた。


「ご、ご迷惑に、思われ、ないでしょうか」

「んー、思わないと思う。むしろ世話を焼きたがるかな。出来れば仲良くしてあげて欲しい」

「が、がんばり、ます」

「んー・・・でも、無理は、しなくて良いからね?」


精霊達とは普通に話せている様だから大丈夫だとは思う。

とはいえ無理はさせたくないし、そこまで気を張って頑張る事も無い。

家精霊だって無理に構う事は・・・しない、と思う、多分。


その後夕食に誘われたけど、メイラがまだ人を怖がっているので自室で貰った。

これは私にとっても僥倖だったので、とてもありがたい。


メイラは久しぶりのまともな食事に感動していた。

どうやら食事自体は与えて貰っていたらしけど、碌に調理されていなかったそうだ。

幸いは食べてはいたおかげで内臓の機能自体は無事な事だろうか。


「そうだ、寝る前に薬を塗っておこうか。手当してるみたいだけど、傷の直りが遅いようだし」

「え? は、はい・・・」


手当をされたのが野盗狩りの後で、もう半日以上経っている。

なのにメイラの傷は全然治っていないし、本人も時々痛そうにしている。

だから就寝前にそう提案したのだけど、メイラは何故かとても不思議そうに頷いた。


「じゃあ、塗るから、服脱いでくれるかな」

「は、はい」


ただ彼女は疑問自体を口にはしなかったので追求せず、ローブから薬を取り出す。

包帯類もローブに入っているので、薬を塗った後に新しく巻き直した。

そういえばこの包帯も、これを使い切ったら替えが無いんだっけ。

薬効の効果を高める事が出来る物なんだけど、材料がなぁ・・・。


今更だけど実家の完全完結した環境は、一人になって初めておかしいと思える。

近隣で気軽に採りにも買いにも行けない物なら、家で増やせば良いだろうって感じだった。

あの環境を一人で作り上げたお母さんこそ、本当に天才なんじゃないのかな。

私もやろうと思えば出来るけど、あそこまで完璧にするのは過程が面倒臭い。


「よし、これで明日になれば、もう痛みは引いてるから」

「え、は、はい・・・ありがとう、ございます・・・」


やっぱり不思議そうな様子のメイラだったけど、それ以上は特に言わずに就寝。

そして翌朝少しパニック気味に体の様子を確認していて、凄く感謝の言葉を投げられた。

お礼は昨日聞いたから別に良いのに。痛みが消えた事が嬉しかったんだろうな、多分。

メイラが落ち着くのを待って、ローブを纏った所でリュナドさんがやって来た。


「セレス、朝食はどうするかって聞かれたんだが、どうする?」

「え、断って良いなら、帰りたい、な」

「だよな。断ってくるよ。俺も早く帰るのは賛成だし」


という事で、朝食の誘いは断って帰る事になった。やった。

帰り支度を済ませたら三人で領主館を出て、荷車へと向かう。

領主は「せめて見送りぐらいは」と付いて来ているので、しっかり仮面は付けてだけど。


黒塊は相変わらず鞄の中だ。ただ昨日と違ってやけに静かなのが気になる。

荷車に着くと見張りの精霊がリュナドさんに敬礼をし――――一体寝息を立てていた。


「・・・おーい、起きろー、お前達の主が見てるぞー」

『キャー・・・?』


リュナドさんに声を掛けられ、目をくしくしと擦りながら欠伸をする精霊。

そして私の姿を見てピシリと固まり、次の瞬間震え出して『キャー』と謝罪を口にした。

怯えなくても居眠りぐらいで怒らないよ。私も良く寝てるし。


取り敢えず精霊に怒ってないよと伝え、まずメイラを先に乗せる。

作った時にアスバちゃんが居たから、小さい子用に作った足場が大活躍だ。

これが有ると私も乗りやすい。リュナドさんとかは普通に乗っちゃうけど。


「これで暫く会う事も無い、と思うと中々に寂しい物だ。ここ数日は濃い毎日だったからな。ああ、そういえば結局手合わせはしないままだったな。せめて帰る前に一戦やってみんか?」


・・・何で領主はこの帰る段階でそんな事を。早く帰りたいのに。やっぱりこの人苦手だ。

どうしよう。取り敢えず荷車には乗ってしまって・・・リュナドさん断ってくれないかな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


荷車に足をかけた状態で領主の言葉を聞き、暫く動かなくなるセレス。

どうするつもりだろうかと少しハラハラしていると、彼女は領主に応えず荷車に乗った。

ああ、断るつもりかと思っていると、そのまま彼女は俺に視線を向ける。


「成程、まずは彼と、と言う事か。面白い」


・・・何でそうなるかなぁ。いやまあきっとそういう意味なんだろうけどさ。

溜め息を吐きながら荷車から離れ、領主も楽しそうに笑いながら俺に付いて来る。

領主は兵士に大きめの円盾と大剣を渡され・・・いや、何軽々と片手剣みたいに持ってんだ。

俺みたいに手袋を使ってる訳でもないのに、何つー怪力だよ。


「ああ、勝手で悪いが精霊に戦わせるのは無しでお願いしたい。負けが見えているのでな」

「・・・解りました」


槍を構えつつ領主の言葉に頷き、さてどうするかと考える。

見た所大剣に目が行ってしまうが、構え自体は普通に片手剣の構え方だ。

となると盾で防いで、弾いて、剣で攻撃ってのが定石ではある。

それなら槍の方が使い勝手が良いと思うんだが、何故大剣なんだろうか。


「・・・ま、そこは考えても仕方ないか。いくぞ」

『キャー』


精霊をけしかけるのは無しだと言ったが、精霊を使わないとは言ってない。

靴と手袋に魔力を通す為、小声で精霊に頼んでから踏み込む。


取り敢えず相手は大剣とは言えリーチはこちらの方が上だ。

まっすぐに槍を突き出して様子を見ようとすると、定石通りに盾で防いで来た。

ただそこで上手いと思ったのは、高速で突っ込んだのに滑らかに槍を逸らされた事だ。

弾かれたのではなく逸らされた。突進の勢いが殆ど死んでいない。


本来ならそのまま突っ込んで来た俺を剣で攻撃、ってなるんだろうけどそうはいかない。

この靴が有れば急制動なんて簡単に出来るし、逸らされた攻撃を止めて振り回すのも容易い。


「ふっ!」


ある程度盾で逸らされた所で足を止め、槍を無理やりに横に振った。

いつも通り軽い感触で人が吹き飛――――ばない!


「っ!?」


領主は思い切り振りぬいた槍の勢いを盾で受けつつ、一歩下がって体を回す。

そして払われた勢いも使って、上段から大剣を振り下ろして来た。


「ぬあああ!!」

「っぶね!」


慌てて槍を引き戻し、上段からの一撃を地面に落とす様に逸らし―――。


「がっ!?」


間髪入れずに脇腹に強い衝撃を感じ、そのまま吹っ飛ばされた。


「ぐっ・・・つう・・・!」


即座に立ち上がって領主を見ると、蹴りを放った体制で静止している。

まじか、あのタイミングで蹴り入れて来るのかよ。

防御の為に腕を上げた瞬間を狙われた。あーくそ、いってえええ。

甲冑越しに痛みの在る蹴りって、甲冑が無かったら洒落になってねえ。


「さて、追撃は要るかね?」

「・・・いえ、負けました。降参です」


追撃は出来なかった訳じゃない。しなかったんだ。

あれで負けて無いなんて言うのは負け惜しみが過ぎる。

俺の攻撃を盾で防いだあの一瞬、あれはきっと誘われていたんだろう。

そして手袋を使っての攻撃は何時も手応えが軽く、だから誘われた事に気が付くのが遅れた。


「・・・完敗です」

「ふふ、条件付きでは有るがね」


剣を地面に突き刺して盾を捨て、差し出して来た領主の手を取って立ち上がる。

痛い。わき腹が物凄く痛い。恥も外聞もなく泣いて転がりたい。


「貴殿は力推しに少し慣れてしまっているな。技術が無い訳では無いが、もう少し気を付けた方が良かろう。とは言っても、そこを精霊達でカバーしているのだろうが」

「いえ、勉強になりました、領主殿。感謝します」


確かに言われた通り、最近この手袋や靴に頼り過ぎていたかもしれない。

道具を使っていたんじゃなくて、使われてる状態だったって事か。


剣を受け流す際も上体が伸びていたし、蹴りで簡単に吹き飛ばされたのもそのせいだ。

報告したら先輩に笑われるな、これ。あの人なら多分耐えていた。

だけどそのおかげで骨折はしていなさそうだから、どっちが良いかは悩む所だけど。


「さて、という訳で条件は達成した。錬金術師殿も、一勝負やらないかね?」


セレスは領主にそう言われ、少し非難する様に俺を見る。

止めてそんな目で見ないで下さい。怖いです。これでも真面目にやったんだって。

そして領主に視線を戻すと、かなり長い沈黙の後に渋々と言う様子で応えた。


「・・・同じ条件なら、私は貴方に勝てない。だからやらない」


え、嘘だろ。セレスが勝てないとか言い出すとは思わなかった。

俺としては彼女がそこまで明確に判断出来る要素が解らない。

だって彼女の体捌きは、魔獣相手に防具無しで接近戦を挑めるレベルなのに。


「ふっ、それは残念だ。やはり貴殿には勝てそうにないな。そこまで素直に自分の負けを認められては、これ以上誘い様が無い。ここまで全てしてやられているので一つぐらいはと思ったのだが・・・難しい物だな。最後まで錬金術師殿の掌の上か、はっはっは!」


領主は残念と言う割に、セレスと同じ様に『勝てない』と笑いながら口にした。

むしろ勝てない事が楽しいと言っている様に見え、何を考えているのか良く解らない。

ただ見えてる所が全然解んねぇって事は解った。この二人、俺と格が違うわ。


『キャー』

「・・・慰めどうも」


どんまいと言う様に精霊に靴をポンポンと叩かれ、項垂れながらそう返すしかなかった。

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