第121話、少女の才能を知る錬金術師
自分が付けているから解るけど、仮面はあくまで恐怖心を誤魔化しているだけだ。
本心から怖くないと思える訳じゃない。怖くないと強制的に自分に言い聞かせているだけ。
だから誤魔化せる許容量を超えてしまうと、仮面が在ろうが無かろうが怖い物は怖い。
つまり仮面を付けていても怖いのに、外したら泣き出したくなるぐらい怖いのは当然だろう。
「ふぐっ・・・ひぐうぅ・・・!」
取り敢えず今は泣かせてあげよう。辛いという気持ちを吐き出しきるまで。
さっき泣いた時は仮面を付けていたから、感情の吐き出しが中途半端だったのも原因かも。
外す前に心が落ち着いて、平常心だと思える程度の状態なら、また違ったんだろうけど。
暫くそのまま抱きしめ、嗚咽が小さくなった辺りでメイラは顔を上げた。
「すみ、ません・・・なきた、かった、わけじゃ、なかったん、です」
「うん、良いよ。大丈夫。気にしなくて良いから。もう少し落ち着いてからで良いけど、仮面は付けておこうか。やっぱり、怖いでしょ?」
「だ、大丈夫、です。セレスさんなら、大丈夫、です、から・・・!」
うーん、本当に無理しなくていいんだけどな。怖いのは私も良く解るし。
とはいえ本人が大丈夫って言ってるのに、無理やり仮面を付けるのも良くないかなぁ。
「んー・・・解った。でも仮面は渡しておくね。怖いと思ったら、付けて良いから」
「は、はい・・・」
泣き笑いの顔で頷くメイラに、少し不安を覚えつつ頭を撫でる。
まさか私が人を慰める立場になるとは、本当に世の中不思議な事もあるものだ。
「セレス、今良いか?」
そこで扉からこんこんとノックの音が響き、リュナドさんの声が聞こえて来た。
どうしたんだろうかと扉を開けると、メイラは仮面を付けて私の背後に隠れてしまう。
うーん、リュナドさんは優しい人なんだけどなぁ。でも私も以前は怖かったし仕方ないか。
「どうしたの、リュナドさん・・・あれ、鞄、持って来たの?」
部屋に招き入れてから気が付いたけど、彼は私の鞄を持って来ていた。
あの中には黒塊が入っているはず。何で態々持って来たんだろう。
「ああ、こいつが文句が在るらしい。煩いから取り敢えず話だけ聞いてくれ」
『くそっ、貴様、放せ! 泥濘の事と言い、貴様は我の邪魔ばかり・・・!』
彼は鞄に手を突っ込み、中から精霊がぶら下がる黒塊を取り出した。
完全に彼にわし掴みされている黒塊は、全く動く事が出来ない様に見える。
「・・・リュナドさん、それ、掴めるの?」
「へ、ああ、この通りだけど」
てっきりこれは掴めない物だと思っていた。
そこに確かに在るけれど、物質的には存在しない物だと。
そういえば精霊が地面に叩きつけていたし、実体は有るのか。
少し興味が出て黒塊に手を伸ばして指先で触れてみる。
「ぐっ・・・!」
だけど指には何の感触も無く、それどころか黒に触れた部分に痛みが走った。
即座に指を離すも、ジンジンとした痺れる様な痛みが指先からゆっくりと手に広がって行く。
「お、おい、セレス、大丈夫か!? くそっ、何しやがった!!」
『我は呪いの塊だ。貴様らの言う所の悪しき神性だ。力無き者が触れればこうなるのは当然だろう。我は悪くない。悪くないと言っているだろう。少しずつ握る力を強くするな!』
ああ、成程。つまりリュナドさんは精霊使いだから掴め、私は触る事すら出来ないと。
もういっそ彼に預けたら安全な気もして来た。今も潰す勢いで握っているし。
あ、まずい、痺れが手首を登って来た。凄く痛い。リュナドさんに触れて何とかして貰おう。
「あ、あの、手を、かして、下さい」
「え、メイラ?」
メイラは痛みの広がる私の手を取り、そのまま祈る様な様子を見せた。
すると段々と痛みが消えだし、それは彼女が触れている所に吸い寄せられている様に感じる。
メイラが手を離した後は、指先から痛みやしびれが完全に消えていた。
呪いの除去、をしたという事だろうか。だけどそれは、私の知識が確かなら――――。
「えっと、もう、痛くない、ですか?」
「メイラ、呪いを、引き受けたの? 大丈夫?」
「え、あ、はい。全然、大丈夫、です、けど」
「本当に? 無理してない?」
「は、はい。本当に、何とも、ないんです」
・・・どういう事だろう。呪術師の呪いの解呪は、一旦その身に呪いを引き受けるはず。
だけどメイラは自身に不調は無いと言うし、それだけ許容量の大きい才能という事だろうか。
『我が娘なのだぞ。当然だ』
「・・・そういえば、その我が娘、っていうのもまだ良く解ってないんだけど」
『我が娘は我が娘だ。我らが愛すべき娘だ。我らを確たる存在として対話でき、我らに守られるべき価値を持ち、その身に膨大な呪いを持つ愛すべき娘だ。我が娘の力であれば、その程度の呪いは虫に噛まれた程度ですらない。何せ我をその身に宿せるのだからな』
呪いをその身に。つまりこの子は生まれつき呪い持ち。だから呪いが利かないという事かな。
それもあんなふざけた化け物になる呪いの塊を手に入れて、それでも平気で居られる程に。
よくよく考えたらあんな物と同化してるって、普通は体に不調が出てもおかしくないか。
「メイラ、今これが言った事、本当?」
「い、いえ、は、始めて知り、ました。そもそも、呪いとか、良く解ってない、ですし。全く知らない訳じゃ、ないですけど・・・殆ど、解ってません、私」
「・・・え、待って。メイラは、呪術師じゃないの?」
「ち、父は多分、そうなんだと、思います。だけど、私は余り、教えて貰って、ないんです」
成程。半端な知識に半端な呼び出し。ただし力は異常に強いからあんな化け物を生み出せたと。
もしかしたらメイラのお父さんは、この子の力の強さを理解していたのかもしれない。
だからその力に応じた制御が出来る様に、ゆっくりと教えていたのかも。
「その父も、野盗に、殺されたので・・・詳しい事は、その、ごめん、なさい・・・」
「ううん、いいよ。気にしないで。今のが解っただけでも十分」
そこは流石に予想していたけど、やっぱり野盗に殺されていたか。
でなければこの子が一人で野盗に捕まっているのもおかしな話だよね。
家族に会いたいとか、そういう事も言ってないし。母親も殺されたのかもしれない。
「ただ、昔から、感覚的に、怖い様な、物を、見る事は、出来ました・・・変な物を、呼び寄せて、父に、怒られた事も、あります。全然言う事、きいて、くれなくて・・・だから、その」
「本格的な呪術の類は教えられず、危ないから使わない様に言われた、のかな?」
「は、はい・・・ただ、私、は、才能がない、と、言われ、ました・・・」
あれ、そうなんだ。てっきり力の強さを理解してたからかと思ったんだけど。
うーん、良く解らないな。彼女のお父さんが死んでいる以上、言及する事も出来ないし。
黒塊の説明は良く解らず、本人も自覚無し。結局はそういう結論になってしまう。
『我が娘の力であれば、我らに協力を仰ぐのは容易い』
「・・・でも、それで肉塊になって暴走してたよね、貴方」
『恐怖により、娘は力の制御が出来ていなかった。心が乱れていても力を制御出来る程、娘は成熟していない。技術が足りぬだけで、力は十分だ』
「・・・つまり、平常心ならまともな姿で現れられたかもしれない、って事?」
『そういう事だ。それにたとえ暴走していようと、我らは決して娘の事を傷つけぬ』
確かにそこだけは間違いなかった。あの近距離の衝撃で、彼女は無事に立っていた訳だし。
もしかしてあの時点で黒塊は彼女の魂と同化していたんだろうか。
「えーと、すまんセレス、話遮って悪いが、確認させて貰って良いか?」
「ふぇ、なに、リュナドさん」
「この子は黒塊と同化していて、黒塊を取り込んでも平気。そして彼女の感情次第で、上手く扱えなくて化け物が現れると。んで一般人にはこの黒塊は危険、って事で合ってる?」
「んー・・・そう言う事に、なる、ね」
「成程、成程・・・」
良く解らずに首を傾げながら応えると、彼はとても良い笑顔で納得の言葉を口にした。
何だったんだろう。何が彼をそんなに笑顔にしたのだろうか。
「これで平穏無事に帰る口実が出来た。後の事は任せろ」
二ッと笑いながらそう告げる彼に、良く解らないけど頷いて返した。
因みに後回しにされていた黒塊の文句とは、要約すると『メイラの傍に居たい』という事だったので鞄に詰め直して持って行って貰った。だってメイラが嫌がったし。
『何故、何故だ。娘よ・・・!』
『『『『『キャー』』』』』
『く、はな、はなせ、きさ―――――』
精霊達に押し込まれる様子は、少しだけ可哀そうにはなって来た。少しだけだけど。
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出来る限り急いで館に戻ると、錬金術師達は先に戻っているという報告を兵から受けた。
館に戻らない可能性も有ったのでまずは一安心だ。
すぐ二人と話をする為に使用人に声をかけようとして、精霊使いが出迎えに来たのが目に入る。
「お帰りなさいませ、領主殿」
「出迎えご苦労、とでも言えば良いかね?」
彼の言葉に苦笑しながら返すと、彼も苦笑で返してきた。
どうやら余裕は有りそうだ。これなら悪くない話が聞けるかもしれない。
そう思いつつ使用人に茶の用意をさせ、彼と共に客間に向かった。
「で、何を話してくれるのかな、精霊使い殿」
こちらから「これを話せ」とは言わない。まずは彼の出方を窺わせて貰おう。
「先ずあの黒い物を、貴方の目から隠した事に謝罪を致します」
「・・・やはりあれは、あの時現れた物と同じかね」
「はい。ただ今はどうやら力を失っている様子で、精霊達で完全に抑える事が出来ています」
成程、精霊使いが抑えきれるというのであれば、多少は安心ではある。
彼は力を持っているにもかかわらず、領地の一兵士に甘んじる人間だ。
下手な事はそうそう考えないだろうし、やるならとっくにやっているだろう。
「やはり、あれは、あの娘が?」
「呼び出したのが彼女、という事は確かになりました」
「ふむ・・・制御は出来そうなのか?」
「現状は無理だと、そう報告するしか有りません」
呼び出した本人には制御出来ず、ただし精霊使いの力が有れば抑えられる。
逆を言えば彼が居なくなれば押さえられないという意味でもあるな。
何らかの理由で彼らの監視から逸れた時、あの化け物がまた現れかねない。
そう考えると、やはりあの娘の存在は危険と言わざるを得ないだろう。
錬金術師を敵に回すのは得策とは思えんが、それでもあの化け物の放置が良いとも思えん。
「そして今の彼女は化け物と同化しているそうです。つまりは彼女自身が化け物になっているとも言えます。ですが今は安定している様子なので、下手な刺激を与えない方が安全かと」
「なに・・・?」
まさか本人が化け物と化している、と言うのは流石に予想外だ。
だがそれは、先程よりも更に放置出来ない理由が出来た、と言う事ではないか。
力が弱っているというのであれば、今こそが殺す好機だろう。
「・・・ならば尚の事、今の内に殺してしまった方が安全ではないかね」
あの娘を助けようとした者が頷くとは思えないが、そこを口にしない訳にはいかない。
だが精霊使いは一切動揺を見せず、笑顔をのまま口を開いた。
「私と錬金術師は処刑に協力しないで良い、と言うのであればどうぞ。私達は態々無駄な危険を冒したくはありません。そんな事をされるのであれば、やりたい方だけでやって頂きたい。化け物が出て来るかどうか解らない、ではなく、既に化け物がそこに居るのに出来るのであれば」
成程、そう出て来るか。処刑は邪魔しない。だが手助けもしない。
どれだけの死者が出るか知らないが、その覚悟が有るならやれば良いという事か。
確かにそう言われると、私を含めて何処の領主もやりたがらないだろうな。
あの惨状を確認すれば確実に拒否するどころか、私に処分を押し付けて来るだろう。
貴様が一番かかわりが深いのだろうから、貴様が何とかしろと。
成程、これは見逃す理由も大きくなるな。万が一を考えると、手を出す方が損だ。
「自領に連れて帰って起きた事は、私達が対処するしかない。このままあの娘を私達が持って帰った方が、やはり良いと思いますが、如何ですか、領主殿」
確かに二人であれば、あの化け物を倒したという実績が既にある。
それに今回は戦った場があの様な所だから良いが、場所によっては大被害だ。
あんな化け物との戦闘を自分達の領地でされてはかなわない、か。
「ああ、そうだな。確かにそうだ。良い言い訳を作ってくれて感謝するぞ、精霊使い殿」
「・・・意外、ですね。もっと突っ込まれると思ってました」
「私とてあの娘を不憫と思っているよ。殺さずに済むならそれで良い。だが危険が既に見えているのに放置をするのであれば、それなりの理由が居る。それこそどいつも人に押し付けたがるような、嫌な理由がな。今の話でその理由には十分使えるだろうよ」
それに私は言ったはずだ。約束は守ると。はなから娘を殺す方向で話を進める気は無い。
だからこそ錬金術師ではなく精霊使いが来たのだろう。必死さが良く解って手を緩めたくなる。
ふっ、やはり錬金術師の方が私より上手か。やり易い様にしてくれた訳なんだろうな。
「彼女は野盗に襲われた中で唯一の生存者だ。まだ・・・子供だ。助けてやってくれ」
処刑をしなければいけない側としては図々しい頼みだが、それが素直な本音だ。
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