第120話、預かった娘と今後の事を決める錬金術師
領主が良く解らない事を言って天幕を去っていた後、リュナドさんが頭を抱えてしまった。
館に帰った後も語らぬとか何とか言ってたけど、あれは一体何の話だろうか。
リュナドさんは解っている様子なんだけど「あー、うー」と唸る彼には声をかけ難い。
ただ首を傾げていると彼は唐突に顔を上げ「何とかするから、怒るのは無しで頼む」と言った。
何だか必死な様子なので慌てて頷くと、彼はほっとした様子を見せる。
結局全く解らないけど、彼が何とかしてくれるならそれで良いや。任せよう。
「じゃあ、えっと、私達は、領主館に戻るって事で、良いの?」
「ああ、そうだな。一旦あそこに戻ろう」
という訳で天幕を出たらすぐに絨毯を広げて中央に座り、二人が座るのを待つ。
ふとメイラを見ると私の袖を掴みつつ首を傾げていたので、手を取って前に座らせた。
ただ私の前が怖いのか少し挙動不審だ。申し訳ないけど少し我慢して欲しい。
リュナドさんはここに来た時に渡された輪っかを兵士に渡し、一番後ろに座った。
鞄は彼に預けている。中に精霊と黒塊が居るのでその方が良いだろう。
何か鞄の中から文句が聞こえるけど、その度に呻き声が聞こえるのは気のせいだろうか。
「じゃ、行くよ」
「きゃ・・・!」
絨毯を飛ばすとメイラがバランスを崩して悲鳴を上げ、だけど抱き留めたので問題は無い。
ただ抱きしめた事にもびくっとしていたので、恐怖でパニックにならないと良いんだけど。
彼女からくっつくのは良くても、私からはまだ怖いだろうし。
仮面で彼女の恐怖をどこまで抑えられるかな・・・あ、領主館までは私は外していよう。
視界狭いし、ちょっと暑いし、空なら怖い物は何も無いし。
結界石も精霊が作った物を分けて貰ったので、取り敢えず一応は防御も大丈夫だ。
とはいえ精霊クラスが出てきたら、今回は逃げの一手を打つしかないんだけど。
「とん・・・でる・・・絨毯が・・・」
「まあ、驚くよな、普通。セレス、説明もしてなかったし・・・」
あ、そうか。飛ぶ事に驚いたのか。そういえば何にも説明してなかった。
彼女の怖いという感情は解るけど、こういう所はやっぱり全然駄目だな、私。
今後の為にもこの辺りの事はちゃんと言っておいた方が良いかもしれない。
「メイラ、私は余り人の気持ちが解らないから、気になった時は、ちゃんと聞いて欲しい」
「え、あ、はい、わかり、ました・・・」
何だか少し不思議そうな反応だったけど、解ったと言ったので大丈夫だろう。
「あ、そ、そうだ、なら、こ、この仮面、お返ししなくて、良いんですか?」
「外せるなら受け取るけど、そうじゃないなら付けていて良いよ。多分、その仮面を付けてるから、怖さを誤魔化せているんだと思うし。そんな事、ない?」
「え、えと・・・その・・・はい・・・多分、外したら、怖い、です」
メイラはちらっとこちらの様子を窺った後、前を向いてから頷いた。
やっぱりそうだよね。あれだけ怖がっていたのだから当たり前だと思う。
私だって仮面を付けていても怖い人はやっぱり怖いもん。我慢出来る様になっただけで。
領主の館が近づいて来たら仮面を再度つけ、庭に降り立ってリュナドさんに後を任せる。
一応私も話しかけようと思ったのだけど、完全に出遅れたので何も出来なかった。
メイラは私のローブを握って背中に隠れている。兵士達が怖いらしい。
「どうぞ、こちらへ」
私達が来たら出迎える話になっていたらしく、そのまま使用人に館へ迎え入れられた。
前と同じ二人部屋に案内され、ただ前回とは違ってリュナドさんは居ない。
私とメイラの二人で、彼は別の部屋に案内された。
部屋に落ち着いたら仮面を外し、ローブも脱いでポールハンガーかけておく。
中身が減って軽くなったローブに少し不安を覚える。帰ったらまた予備を作らないと。
因みに鞄は中身が黒塊なので、そのままリュナドさんに持って行って貰った。
黒塊は何か文句を言っていたけど問答無用だ。あれが傍に居るとメイラが怖がる。
「あ、あの、セレス、さん」
「ん、どうしたの?」
「――――あ、そ、その・・・」
「・・・いいよ、落ち着いて、ゆっくりで」
焦らせたって仕方ないし、焦らせる理由もない。そもそも私なんか焦ったら真面に喋れない。
一番焦った時は喋っていても全く言葉になってないし、あれは我ながら酷いと思う。
そういえば最近してないな、あの喋り方。私も少しは成長したのかな?
「セレスさん、は、錬金術師、なんです、よね?」
「うん、そうだね」
「私を引き取るのは、その、利点が、あるから、です、よね?」
利点、と言われれば利点はある。実際彼女の能力を知ってそう考えた。
だけどその為に引き取ったかと言われれば、そんなつもりは全くない。
ただ彼女がこのまま殺されるのは可哀そうだと、そう思っただけ。無理強いする気は無い。
「別に、貴方を無理に使う気は、無いよ」
「で、でも、わた、し、私には、それ以外・・・!」
不思議だ。本当に自分で不思議で仕方ない。人の気持ちが良く解るっていうのは。
親友の考える事すら解らないのに、この子が今思っている事が解る。解ってしまう。
この子は今必死なんだ。だから自分が『使える』なんて話をし始めた。捨てられない為に。
「捨てないよ。少なくとも、貴方が出て行きたい、って言わない限り」
「――――っ」
そう告げると、メイラは服の裾を握って俯いてしまった。
私は彼女の答えを求める事はせず、ただただ彼女が顔を上げるまで待つ。
とても静かな時間が・・・何だか遠くて精霊が怒ってる鳴き声が聞こえる。
もしかして黒塊が暴れているんだろうか。大丈夫かな。
でも申し訳ないけど、呪いに耐性のあるリュナドさんに任せた方が安心なんだよね。
今の私は結界石も禄に無いし、魔法石も数がだいぶ減ってしまっているから。
「・・・どう、したら、いいですか?」
「ふぇ? 何が?」
気になって彼らの居る方向を向いていたので、彼女の発言に呆けた感じで返してしまった。
とはいえ結局何が言いたいのかは私には良く解らないので、発言は変わっていなかったと思う。
「・・・助けて、くれた、って、解ってます。ずっと、守って、くれてるのも、解って、ます。だけど、見ず知らずの、私に、何で、何を、したら、良いんですか?」
何をしたらと言われると困ってしまう。さっきも言ったけど別に何かをさせたい訳じゃない。
むしろ私こそ彼女を引き受けたは良いものの、特別彼女に何かが出来る訳でもない。
出来る事と言えば彼女の住む所を与えて、なるべく怖くない様に守ってあげる事だけ。
それに私も怖い物だらけなので、それだって出来るかどうか怪しい所が有る。
大体それも単に私がそうしようと思っただけで、私がやりたいことをやっているだけだし。
「別に、気にしなくても良いよ。私は、特に何かしてほしい訳じゃ、ないから」
「わ、私は、役に、立ち、ません、か?」
「んー・・・立たないかと言われれば、多分役には立つと思うよ」
彼女は呪術師で、私には無い才能を持っている。ならその力を貸して貰うのも手だろう。
今回私には精霊が注いだ力が良く解らなかったけど、彼女なら解るだろうし。
呪いや神性を付与した物を作るのなら、彼女の力は確実に役に立つ。
「じゃ、じゃあ、役に、立ちます。立ちたい、です・・・!」
「・・・そっか。解った。じゃあ手を貸してほしい時は、お願いするね」
「は、はい・・・!」
仮面をつけているから目元は解り難いけど、彼女は笑った様に見えた。
きっと私がライナに褒めて貰った時と同じ様に、肯定して貰えて嬉しかったんだろう。多分。
・・・怖がっている時のは解るんだけど、こういう所は自信ないかも。
「でも、無理しなくて良いから。今は仮面を付けていて、恐怖を誤魔化せてるだけだし」
少なくとも、彼女が怯えずに話せるまでは、様子を見よう。
私がライナなら話せた様に、ちゃんと気を抜いて話せる様になるまで。
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私を助けてくれた人はセレスという名前で、錬金術師さんらしい。
空飛ぶ絨毯を持っていたり、精霊を従えていたり、何か凄い人なんだというのは解った。
あの黒い塊にも一歩も引かないどころか、精霊を使って堂々と命令していたし。
彼女の傍に居る男の人はリュナドという名前で、多分セレスさんの仲間なんだと思う。
セレスさんは彼を頼りにしているみたいだけど、私は彼が怖くて上手く話しかけられない。
何とか挨拶だけは出来たけど、それ以上の会話が出来る自信は無い。
彼は『男の人』だから。その事を意識してしまうと、どうしても、怖い。
ただ付けて貰った心を落ち着ける仮面のお陰か、怖いけど何とか我慢出来てる。
それはセレスさんも解ってくれているみたいで、仮面をつけっぱなしで良いと言ってくれた。
多分これが無かったら、絨毯に乗っている間は彼が怖くて仕方なかったと思う。
セレスさんが抱きしめてくれていたけれど、それでも男の人が傍に居る怖さは誤魔化せない。
その後もセレスさんは怯えて縋る私を一切邪険にせず、むしろ守ってくれている。
人の視線から隠すように、私の視線が人に向かない様に、盾になる様に。
ただその行動が安心を覚えると同時に、とても不安にもなった。
『何でこの人は、ここまで私を助けてくれるんだろう』
助けてくれた事は疑っていない。守ってくれている事も間違いない。だけど解らない。
何でこの人は、見ず知らずの私に、こんなに親身になってくれるんだろう。
真剣に助けてくれればくれる程、解らない事が不安になる。
だってこの人に見捨てられたら、私は死ぬんだから。
ただそこでふと、この人が錬金術師である事が理由なんじゃと、そう思った。
何か道具を作るのに、私が役に立つと、そう考えたんじゃないかって。
「私を引き取るのは、その、利点が、あるから、です、よね?」
私がどの程度役に立つかなんて解らない。役になんて立たないのかもしれない。
だけどそれぐらいしか、私がこの人に助けて貰える理由が解らなかった。
「捨てないよ。少なくとも、貴方が出て行きたい、って言わない限り」
だけどこの人は、セレスさんは、優しい笑顔でそう言った。
さっき、私を助けてくれた時と、同じ様に。
私が何を不安なのか、何を求めているのか、はっきりと解った様子で。
それが嬉しくて、疑ったことが申し訳なくて、声が震える。
嬉しいのに泣きそうで、上手く喋れない。言いたい事が上手く言えない。
そのせいで変に焦ってセレスさんを困らせている気がする。
ただ私は、助けてくれたこの人に、セレスさんに、何か返せないかと、ただそれだけなのに。
だけどこの人は、別に何もしなくて良いと言う。無理をしなくて良いと。
ちがうの。ちがうんです。私がしたい。私が役に立ちたい。お礼をしたいのに。
「じゃあ手を貸してほしい時は、お願いするね」
だからそう言われて、本当に嬉しかった。役に立てる事が有るなら頑張ろうと思った。
「でも、無理しなくて良いから。今は仮面を付けていて、恐怖を誤魔化せてるだけだし」
だけどそこで、一番の間違いをしていた事に気が付いた。一番先に気が付くべきだったと思う。
私はずっと仮面をつけて話してる。それはこの人の事も怖いと言っているのと同じだって。
「ち、ちが、ちがい、ます、私は・・・!」
慌てて仮面を外し、次の瞬間思い切り涙が溢れてそれ以上喋れなくなってしまった。
違うのに。怖くないって言いたいのに。これじゃ余計に勘違いさせちゃう。
「・・・うん、ありがとう。でも良いよ、ゆっくりで。焦んなくて、良い。仮面で押さえていた分が、きっと溢れちゃったんだろうね。あれぐらいじゃ足りないよね。今までずっと辛かったんだから。今は泣いて良いから・・・いっぱい泣いて良いから」
だけどセレスさんはまた優しい声で、私を優しく抱きしめてくれた。
そのせいでまた涙が止まらない。さっきあれだけ泣いたのにまだ溢れる。
今までの恐怖しながらも泣けなかった分を、泣く事を許されなかった分を取り戻す様に。
「うああ、ああう、うぐっ、うあああ・・・・!」
絶対、この人の役に、立とう。私を守ってくれるこの人に、何か少しでも良いから。
泣き止むまでずっと抱きしめてくれたこの人に、少しでも報いようと、そう決めた。
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