第119話、条件付きで持って帰る錬金術師。

即座にメイラを抱えて黒塊から距離を取り、その前を精霊が塞いでくれた。

そのおかげなのか黒塊は追いかけてくる様子は無く、ただじっと様子を窺う様に浮いている。

警戒しつつメイラを下ろして背後に隠し、効くかどうか怪しいけど魔法石を握――――。


『キャー』

『ぐぶっ』


精霊が一体飛び出し、黒塊を地面に蹴り落とした。黒塊から呻き声が聞こえた気がする。


『『『『『キャー!』』』』』

『ごふっ、がっ、ま、待て、き、貴様ら、げふっ、や、やめっ、やめがはっ!』


地面に叩きつけられた黒塊は、そのまま精霊達に囲まれて一方的に殴る蹴るを受けている。

黒塊は逃げようと浮き上がるも即座に叩き落され、精霊達の攻撃は止まらない。


どうやらこの黒塊は精霊に勝てない様だ、という事は解った。

とはいえメイラが怯えた様子で見つめているので、警戒は解かない方が良いだろう。

ただこのままでは色々と解らない事が有る。一旦精霊に攻撃を止めさせよう。


「精霊達、少しだけ、そいつと話をさせて」

『・・・キャー』


精霊は私の言葉に渋々といった様子で攻撃を止め、黒塊に唸りながら離れていく。


『・・・ふん、礼は言わんぞ、おんげふっ!?』

『キャー!』


黒塊の尊大な言葉が気に食わなかったのか、浮き上がろうとした所を精霊がまた叩き落した。

弱い。本当にあの黒塊と同じ物なんだろうか。小さいままの精霊に手も足も出ていない。


『ぐっ、精霊ごときが・・・!』

『キャー・・・!』

「ごめん、話が進まないから、ちょっとだけ我慢して」

『・・・キャー』


精霊はまた渋々と黒塊から離れる。どうやらよっぽどこれの事が気に食わないらしい。

今も黒塊に向けて悪態を吐く様に小さくキャーキャーと鳴いている。


『ふん・・・今の事に礼は言わんが、我が娘を救った事だけは誉めてやろう、女』

「それは別にどっちもどうでも良いけど・・・貴方はあの肉塊と同じ・・・ううん、あの遺跡で見た大きな黒い塊と同じ物、って事で良いの?」

『そうだ。貴様が肉体を破壊してくれたおかげで、我は我を取り戻せた』

「取り戻せた?」

『本来ならば我はあの肉を糧に体を手に入れ顕現するはずだったが、我が娘は力は有るが技術が足りぬ故、半端な受肉によって暴走していた。我とてあの様な状態は本意ではない』


成程、あの状態って暴走していたのか。話が通じるのは原因の肉体が無くなったからと。

という事は肉体を倒しても駄目なタイプかコイツ。ちょっと面倒臭いな。


『後は我が我が娘を守る故、消えて良いぞ、女』


黒塊はそう言って私に近づいて来ようとするが、精霊達が立ち塞がったので動きを止めた。


『邪魔をするな、精霊共が――――』

「メイラ、あんなこと言ってるけど、あれに守って欲しい?」


一応の確認としてメイラに訊ねると、彼女は怯えながらプルプルと首を横に振った。

多分こいつが肉塊になった時の恐怖でも思い出したんだろう。怖くて気絶してたもんね。


『―――――そんな、何故だ、我が娘よ。助けてと、そう願っただろう』


怯えながら私に隠れるメイラの行動に、黒塊はショックを受けた様に見える。


『はっ、そ、そうか、これでどうだ・・・!』


だけど何かを思いついた様に呟くと、その形を変え始めた。

そして出て来たのは精霊達そっくりな黒い人型で、良い笑顔を見せている。

ただ精霊達がとても気に食わなかったらしく、私の制止も聞かずにぼこぼこに殴り始めた。


『『『『『キャー』』』』』

『がっ、がふっ、な、なぜだ、貴様らはその姿だから、おびえ、げふっ、られんのだろう!』


黒塊はそう言うけど、メイラは怯えているし黒塊の言う事に一切耳を傾ける様子は無い。

例え形を真似た所で意味は無いだろう。こいつがこいつである事が怖いんだから。

精霊達はひとしきり殴って気がすんだのか、黒塊が元の形に戻った所で攻撃を止めた。


『ぐっ・・・! 何故だ、何故私を受け入れぬ。娘よ、我はそなたの願いを叶えようと!』

「ひっ・・・!」


語気を荒げて問いかけた黒塊のせいで、メイラが一層怯えてしまっている。

その手の震えに、少し怒りがわいて黒塊を睨む。


「少し黙れ・・・この子を怖がらせるなら、話し合う気も無い・・・!」

『ぐっ、先程から我が一方的に殴られているだけ・・・いや、解った。我が娘を怯えされるのは我とて望まぬ。我は娘を守る為にここに居る』


あくまで発言は「メイラを守る為」で、行動自体は確かに一貫しているんだろう。

出来るだけ怯えさせない様に、受け入れて貰える様に、その行動にぶれは無い。

ただ何故そこまでして彼女を守ろうとしているのか、そこが解らない。


「貴方、悪魔の類でしょ。律義に未熟な呪術師を守るなんて、信じられないんだけど」

『我は呪術師を守るのではない。我らが愛すべき娘を守るのだ。精霊ならば解るだろう』

『・・・キャー』


黒塊の言う事は全く解らないけど、精霊は気に食わなさそうに頷いて同意した。

人間には解らないけど、神性には解る何かがこの子には有るという事だろうか。

それともこの子の持つ才能が、そう呼ばれる様な物という事だろうか。

ただメイラに疑問の視線を向けるも、彼女は何の事か解らないと首を横に振っている。


「・・・その為に呪いをまき散らすなら、今すぐ殺すけど」

『肉塊の時と違い制御は出来ている。そもそも今はあの時の様な力は無い。貴様に吹き飛ばされたからな。今の我ではそこの精霊の攻撃も押し返せん程度だ』

「・・・それでどうやってこの子を守るの」


どうやら何も考えてない事は解った。思考能力が精霊と大差ないな、これ。さてどうしよう。


「・・・良し、殺そう。メイラが怯えてるし、面倒だし」

『何度消し飛ばしても我は簡単には死なんぞ。それに娘の負担になる。止めろ』

「・・・どういう事?」

『我の核は娘の中だ。娘の願いを叶えた際、娘の魂と同化している。我が娘が生きている限り、我は娘と共にある。娘を守り続ける。そして消滅する度に娘の魂も削れていく』


思わず頭を抱えた。つまりこれを滅ぼすには、メイラを殺さないといけないという事。

そんな事を出来る訳が無いし、だとしてもこれを放置は出来ない。

肉塊の時と違って一応話は通じるから、暴れない様に釘を刺せば何とかなるだろうか。


「じゃあ、一つ条件が在る。私の許可なく暴れない事」

『ふん、我は我が娘の望み以外は聞かぬ』

「聞かなかったら消えない程度にずっと精霊に殴らせる」

『キャー』


精霊は任せろと言わんばかりに拳を構えている。若干適当に言ったけど出来るらしい。

・・・出来る、よね? ノリで鳴いてないよね?


『・・・我が娘が危機に陥った場合は、その限りではないぞ』

「それでも殴らせる」

『何故だ!?』

「判断基準が当てにならないから」


肉塊はメイラの恐怖を消す為に私を殺しにかかった。明らかに肉塊に怯えているのに。

勿論あの時のメイラは全てが怖かったんだろうけど、それでも判断が雑過ぎる。

それに怖がったら殺すという事は、この子の前では誰一人として生きていられないという事だ。


こんな危険な物が好き勝手に動いて、ライナの傍に寄るなんて認める訳にはいかない。

メイラはリュナドさんにもまだ怯えている様だし、彼への攻撃も予防しておきたい。

それにもしアスバちゃんを襲えば、下手をするとメイラの魂ごと消し飛ばされる可能性がある。


あの子は凄い魔法使いだから、そういう手段を持っているかもしれない。

逆を言えばこいつだけ吹き飛ばす方法も有るかもしれないけど、そこの期待は止めておこう。


「もし破れば、メイラの身が危ないから、絶対に好き勝手にはやらせない」


返答次第では今すぐ精霊をけしかけるつもりだ。おそらく今なら抑え込む事も余裕だろう。

断ったら精霊に捕まえさせておいて、それからどうにかこれだけ封印する手段を探す。

そう決めて、黒塊を睨んでに選択を迫る。これには容赦も譲歩も一切しない。しちゃいけない。


『っ、人間の放つ気配か、これが・・・!』

「・・・どうするの」

『・・・ちっ、仕方ない。呑んでやる。ただし貴様や精霊に負けたからではない。貴様の言う娘の身が危険だからという言葉を聞いてだ。もし嘘だった場合、我は貴様の言う事は聞かん』


取り敢えずそれで良いか。きっとアスバちゃんに会えば考えは変わるだろう。

彼女の強さは私よりも精霊や悪魔の方がすぐに解るはずだ。

あの膨大な魔力量は神性すらも凌駕しかねない。底の知れない魔力の持ち主だ。


「錬金術師殿、精霊使い殿、そろそろ良いか?」


そこで外から領主の声が聞こえ、振り向くと同時に閉まっていた天幕の出入り口が開いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


――――――やべえ。意味の解らない内容も有るが、一つだけ確実に解る事が有る。


「・・・これ、領主殿に知られちゃまずい奴だ」


セレスと黒い塊の会話を聞いていて、それだけは解った。

要はこいつはこの娘、メイラが生きている限りは存在するって事だよな、この話。

その上でメイラはこの化け物を制御できる様子は無い。ただ怯えているだけだ。


となれば領主は目を離した隙の暴走等、色々と今後の懸念を考え始めるだろう。

勿論セレスが傍に居る事は間違いないだろうが、これだと大前提が崩れる。


先の交渉は「化け物を呼び出した娘」が「化け物を呼び出さない為の処置」だ。

だけど実際は化け物は呼び出されたままで、消すにはこの娘を殺すしかない。

それが一番安全で、一番確実な方法だ。特に今は化け物が弱っているのだし好機だろう。


「・・・どうする」


セレスと黒塊の会話は連れて帰る方向に向かっている。それも当然だろう。

あの娘を助けたいと言ったのは彼女で、ならこの程度でその決定を覆すはずもない。

だけどこのままだと、領主は娘を殺す事を再度提案するだろう。


そうなったらセレスの機嫌がどうなるか・・・そんなもの考えたくもない。

下手をすれば領主と兵相手に大立ち回り、なんて展開になる気がする。

それは宜しくない。そうさせない為に色々頑張ってるんだから勘弁して欲しい。


「錬金術師殿、精霊使い殿、そろそろ良いか?」

「っ、隠せ・・・!」

『『『キャー』』』

『貴様ら、何をす――――』


俺の言葉に応えた三体の精霊が黒塊を捕まえ、セレスの鞄の中に入って行った。

何処に口が有るのか解らないが口も塞いだらしく、黒塊の声は聞こえて来ない。

セレスが振り向いていたおかげで、隠す瞬間は領主には見えていない様だ。


「・・・話は、どうなった? 大分、泣いていたようだが、その・・・大丈夫か?」

「問題、無い。連れて、帰る」


いつの間にか仮面を被り直したセレスは領主に応え、メイラもコクコクと頷いている。

少し心配げな領主だったが、セレスのローブをぎゅっとつかむ様子に納得したらしい。

一つ頷くとそれ以上の言及は止め、この後現場は部下に任せて館に帰る事を告げて来た。


絨毯で戻る俺達の方が帰るのは早いとは思うが、そのまま領地に帰るのは止めて欲しいとも。

それは最初から解っていたので頷いて返し、領主は少女に一瞬目を向けて天幕を出て―――。


「約束は、守る。伏せておいた方が良い真実も伏せよう。だが館に帰った後も語らぬというのであれば、それなりの疑いがかかる事は覚悟して貰おうか。既に、馬は放った。では、また後で。錬金術師殿。精霊使い殿」


――――ばれてた。もう他領に連絡したのかよ。仕事が早すぎるだろ。

あれはセレスの機嫌を損ねてでも事実を聞くつもりだ。


自分が死んだらセレスを犯罪者にぐらいはするつもりだろうな。腹が座ってやがる。

そう脅せば俺が上手くやる為に動くのも解った上での発言だろうな。

事実俺の行動は『セレスが不利にならない様に』っていう立ち回りだし。

仕方ない、話すしかないか。ああもうせっかく上手く行ったと思ったのに。


『・・・我を泥濘に嵌めた男め、絶対に許さん・・・!』


なんかセレスの鞄からすげー嫌な呟きも聞こえるし、あーもうやだー!

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