第118話、まだ終わっていない事に気が付く錬金術師。

泣き出してしまった少女を抱きしめ、彼女が落ち着くまでそのまま泣かせてあげた。

何だか少し懐かしい。ライナに慰めて貰っている時の私の様だ。

今以上に上手く行動出来ず、今以上に上手く言葉に出せず、ただ泣いて縋っていた頃の。


お母さんも慰めてくれた時は有ったけど、いっつも困った顔をしていたっけ。

何でも一人で出来る強い人だから、解らなくて弱い私が解らなかったんだと思う。

大きくなってからは怒られてばっかりだったなぁ。


「無理しないで、良いからね。落ち着いてから、ゆっくり話そう」


自分は親友程頼りになる人間じゃないけど、今だけはそうあろうと思いながら口にする。

そうして少女が泣き止み、呼吸が落ち着き、少女が顔を上げるのを待ってから名前を聞いた。


「わ、私は、メイラ、と、いいます、これから、宜しくお願い、します」


まだ少し泣き止みきれてないのか、彼女の言葉は途切れ途切れだ。

だけど喋れるなら、大分気持ちは落ち着いたんだろう。仮面の効果もあるのかもしれない。


「私の名前はセレス。頼りないかもしれないけど、頑張るから。それにリュナドさんはとっても頼りになる人だから、私が駄目な時は彼に頼ると――――」


出来るだけ優しく応えて自己紹介し、リュナドさんの事も紹介しようと後ろを振り向く。

すると彼は大きく目を見開いて固まっていたので、どうかしたのだろうかと周囲を見回す。

だけど特に何もない様で、キョトンとした顔を彼に向けるしかなかった。


「リュナドさん、どうしたの?」

「はっ! あ、い、いや、な、なんでもない、うん。別に驚いてないから、うん」

「ふぇ? うん? そう、なの?」


良く解らないけどリュナドさんは驚いてないらしい。

・・・え、私それになんて返せば良いの。


「よ、よろ、しく、お、おねがいし、します」


困りながら彼を見上げていると、メイラが私の背後に隠れながらリュナドさんに挨拶をした。

ローブを掴む手が物凄く震えている。どうやら仮面をつけていても恐怖を誤魔化せないらしい。

・・・これは私なら平気という事なのかな。私が彼の袖を掴んで隠れる様に。だと嬉しいな。


「あー・・・うん、宜しくな。セレスはあんな風に言ってたけど、俺はそんなに頼りにはならないと思う。頼りになるのはセレスとこいつ等だ。困った時はコイツ等に助けを求めると良い」


リュナドさんはしゃがんで目線を合わせると、精霊を一体掴んでメイラの前にぶら下げた。

精霊は楽しそうに『キャー』と鳴き、メイラは両手を差し出してその上に乗せる。


「よ、よろしく、ね?」

『キャー』


どうやら精霊相手は平気らしいし、精霊も彼女を歓迎している様だ。

リュナドさんに手渡された子以外の精霊も、メイラを囲んでぴょんぴょん跳ねている。


「あ、ありがとう。うん、お願いします。え、ち、ちが、え?」


それぞれ自由に話しかける精霊達に、メイラは応えきれず困っている様だ。

ただそこで何か違和感を感じ、会話の様子を観察していたらすぐ違和感の正体に気が付いた。

メイラは精霊の言葉が全部解っている様に見えるからだ。


精霊の言葉は私達には解らず、精霊達が伝えようとした事だけ伝わる。

だけど彼女は『精霊同士』で会話している様子の鳴き声にも反応していた。


「メイラ、もしかして、この子達の言ってる事、解るの?」

「え、あ、は、はい、わかり、ます」


精霊の声が、言葉が、解る。成程、認めるのは嫌だけど、領主の危惧は当たっていた。

この子は偶々あの肉塊を呼び出せたわけじゃない。呼び出せるだけの才能が有ったんだ。


勿論様々な条件が揃った大前提では有るけど、精霊や神や悪魔の近くに立てる才能持ち。

こういうのは鍛えてどうにかなる範囲に限界が有るから、人によっては羨むレベルだ。

彼女が居れば、神や悪魔に対抗する道具を簡単に作れるかもしれない。


・・・いや、今は止めよう。まずは彼女を家に連れて帰って、落ち着いてからの話だ。

精霊と話すのは大丈夫そうだから、家精霊は多分大丈夫だろう。

ライナには紹介しておきたい。メイラは怖いかもしれないけど、一番頼りになる人だから。


問題は・・・アスバちゃん、かな・・・。彼女の勢いは、私も未だに慣れない部分が有る。

尊敬出来る強くて凄い子なんだけど、そこに気が付くのに時間が要るだろう。

特に私達みたいな人間には、理解よりも先に恐怖が来てしまうから。


「・・・あ、リュナドさん。そういえば、私達っていつ帰れるの?」

「ん? ああ・・・取り敢えず領主にちゃんと挨拶をして帰りたいし・・・というか荷車が領主の館に置きっぱなしだからな。彼がここに残っている以上、彼が帰るまでは無理かもな」


うう、それは困るなぁ。出来ればこの子は早めに人の少ない所に連れて行ってあげたいのに。

仮面も人の目からの恐怖を誤魔化すだけだし、根本の恐怖が無くなった訳じゃない。

限度を超えるとやっぱり怖い訳で――――。


『我が娘に気安く近寄るな、神性を得たばかりの精霊風情が』

『『『『『キャー!』』』』』

「――――え?」


背後から唐突に聞き覚えのある声が聞こえ、精霊が文句を言う様に鳴いている。

慌てて振り向くと、そこには居てはいけない物が、居ないはずの物が浮いていた。

何処から現れたのか、いつの間に現れたのか、小さな黒い塊が。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日も帰って来ないっぽいわね、セレスの奴」


家精霊に入れて貰ったお茶を飲みながら、アスバちゃんの呟きに苦笑して返す。

前回と同じくセレスが居ない間、時間の在る時に家精霊に会いに来ている。

今日は偶々アスバちゃんと会ったので、そのまま一緒にお邪魔しに来た。

家精霊は『いらっしゃい』と書く時に文字が崩れたので、喜んでいる事であろう事は解る。


『明日には、帰ってくる?』

「他の領地に行って、領主さんと会って、それからって話だったから・・・早ければ明日には帰ってくるでしょうけど、現場の状況次第じゃもっと長引くと思うわ」


アスバちゃんの呟きに家精霊が反応するけど、私は難しいと思っている。

移動時間を無視できる乗り物が在っても、人とのかかわりの時間までは削れない。

特に今回は友好的に行きたいと、リュナドさんからは聞いているし。

帰って来るわよと言ってあげたいけど、それを言って帰ってこない方がきっと落ち込むと思う。


『残念』

「・・・ごめんね、あまり気の利いた事が言えなくて」

『ううん。ちゃんと教えてくれるの嬉しい。いつもありがとう』


本当にこの子は健気で優しい子ね。姿が見えなくて声が聞こえないのが残念でならないわ。


「・・・私としては、そもそも行って欲しくなかったんだけどね」

「心配し過ぎじゃない? 野盗ごときに遅れはとらないでしょ、あいつなら」

「んー、そっちの心配もない訳じゃないけど・・・セレスは多分、野盗を『人間』と見てないから、実際に戦闘になった後の事が少し怖いのよ」

「どういう事?」


アスバちゃんの問いかけに、すぐには答えを返せなかった。

だってそれは、親友がそういう事をやると、そう思っているという事だから。

いや、思っているからこそ、あの時あんな提案をセレスにしたんだ。誤魔化すな、私。


「最悪、素材としての解体を・・・セレスならしかねないから」

「素材って・・・まさか野盗、人間を?」

「うん。使えるなら多分、あの子はやると思う。それを人の目の前でやる事が一番怖いの」

「・・・成程。確かにそんな事したら『強さを認識される』なんて話じゃすまないわね」


私が恐れているのは、錬金術師に対する危険視の種類の問題だ。

普通に捕らえたり、殺すにしても普通の手段をとるならまだ良い。

だけどもし簡単に爆散させたり、仕留めた後に解体を始めたりしたら、それは印象が悪すぎる。

たとえ相手が殺して良い相手だとしても、殺し方という物が問題になってしまう。


「それでアイツ、あんなに殺さない前提の道具を作ってたのね。あんたに言われて」

「うん・・・迷惑かなって、セレスの身を危険に晒すかなって思ったけど、後の事を考えたらその方が良いと思ったの。今頃野盗退治の最中だと思うけど、悪い風に見られてないと良いな」

「案外活躍し過ぎて英雄扱いかもしれないわよ? あの道具は私だから破壊できたけど、並の連中じゃ碌な抵抗も出来ずに終わりよ。損耗が抑えられて感謝される様子が目に見えるわ」

「だと、良いんだけどね」


一番は無事に帰ってくる事だから、悪評が付いても無事ならそれで良いとは思っている。

だけど出来れば、セレスに余り悪評が付かない様には、なって欲しい。


『きっと、大丈夫』

「ふふ、そうね」


家精霊が信頼した様子で書いた文字を見て、根拠は無いのに私も大丈夫な気になってくる。

そうね、もう今悩んだって仕方ない。セレスを信じて待ちましょうか。

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