第117話、救いの手を返す錬金術師。

リュナドさんのお陰で話が纏まったので、取り敢えず当人である少女に会いに行く事になった。

現状の少女は今回の件の重要証人であると同時に、野盗の被害者扱いとなっている。

なので現在は手当てを施されて保護されているそうだ。


ただしリュナドさんの提案が無ければ、その扱いも数日で終わっただろうと言われた。

流石に今すぐ酷い扱は受けないが、少なくとも部屋は牢獄になっただろうと。

野盗に酷い目に遭あわされた挙句、本人は悪くないのに牢獄行きなんて可哀そう過ぎると思う。


「少女は中に居るか」

「はっ、呼び出しますか?」

「いや、良い、中で面倒を見ている者を呼べ。暫く私達だけで話が有る」


天幕に着くと領主は見張りの兵士に声をかけ、中に居る者を呼び出した。

中から出て来たのは女性の兵士で、出て来るとすぐに領主に敬礼をする。


「様子は?」

「大分落ち着きました。ただ、男性相手にはやはり怯えと・・・媚びが、見えると思います」


男性に怯えるのは解るけど、媚びとはどういう事だろう。

助けて欲しいと、そういう話だろうか。力の無い子供ならそれは普通の事な気がするけど。

だけど領主はそれに重苦しい様子で頷き、ふと見るとリュナドさんが険しい顔をしていた。


「・・・リュナドさん、どうかしたの?」

「っ、いや、すまん、顔に出てたか。気を付ける。怯えさせちゃ意味ないもんな」

「・・・え、いや」

「では入ろうか。錬金術師殿、精霊使い殿」


リュナドさんの返答の意味が解らず問い返そうとするも、領主の言葉で遮られてしまった。

結局良く解らないまま天幕に入る事になり、簡易寝台に座る少女と対面する。

少女は私達を見て、明らかな怯えを見せた。正確には領主とリュナドさんを見て。


だけど領主はそんな少女の前に膝をつき、目線を合わせて口を開く。

ただ合わせに行っているのは領主だけで、少女の目は完全に宙を彷徨っている。


「大分落ち着いたと聞いているが、気分は多少は良くなったか?」

「す、すみません、ごめんなさい、あ、慌てて、その、話すの、大変で、ごめんなさい」

「良い、気にするな。無理に話す必要は無い。ただ慌てていただけではない事は解っている」

「っ・・・!」


領主は黙った少女の頭に手を伸ばそうとして、途中で手を握って地面に降ろした。

多分あの怯え様で手を伸ばせば更に怯えるだろうから正解だと思う。少なくとも私は怖い。

怖い時に怖いと思っている相手から延ばされた手なんて、どうしたって恐怖だ。


「・・・君にとって悪い話と良い話が有る。これから悪い話の方を先にするが、それは良い話をする為に必要な事だ。どうか、落ち着いて、聞いて欲しい」

「え、う、はい・・・」


少女は領主の言葉に困惑し、視線は地面と領主の顔を何度も往復している。

目を向けなければいけないけど、見ると怖くて堪らない。そう、見える。


「先程の化け物を、君が呼び出したという事が解っている。そしてあれのせいで死者が相当数出た。このまま何も対処せずにいけば、君は処刑される事になるだろう」

「――――――え」


多分、何となく解っていたんだと思う。この後少女がどういう行動を取るのか。

普段全然人の気持ちなんて解らないし、今だって本当の所は解らない。

だけど何故か、この少女の気持ちが、私には手に取る様に解った。


「い、いや、わ、わた、ちが、い―――――」


だから、彼女が混乱と恐怖で泣き叫ぶ前に、予備の仮面を少女に取り付けた。

すると少女は落ち着きを取り戻し、だけど不思議そうにきょろきょろと周囲を確認している。


「れ、錬金術師殿、その仮面は、一体」

「・・・この仮面は、少し心を、落ち着ける効果がある」


本来の目的と効果は別だから効くかどうかは解らなかったけど、効いて良かった。

これでこの子自身も少しは気が楽だろう。領主に目を向ける事が出来ている様だし。


「・・・成程。手間をかける。配慮が足りなかった様だ。娘よ、怖がらせて申し訳ない。先程の話は、何もしなければそうなる、という話だ。だがそれも事情が変わった。そこの錬金術師殿の監視下におかれるならば、生きて行く事が出来るが・・・どうする?」


どうするも何も、死ぬか生きるかどうするって問いかけで『死にます』と言う人が居るのかな。

私なら絶対死ぬ様な選択肢はとらない。ボロボロでも生きていれば次が在る。

結果として死ぬのは仕方ないけど。確実な死を受け入れる様な事はしない。


「死に、たくは、ない、です」

「・・・そうか。そうだろうな」


そしてやはり、少女も生きる事を選んだらしい。やっぱりそれが当然だ。

少女は私の顔をまっすぐ見つめると、少し怯えた様子で私に頭を下げた。


「・・・宜しく、お願い、します。これから、お世話に、なります」


・・・あれ、私預かりって、良く考えたら私がこの子の面倒を見る、って事だよね。

ど、どうしよう、そこちゃんと考えてなかった。あ、あう、え、えっと。

ああいや、まずは先に、挨拶を返さないと。


「・・・宜しく」

「――――ひぅ」


慌てて考えを纏め、相手は子供なのだから大丈夫だと自分に言い聞かせた一言。

それに少女が怯えたのを見て――――ああきっと、この子は同じなんだと感じた。

彼女は私だ。きっと私と同じだ。きっともう、人が怖くて堪らないんだ。相手が誰であろうと。


勿論私なんかよりもっと酷い目に遭ってるけど、きっとこの恐怖は同じ物。

だからだろう。彼女に対する警戒心や恐怖が薄れ、仮面が無くても平気だと思えたのは。


「領主さん、私達だけに、して貰って、良い?」

「・・・ああ、解った」


領主は頷いて出て行き、何故かリュナドさんも出て行こうとした。

出て行って欲しかったのは領主だけなので、リュナドさんは袖を握って引き留める。

領主が居なくなったのなら、もう仮面を外して怖い人は、ここには居ない。


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自由の無い生と理不尽な死。そんな選択肢をいきなり与えられた。どちらも禄でもない。

だけどそれでも、死にたくなかった。死にたいならもうとっくに選んでる。

死にたくないから、生きていたいから、野盗達の望む様に何でもした。

だからどれだけ自由が無くても、生きて行ける方を私は選ぶ。


監視する人が女の人だから、きっと捕まっていた時の様な事はされない。

言われた内容を考えれば、きっとこの人は私を助けてくれたんだろう。

私が人質に取られた時、助けてくれようとしたのは確かこの人のはずだ。

きっと良い人なんだ。そう、思って、頷いたつもりだった。


「・・・宜しく」

「――――ひぅ」


とても不機嫌そうな声音に、そんな考えが間違っていたのだと思った。

仮面の奥の目が私を射抜いていて、指一本動かせなくなる。

怖いのに変に頭が冷静で、それが余計に怖くてしょうがない。


「領主さん、私達だけに、して貰って、良い?」


その言葉に、一体何をされるのかと、そんな気持ちでいっぱいだった。

ここから逃げ出さないと何かされる。そうとしか思えない。

だけど逃げてもきっと殺される。だって殺されない代わりにこの人に売られたんだから。


そうだ、きっと、売られたんだ、私は。誰にも助けて貰えなかったんだ。

自分の状況を正しく理解して・・・段々と心が死んでいくのが、解った。


「・・・怖かったよね。怖いよね。私の事も、怖いと思う。大丈夫だなんて言われても、信じられないと思う。ううん、信じられないなら信じなくても良い。今度は・・・私が助ける」


不意に耳に入って来たのはとても優しい声で、体に感じたのは優しい暖かさ。

だから抱きしめられながら言われた事がすぐには理解出来なくて、だけど何となく解った。

まだ頭が理解しきれていないけど、だけど体は先に解ってしまって、涙が溢れて来る。


「う・・・ふぐっ・・・!」


女の人は言い切った後に体を離して私を見つめ、その顔には仮面が付いていなかった。

その代わり見えたのは嘘みたいに優しい笑みで、だから、やっと、頭でも理解できた。

死にかけていた心が、辛かったと、苦しかったと、叫んで良いんだと。


「あ、ああ、うあああああああ!!」


――――――私、助かったんだ。やっと、助かった、んだ・・・!

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