第116話、交渉を眺める錬金術師。

少女の事はリュナドさんに任せる事になったが、とりあえず話はまた後でという事になった。

天幕内が若干暗いので夕方かと思っていたら、どうやら朝日だったらしい。

大分寝てたんだ、私。そのあいだずっと抱えて貰っていたかと思うと申し訳ない。


「向こうも軍人だから朝には強いとは思うが、一応領主様だしな。もう少し後にしたい。そもそも夜寝ていたかも怪しいから、この後すぐ会えるか解らないけどな」


という事らしいので、もう少し日が昇るまでもうひと眠りする事にした。

起きたのは日がそれなりに登った頃で、彼が武装をしている音で目が覚めた。

それを寝ぼけながら見つめつつ起き上がり、何だかすっきりしない感覚を覚える。


何だかさっき彼に寄りかかって寝ていた時の方がまだ心地良く寝れていた。

うーん、なんだろう、この物足りない感じ。どうも頭が重い。

とはいえ何時までも寝ぼけてられないので、私も仮面をつけて立ち上がる。


「あ、起きたのか。取り敢えず会えるかどうか確かめて来るだけだから、眠かったらまだ寝てても構わないぞ」

「・・・ううん、いい、睡眠時間は、いっぱい取れたから」


ぼーっとしつつ応え、彼が出て行く後ろを付いて行く。

そのまま暫くついて行っていたら、頭が覚める事には領主が彼の前に居た。

いつの間に。全然記憶に無い。彼の背中しか見てなかった。


「成程な・・・あの娘の言葉で動きが止まったのは、そういう事か・・・」

「ああ、それで・・・あれは助かりました」

「いやなに、あの程度の事しか出来ずに不甲斐ない限りだ」


しかもぼーっとしている間に話が進んでいたみたいだ。

あうう、仮面のお陰で周囲の目が怖くなくなったけど、その分注意力が落ちてる気がする。

もうちょっとしゃんとしないと。


「となればあの少女は・・・罪人として扱わねばいかんな。たとえ本人の意志でなくとも、これだけの事をやらかしたのだ。それに民の為にも何らかの処分が要る」


え、何でそうなるの。あの子は何も悪くないのに。ただ脅されただけなのに。

それにあの子を助けた時のあの格好、明らかに酷い目に遭った子だよ。


「・・・本気で、言ってる、の?」

「っ、錬金術師殿よ、今回あの化け物一体で、相当な死者が出ている。それを無視する事は出来ない。どの様な扱いになるか今決定は出来ないが、少なくとも無罪放免は無理だ」


つまりあの化け物が現れた時に野盗以外にも死者を出しているから、だから罪だと。

ならそれは、生贄の下地を作った私も、同罪という事じゃないんだろうか。


「私も、罪に、問うの?」

「―――――っ」


不安で堪らなくなった故の一言だった。だけど領主は私に何も答えない。応えてくれない。

それが余計に不安で、怖くて、体に力が入ってしまう。


「セレス、ちょっと待った。落ち着け。任せてくれるって話だっただろ?」


領主と私の間に入る様にリュナドさんが立ち、目をまっすぐに見てそう言って来た。

そうだった。彼に任せると決めたんだった。ここで私が口を出したら迷惑だ。

それに彼に任せておけばきっと大丈夫だ。絶対に悪い様にはならない。そう思い体の力を抜く。


「・・・納得してくれたみたいだな。では領主殿、先程の話の続きですが、あの娘を処分するのは危険かと私は思っています。先程の話の通り、あの化け物を呼び出したのは彼女ですよ?」

「解っている。だからこそ放置は出来ないという話だろう」

「一度呼び出せたのなら、また呼び出せるとは、思いませんか。それにあの化け物は彼女を守ろうとしていた。やり方は過激でも目的はただそれだけ。つまり彼女に危険が及べば・・・」

「・・・身を守る為に無意識に呼び出す可能性も無くはない、という事か」


それはどうだろう。多分あの子が呪術師の類なのは間違いないとは思う。

けどあの子の力のみであんな化け物を呼び出せるかと言えば、可能性は低いと思う。

出来ないとは言い切れないのが危ない所ではあるけど。


「領主殿、あの娘を把握している人間は、今他に居ますか?」

「いや、部下には保護した娘だと伝えているし、まだ他領の者にも伝えていない」

「なら上の方々だけに真実を話し、その上で一番安全な対処方法が有りますよ」

「安全?」

「ええ、領主殿。今までの話を踏まえた上で、一つ提案があります。あの娘を私達に預けてみませんか。そうすればまた似た様な事が有っても、化け物は対処できますよ。もちろん私も彼女と共に力を尽くします。どうでしょう」


その提案に思わず驚いた顔で彼の背中を見つめ、だけどとても嬉しくなった。

彼は私の願いを聞いてくれた上で、今後も助けてくれると言ってくれた事が、とても。

良い友達を持った事だけはお母さんに胸を張れるなぁ。お母さん友達居ないし。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


精霊使いと錬金術師からの説明を受け、少女の危険性を考えての決断だった。

私とて幼い少女を刑に処すような事は、出来ればしたくは無い。

それも野盗の被害に遭った哀れな娘。助けてやりたいというのが本音だ。


だがそれでも、あれは駄目だ。あの化け物は危険すぎる。

あれを出現させる手段があるのならば、二度と出現させない確実な対処が必要だ。

それは呼び出せる人間の始末が、おそらく誰もが思いつく一番簡単で確実な方法だろう。


もしくは一生幽閉といったところだが、それは無理だろうな。

あの少女は要人でも何でもなく、ただの一般人で流れの呪術師の娘の様だ。

殺してはいけない理由というものが存在しない以上、生かしてやるのは難しい。


「・・・本気?」

「っ・・・!」


ここに来て初めて、錬金術師に明確な敵意の籠った殺気を向けられたと感じた。

勿論初対面時に構えられていた事は解っていたが、今の迫力は桁が違う。

彼女の実力を知ってしまった事も後押しして、情けない事に震えそうになってくる。


だがそれでも私は判断を曲げる気は無い。少女一人よりも多くの領民の命が優先だ。

あの化け物が再度現れた時、彼女がその場にいる保証も、手を貸してくれる保証も無い。

もし手を貸してくれるのだとしても、到着までの間にどれだけの死者が出る。


「私も、罪に、問うの?」


―――――あの化け物と同じ事が出来る自分も、敵に回すのかという事か。

どうする。どう答える。考えろ。半端な答えは絶対に口にするな。

ここでの返答間違いは、私一人の命を無くすだけでは済まない。


「―――――っ」


息苦しい。呼吸がこんなにも辛いと思ったのは初めてかもしれない。

だが何時までもだんまりはしていられない。答えは出さねば、いけない。

彼女を敵に回さず、そしてあの化け物の脅威を除く方法を。彼女が納得する方法を。


「セレス、ちょっと待った。落ち着け。任せてくれるって話だっただろ?」


だが今にも殺させるかという緊張感は、緩く割って入った精霊使いによって霧散した。

あの前に当たり前に立てるとは、彼こそ本当に底が知れぬ人間かもしれんな。


彼はそのまま『処刑する危険性』を口にし、確かにその可能性も無くは無いだろうとは思う。

そう考えたのを見抜いたのであろう彼は、その後に都合の良い案を出して来た。

私にとっても、そして錬金術師にとっても、きっと都合の良い案を。


「ええ、領主殿。今までの話を踏まえた上で、一つ提案があります。あの娘を私達に預けてみませんか」


つまりは危険物は取り扱える人間に投げてしまえ。そういう事だ。

それでどうだと彼が錬金術師に問うと、彼女は一切反論なく頷いて返していた。

彼女の了承が得られたのならと、彼は最後の判断を仰ぐ目線を私に送る。


「彼女の力は、もう貴方も解っているでしょう、領主殿」

「・・・ああ、問われるまでもない」


成程いい関係の二人組だ。お互いにお互いの事を良く解っているのだろうな。

いや、これはむしろ精霊使いこそが錬金術師の手綱を握っている、という事か?

まあ、良いか。どちらにせよ助けられたのだ。野暮な詮索はすまい。


「解った。その提案を呑もう。だが一つだけ条件が在る」

「条件・・・何でしょうか」


条件という言葉に精霊使いの顔が険しくなった。それはそうだろうな。

だがこちらとて処理出来ないからと、危険物を彼女に譲り渡す事になるのだ。

今回の働きを思えば滅多な事はしないだろうが、それでも世の中に絶対などは無い。


「なに、こちらとしては良い提案をして貰ったのだ。無茶な条件を付ける気は無い。今後も君達とは、勿論君の上司を通して、それなりに関係を持たせて貰いたいと、ただそれだけだ」

「成程、監視ですか」


言い方を変えればそうなるだろう。だが妥当な案だと思うがね。

とはいえそれを馬鹿正直に口にする気など無いが。


「そんな大仰な物ではない。あの娘の経過記録の提出。その程度で構わん」

「・・・解りました。その条件、受けましょう」

「柔軟な対応感謝する。礼として貴殿達の式にはそれなりの祝いでも送らせてもらおう」

「式・・・私達がですか。まさか、何か叙勲でも?」

「・・・いや、君達自身の話だが。君達は、そういう関係では、無いのかね?」


屋敷に泊めた際も同じ部屋で構わないと、女である錬金術師がそう言っていた。

今回の戦闘が終わった後も、暫く現場で彼にべったりとくっついていたのも見ている。

てっきり恋人か婚約者かと思っていたのだが――――。


「―――――っ、ち、違います。恐ろしい事を言わないで下さい・・・!」

「あ、ああ、す、すまん」


どうやら違うらしい。錬金術師は首を傾げ、精霊使いは慌てて小声で否定を口にした。

彼の声音には明らかな恐怖が混じっている。これは嘘ではないだろう。

確かにあの強さの妻を持つなど私も恐ろしいな。おちおち喧嘩も出来ん。


ただ、おそらくその勘違いが既に広まっているんだが・・・これは言わぬ方が良いか。

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