第115話、呪いから回復した錬金術師。

目を覚ますと、そこはおそらく天幕の中だった。

座った状態で寝かされていたらしく、だけどそこまで寝心地が悪いと感じていない。

何故だろうかと寝ぼけた頭で考えていると、耳元に吐息を感じた。


「・・・リュナドさん」


軽く首を動かしてその正体を確認すると、リュナドさんが私を抱えたまま眠っていた。

良く見るとお腹に手が回って抱え込まれているし、背中はとても暖かい。

なんて事を寝ぼけながら認識して、段々と状況を理解し始める。


「・・・多分、呪いの事が有ったから、ずっと抱えてくれたんだろうな」


優しい彼の事だ。きっと心配してくれていたんだろう。

肩に乗る彼の横顔を見つめ、思わず笑顔になるのが解る。

本当に優しいな。この体勢だとリュナドさんが辛いだろうに。


『キャー』


そこでおはようと精霊が鳴き声を上げ、だけど寝ている彼の事を考えると声が大きい。

なので少し静かにする様にと、そっと精霊の口を手で塞いだ。

すると他の精霊達は近くに居る者同士で口を塞ぎ、鳴かずにコクコクと頷き合っていた。

自分で自分の口を塞ぐ、という考えは無いらしい。ちょっと面白い。


さてこの後はどうしよう。この状態は私としては悪くは無い。

彼の傍は落ち着くし、このまま寄りかかって二度寝も気持ち良いだろう。

だけどそうすると彼はいつまでもこの状態で寝なければいけない。


流石に体が痛くなるだろうし、そこまで甘えるのは迷惑だろう。

そう結論に至り、お腹に回っている彼の手をそーっと外して立ち上がろうとした。


「んん・・・? ああ、起きたのか・・・ふあぁぁぁ・・・」

「あ、ご、ごめんなさい、起こしてしまって・・・」


起こさない様に精霊に静かにさせたのに、私が起こしてしまった。

申し訳なく思いつつ腰を浮かして移動し、彼の顔が見える様に真正面に座る。


「いや、気にしなくて良い。慣れてるからな、こういうの。下っ端兵士時代は仮眠中に起こされる事なんて日常茶飯事だったし。というか、起きれないと駄目だしな」

「そう、なんだ」


兵士さんって大変だなぁ。あ、でも、野営中の私も似た様な物か。

起きないと不味い脅威が近寄って来た時は、ちゃんと目が覚めるもんね。

でもこんなにささやかな変化で起きる事は無いから、一緒にするのは失礼かな?


「・・・もう、大丈夫なのか? その、呪いは。俺には良く解ってないんだが」

「え、あ、う、うん、もう、大丈夫」


リュナドさんに言われてから体の状態を見て、調子が完全に戻っているのを確認する。

どうやら呪いは完全に抜けたらしい。ずっと彼が抱えてくれていたおかげだろう。


「そっか、ならもう明日からは普通に動けそうか」

「う、うん、大丈夫だよ」

「んー・・・なら伝えておこうか。取り敢えずセレスの調子が戻るまで待ってもらってるんだが、今回の件で領主が礼をしたいって話と、もう少し詳しく情況を聞きたいって言われてるんだ。ほら俺、あの化け物が出て来た時はその場に居なかったから」

「・・・お礼?」

「あの肉塊の化け物を倒した礼だよ。セレスが倒せなかったら、どれだけ犠牲者が出ていたか解らない。少なくとも顔を合わせて礼の言葉ぐらいは言っておかないと、と思ってる訳だ」


そういう事か。だけど私は、素直にお礼を貰う事は出来ない。しちゃいけないと思う。


「その、私、お礼は、受け取れない、かな。あれを発生させたのは、私も、原因だから」

「・・・どういう事だ? あれを呼び出したのはセレスだったのか?」

「う、ううん、違うよ。ただ、生贄の儀式が成功してしまったのは、私が原因だから。今回の野盗狩りで、野盗が短時間で大量に死んだから、そのせいで、こんな事になったんだと、思う」


私は片っ端から野盗を縄で押さえ、後の事は他の人達に任せた。

恐らく一体残らず斬り殺されたのだとは思うけど、それが不味かったんだと思う。

一か所で大量に処理されるように殺され、それが何か所も発生した。

そしてそれが偶々あれを呼び出すのに都合が良い状態になって、結果儀式は成功したんだ。


「私は、お礼を受け取っちゃいけないと、思う。あの肉塊を呼び出したの自体はあの少女だけど、呼び出す手助けをしたのは、きっと私も同じだから。むしろ、謝らないと、いけないかも」

「成程な・・・」


私の説明を聞いたリュナドさんは、納得の言葉の後に大きなため息を吐いた。

もしかしたら叱られるのかなと思い身構えていると、彼は予想外の言葉を私に投げる。


「気にする必要なんかないだろう。セレスは仕事を誰よりも全うしていただけで、落ち度なんて無い。こんなもん事故だ。そこまで考えて動くなんて、未来でも見通せない限り防ぎ様がない」

「え、で、でも、生贄が出来たのは、事実だし」

「なら殺した連中も同罪だ。セレス一人が責を問われる必要は無い。それに何かが居たのは事実なんだろ? なら今回の事が無くても何時かは現れたかもしれない。だから気にするな」


それで、良いのかな。でもリュナドさんが言うのだし良いんだろう。

良かった。私別に悪くないんだ。不安だったけど、彼が居てくれて本当に良かった。


「・・・ありがとう、リュナドさん」

「あ、ああ・・・」


ほっとして笑顔になりつつ彼に礼を言い、だけど彼は目を逸らしてしまう。

え、なんで目を逸らしたの? 私何かおかしなこと言った?

何が駄目だったのかと心配で問いかけようと思ったけど、その前に彼は難しい顔で口を開いた。


「しかしそうなると、困るのがあのお嬢ちゃんの扱いか。あの子が呼び出したって話になると、確実に良い扱いは受けないだろうなぁ」

「え、で、でも野盗に脅されて、だよ、あの子の、行動は」

「だとしても危険だろ。セレスと精霊が居たから倒せたけど、普通はあんな化け物相手なんて、どれだけ犠牲が出たか解らない。あの被害状況を見てそれを考えない奴は居ない」


確かにあれが最初に出て来た時、周囲は何もかもが吹き飛んでしまった。

それに呪いを撒き散らしていたし、リュナドさん達が居なかったら不味かっただろう。

とはいえあの女の子には罪は無いと思う。助けてあげられないだろうか。


「どうにか、できない、かな?」

「うっ・・・」


おずおずと彼の顔を下から窺う様に、どうにか良い手段が無いかと訊ねる。

こういう人間関係の話は私にはどうしても良い案が浮かばない。今頼りになるのは彼だけだ。


「いや、その、うう・・・わ、解った、解ったから、考えてみるから。ただし交渉の際は俺の言葉に頷くようにしてくれよ、頼むから」

「う、うん。ありがとう、リュナドさん・・・!」


彼の了承の言葉に自分でも驚くぐらいににっこりと笑っていたと思う。

やっぱり彼は頼りに・・・あれ、私結局またリュナドさんに頼ってる?

あうう、仮面作ったのに、役に立ってない・・・。


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あの後領主にざっくりとした報告をし、セレスが疲れているのでと細かい話は後にして貰った。

そもそも俺自身も未だ細かい所は理解しきれていないし、セレスが起きてからの方が良い。

すると領主は天幕の一つを貸し切らせてくれたので、そこで彼女を休ませる事にした。


『思った以上に軽いな・・・』


セレスを抱えた素直な感想はそれだった。

勿論彼女は戦う体である以上は鍛えている様だし、その分の重みは有る。

だけどそれでも体格は太くなく、軽くて脆い様に見えてしまった。

弱り切っていたから、余計に、そう見えたんだとは思う。


それでも無理に立とうとする彼女を見て、引き留めて抱える以外の選択肢は俺には無かった。

自分が余り女慣れしてなくて、色々と困るとかは後回しにするしかない。

それに結局、また助けて貰った様なものだしな。偶には返せる所で借りを返しておかないと。


彼女は呪いに侵されているらしいし、なので俺は彼女から離れる訳にはいかない。

取り敢えず天幕の支柱を背もたれにして、彼女を抱えて起きるまで待つ事にした。

ただ気が付いたら寝てしまっていたが、彼女が動いた事で目を覚ます。


体調はどうかと尋ねてみると、もう大丈夫だと言って彼女は俺から離れた。

しかし今日のセレスは驚くぐらい話し易いな。とても穏やかだ。

勿論の機嫌のいい日はこんな感じの時も有ったが、今日は特に口調が軽い。

戦闘が終わった時は弱っているせいかと思っていたんだが。


「取り敢えずセレスの調子が戻るまで待ってもらってるんだが、今回の件で領主が礼をしたいって話と、もう少し詳しく情況を聞きたいって言われてるんだ」


元気ならと寝ている間の話をしたのだが、今回の事は自分にも非が有ったと言われ焦った。

とはいえそれは考え過ぎな類の物だったので、実際には問題は無いのだが。


あの化け物は確かに今回の件で出て来たのかもしれない。だけどそれはただのきっかけだ。

元々そこに何かが居たってのであれば、いつか現れた可能性は無い訳じゃない。

むしろ不完全な状態で出て来たのを倒せた、という時点で僥倖とも考えられるだろう。


それにしても今日は本当にしおらしい事ばかり言うな。気分がまだ弱っているだろうか。

もし今の話を権力者様の前で言っていたら少し面倒だったかもしれないな。

先にちゃんと話しておいて良かった。


「しかしそうなると、困るのがあのお嬢ちゃんの扱いだな」


領主達からすれば、あの少女は化け物を呼び出す化け物みたいな存在だ。

となれば今後どういう扱いを受けるかと考えると、どう考えても良い目にはあわないだろう。

それを錬金術師に伝えると、つい先ほどまで機嫌が良かった表情が唐突に切り替わった。


「どうにか、できない、かな?」


何時もの鋭い目が俺を射抜き、低い声音が俺の首を握った様な錯覚も覚える。怖い。

何でそうなるの。さっきまで凄い穏やかに話してたじゃん。下から睨むの止めてくれませんか。

自分で言うのも何だけど、割と仲良さげな空気だったと思うんだけどなぁ。俺の気のせい?


「いや、その、うう・・・わ、解った、解ったから」


どう考えても断れない雰囲気に、盛大にため息を吐きながら答える。

すると彼女はにこーっと嬉しそうに笑い、ついさっきまでの表情は消え失せていた。

・・・なんか、悪い女に騙されてる男の気分だ。あの睨み顔からのその笑顔は狡くないか。


「少しは関係変わったかと思ったんだが・・・まあ、いいか。はぁ・・・」


相変わらず少し納得はいかないが、あの笑顔に毒気を抜かれてる辺りもうどうしようもないな。

・・・彼女が俺を逃がそうと、助けようとしてくれた事は、事実だしな。諦めよう。

所で精霊達は何故口を押さえ合っているんだろうか。こいつらも未だ良く解らんなぁ。

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