第114話、回復に努める錬金術師。

肉塊はどうやら精霊が止めを刺してくれたらしい。それに神性を持つ精霊が居るおかげか、周囲を埋め尽くしていた呪いはゆっくり消え始めている。今回は精霊が居て本当に助かった。

とはいえそれで私の体調がすぐに戻る訳でもなく、依然体は重いままだ。


「はぁ・・・はぁ・・・」


不味いな。流石にちょっと、呪いを受け過ぎた。

生命力を削らせている感じがする。体がとても寒い。

このまま目を瞑ったら起きられるかも不安だ。

ただ幸いは、暫くこのままでいれば回復の見込みが有る事だろうか。


「あ、あの、セレス、だいじょうぶ、か?」

「はぁ・・・少し、辛い、かも・・・暫く、こうして、いて、欲しい・・・」

「わ、わかった・・・」


腰を下ろした彼に抱き着き、彼は優しく応えて私を抱えてくれている。

勿論ただ疲れたから抱き着いている訳じゃない。少しでも早く回復する為だ。


精霊使いとして精霊の加護を得ているリュナドさんは、精霊と同じく神性を得ている。

それによって彼は呪いに対する耐性が高いどころか、ある程度は弾いてしまう様だ。

なのでこのまま彼に抱き着いていれば、時間はかかるが呪いは薄まるはず。

迷惑だとは思うけど、申し訳ないとは思うけど、最低限立てる様になるまでは許して欲しい。


『『『『『キャー♪』』』』』


精霊達は肉塊を破壊したら早々に元に戻り、私達を囲んでぐるぐると踊っている。

それに何か意味が在るのかどうかは解らない。ただ十中八九意味は無いと思う。


「楽しそうだな、お前ら。さっきまであんなに危なかったのに」

『『『『『キャー』』』』』

「だからこその勝利の舞ねえ・・・何か意味有るのか、それ」

『『『『『キャー』』』』』

「やっぱ無いよな。だと思ったよ」


予想通り精霊達の踊りには何の意味も無かった様だ。多分楽しいだけだろう。

ただそんな気の抜けた精霊達を見ていると、自然と笑みが浮かぶ。


「ふふっ・・・」

「・・・笑う余裕ぐらいは、出て来たみたいだな」

「うん、リュナドさんの、お陰で、だいぶ楽に、なって来た」


彼に抱きつく力を籠めると、籠めた分だけ呪いが抜け出て行く気がする。

勿論そんな訳は無いのだけど、そう思える程にこの状態が心地いい。

呼吸も整って来たし、これなら意識を落としても生き残れそうな程度には回復したかな。


「・・・あー、その、セレス、少し、離れたり、しない?」

「あ、ごめん、なさい。何時までも、邪魔、だよね」


流石に呼吸が整う程度まで回復したのなら、いつまでも抱きついているのは迷惑だよね。

彼に申し訳なく思いながら離れて立ち上がろうとして、力が入らずカクンと膝が落ちる。

しまった、まだ立ち上がれるほどじゃなかったか。ただの疲労と違って具合が計りづらい。

だけど彼は倒れる私をしっかりと受け止めてくれたので、地面に倒れこむ事は無かった。


「あ、ご、ごめん、なさい、すぐ、はなれる、から」

「悪い。気にするな。俺が悪かったから、もう暫くこれで良い。すまん」

「え、でも、迷惑、じゃ」

「迷惑じゃない。さっきのは俺が悪かった。良いから・・・力抜いて休んで良いから」


そう言うとリュナドさんはさっきとは違い、自分が椅子になる様に私を抱えた。

背中からじんわりと彼の体温を感じ、気のせいではなく呪いの抜ける速度が上がった。

何故だろうか。だけどそれなら都合がいい。その方が早く彼から離れられる。


「なあセレス、喋る余裕が有ったらで良いんだが、あの化け物の説明をして貰えないか?」

「えと、ばけものって、あの肉塊?」

「ああ、あれは一体何だったんだ」

「その、私も、確信出来てない部分が有るから、それでも、良い?」

「十分だ。そもそも予測も立てられない奴の方が多いと思うしな、あんな化け物」


確かにあんな物滅多に見られないと思う。私だって本物は殆ど見た事が無い。

いや、あれを本物と言って良いのかどうかは怪しい所だ。あんな肉塊で顕現したのだし。


「あれは多分、悪魔か魔神の類、だと思う」

「・・・は? え、なに、悪魔?」

「うん。と言っても、多分出来損ない。本当なら、もっと強かったと、思う」

「まじかよ・・・あれで不完全なのか・・・っていうか、魔神なんて存在したんだ・・・」


ただ魔神と言っても、精霊達の持つ神性と力の質は同じ。

使い方が変わる事で別種の力に見えるだけだ。

その気になれば精霊も肉塊と同じ様に呪いをまき散らす事も出来るだろう。しないと思うけど。


「生贄の儀式で、この土地に在った魔神か悪魔かの力が反応して、結果呼び出した人間以外を攻撃する、頭の足りない悪魔になった、んだと思う」


全く話しの通じない碌でもない化け物だった。

まあ元々生贄の儀式で呼び出すなんて手法の時点で、基本的に碌な存在は出て来ないんだけど。

とはいえここに居た何かは元々嫌な感じだったし、上手くいっても何が出たやら


「・・・生贄の儀式ってなんだよ・・・野盗達そんな事してたのか」

「ううん、違う。生贄になったのは偶々野盗達が沢山殺されていたから、それが生贄代わりになっただけ。多分呼び出した人間の力も未熟で、何もかもが中途半端だった。だから生贄になった野盗達の死体で体を作り、あんな肉塊になった。とはいえ不完全でも悪魔は悪魔だったけど」


そういえばあの時の女の子は無事だろうか。彼の事だから安全な所に届けたのだろうけど。


「だから普通の攻撃はきかないし、やたらと呪いをまき散らすし、本当に疲れた・・・」

「呪いって、まさかさっきまで調子悪かったのはそのせいか? 大丈夫なのか!?」


何で今更そこをそんなに心配するんだろう。その為にずっと抱き着いて・・・。

あ、何でくっついてるのか説明してなかった。私だけで結論を出して忘れていた。


「リュナドさんは、精霊使いだから、貴方の傍に居ると、呪いが抜けて行くんだ。精霊の持つ力を、貴方も少し持っている。だからこうしていると、回復が早くなる」

「・・・さっき神様がどうこう、って言ってた話のか。抱きついてたのは、そういう理由か」

「うん、ごめんなさい。迷惑かけ――――」


謝罪の途中で彼は私を強く抱きしめ、それに少し驚いてしまった。

彼の手が私のお腹と首元に回っていて、また回復速度が上がった様だ。

もしかしてリュナドさん、意識して呪いを弾ける様になったんだろうか。


「そういうのは先に言ってくれ。いや、余裕が無かったのか。ともかくこれで良いんだな?」

「う、うん、楽に、なっていってるけど、その、邪魔じゃ、ない?」

「無いよ。色々聞いておいてなんだけど、もう説明もしなくて良い。今は兎に角体を休めてくれ。寝ても良いから、無理して動かなくて良い。移動する事になったら俺が運んでやるから」


・・・ああ、本当に、この人はいっつも優しいなぁ。泣きそうな程あったかいなぁ。

本当にいい友達を持てた。ライナが一番の親友なのは変えられないけど、彼の事も大好きだ。


「・・・そっか、じゃあ、お言葉に甘えようかな」


彼の体温を心地良く感じながら目を瞑り、体の力を完全に抜いてしまう。

するとそこまで張っていたものがぷつりと切れた様に、一瞬で意識は消えて行った。

それでも、消えた意識の中で、彼の暖かさはずっと感じて。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


今回の野盗狩りに、最近よく噂を耳にする人間が二人が参加するという報告を聞いた。

嘘のような噂ばかりが聞こえる、化け物の様な二人の参加者が。


一人は『閃槍の精霊使い』と呼ばれる兵士。精霊兵隊という部隊の隊長らしい。

何故よその兵士が関係ない他の領地の計画に絡んで来たのか、詳しい理由は聞かされていない。

おそらく何かしらの思惑が存在し、各地の領主もそれに乗ったのだろう。


そして一人はその精霊使いと同じ領地に住む『爆砕の錬金術師』と呼ばれる女。

ありとあらゆる存在を、たとえ相手が神か精霊でも爆砕して進む女だとの噂が在る。

この二人は領地外では常に共に活動しており、二人セットで有名な存在だ。


ただ正直な所、俺も含めて殆どの兵士は、二人の噂なぞ余り信じていなかった。

勿論錬金術師の作る道具とやらは、俺達の住む領地にも売られているから疑う事は出来ない。

だがそれでも二人には、幾らなんでも荒唐無稽な噂が多すぎる。


曰く、空を自在に飛びまわり、街を壊滅させるような精霊を単独で倒した錬金術師。

曰く、強大な精霊を従え、精霊の力無しでも閃光の如く槍を振るう精霊使い。


有名な噂だとそんな所だが、この時点で大分訳の分からないと感じる噂だ。

というよりも、二人の活躍を誇張して誰かが噂を意図的に流した、というのが真実だろう。



――――――――――そう、思っていた。あの光景を、見るまでは。



突然現れた黒い何かが、複数の領地を跨いで山林を吹き飛ばした。

後に出来たものはただひたすらに何もない平地で、もしあそこに居たらと思うとぞっとする。


だがそれよりも恐怖するものが、おぞましい存在が、その平地に現れた。

大きな肉塊の化け物。そうとしか表現出来ない何かが。



到底まともな生き物だとは思えない存在であり、遠目に見てもその巨大さが良く解る。

そして出て来た場所が吹き飛んだ土地の中心地となれば、その脅威は考えるまでもない。

まさかあれと戦わなければいけないのか。そんな緊張感をどこの兵士も持っただろう。


けれどそんな化け物に、二人は、たった二人で挑んでいた。

いや、精霊も入れればもっと人数が多い事になるのだろうか。

錬金術師は空を飛び回って一人で複数人が使う様な魔法を連発し、精霊は見た事も無い魔法の腕で化け物を攻撃し、凄まじい速さで駆けつけて来た精霊使いは化け物を地面に縫い留めた。


だけど、それすらも、その光景すらもきっと、まだ序の口だったんだ。

突如轟音と閃光が走り、そして衝撃と振動が周囲を支配した。

強過ぎる光に目は眩み、轟音に耳はやられ、強い衝撃で立っていられない。


だけど回復した目で、確かに見た。その閃光と轟音の理由を。

一度出来たクレーターを上書きする様に生まれたクレーターを。

その中で浮かぶ様に無事な地面に五体満足で腰を下ろす二人と、その周囲で踊る精霊の姿を。


『爆砕の錬金術師』


その名の意味を、噂の錬金術師の本当の力を、多くの人間が目にした日だった。

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