第113話、助けて貰ってばかりの錬金術師。

「て、手を貸せって、言われても、俺にこれ以上出来る事なんて有るのか?」

「え、と、ちょ、ちょっと待ってね。あ、後で説明するから、先にやりたい事が有るの。精霊達、そのまま少しだけ耐えてて。行ける?」

『キャー!』


今までで一番気合の入った鳴き声を響かせると、精霊は腕を四つ発生させた。

二本を地面に突き刺して固定し、もう二本を防御に回している。

あれ、あの子達二つ迄しか出せないんじゃ・・・いや、でもあの時は本体に二本有ったっけ?


「ああ、思考が、今は駄目」


気になる事が有るとそっちを優先したくなるけど、今はそんな場合じゃない。

鞄から氷漬けにしたリスを取り出し、魔法を解除する。

そして腹に刃を入れ、中からリスの力の源であろう黒い塊を取り出した。


「・・・よし、思った通りの力が有る」


軽く握って魔力を通すと、思った以上の反応を感じる。

これ自体はそのまま使えば別の魔法に適しているだろうけど、この際関係ない。

強力な核の力を使って私の魔法を増幅させる。私の一番得意な魔法を。

だけど、それだけじゃ足りない。それじゃ倒せない可能性が大きい。


「精霊達。今から結界を張って私が防御を代わるから、これに君達の持ってる『神性』を注いで。出来る限り多く・・・出来る?」

『キャー』


快く鳴いた声を聞き届けて核を渡し、結界石を多めに握って結界を張る。

肉塊の一撃はかなり強力だけど、結界で防げない訳ではない。

問題はその攻撃に含まれる呪詛だ。それはこの結界じゃ防御出来ない。

それに攻撃も防げるだけで、数発貰えば結界は壊れる。石が切れる前に勝負を決めないと。


「リュナドさんは、そのまま、あいつを泥濘に落とし続けて、欲しい。お願い、して良いかな」

「い、いや、セレスが使った方が良くないのか? お前の戦い方どう見ても、防御するのを避けてただろう。それにお前の方がきっと上手く使えるんじゃ」

「・・・多分、無理。その槍は、地面に付きたてないと使えない。今の私じゃそれを使いこなす余裕がない。それにもう、その槍は貴方に馴染んでいるから、貴方の方が上手く使える」

「そう、なのか?」


彼は首を傾げているけど、現状の効果を見れば一目瞭然だ。

確かにあの槍は魔獣の特性で泥濘の魔法が発動する様になっている。

だけどそれはあくまでその魔法が発動するだけで、コントロールするとなると難しい。

彼はほぼ無意識にそれをこなしている。槍が完全にリュナドさんに馴染んでいる証拠だ。


幾らなんでもただの泥濘なら、あの肉塊は既に抜け出している。

だけど彼はあの肉塊の動きに合わせて、泥濘の強弱を調整しているから抜けられないんだ。

素材が強力だからこそ出来る力業でもあるけど、力だけじゃ不可能な技術がそこには有る。


『オオオオォォォオオオォォオ! ハナセェエエェェエェエエ!!』

「ぐっ・・・ふぅ・・・!」


取り敢えず精霊達の仕事が終わるまで、私の仕事は彼を確実に守る事だ。

そうすればあいつは泥濘から出られない。彼の的確な魔法の操作に阻まれて。

とはいえ攻撃の度に襲い掛かってくる呪いは、確実に私の意識を刈り取ろうとしている。


「な、なあ、セレス、大丈夫か? もしかしてお前、体調悪かったのか? それかその顔の血、もしかして頭に食らったとかじゃないのか?」

「・・・そんな事は、ない、けど」


今日の体調は悪くなかった。いつも通りどうとでもなる通常のコンディションだ。

顔の血だって私が血まみれの手で顔を叩いて覆ったからで、それ以外はどこにも怪我は無い。

だからこの不調は確実に肉塊の呪いのせい・・・あれ、ちょっとまって。おかしい。


「なん、で、リュナドさん、そんなに、元気なの?」

「え、いや、何でって言われても、俺ここまで走って来たぐらいしかしてないし、今も槍を突き立ててるだけだし、精神的に疲れても体が疲れる要素ないぞ・・・」


彼の様子を見るに、肉塊の呪詛が効いている気配がない。影響が薄い理由が有る?

理由が有るとすれば精霊の存在だけど、精霊と一緒に居るだけなら私も同条件のはず。

なら何故彼はこの呪詛に耐えられる。彼と私の違いは何だ。精霊・・・精霊が理由?


「・・・そうか、精霊使い・・・!」

「え、な、何?」

「リュナドさん、神様になって、るんだ・・・!」

「は? え? なに、どういう事? 俺が神様?」


精霊の神性は最初からついていた訳じゃない。街の人間の信仰心から付いた神性なんだ。

とはいえ純粋に神を崇める様な物ではなく、街を守る存在としての信仰。

だから神様としての特性はそこまでなく、そしてその小さな神性は彼らと共にある『精霊使い』にもついている。多分、そういう事だ。


『オオオオオオォォォオォオォオオ! ソノ程度ノ神性ゴトキガアアアァァァァ!』

「くっ・・・!」


触手の攻撃で結界が吹き飛び、だけど即座に結界を張りなおす。

ただ体に上手く力が入らなくなってきて、カクンと膝が落ちるのを感じる。


「っ、おい、大丈夫か!?」

「・・・あ、ありが、とう」


だけどそれは彼が片腕で支えてくれたので、何とか倒れずに済んだ。

とはいえ彼は槍から手は放していない。自分の仕事を理解している彼が頼もしい。


「ごめん、なさい・・・立ってるの、ちょっと、辛い。このままでも、良い?」

「・・・解った。体は支えてやる。だから結界だけに集中してくれ」

「あり、がと」


深く息を吐き出し荒い呼吸を整え、体の力は腕だけ入れて結界の維持以外の意識を切る。

ただそうすると少しずつ体から嫌な物が抜け出ているのを感じた。

彼の体に触れた所から呪いが少しずつ消えている。とても、心地良い感じが、する。


「・・・今回、何時も、以上に、助けて貰って、ばっかり」


彼と出会ってから、彼に頼りっぱなしだ。何時だって彼は私を助けてくれた。

そこは仮面が有ってもやっぱり変わらなくて、いつも通り彼が傍に居てくれたから安心できる。

ただ戦闘は兵士さんなのに余り得意じゃないみたいだから、そこが唯一力になれる所だった。

なのに戦闘まで助けて貰って・・・本当に頼りになるなぁ。


「こんなもん、お前がした事に比べたら、微々たる物だろ」

「私は、何も、してない。できない、よ・・・」

「・・・そうか」


そうだよ。私はいつだって私がそこに居られる様にしていただけだもん。

私のやりたい様に生きる為に生きているだけ。何かが出来た覚えなんてない。

いっつもずっと誰かに助けて貰って生きている。今だってそうだもん。


助けて貰ってばっかりだ。救って貰ってばっかりだ。私がそれを一番良く解っている。

私には大した事なんて出来ない。出来ているならこんな私になっていない。


『キャー』

「あ、できた、んだね。ありがとう」


精霊から出来たと見せられた核からは、私には変化が解らなかった。

だけど精霊が出来たと言った以上きっと出来たのだと信じよう。

爆発の魔法石を全て取り出し、一つの結晶にして発動直前で止める。

そして精霊から核を受け取り、その中に溶かす様に組み込んだ。


「これ、持って。そして、出来るだけ、至近距離に、運んで、ほしい」

『キャー』


精霊の返事を聞きつつ、次の準備をする。私の仕事はまだ終わってない。

彼に抱き留めて貰っている状況はとても楽だけど、仕上げの為には自分で立たないと。


「それと、同時に、これで、閉じ込める」


内側に閉じ込める結界石を全て握り、発動直前まで調整する。

恐らく爆発に耐える事は無理だろうが、ほんの少しの間だけでも抑えられるはず。

そうすれば行き場のない衝撃はある程度内側に跳ね返って肉塊を襲うだろう。


それにあの魔法をそのまま放つのは、少しばかり不安が有る。

威力は申し分ないと思うけど、申し分ないからこそ危険だ。

多分そのまま放てば、無事な人達の居る所まで爆発が届くと思う。


「出来れば、体内にでも、打ち込めれば、一番良いけ―――――」


そう呟いた瞬間、何故か肉塊の動きが完全に止まった。

何故だろう。いや理由なんてこの際どうでも良い。好機だ。


「放って!」

『キャー!』

『ガアアアアァアァアアアアア!?』


精霊の気合の声と共に腕が生まれ、その腕が肉塊の体内奥深くに入り込んでいく。

どうやらついさっきの呟きを実行してくれたらしい。

ここまでされて失敗なんて、そんな情けない事は絶対に出来ない。


結晶の魔力解放と結界による閉じ込め。

そして至近距離からの爆発への防御に持っている結界石全てを使う。

閉じ込めた分で幾らか威力が落ちるだろうから、何とかこれで耐えられるだろう。


「吹き飛べ・・・!」


全てを同時に発動させ、目を伏せても視界が真っ白に染まった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それは爆発音、だったんだろう、きっと。轟音過ぎて正直理解出来なかったけど。

きっとセレスの使った爆発魔法が、周囲を容赦なく飲み込んだんだ。

凄まじい音にも関わらず耳が無事なのは結界のお陰なんだろうか。

光に関しても結界の影響も有ったんだろうが、セレスが目を塞いでくれたから無事だった。


「っ、セレス!」


そう長くない時間放たれた強い光が消え、セレスの手が離れると同時に崩れ落ちるのが見えた。

慌てて彼女を抱き留めて顔を覗き込む。目は開いているが、何処か虚ろな顔だ。


「セレス、大丈夫か!?」

「大、丈夫・・・ちょっと、疲れた、だけ、だから・・・」

「そ、そうか・・・良かった・・・」


良かったと言ったものの、腕の中でぐったりしているセレスに不安が無い訳じゃない。

彼女はいつだって自力で何とかしてきて、こんなに消耗した事なんて無かった。

本当にただ疲れているだけなのかと、少し不安になる。


「肉塊、は、どう、なった、かな?」

「あ、そ、そうだな」


周囲の状況を確認しようとして、周囲が俺達の周りを除いて吹き飛んでいる事に気が付く。

黒いのが落ちて来た時に吹き飛んだのに、更にもう一段階クレーターが出来ている。

これで生きていたら、もうどうしようもな――――――


「――――っ、うそ、だろ?」


そこには、最早殆ど原型を留めていないが、蠢く肉塊が居た。まだ、生きていた。


『ガギュググオリュウヴァアアアア!』


何を言っているのかは解らない。だけどあれが俺達に殺意を向けている事は解る。

セレスがこの状態じゃ、もう対抗する手段がない。こうなったら逃げるしかない。

死者がいくら出るかは解らないが、後は周囲の正規兵に任せる事に決めた。

・・・兵士達にも領主にも悪いが、彼女をここで死なせる気は無い。


「セレス、力が入らないかもしれないが、捕まってろ。ここから逃げ―――」

『キャー』

『グギャ』

「―――――は?」


蠢いていた肉塊はプチっと虫の様に潰された。いつの間にか近づいた精霊の腕によって。

その際呻き声をあげていたが、それ以降肉塊は動かないどころか消え去って行く。


『キャー♪』

「あ、えっと、ああ、うん、よくやった・・・うん」


トテトテと帰って来て褒めて褒めてという精霊の頭を、混乱しながら褒めて撫でる。

・・・いや、なんか、うん。まあ良いや、助かったし。凄く腑に落ちないけど。

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