第112話、苦戦する錬金術師。
じり貧。そんな言葉が一番適切な状況だろう。
私の攻撃は足止めにしかならず、精霊の攻撃は通じるけど余り損傷は無い。
そして向こうもそれが解っていて、だけど私達に攻撃を当てられない。
そういえば何故一番最初の広範囲攻撃をして来ないんだろうか。
今の状態だと出来ないという判断で良いんだろうか。いや、断定するには早計か
とはいえ私としては、あの攻撃は結界で防げるのでそちらの方が助かるけど。
「・・・形を得た事で手に入れた力と失った力が有る気がするけど、どうなのかな」
少なくとも少女の願いで顕現したから、あの「助けて」に依存した存在ではあるのだろう。
それに生贄の儀式が成功して顕現したのは確かなんだろうけど、多分正式な手順とかすっ飛ばしてるから、あれは完全体ではないと思う。
もし本当に悪魔や神様っていうなら、もっと不味い事になっていると思うし。
『キャー!』
『グウウゥ!』
精霊の攻撃には相変わらず防御の姿勢をとる。やはりダメージは通っている様だ。
生えた腕は変に折れ曲がっていて、尚且つ元の形に戻る気配がない。
私の攻撃だとすぐに元通りになり、回復というよりはそもそも通じていないのだろう。
恐らく奴の体が単純に肉ではなく、呪術の力で構成されているからだと思う。
精霊の力はその呪いに通じるらしい。とはいえ何故通じるのかは解らないままだ。
「・・・呪術・・・呪いと悪魔・・・悪魔と神の力は同質・・・同質?」
同質の力なら、呪術に対し呪術なら、悪魔の力に悪魔の力なら対抗が出来る。
という事は、精霊の力は呪いの力と質が近いという事なんだろうか。
それとも単純にあの子達が特別呪いに通用する力を持っているだけなのか。
『オオオォォオオォオォォオオ! ソノ程度ノ神性デ調子ニノルナァアアァアァアァ!』
『キャー!?』
精霊がまた肉塊の振り払いで吹き飛ばされた。
あの子は躱すという事を覚えた方が良いと思う。本体は無事そうだから良いけども。
それにしても今の肉塊、精霊を神性と呼んだ。確かにそう聞こえた。
「・・・神の力。呪いの力と同質の力を、あの子達が持っている?」
何時からなのだろう。最初からなのだろうか。そんな物を感じた事は無かった。
ただ肉塊がその程度と言ったという事は、余り力が強い訳ではないのだろう。
という事は最初からその力は持っていたけど、精霊としての性質の方が上だった?
その辺りの思考は今は良いか。取り敢えず精霊の力が通じる理由がはっきりした。
何故通じるのか不明なのが不安材料だったけど、食らってる本人が言うなら間違いないだろう。
『チョロチョロト目障リダ!』
取り敢えず精霊が戻って来るまでの足止めをと魔法石を握ると、肉塊は私に攻撃をして来た。
何度も足止めした甲斐が有ったのか、肉塊は私を無視するのを完全に止めた様だ。
精霊を吹き飛ばした後は私を無視した時が何度か有ったから、これは良い傾向だろう。
「動きは遅いし、躱すの簡単だけど・・・」
腕が生えたからか、最初のただの肉塊時の時より攻撃が読み易い。
解り難い力なのは変わりないけど、腕を振るう向きで衝撃の走る方向が決まっている。
『オオオォォォォォォォォォォオオォ!』
「ぐっ・・・またか・・・!」
また周囲の空間に力が濃くなって行く。奴が叫ぶ度に濃度が増していく。
攻撃は躱せるけど、こっちを何度もやられると不味い。
体が重い。魔力操作が鈍くなる。絨毯の操作が上手く出来ない。まずい、意識、が。
「ぐ、う・・・!」
飛びそうな意識に活を入れる為に、ナイフを取り出してその刃を握りこむ。
刃を放しても動かすだけで痛みが走る程度の傷を複数作り、その痛みで目を覚まさせる。
何とか気絶はせずにいられたけど、これもいつまで保つだろうか。
「決着をつけるつもりでいた方が、良いのかも」
肉塊を倒す手段は有る。さっきまでは無かったけど、今なら倒す方法は有る。見つけた。
今の私一人では無理だろうけど、精霊が居るなら通用するはず。
『貴様ラァァァァァアァッ、殺スウウゥゥウゥゥゥウ!』
「・・・ああ、やっぱり変化したか」
自分の体調の悪化に不安を覚えていると、肉塊は更なる変化を始めた。
足の数が更に増えムカデの様になり、しかも元から有った物も含めて太くなっている。
腕も同様で折れ曲がっていた物も修復され、太い腕が沢山増えた。
更に伸び縮みする肉の触手まで生えて、いよいよ化け物感が増している。
一度変化した以上また変化する可能性は考えていたけど、出来れば止めて欲しかった。
精霊の攻撃はここまで通用して来たけど、もしかして通用しない様に変化したのでは。
『キャー!』
『オオオオオオオオオオ!』
戻って来た精霊が作り出した両腕を振り下ろすと、肉塊は生えた腕で受け止めた。
今までの様に食らう事はせず、完全に精霊の力を止め切っている。
「こんな事、予想通りにならなくていいのに・・・!」
それどころか精霊の腕を握りつぶし、触手を私達に向けて振り回して来た。
相変わらず速度だけは余り無いから躱せているけど、当たればかなりの威力なはず。
これはもう、時間稼ぎとかしてる場合じゃないかもしれない。
時間をかければかける程、あの化け物はもっと化け物になる予感がする。
「はぁー・・・はぁー・・・くっ、呼吸もきつい・・・」
息が辛い。思考が霞む。手の痛みでも誤魔化せないほど意識が重くなってくる。
そんな場合じゃないのに、このまま瞼を落としたくなって来る。
駄目だ。ここでもし気絶すれば、リュナドさんが危ない。それは駄目だ。絶対に駄目だ。
「・・・え、リュナド、さん?」
彼の事を事を考え必死に目を開けていると、彼の姿が視界に入った。
何で、彼がここに。いや、それよりも、駄目だ。こっちに来たら駄目だ。
だけど彼は私の思いとは裏腹に、あっという間に距離を詰めて来た。
靴を使いこなし、化け物に、槍に込められた魔法が通じる距離まで。
「この距離なら・・・!」
そして彼は槍を地面に付き立て、次の瞬間肉塊が泥濘に呑まれてゆく。
増えた手足で藻掻いているが、藻掻くたびにその体はズブズブと沈む。
体が大きいせいで重量も大きく、緩くなった地面の上を自由に動けない様だ。
肉塊が周囲を吹き飛ばした影響も大きい。木の根も何もない地面との相性は抜群だろう。
「オオオオォォォオォォオ!」
「っ、相棒、頼んだ!」
『『キャー!』』
この事態を発生させているのが誰なのかは解っているらしく、肉塊は彼に触手を振るう。
だけどそれはポケットの精霊が結界石を使い、少年サイズの精霊が腕で攻撃を弾いて防ぐ。
リュナドさんは逃げも防御も一切せず、ただ泥濘に肉塊を留める事だけに集中していた。
「・・・助けられちゃった、な」
私が彼を助ける気だったけど、どう考えても助けられた。助けられてしまった。
嬉しいと思う反面、もしかしたら友達を守れなかったかもしれない自分に腹が立つ。
「・・・気を失ってる場合じゃないだろう」
仮面を外し、両手で頬を全力で叩きつけて活を入れる。
ただの時間稼ぎはもう止めだ。決着をつける方向で行こう。
泥濘から逃れようと暴れる触手を躱しつつ、リュナドさんの元へ降り立つ。
「セレ・・・おいセレス、その顔、大丈夫なのか?」
「え、顔?」
あ、そういえば血だらけの手で頬を叩いちゃったんだ。多分顔も血塗れだ。
「こ、これは大丈夫。それよりも、あれを倒す為に、手を貸して」
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精霊使いが戦場に駆け付け、それと同時に化け物が地面に埋まっていくのが見えた。
彼等は一体幾つの隠し玉を持っているんだ。何だあの大規模な魔法は。
あの巨体を地面に縫い付け、しかも脱出できないほどの力とは。
「む、足を、止めた?」
先程まで化け物の周りをずっと飛び回っていた錬金術師が、精霊使いの前に立っている。
そしてそこから一切微動だにせず、化け物の攻撃を結界で防いでいる様だ。
先程までの躱す行動とは一転して完全に足を止めて耐えている。
「・・・なぜ、精霊は攻撃も防御もしない」
何度も化け物を殴り飛ばしていた『腕』が、そこから一切発生していない。
それに結界で防ぐ事を良しとしていなかったから、今まで躱していたのではないのか。
何故今になって足を止める。耐久戦に何故持ち込もうとした。
精霊に攻撃も防御もさせないのは何故だ。何の為だ。
「・・・勝負を決めに入ったのか?」
勝負が付きそうにない戦い、というのは見ていて感じていた。
何度攻撃しても止まる様子が無く、更にはもっと醜悪な姿に変化した化け物。
倒す手段が無いから耐えている。そういう風にも見えていた。
「この娘を、待つのを止めた、という事か」
精霊使いとの約束を守る為、人に預けず少女は傍に置いている。
この娘が化け物を止められる可能性が有るから、時間稼ぎをしているのだと思っていた。
「ん・・・んん・・・ここ、は・・・?」
「む、目が覚めたか、少女よ」
「・・・え、あ、貴方は、だ、誰ですか」
「私はこの地の領主を務めている者だ。混乱している所悪いが、君が落ち着くのを待ってやれる状況ではない。あの化け物に対し「止まれ」と命令をしてくれ」
「え、あれ、って・・・ひっ、あ、あれ、夢じゃ」
少女は私が指さした方向を見ると、怯えた顔で後ずさった。
この様子から察するに、彼女の意志であの化け物を呼び出した訳ではなさそうか?
「怯えるのも解るが、今は時間がない。早く止まるように命じるんだ」
「ひっ、や、やあっ、こ、怖い・・・やだ、やだぁ・・・!」
小さな娘故その恐怖は致し方ないが、今はそれだと困る。
この少女に命令を下させる事が、現状唯一私が出来る手助けだというのに。
『オオオオオォォオォオォオオオ! 我ガ娘ニ何ヲスルカァアアアアアアア!!』
「ぐうっ!?」
突然頭に響く様な大音量の叫びが周囲に響き、それと同時に立っていられなくなる。
周囲を見ると兵士達も同じ様に膝をつき、中には完全に気を失っている者も居た。
まさか目を離した一瞬に近づいたのかと化け物を見ると、まだ地面に縫い付けられている。
あの距離からここまで攻撃したのか。何という力だ。
いや、一時的な攻撃ではない。どんどん力が抜けていく。体が、重い・・・!
「え、な、なに、なにが、ひうぅ・・・!」
「な・・・に・・・?」
私や兵士達が膝をついている中、少女は立ってただ狼狽えていただけだった。
苦しむ様子は全くない。どうやら攻撃が通じていない様だ。
「やはり・・・無関係では、ない、と、いう事か・・・!」
少女はこの場の打開の鍵足りえる。ならば、ここで倒れている場合ではない!
「少女よ、お願いだ・・・あの化け物に、命じて、くれ・・・頼む・・・」
「ひっ、で、でも、あれは、わたし、ちが、だって、わたしは・・・!」
「あれを止めねば・・・死人が、ふえる・・・どうか、少女よ、止めてくれ」
「あ・・・う・・・ああ・・・でも、わたし、けど・・・!」
少女は顔を青くして首を横に振り、口にする言葉はとりとめがない。駄目、か?
「う、うう・・・ひうぅ・・・と、とまって。やめてぇ・・・!」
だが少女は確かに口にした、化け物の方を向き、か弱い声で止まれと。
化け物は明らかに動きを止め、次の瞬間精霊の一撃が化け物の体内深くに打ち込まれていた。
成程、一撃を深く入れる機会を狙っていたのか。どうやら少しは手助けが出来た様――――。
「―――っ!?」
――――――安堵した瞬間、閃光と轟音が世界を支配した。解ったのはただそれだけだった。
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