第138話、昔話を聞く錬金術師。
さっきは良く見てなくて気が付かなかったけど・・・おじさん、だよね。
王子様って聞いてたから、もっと若い人が来ると思ってた。
40代ぐらいに見えるけど・・・本当にこの人が、王子様、なんだよね?
少し及び腰になりながら観察し、首を傾げた所で挨拶をしていない事に気が付いた。
いけないいけない。せめてそれぐらいは出来ないと、うん。
「・・・はじめまして」
・・・いつも以上に声が上手く出なかった。今の私、物凄く情けない顔してる気がする。
あ、王子様がちょっと構えてる。え、もしかして怒られる?
あう、ち、違うの、待って、今のはちょっと声が出なかっただけで―――。
「――――プリス、殿」
全身に力が入った状態の彼は立ち上がり、何故か私の知っている名前を口にした。
「・・・え、おかあ、さん?」
何でこの人、お母さんの名前を知ってるんだろう。
あ、あれ、何だかいきなり体の力抜いた・・・崩れ落ちた。
え、何、何なのこの人。何がしたいの。訳が解らない。
『『『『『キャー?』』』』』
崩れ落ちた王子に山精霊達が『大丈夫?』と言うかのように群がる。
そこでリュナドさんがハッと何かに気が付いた様に動き出し、王子に声をかけた。
私だけが良く解らずに困惑しフリーズ状態だ。だってどうしたら良いのか全然解んない。
「すまない・・・少々取り乱した」
王子は立ち上がると謝罪して椅子に座り直し、その間に家精霊はお茶を入れに向かった。
何故か山精霊が一体王子の膝に座っているのだけど、良いんだろうか。怒られないかな。
王子は特に気にする事なく一つ大きく息を吐き、私へと少し険しい顔を向ける。怖い。
「お初にお目にかかる、錬金術師殿。私の名はビィディ・レンス・ファシマ。見ての通り中年では有るが、父が未だ現役でね。これでも一応、正真正銘王子だ」
あー・・・そっか、お父さんが現役なら、確かに王子様なのか。
成程。それならこの人が中年でも王子様なのは解った。
むしろ自分が勝手に王子様のイメージに引っ張られてたのかなぁ。
「それで、先程の発言なのだが・・・プリス殿が君の母の名、というのは確かなのかな」
「・・・お母さんの名は、プリスで、間違いない」
「では君の母は・・・自分の名が似合っていない、と思っている人かな」
「・・・うん」
お母さんは『プリス』って名前が余り好きじゃない。
大嫌いという程ではないけれど、プリスって柄じゃないって不満そうだった。
勿論名前を呼ばれて文句を言う様な事は無いけど、どうも好きになれないらしい。
「これは、君の母から、貰った物なのかな」
王子はそう言って結界石を取り出した。売りに出してる精霊の作った結界石だ。
「・・・これは、ここで作った物」
「つまり、母親から作り方を学んだ、という事か」
彼の言葉に頷いてから、服に仕込んだ魔法石を幾つかテーブルに置く。
王子はそれを確認してから、服の首元に手を入れた。
そこから出てきたのは首飾りで、水晶が付いているシンプルな物だ。
「これを、誰が作ったか、解るかね」
テーブルに優しく置かれたそれを少し見つめ、手に取って確かめる。
私が知っている結界石とは少し魔力の籠め方が違うけど、お母さんの物にそっくりだ。
・・・いや、この魔力は、間違いなくお母さんの物だ。ただ作りが甘いのは何でだろう。
この籠め方だと十全の威力が発揮出来ない。お母さんがやったにしては珍しいミスだ。
「どうかね」
「・・・お母さんの、魔力が、籠ってる」
「そうか、成程、娘か・・・20年以上経っていれば当然か」
私の答えを聞いた王子は大きな溜息を吐いた後、薄く笑った。
何か、不味いこと言ったかな。あんまり良い雰囲気ではない、気が、する様な。
ただお母さんのかどうか、っていう事を答えただけだよね、私。何も悪い事してないよね?
あうう、何だか空気が重い。そもそもこの人、お母さんとどういう関係なんだろう。
もしかしてお母さん向こうの国に居るの、かな。
「・・・お母さんの事、何で、知ってるの」
おずおずと、これ以上機嫌を損ねない様にと思いながら、控え気味に訊ねる。
すると王子は今までの厳しそうな顔とは違い、ふっと笑って口を開いた。
「ふふ、そう警戒しないでくれ。悪い関係ではない。むしろ恩人だよ」
恩人。お母さんが。そうなんだ。
・・・素材が欲しくてまわりの事無視して仕留め、偶々助けただけとかじゃないよね。
でもそれならお母さんは名乗らないか。自分の名前好きじゃないから自ら名乗らないもん。
「さて、そうだな・・・どこから説明しようか」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本人に会えると、そう思い込んでいた、と言うしかない。
勿論別人の可能性は考えていたが、本心ではその思考を排除したかったのだろう。
だから思いつかなかった。弟子や子供であるという可能性を。
・・・思いつきたくなかった。そう言うべきだろうな。
情けないな、これじゃ結局『彼女』を神聖視している者達と変わらない。
些細な真実を知って優位に浸ったつもりでいただけだ。馬鹿だな、私は。
それでも纏う空気が余りにもプリス殿に、あの人に似ていて意識を奪われた。
そうだ。とても、似ている。顔は仮面で全く見えないが、纏う空気はそっくりだ。
成程娘か。段々その事実が一番しっくりくると、自分でも感じる。
「さて、そうだな・・・どこから説明しようか」
どういう知り合いなのかと、説明を求める声の迫力が本当に懐かしい。
有無を言わせない、従わないなら死ねと言わんばかりの迫力だ。
いや、私は実際にそう言われたんだったな。
『この場に立つ資格無いよ、お前。下がんな。出来ないなら死ね。邪魔だよ』
そう言って背を向け、戦場に向かった背中の力強さを思い出す。
「・・・どうか、した?」
「いや、すまない、何でもない」
どこから話そうかなどと口にしていながら、話すつもりの事と違う事を頭に浮かべていた。
そのせいで黙り込んでしまい、早く話せと急かされてしまう。
「私の国が海に面している事は、君は知っているかな?」
「・・・お母さんから貰った地図で一応、確認してる・・・城も海側に、有るん、だよね」
「そう、そしてその城と王都が、壊滅の危機に晒された事が有ったんだ」
自分がまだ少年という表現が相応しい頃、父が他国へ出て留守だった時の事だ。
父はふらふらと出歩く私は誰に似たのかというが、間違いなく貴方に似たのだと返したい。
国王自ら他国に向かって交渉など、他の国はそうそうやらないだろう。
余りに小国ならそういう事も有るだろうが、我が国は別にそういう訳でもないのだから。
話がそれた。まあ、ある意味で王が不在で助かったとも言える、大きな問題が起きた。
城を吹き飛ばす様な攻撃力を持つ魔獣が海から現れ、城下を襲って来たんだ。
勿論無抵抗でやられる様なつもりは無かったし、兵士達も頑張ってくれた。
だが相手の魔獣はただ強いだけではなく、人間を出し抜く知能を持っていたんだ。
基本戦闘は安全な位置から付かず離れず攻撃し、怯むか消耗した所で一瞬で距離を詰めて来る。
更に複数で襲って来て、伏兵不意打ちは当然、死んだふりをして背後からなんてのも有ったね。
海に面している土地に国を構えている以上、海の魔獣には対処できるつもりだった。
勿論対抗は出来ていた。出来ていたが、消耗の果てに食われるのを繰り返す羽目になる。
初手で指揮官クラスが多数死んだのが痛かった。運が無かったと言うしかないのだろうな。
「そんな時に突然現れたのが、君の母・・・プリス殿だ」
指揮官が余りに居ないので未熟ながら私も兵を指揮し、民を逃して戦闘にも参加していた。
そんな私に彼女は『能力の無い奴が戦闘指揮しても死人を増やすだけなんだよ。それなら逃げに徹した方がマシだ』と私の胸倉を掴んで怒鳴りつけたんだ。
「・・・ああ、お母さんなら、言いそう」
「ふふっ、痛烈だったよ。それなりに役には立てているつもりで戦っていたからね」
そして彼女はまるで元から指揮官だったかの様に指示を出し、我が国の兵を動かしはじめた。
兵達は多少混乱していたが、彼女の指示が的確だった為に別部隊の指揮官と思ったみたいだね。
その確認をする事も出来ない程に切迫していた、という面も否定できないが。
彼女は魔獣の特性を見抜き、対策を立て、攻撃手段を確立し、瞬く間に戦況は優勢に向かった。
まるで奇跡が起こる瞬間を見ているかの様だったよ。当時の兵士達もそう言っていた。
「ただ、予想外だったのは、親玉が控えていた事だった。群れなのだから可能性は有った訳だが、それまで一度も顔を出さなかったので、居ると思っていなかったんだ」
襲って来ていた魔獣も元々人を丸呑み出来る程大きかったが、それは規格外だった。
海から城でも現れたのかという巨体に、死を覚悟したよ。
事前準備無しで遭遇して勝てる魔獣ではないと、確信出来る存在感だった。
『あー・・・ありゃここの兵士達には無理かな。おい、無能王子。兵を全員撤退させて逃げな。あれはあたしが何とかする。時間は稼いでやるから、一般人も連れて兎に角遠くへ行くんだ』
『ば、馬鹿な!? あれを一人で引き受けるつもりか!?』
『良いから早くしな! 問答してる時間なんか無いのが見て判んないのかい!?』
それまで指揮と援護に徹していた彼女自身が前線で戦い始め、私はただ撤退するしかなかった。
撤退準備が整って逃げる段になり、本当に一人で残る気かと再度問うが、答えは同じ。
死ぬ気なのだと、そう思い、だけど止められなかった自分が悔しかったな。
撤退の為に戦った彼女の姿は、まさしく誰もを置いて行く程の強さだったのだから。
彼女以外は殿に相応しくない。誰を置いて行っても、彼女の足手纏いだと解るだけに。
『最後にせめて、貴殿の素性を、名だけでも聞かせて頂けないか。未だ聞いていない』
『あん? あたしはただの錬金術師だよ。名は・・・似合ってなくてあんまり好きじゃないんだが、まあ、いいか。プリスだ。あたしみたいなのには似合わない名だろう?』
『そんな事は無い。貴殿に相応しい素晴らしい名だ。錬金術師のプリス殿。私は貴殿の事を生涯忘れぬ』
『はっ、かっこつけてんじゃないよ。ほら、とっと逃げな。早くしないとその生涯が今終わっちまうよ。ああ、そうだ、これやるよ。お守りだ。魔法石・・・結界石つって、危機の時はあんたを守ってくれる・・・はずだ。多分ね』
『・・・感謝する。貴殿とは短い、本当に短い付き合いだったが・・・さらばだ』
私を見ずにひらひらと手を振る彼女は、とても死にに行く様子には見えなかった。
後で思えば死ぬ気など無かったんだろう。だが当時の私は彼女の死を惜しいと思っていた。
それは有能な所だけの話ではなく、彼女の在り方に一目惚れしたのだろうな。
「・・・ひとめ、惚れ、お母さんに?」
「ああ、勘違いしないでくれ。女性としてではく、一角の人物としてね」
私は民を連れて海から遠く、最早土地を一旦放棄するぐらいのつもりで逃げた。
既に民を先に離れさせていたのが幸いし、逃げる事自体は簡単だった。
そして、逃げる途中、雷が落ちた。神が下した奇跡と我が国では語られる事になる雷が。
轟音と強烈な光を放ち、海に落ちた雷は、魔獣を悉く蹴散らしただろう事は想像出来た。
だが安全かどうか確認が出来ていない以上、すぐに戻る事は出来ない。
覚悟の有る兵士に様子を見に行って貰い、待っている間に彼女は私に接触して来た。
『ふむ、ちゃんと逃げたね。無能って言ったのは撤回してあげるよ、坊や。もう魔獣は全部片づけたから、あの辺りは安全のはずさ。ああ、魚は近場では暫く取れないかもしれないね。ちょっと広範囲に攻撃しちまったから。欲しい素材は勝手に貰っていくけど、良いよね?』
『い、生きていた、のか、あの雷の、中』
『当たり前じゃない。あれやったのあたしなんだから。ただ威力をミスった。あそこまでの威力で放つ気は無かったんだよねぇ。まだまだ魔法石の作りが甘いか。あ、でも色々面倒臭いから、他の連中には適当に誤魔化しておいてよ。何なら国に住まう精霊の仕業とでも言っといて』
『ま、まってくれ、れ、礼を、国を、民を救ってくれた礼――――』
『要らない要らない。あたしは素材を探しに来て、偶々通りかかっただけだし。じゃあね、坊や。せっかく助けたんだ、頑張って良い王族になんなー』
彼女は馬でも追いかける事が出来ない速さで消え去り、そして私は彼女の言う事に従った。
唐突に表れた魔女は神の使いだったのだと。あの雷こそ証拠であると、そういう事にしたんだ。
それが私と彼女の、出会いと別れの話だ。我が国に『神雷の魔女』が現れた懐かしい昔話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます