第104話、背中が痛い錬金術師。

あの後夕食に呼ばれた際、仮面をつけて行ったら素顔は見せて貰えないのかと問われた。

私の素顔に興味が有るんだろうか。楽しそうに言われても困る。見たって大した物じゃないよ。

そもそも貴方に対し仮面を外すと逃げ出すと思うし、絶対良い事にはならないと思う。


「・・・見て楽しい物じゃない」


なのでそう答えると、領主はそれ以上の事は言って来なかった。

ただ今回は最初の様な声の大きい笑みも無かったので、もしかしたら私が怖がってる事に気が付いてくれたのかもしれない。

とはいえやっぱり苦手な感じが有るから、出来れば仮面はとりたくない。


そんな感じで夕食が終わり、部屋に戻るとローブと仮面は外して就寝。

流石に何時もの寝巻になるのは無理なので、普段着のまま寝る事にした。

翌朝は早朝に寝ぼけた頭で起き上がり、ぼーっとしたままローブと仮面をつける。


「・・・にゃんか、ねみゅい・・・うみゅ・・・?」


最近早朝に起きてもこんなに眠い日なんて無かったのに、何だかやたら眠い。

いつもより疲れが取れていない様な、頭も冷めない感覚でベッドに腰を下ろす。

そのままどれだけの時間ぼーっとしていたのか、気が付くとリュナドさんが起き上がっていた。


「ふぁ~~~・・・あ、おはよぅ・・・もう起きてたのか。やっぱ早いな、あんた」

「・・・うん、おあよ」


リュナドさんは伸びをしてから私に声をかけてくれたので、寝ぼけたまま朝の挨拶を返した。

彼はベッドから起きると防具を装備し、装備し終わるともう一度大きく伸びをしていた。

因みに精霊達はまだすやすやと眠っている。今更だけど多分睡眠とか要らないはずなのに。


「・・・なあ、セレス」

「・・・んえ?」


ぼーっとしてる所に呼びかけられ、変な声で返してしまう。まだ頭が働いてない。


「昨日あんたはああ言ってくれたけどさ・・・あの領主が何を企んでいるのかは解らないが、俺も出来る限りはするから。って言ってもあんたには解ってるのかもしれないけどな」

「・・・うん?」


頭が寝ぼけていたせいで、言われた事を何度か頭で反芻して、やっと意味を咀嚼した。

と言っても企みとか良く解らないし、私に何が解ってるのかもよく解らないという結論だけど。

どういう事だろうと問い返そうとした時、ノックの音が響いた。どうやら朝食の誘いらしい。


リュナドさんがそれに対応して今行くと答えたので、私もそれに頷き彼と共に朝食へ。

既に元気そうな領主が待ち構えていたけど、寝ぼけているおかげか全然気にならなかった。

確か朝食を摂ったらそのまま出発のはずだし、このまま寝ぼけていよう。心の平穏の為に。


ただふと、寝ぼけた頭でさっきのリュナドさんとの会話を思い出した。

領主が何を考えているのかという話だったけど、目の前に居るんだから聞けば良いんじゃと。

今なら仮面もしてるし寝ぼけているから、彼への質問もさほど抵抗は無いはずだ。


「・・・ねえ、領主さん、何を考えてるの?」

「ふむ、いきなり何の事かな? 主語が私には良く解らんな。あえて言うならば今は朝食を美味しく頂く事しか考えてない。まあ何も考えてないに等しいかもしれんな」

「・・・そう、考えてないなら、それで良い」


何も考えていないのか。今の私と同じだ。なら何も考える必要も無さそうだ。

リュナドさんが何か心配していたみたいだけど、これで心配事は無くなったかな。


朝食を終えたらそのまま外に出て、領主に見送られながら絨毯で空を飛ぶ。

荷車は一旦ここに置いて行く事になったので、見張りの続行をリュナドさんが指示していた。

精霊達は少し不満そうだったが、ライナの食堂で好きなだけ食べる事を約束に大人しくなる。

どれだけライナの料理が好きなんだろう。私もあの子達の事は言えないけど。


「まさか直接領主に聞くとは思わなかったぞ・・・」


目的地へ向かって暫く飛んでいると、後ろからリュナドさんの呟きが耳に入る。

とはいえ私に聞かせる為に前かがみになって、耳元で言った事なので呟きではないか。


「・・・駄目だった?」

「いや、駄目って事はない。単に驚いたってだけだ。俺には出来ないなと思っただけだから、責める気なんて一切無いよ。むしろ効果的かもしれないしな」


良かった、別に問題は無かったみたいだ。なら気にしなくて良いかな。

そろそろ眠気も飛んで頭も起きて来たのだけど、そうするとどうにも背中が気になった。

甲冑が硬くて落ち着かない。というかそのせいで目が覚めたと言っても良い。


違和感というか何というか・・・防具の尖った部分が痛い。背中が痛い。

そういえば精霊兵隊長になってからは、一緒に絨毯乗った機会無かったっけ?

前はもうちょっと大人しめの防具しか付けてなかったから、こんなにごつごつしてなかった。


・・・行きはもう我慢するけど、帰りは脱いで貰おう。割と真面目に痛くて目が覚める。

痣にならないと良いな。帰ったら家精霊に確認してもらお。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


錬金術師と精霊使いが不思議な絨毯で空を飛び、野盗狩りの現地へ飛んで行く。

凄まじい速度で消えてゆき、成程あれならば今からでも作戦開始前に間に合うだろうと思う。


『・・・ねえ、領主さん、何を考えてるの?』

『・・・そう、考えてないなら、それで良い』


二人の姿が視認できなくなった頃、錬金術師の言葉を思い返す。

昨日とは違い緩い声で問われた言葉と、私の返した言葉に対する結論の言葉。

つまりあの言葉は『考えていないというその言葉を全うしろ』という意味なのだろう。


「どうやら腹の探り合いではなく、腹を殴られた様だ」


つまりあれは、その言葉を違えるなら容赦しない、という意思表示なのだろう。

軽く言ったのも、それが事も無げに出来るという意味だ。

態々解り易く脅す声音で言う必要も無いという事だろう。

更に言えば、お前ならそれで解るだろうと言われた、という事もであるんだろうな。


精霊使いは解り易く乗ってくれたが、昨日の錬金術師の態度はあえて見せた態度か。

成程食えん相手だ。何を考えているのか全く読めん相手だ。

目の変化すらも解り難い仮面のせいで、余計に何を考えているのかが察せられん。


「何処までが芝居で何処までが本音か・・・二人の関係だけは本物であろうが」


あの二人の信頼関係は本物なのだろう事は、あの短い対話でも理解出来た。

少なくとも錬金術師が精霊使いの事を軽く見ていない事だけは確かだ。

だからこそ利用出来るし・・・だからこそ手を出す危うさも有る、か


「利用出来るならば利用を、とも考えてはいたが、止めておいた方が得策か」


先日の精霊使いの力量は見事だった。精霊ではなく本人の力量で止めるとは思っていなかった。

あれは部下に当てるつもりは無かったとはいえ、本当に本気で振り下ろした一撃だ。

それをああも事も無げに受け止められ、その力量に精霊という戦力が上乗せされる。


精霊の力は屋敷に残る破壊跡を見れば、それがかなりの力を持つ事ぐらいは容易く解った。

だというのにそれを凌駕する錬金術師など、理解の範疇を超えている存在でしかない。


「人間にはその人間が手に出来る限界という物が有る。あれは私の限界を超えているな」


あそこの領主は昼行燈の類だったと聞くが、いやはや人の噂は信用ならんな。

とはいえその信用ならん噂の最たる物が真実だった訳で、世の中面白いと言わざるをえんが。


「く、くく、あっはっはっは! よし貴様ら、今から出るぞ! 彼らに追いつけば、その力をこの目で見れるやもしれんしな!」


武の血が騒ぐ。自分では至れぬ頂きを見れるのではと、心が躍る。

さあ 凡庸には成せぬ境地を見せてくれ、爆砕の錬金術師と閃槍の精霊使い!

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