第105話、仕事を受けた者達と合流する錬金術師。
絨毯を飛ばす事暫く、装備の整った兵士達が陣を作っているのが目に入った。
その近くに装備のバラバラな、いかにも荒事で生活していそうな集団も居る。
「あれ、だよね?」
「あれだな」
リュナドさんに確認を取ってから、集団から少しだけ離れた位置に着地する。
絨毯を巻いて鞄に括り付けていると、兵士が一人こちらに寄ってきた。
ただリュナドさんが取り出した紙を見せると、兵士は納得した様に頷いて去って行く。
「・・・今の、何?」
「この仕事の受領の書類だよ。目印受け取る必要が有るって書類に書いて無かったか?」
「あ、うん、そっか、ここで受け取るんだ」
兵士達は兎も角、追い立てる役目の人間達は目印が無いと同士討ちしかねない。
何故なら決まった装備をしていないので、野盗かそうでないかの区別がつかないせいだ。
だから雇われた人間達は、目印になる道具を正規兵から与えられる事になっている。
少し待つと兵士がずいぶん作りの荒い金属の輪っかを八つ持ってきた。一人四つらしい。
これが目印、なんだろうか。こんな物では簡単に偽装できてしまうと思うんだけど。
いや、この金属、少し魔法がかかっている。これだと似た物で誤魔化すのは無理か。
「・・・魔法がかかってない物を付けてたら、偽物って事かな」
兵士以外の集団に目を向けると、彼等が付けている物にも全て魔法がかかっている。
魔力量もほぼ同量なので、多分その考えで間違っていないはずだ。
それにしてもかすかな魔力で、瞬間で判断するには少し厳しいな。
彼等は皆これを即座に判断できるんだろうか。なら中々の実力者の集団なんだろうな。
「セレス、取り敢えず向こうの連中にも挨拶に行くつもりなんだけど・・・どうする?」
「ぁ・・・い、いく、だ、大丈夫」
「そ、そう、まあ、無理しない様にな・・・」
ちょっと怖いけど、リュナドさんも居るし、仮面も有るし、挨拶ぐらいならきっと大丈夫。
そう思い拳を握って力を入れて答え、深く息を吐いて彼と共に近づいて行く。
「お、来たな、話題のお二人さん!」
「まさか本当に飛んでくると思わなかったよな」
「だよな。確か飛ぶ魔法ってかなりの高等魔法じゃなかったっけ?」
「ばっか! あれ魔法で飛んでんじゃねえんだって。見てなかったのかよ!」
「あれ欲しいなー・・・でも依頼させて貰えないんだよなぁ」
「結界石重宝させて貰ってるぜー!」
あ、あう、ちょ、ちょっと皆勢いが強くて怖いけど、か、歓迎されてる、のかな?
皆笑顔で迎えてくれたので、多分、そう、だよね?
「あれって例の精霊使いだよね」
「足元のあれが精霊なんだよな。キャーキャー言って踊ってるの・・・可愛い」
「い、一体貰えないかな、あれ。無理かな」
良く見ると女性も混ざっていて、だけど私と違い接近戦職や弓使いの様だ。
魔法使いっぽい人は・・・居ないな。アスバちゃんの様に手ぶらの人はどうやら一人も居ない。
精霊達の事が気に入ったみたいだけど、多分それは無理だと思う。
だってこの子達、リュナドさんが好きで何時もついて来てるみたいだから。
「・・・セレス、解っているとは思うが、誤魔化されるなよ。いや、俺がこんな事を言う必要も資格も無いか。昨日あんなへまをやらかした後だしな。取り敢えずちょっと気になる事が有るから、連中から情報を引き出して来ようと思う。少し離れていいか?」
「ぇ・・・ぅ、うん」
彼と離れるのは不安だったけど、小さく頷いて人の山に消えて行くのを見送る。
あっという間に彼の姿が見えなくなり、すると急激に不安が襲って来た。
仮面が有るのに怖いと感じ始め、これは不味いと人の集団の端に避難する。
「錬金術師さん、だよな、噂の」
「・・・ぇ?」
人の集団から少し外れて立っていると、体格の良い女性が話しかけて来た。
全く気構えをしていなかったせいで、顔を向けたものの声が上手く出ない。
「ああ、すまない、驚かせたかな。今回一緒に仕事をする訳だから、軽くは挨拶をと思ってな。今日は宜しく頼む」
「・・・宜しく」
びっくりしたけど仮面のおかげで割と早く落ち着けて、少し硬かったけど返事を返せた。
普段なら人の多さも相まって、多分何も返せてなかったと思う。
何度も思う事だけど、本当にこの仮面を作って良かった。帰ったら精霊にご褒美をあげよう。
「ま、まあ、仕事と言っても、俺達は大した仕事をしなくて良い訳だが。簡単な仕事だしな」
「・・・どういう事?」
野盗とはいえ相手は元傭兵。なら気構えておかないと危ないと思うんだけど。
不思議に思って首を傾げながら問いかける。
「あ、ああ、勘違いしないでくれ。噂を信じて貴女達に任せよう、という事じゃない。考えてもみて欲しい。最初の一撃は正規兵で、俺達が叩くのはその後の残りだ。こちらの人数も多いし大した仕事じゃない。これだけの数が居るのもそういう理由が有っての事さ」
彼女の言葉と依頼を受けた人間達を見て、成程と納得する。
つまり簡単な仕事で報酬を貰えるから、こんなに人が沢山集まっているのか。
・・・私にとっては人が集まる時点で良い仕事ではないけど。
「とはいえ無傷で済ませられる、ってのは無理だとは思っている。なので貴女にお近づきにと思ってね。貴女は薬の方面にも強いと話に聞いているし、怪我をした時に助けて貰えないか、などという下心さ。もし大怪我をした場合は助けて貰えると嬉しい」
成程。そういう理由で話しかけて来たのか。確かに怪我はしたくないよね。
それに今回は仕事仲間な訳だし、仲間が困ってる時は助けるのが普通、だよね?
「・・・解った。即死してなければ、助けてあげる」
「そ、それはありがたいな。その時は宜しく頼むよ」
「・・・ん、死なないと、良いね」
「あ、ああ、気を付けるつもりさ。じゃ、じゃあ俺はこれで・・・」
去って行く彼女を見送ると、彼女が合流したらしき仲間と私をチラチラ見ている。
さっきの話の事を伝えているんだろうか。なら彼女の仲間も顔を覚えておこう。
そう思っていると、彼女達は私から逃げる様に人の群れに消えてしまった。
「あ、あれ・・・なんで・・・?」
ほ、他にやる事有ったのかな。いや、でも、今のは、少し違う気がする。
明らかに私を避けたような、そんな動きだった。
私、なんか変な事、したのかな。何か不快にさせるような事を言ったのかな。
「うう、リュナドさん、早く戻ってきてぇ・・・」
彼の手間にならない様に、などという気持ちは情けない事に消え去ってしまっていた。
今は彼が傍に居ない心細さが完全に勝ち、早く戻って来ないかなと彼を探す。
「あ、リュナドさん戻って来た・・・あれ?」
人の壁の中から出てきたリュナドさんを見つけ、思わず笑顔になるのを自覚する。
だけど戻って来た彼の顔はとても渋く、余り機嫌の良い様子には見えなかった。
・・・どうしたんだろう、何か嫌な事有ったのかな?
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集められた連中は、俺達を歓迎するような言葉で迎え入れた。
だがおそらくは下心が有っての事だろう。少なくともセレスに対しては間違いない。
彼女に上手く取り入って、個人的に依頼を受けて貰おうと思っているはずだ。
この仕事中も態々セレスを守る様に動いて、恩着せがましく話しかけてくる奴も居るだろう。
まあその辺り俺が注意する必要も無く、彼女は気が付いているだろうが。
情報収取をしている間に耳に入った話から、セレスにあしらわれた女の話が耳に入ったし。
『あの錬金術師・・・常に攻撃に移れる様に構えて、俺を敵としか認識していなかった。態度だけでなく言葉ですら隠さずに。いや、あの気に食わなさそうな声音はわざとだろうな。下手な真似したら何をされるか解らん。噂を信じていた訳じゃなかったが、あれは気を付けた方が良い』
その集団の中では信用されている実力者なのか、彼女の言葉を信じる者は多かった。
勿論彼女を鼻で笑っている者達も居たので、全員が信用している訳では無いだろう。
その辺りで聞きたい情報は全て聞けたので、今度はセレスを探して歩き回った。
「あ、見つけた・・・セレスらしいな」
セレスは人の集団から外れ、彼女以外誰も近寄れない空間でも有るかの様になっていた。
安心半分困った気分半分になりながら、彼女の元へ近づいて行く。
「ぉ、おかえり、リュナドさん」
「あ、ああ、ただいま」
何か気に食わない事が有ったのだろう。彼女の声音は低く機嫌の悪い物になっている。
周りに人が居ないのは確実にそのせいだろうな。明らかに攻撃をする構えをしているし。
あしらわれた女は一体何を言ったのか。単に彼女の人嫌いが発動しただけかもしれないけど。
「・・・リュナドさん、何か、困ってる?」
「え、いや、俺は困ってはいない、けど・・・」
「そう、なの? 凄く渋い顔してたから、嫌な事か、困った事でも、有ったの、かなって」
「ああ・・・いや、それは、困った事というか、なんというかな・・・」
セレスの言葉に先程聞いた話を思い返す。余りに連中が気楽過ぎると思った話を。
連中は正規兵が野盗の数を減らし、その残りを追い立てる簡単な仕事だと思ってやがる。
だけど実際はそんな簡単な話じゃない。
野盗連中は長い期間、複数の領地を跨いで逃げ回っていた。
領地を跨いだから逃げられた、なんて言えば簡単に聞こえるかもしれない。
だが今まで正規兵とぶつかった事が全く無いなんて事はあり得ないんだ。
そして連中は正規兵とぶつかってもまだ現存して、そして未だ上手く逃げ回って残っている。
いい加減それに腹を立てた領主達が本格的に殲滅に乗り出した。それが本来認識すべき現状だ。
「死人がどれだけ出るか・・・気になってな」
これだけ大々的に動いている以上、野盗共だって既にこちらの行動をいくらか把握している。
そして迎え撃つか、逃走するか、どちらにしても自分のテリトリーに引き込むだろう。
ここで一番重要なのは、その引き込まれたテリトリーで戦うのが俺達だ、という事だ。
表面上は兵士が先に突撃して厳しい戦いをする様に見えるが、兵士達は決して深追いはしない。
だから実際に一番過酷なのはその後の追撃だ。野盗共のテリトリーで戦う方がよほど危険だ。
「今回正規兵は、野盗共のテリトリーに『入らない』予定だからな。野盗共がどんな罠を仕掛けているかも解らないし、纏まりのない集団が何処まで生き残れるのかと思ってな」
正規兵を出来るだけ消耗しない様に、この仕事が美味い汁だと勘違いしてる連中をぶつける。
この作戦を考えて、全容を語らない事にしたのが誰なのかは知らない。
だけど真実を一切語らずに仕事をさせている辺り、やはりこの地の領主も信用は出来ないな。
とはいえ彼らは職務を全うしているだけで、それを一概に悪いと言う事は出来ない。
実際に嘘をついて仕事を与えた訳じゃない。兵士が追撃しないのは事前に伝えてある。
ただそこに少し考えないと解らない真実が有るだけだ。多少気に食わないが致し方ない事だ。
あの領主の性格上、考えたのは別の人間の可能性も大きいだろうがな。
「・・・それ、なら、大丈夫。私が、どうにかする」
ただそんな何とも言えない気分は、機嫌の悪そうな彼女の言葉で更に不安になった。
いや、その、出来れば余り派手な事はしないで欲しいなー、なんて思うんですよ、俺は。
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