第103話、普段見ない物に興味のある錬金術師。

「どうぞ、ごゆっくりお休みください」


使用人の女性が腰を軽く折り、そう告げて扉を閉めた。


「・・・どうする?」

「ふぇ? 何が?」


部屋に二人っきりになった所でリュナドさんに聞かれ、その意味が解らず首を傾げる。

すると彼は困った顔で頭をガリガリとかき、天井を仰いで「んん~」と唸り始めた。

え、何、私何か変な事言ったかな。何を聞かれたのか本当に解らないんだけど。


取り敢えず彼が言葉を発するのを待つ間、仮面を外してローブの内ポケットに仕舞う。

新しく仮面用に作った内ポケットは二つ有り、予備の仮面も入っている。

ただしこっちは口元が出ている形なので、普段付けているのよりちょっと効果が薄い。

なのでこれは、あくまで今使っている仮面が使えなくなった時の為の予備だ。


「いや、えっと・・・多分これ、俺とセレス同室だぞ?」

「・・・? うん? うん」


彼に言われて部屋の中を見回し、広い部屋に有る二つのベッドを見る。

二つベッドが有るという事は、勿論二人用なんだろう。

それはつまり私とリュナドさん二人でこの部屋を使え、という事なのは間違いない。


「そう、だね? それがどうかしたの?」

「っえ、いや、え? んん~?」


だからどうしたんだろうと、良く解らずにまた首を傾げて彼を見つめる。

するとリュナドさんはさっき以上に困った顔になり、また天井を仰いだ。


彼は一体何を困っているんだろう。えっと、最初に何を聞かれたんだっけ。

どうするって聞かれてよく解らなくて、同室だぞって言われたんだよね。

・・・で、何なんだろう。同室なのをどうするかって・・・あ、もしかして、嫌、なのかな?


「・・・ぁ、同室なの、嫌なの?」

「え? あ、いや、俺が嫌とかじゃなくて、セレスが嫌じゃないのか?」

「ふぇ? 何で?」

「いや、何でって・・・」


別にもう、今のリュナドさんとなら一緒の部屋でも平気だよ。

仮面も外してちゃんとお話しできる友達だし、アスバちゃんとだって一緒に寝たし。

流石に女性同士じゃないから薄着は恥ずかしいけど、そこは私が気を付ければ良いだけだもん。


「あ、あのー・・・俺、一応男、なんだけど・・・」

「? うん、知ってるよ?」


リュナドさんを女性なんて思った事は一度もないけど、今さら何でそんなこと言うんだろう。


「・・・セレスが良いなら、それで良いよ」

「? うん? そう、なの? 私は別に、嫌な事、無いよ?」


リュナドさんが項垂れて出した答えは、私が良いなら良いという物だった。

そもそも最初の疑問の時点でよく解らなかったけど、彼が良いならそれで良いや。


「・・・はぁ、うん、気にしない様にしよう、うん。全然気にされてないんだから気にした方が負けだ。よし、俺気にしない。絶対に気にしない。後勘違いもしない」


ただ彼は背を向けるとぶつぶつとそんな事を呟き始め、それは私の様で少し心配になる。

自分に言い聞かせている時の私という事は、やっぱり何か嫌な事が有るんじゃないかな。

とは思う物のもし『私と一緒なのが嫌だ』と言われたらと思うと怖くて聞けない。


「取り敢えず甲冑外すか・・・ガチガチに装備したまま夕食に出る訳にもいかねえし」


彼は溜息を吐きつつ防具を外して部屋の端に置いて行く。

それを何となく眺めつつ鞄を置き、ふと夕食時にローブは脱いだ方が良いのかなと思った。

出来れば友達以外の居る場では、ローブは着て行きたいんだけど・・・。


「・・・リュナドさん、夕食の時、ローブ着て行かない方がいい、かな?」

「ん? あー・・・まあ、別に着て行っても良いんじゃないか?」


良かった、どうやら着て行って大丈夫みたいだ。とはいえそれまでずっと着てるのも暑い。

別に自分から外に出る予定も無いし、夕食までローブは脱いでいよう。

そう思いベッドの横に有ったポールハンガーに脱いだローブをかけておく。


「・・・リュナドさん、細いな」


ベッドに腰掛けリュナドさんを見ると、上半身の防具を全て外して中の服だけになっていた。

服は彼の体系に合わせた専用なのかぴっちりとした服で、腰の細さが凄く目立つ。


「・・・あ、でも、やっぱりがっちりしてる・・・やっぱり体型が違うな・・・」


腰は細いけど、だからといって体が細いという訳じゃない。

鍛えた上半身と下半身が有るからこそ、腰の細さが目立つんだろう。

あと多分だけど、彼は意図的に絞った筋肉にしている気がする。

なんて思いながらぼーっと見ていると、気が付いたらペタッと彼の背中を触っていた。


「うおえ!? え、なに? どうしたの!?」

「・・・ぁ、男の人の背中、じっと見る事無いから、珍しくて、その」


彼はびくっとしながら飛びのき、私も触ったのはほぼ無意識で混乱しつつ理由を口にする。

すると彼はきょとんとした顔をした後、何か納得した様に頷いて口を開いた。


「ああ、前に言ってた、錬金術師の興味、みたいなのか。びっくりした。こんな体、兵士なら珍しくも何ともないと思うぞ。俺は兵士の中では小さいから、ある意味珍しいかもしれないが」


そういえば前にそんな事を彼と話した気がする。確かに言われてみるとそうなのかもしれない。


「男の人の体、構造上は知ってるけど、近くでまじまじ見る事、ない、から・・・珍しい」

「あー・・・セレスの性格を考えれば、そうだろうな」

「だから、もう少し、触って、いい? 生きてる男性体に触る機会なんて、滅多にない、から」


彼に言われて興味を自覚すると、その興味のままに行動をしたくなって来た。

嫌なら諦めるしかないけど、出来れば触って確かめてみたい。

ちょっと緊張して声を硬くしつつ、上目遣いで彼に許可を求めた


「ぅ・・・ど、どうぞ・・・」


やった。許可を貰えたので遠慮なくペタペタと彼の体を触る。

服ごしでも解る確かな筋肉と、自分とは明らかに違う骨格が触って解るのが楽しい。


「・・・リュナドさん、力入れてる? 出来ればちょっと、抜いて欲しい」

「い、いや、そんな事、言われても」

「・・・だめ?」

「あ、はい、抜きます、今すぐ抜きます」


胸や腹筋を触っていると力が入っていたので、自然体を触りたくておずおずと頼んでみた。

彼は要望に応えて力を抜いてくれたので、柔らかくなった筋肉をプニプニと押してみる。

自分も鍛えているから解るけど、下手な脂肪よりもやっぱり筋肉の方が柔らかいな。

勿論柔らかい脂肪も、あれはあれで感触が気持ち良いのだけど。


「・・・直接触ったら、どうなんだろう」

「――――っ」


裾から手を差し込むと、私とは違いお腹と胸に毛の感触が有った。

胸板は当然私と違って広く、脂肪の薄いしっかりとした筋肉の感触が有る。

そのまま手を滑らせて背後に回し、男性の体の厚みを感じつつ鍛えた背筋を撫でる。


結果抱き着くような形になり、彼の胸に耳を押し当てているので心臓の鼓動が聞こえてきた。

少し早めの心臓の鼓動は心地よく、近づいたせいか彼の汗の匂いが強くなる。

何度も彼に縋りついた事が有るから嗅ぎなれた匂いだ。私は彼の匂いは嫌いじゃない。


そのままペタペタと上半身を触り倒し、後ろに回した手をすっと下に降ろしていく。

上半身は全部確認したので、次は下半身を――――――。


「ま、待った、ちょっと待った! 流石にそれはどうかと思う!!」


という所で彼に引きはがされ、完全にただ確かめる事に熱中していた意識が元に戻る。

今自分がやろうとしていた事に流石の私でも気が付き、慌ててワタワタと彼から離れた。


「――――ごめん、なさい」

「い、いや、良いんだ、解ってくれるなら、うん」


興味が有ったとはいえ、完全にそれしか頭に無かった。気まずくて顔が上げられない。

生きてる男性の体を触る機会なんて本当に無いから、あまりに熱中し過ぎていた。

・・・お尻の感触は締まっていて良い筋肉だったな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「生きてる男性体に触る機会なんて、滅多にない、から」


鋭い目で見上げられ、低い声音で目茶苦茶怖い事を言われた。

生きてる男性体にって事は、死んでるのは確かめた事が有るんだろう。発言がいちいち怖い。

明らかに断らせる気のない許可を求める言葉に逆らえなかったが、流石に下半身は拒否した。


「あー・・・びっくりした」


凄まじく自然に腰から手を下げて行ったから、反応が遅れてかなり焦った。

その時の謝罪は納得いってない声音だったけど、取り合えず止めてくれたので良しとする。

止めなかったら最終的にどんな目に合ったのだろう。

確認だけで済んだのだろうか、などと考えると怖くて堪らないので想像は避ける事にした。


ただそのせいで物凄く空気が悪い。彼女は俯いた状態で何か唸っている。

な、何か、何か空気を変える話題でもないのか。このままこの空気で同室とかきつい。


「そ、そういえば、あの領主も中々激しいよな。幾ら俺達への謝罪とはいえ、その場で部下を斬り捨てようとするとかさ」

「・・・あれ、当てる気、無かったと思う、よ?」

「・・・へ?」


何とか空気を変えようと無理やり出した話題だったが、錬金術師の返答は予想外な物だった。

思わず気の抜けた声を上げて彼女を見ると、ぽやっとしや表情で考える仕草をしている。

・・・さっきの睨み顔との落差が激しすぎる。本当にどっちがあんたなんだ。


「剣筋が、多分ギリギリ兵士に当たらずに、そのまま地面に落ちたと思う、あれ」

「・・・つまり、斬り殺す気はなかった、って事か?」

「だって、槍でしっかり防ぎに行ったのに、殆ど穂先の方で受け止める形になったし。多分手袋の力を使ってたからだろうけど、そうじゃなかったらそのまま横に流れて落ちたと思う」


つまり、最初から部下を切り殺すつもりは無く、だけど全力で振り下ろした。

それは何の為だ。叱責替わりに部下を脅す為か?

いや、それなら俺達に対し、あんな確認をした事に辻褄が合わない。


「――――まさか、確かめられた?」


俺達の反応と性格、そして能力を確かめられた。その可能性が大きい。

冷静に今考えるならば、俺が駆けつけるまでに多少の時間が有ったはずだ。

なのに態々俺が駆けつけてから見せつける様に語って、ゆっくりと剣を振り上げた。

まるで、割り込むのを、待っていたかのように。


「くっそ、やられた・・・」


解っていたはずなのに、あの豪快な雰囲気に騙された。やっぱ上に立つ人間だ。

噂を何処まで信じていいのか。実際の人となりはどうなのか。実際に使えるのか。

つまり『噂の精霊使い』性格を、あれだけの会話で確認され、その上で実力を確認された。


そして何より、俺と錬金術師の関係を、確認したんだろう。


「すまん、もしかしたら俺はあんたの足を引っ張ったかもしれない。もし俺が邪魔そうな時は・・・気にしないでやりたい様にやってくれて良い」


嫌だ。本当はそんな怖い事は言いたくない。平穏無事に生きてちゃんと帰りたい。

だけど彼女は今やあの街に必要な人間だ。俺の守りたい物の為にも必要な人間だ。

彼女が気にしなければ良いが、万が一俺の事を気にして面倒な事になるのは俺の本意じゃない。


「じゃ、邪魔なんて、思った事、ない。居ないと、嫌。もし危なかったら、絶対、守るから」

「――――っ」


だけど彼女は心底驚いた顔で、焦った口調でそんな事を言って来た。

ああもう、ほんとさぁ、どれが本当にあんたなんだよ。思わずうるっと来たじゃん。


「そう、か・・・ありがとう。その時は、頼む」

「う、うん! 任せて!」


さっきまでの低く怖い声とは違う、とても明るい声で花が咲いたように笑う錬金術師。

どれが彼女かなんて、やっぱり相変わらず全く解らない。

解らないけど、それでも彼女の事を信じようと、今は心から思えた。

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