第100話、意外な所でファンが出来始める錬金術師。

「ただいまー♪」

『『『『『キャー♪』』』』』


無意識に弾んだ声で帰宅を告げ、それにとても楽しそうに応える山精霊達。

ちょっとテンション高めの精霊達に、だけど今日は自分も同じぐらい高くて気にならない。

家精霊は普段通り態々家から出て迎えてくれて、それがいつも以上に嬉しくて駆け寄って行く。


「えへへー」


そのまま家精霊をギューッと抱きしめ、今の楽しい気分を全力で伝える。

そう、今の私はとても楽しい。自分でもびっくりするぐらいご機嫌だ。


「一人で、街に出て、怖くなかったんだ。ライナにも『頑張ったね』って褒めて貰えたよ」


街での出来事を事を報告し、口にする度に嬉しい気持ちが生まれる。

家精霊はそんな私にされるがままで、話を静かに聞きながら抱きしめ返してくれていた。


「ただ少し気になるのが、街の人達の反応、なんだよね。この仮面を付けて人の多さを我慢出来る様にはなったけど、それでも街道は端っこを歩いてたんだ」


この仮面はあくまで『私の感情を誤魔化している』だけで、私が本当に克服した訳じゃない。

だから余り調子に乗ると、一気に仮面の効力を超えて怖くなる可能性が有る。

なので道を歩く時は普段通り端を、人の邪魔になったり気にされない様にと気を付けていた。


「なんかね、皆私が歩き易い様に避けてくれたの・・・」


最初は気が付かなかったけど、暫く街道を歩いて少しだけ周りを見る余裕が出た。

その時に自分が歩く端を、それこそ正面を歩いていた人も大きく迂回している事に気が付いた。


「・・・それで、何でかなって思ったんだけど・・・もしかして私の人見知りと言うか、人が苦手と言うか・・・人が怖いのって街の皆は知ってるのかなって」


ライナの食堂は人気だし、リュナドさんは街で人気の兵士さんになっていると聞く。

マスターだってああいう仕事な以上は顔は広いだろう。

なのであの三人が色々言っていて、街の人達が気を利かしてくれたんじゃないだろうか。


「良い人達が多いのかもね、あの街は・・・」


リュナドさんが特別優しい人だと思ってたけど、そうじゃないのかもしれない。

あの街自体が全体的に優しい街というか、土地柄的にそういう人達が多いのかも。

今までは視線が怖くて、人が怖くて、全くそれに気が付く余裕が無かったけど。

よくよく考えると、初めて泊まった宿の女将さんも良くしてくれたっけ。


「・・・そう考えると、何時までも怖い、怖い、って避けるのは、失礼、なのかな」


それでも人と話すのは怖い。仮面を付ければ街を歩ける様になった今でもそこは変わらない。

勿論仮面を付けていれば、知らない人との会話も何とか出来ると思う。


だけどこの仮面は自分の性格を変える物じゃない。臆病で情けない私はそのままだ。

自分の言葉で、行動で、その結果で、相手が嫌がる事が怖いと考えない訳じゃない。

あくまで仮面は『人が怖い』という自分を誤魔化せるだけだ。その理由までは誤魔化せない。


「話しかけられる事は耐えられても、知らない人には声をかける勇気は無い。実は途中で不安になってたし・・・多分これは仮面じゃどうしようもないんだろうね。使っていて解るよ」


それでも人を恐れずに、人の目を恐れずに済むのは、本当は私が心から望んでいた事だ。

自分だってあのままじゃ良くないって解っていたし、出来ればどうにかしたかった。

だけどそれでもどうにも出来なくて、怖くて怖くて仕方なかったんだ。

だから嬉しいのは本当で、楽しいのも本当で、だけどほんの少しだけ情けなくはある。


「・・・世の中の普通の人は、こんな仮面、要らないのにね」


私はきっとおかしい。普通じゃない。真面じゃない。頭がおかしい。

・・・そう、解ってる。何度も言われた事だから、そんなの解ってる。

だって私には解らないもの。自分の何がおかしいのか。何でおかしいのか。全然解らない。


「あ、あはは、だめ、だね。あんまり考えこみ始めると、庭で仮面を付けても、怖くて体が震えて来るみたい」


いや違うか。これは前の考察通り、仮面では抑えられない種類の恐怖が出てるんだ。

だけど仮面で抑えている分の恐怖が無いから、この程度で済んでいるんだろう。


「駄目だなぁ。ちゃんと頑張るって、ライナに言ったのに、これじゃ叱られちゃ――――」


我ながら情けない気分で家精霊を抱きしめていると、するっと腕から抜け出されてしまった。

そして今度は頭を優しく抱えられ、とても優しく撫でられて心が落ち着いて行く。

今は考えなくて良いと、そう言って貰えている様で、体の力が抜けていった。


「ありがとう・・・」


優しい家精霊に素直に甘え、仮面を外してお腹部分にギューッと抱きついた。

何故か山精霊達が靴にギューッと張り付いていたけど、この子達も慰めれくれてるのかな?

それに気が付くと何だかおかしくて、もう仮面を外しているのに笑ってしまっていた。


「ん、そうだね。家は安全な安らげる所だもんね。ここでは怖くないよね。ありがとう」

『キャー』


外に出た時の事がどうあれ、この中でそれを怖がる必要は無い。そう思いながら考えよう。

それに街の人達は優しい人が多いんだって解ったし、その辺りも意識も変えなきゃ。

・・・でも流石にいきなり大勢は、ちょっと、無理だと思うけど。


「少しずつ、頑張って行こう。先ずはどうしようかな・・・あ、そうだ、家に変な人が来ない様に見張ってくれている兵隊さん達と、ちゃんと話せる様にを最初の目標にしようか」


まだそのまま話しかけに行くのはちょっと怖いけど、首飾りが有れば話せるんだし。

とはいえリュナドさんに気を抜いて話しかけられる様になったのも出会って大分後だったし、慣れるまで少し時間はかかるだろうけど。


「そうだ、差し入れとかどうかな」


彼等は交代ではあるけど、ずっとあそこで立ってて大変だと思う。主に暇で仕方ないと思う。

だって私の所に訪ねに来る人なんて滅多に居ないのに、ずっと立ってないといけないんだから。

そう思い家精霊に提案すると、ニコッと笑って頷いてくれた。


「良し、じゃあ何か作って持って行こう。何が良いかなー」


家精霊と手を繋ぎ、何を作るか考えながら台所に向かう。

山精霊達がおこぼれを貰おうと付いて来ているけど、残念ながらあげないよ?


・・・ちょっとだけだよ?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お疲れー・・・」


精霊兵隊に用意された部屋に入り、中にいる連中に声をかけた。

訓練後だったのか、今は新人が全員揃っている。とは言っても俺を含めて四人しか居ないけど

大分くたばってんな。それとは正反対に精霊達は楽しく元気に踊っているが。


「お疲・・・あれ、何でお前帰って来てんだ。錬金術師の家の見張りは?」

「おいおい、訓練のサボリは多少は見逃して貰えるけど、あっちのサボリは不味いぞ」

「そうだぞ、隊長が怖いぞ。あの人温厚だけど怒るとガチで怖いんだから」


俺は部屋でへたばっていた三人とは違い、錬金術師の家への通路の見張りからの帰りだ。

ただ本来見張りは俺達四人の仕事なので、四人ともこの部屋に集まっているのはおかしい。

だから彼らの反応は至極当然なんだが、俺だって別にサボった訳じゃない。


「先輩が交代だってよ。何か隊長と揉めて、暫く頭冷やす為に代われってよ」

「あー・・・そういえば今日は口論してたな」

「巻き込まれるの嫌で詳しく聞いてないけど、すげー怒鳴り合ってたぞ」

「あの二人、時々思い出したかの様に喧嘩するからなぁ。しかも凄く下らない内容で」


どうやら隊長と揉めたのは本当らしい。偶に在る事なので誰も余り気にしていないが。

あの二人は性格が真逆に近いので、どうにも反りが合ってない様に感じる。

とはいえ普段は隊長が適当に聞き流しているから、あんまり問題にはならないんだけど。


「そういえばその錬金術師の家の見張りだけどさ、思ったよりは気分良く仕事出来そうだよな」

「は、何突然。え、何お前、女に睨まれるのが好きなの?」

「・・・お前こそいきなり何言い出すんだ。んな訳ねえだろ」


今日あそこであった事を思い出しながらの言葉に、同僚が訳の解らない返しをして来た。

睨まれるのが好きって何だよ。そんな奴滅多に居る訳ねえだろ。

・・・今日錬金術師に差し入れを貰ったんだが、あれってもしかして俺だけなんだろうか。


「あー・・・もしかして差し入れ貰ったのか?」

「あ、お前も貰ったんだ。何貰った?」


まあそうだよな。別に俺だけじゃないか。普通に他の連中も貰ってるよな。

態々俺にくれるぐらいだし、俺だけに差し入れる理由とか無いよな。


「パイ。店で作ったものかと思うぐらい美味かった」

「俺はサンドイッチだったな。肉いっぱいの」

「俺は良く解らない初めて食べる物だった。何か中身スカスカなんだけどサクッとした感じの」

「え、待って何それ。どういう事だよ。俺知らない。何でお前らだけもてなしされてんの?」


・・・成程、さっきの言葉の理由が解った。こいつだけ差し入れとか貰ってないのか。


「タイミングの問題も有るんじゃないか?」

「そうそう、俺達だってつい最近の話だし」

「そのうちお前の所にも来るだろ」

「えー・・・マジで? 俺彼女に睨まれた覚えしかないんだけど・・・」

「「「・・・お前錬金術師に何したの?」」」

「何もしてねえよ! 真面目にちゃんとあそこで立って警戒してたよ!」


まあ冗談だ。本当にただのタイミングの問題だろう。

だって本当に機嫌を損ねているなら今頃死んでいると思うし。

・・・というのが当たり前に感じていた、怖い怖い錬金術師殿のイメージだったんだが。


「正直さ、実際に会って話すと、イメージ違うよな、彼女」

「ああ、解る解る。俺もっとおどろおどろしくて危ない奴想像してたもん」

「実際街に来た当初は、先輩達がそういう態度で話かけられてたらしいな。けど俺達はその場を見てないからなぁ」

「いやだから、俺は睨まれた事しかないんだって。俺に同意を求めるな」


俺達の中で共通している認識は、多分他の兵士や街の人間とは違うものになっていると思う。

隊長から聞いていた話や今迄の噂話からのイメージが完全にひっくり返っている。

勿論それはここ数日の出来事で、それが彼女の本質じゃない可能性だって大きいけど。


「・・・君らは何か知らないの? あの人の差し入れの理由とか」

『キャー』


うん、知ってた。こういう時たいてい応えてくれないよな、君ら。

応える気が無いのに取り敢えず適当に鳴くのは止めてくれ。反応に困るから。


「まあ良いか。俺としては錬金術師殿が俺達を使い捨てみたいに思ってないなら良いや」

「使い捨てって・・・別に俺達は彼女の部下って訳じゃないだろ」

「隊長がいっつも遠出の時はついて行ってんだぜ。いつ使われる時が来るか解らないだろ」

「そうそう、精霊兵隊なんて大層な名前だけど、実際精霊を従えてるのは俺達じゃないんだし」


隊長は特別だと思うけどな。俺達が言ってもダメでも、隊長の言う事なら聞くし。

更に言えば隊長の文句を言った奴は、精霊にぶちのめされる。明らかに他と扱いが違う。

ただ何故か先輩だけは対象外なんだよな。しょっちゅう文句言ってるはずなのに。


「でもまあ、あの笑顔は少し守りたくなるよな」

「うん、可愛い。つーかお茶とお菓子が美味かった」

「茶菓子とか別に良いや、俺。美人がにこやかに話しかけてくれるならそれで良いわ」

「だから俺は睨まれた事しかないんだって! 何で俺だけ!」


こいつ本当に嫌われてんのかな。いやでもそれなら精霊が攻撃しそうだし、無いよな。

因みにこの事を隊長に報告したら、物凄く渋い顔で『あいつが機嫌良い間は良いが、あんまり調子には乗るなよ。後が怖いから』と言っていた。


実際酒場での一件を知っているだけに、一応少し線を引いてはいる。

幾ら普段が穏やかでも、あの一件を起こした人物であり、精霊を倒せる人間なのは確かなんだ。

調子に乗って下手に手を出して木っ端みじんに吹き飛ばされる、なんてのは勘弁願いたい。


「ただ、なぁ・・・あのほんわかした笑顔には、どうにも警戒を持ち難いよな」


これが騙されているというのであれば、俺達は既に策に嵌まっているのかもしれない。

とはいえむしろ嵌まっておいた方が良いんじゃないかと思うんだ。だってどうせ勝てないし。


ただ、あの仮面だけは無いと思う。あれは止めて欲しい。夜中とかすげー不気味だから。

あれのせいで街では評判悪くなってるのが、なんともモヤっとするものが有る。

・・・彼女には深い考えが有るんだろうけど、こう、何か納得いかないよなぁ。

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