第101話、自ら挨拶を頑張る錬金術師。

「それじゃあ行って来るね」

『『『『『キャー』』』』』


家精霊と山精霊に出発を告げて荷車に乗り、リュナドさんも乗ったのを確認して荷車を飛ばす。

殆どの山より高くなった所で横移動を始め、地図の確認はリュナドさんに任せて進む。


「こっち?」

「ああ、そのまままっすぐで良い。もしズレている様ならその時は伝える」


彼の誘導通りに荷車を飛ばし、今回の目的地に向かう。

目的の場所は少し遠く、三つか四つ程離れた領地の街らしい。

そこで大規模な野盗狩りをやるという話が有って、そこに参加する形になっている。


・・・なのでまた日帰りは無理そうなので、家精霊には謝っておいた。


詳しい話をまた現地で聞かされるらしいけど、どうやら相手は傭兵崩れらしい。

最近は近隣で戦争の類も無く、仕事が全くとれずに野盗に身を崩したという話だ。

元傭兵なら実力も有るだろうし、護衛でも何でも出来ると思うんだけどな。


「実力が無いから野盗になるんだ。傭兵でやってける連中は未だに傭兵やってるよ。それこそ別の国にでも行ってな。身を持ち崩すような傭兵共なんざ、戦時に何やってたか解んねえ連中だ」


何で野盗になんかという私の疑問に対し、リュナドさんはそう言っていた。

その時の彼の眼は明らかに怒りが見えていて、ちょっと怖くてそれ以上の事は聞いていない。

別に聞く必要も無い。過去はどうあれ今は野盗だ。なら私がやる事は変わらない。


「何か、今迄と違って少しゆっくり飛んでるな」

「ぁ、幌を付けてるから風の抵抗が有るし、外れるかもしれないから・・・速度上げる?」

「ああ、成程。いやすまん、文句とかじゃなくてただの疑問だったんだ。前は速かったからさ。むしろ俺としてはこれぐらいの方が怖くなくて助かる」

「ん・・・じゃあこのままの速度を維持していくね」


速度を犠牲にはしているけれど、幌が有る方が便利だから付けっぱなしにしている。

操作を精霊に任せれば雨の日でも中に引っ込んで快適に移動が出来るし。

熱が少し逃げ難いのだけが難点かな。暑くなってくる前に対策を考えておこう。


『キャー♪』

『キャー!』

『キャー?』

『キャー・・・』


精霊達は暇だったのか、何時かの様に何か演劇の様な物を始めた。

相変わらず何を言っているのか解らないけど、観客役はとても楽しそうだ。

今日は活劇なのか、小さな剣で打ち合う精霊達の姿が在った。


「あ、あれ?」

「ん、どうした?」

「あ、その・・・今この子達、小道具を何処から出したのかなって・・・服とか剣とか・・・」


ついさっきまで皆手ぶらだったし、隠す様な所も無かったはずだ。

なのに気が付くとマントを羽織ってる甲冑の子や、魔法使いみたいな姿になってる子もいる。

というかその恰好アスバちゃんだよね。


「え、こいつらはこういう事が出来るものだと、俺はそう思ってたんだけど・・・だってほら、前にちょっと融合した時も、服は自力で作ってたし。精霊の力ってやつじゃないのか?」

「そう・・・なの・・・かな?」


確かに石仮面の素材の石を作れる精霊達だし、これぐらい出来る気もする。

それに精霊達は服を元々着ていたのだし、衣服の変更は自由自在でもおかしくないとは思う。

だとしてもその武器はどうなんだろう。ただ形だけ作った物なんだろうか。


「ね、ねえ、邪魔して悪いんだけど、その剣、一つ貸してくれないかな」

『キャー』


劇に割り込んだにも関わらず、精霊は快く小さな剣を手渡してくれた。

小人サイズの可愛らしいそれを手に乗せると、剣からは強い魔力を感じ取れる。

感触は固く金属っぽいけど、ただ何か、こう、持っていて違和感が有る様な・・・。


「・・・これ、もしかして金属とは違う?」

『キャー』

「あ、成程、そういう事なんだ・・・ありがとう、返すね」


何とも不思議な話だけど、あの剣は精霊の体の一部を剣の形にした物らしい。

つまりあの服装変更も『自分の体を変化させた』という事なんだろう。

だから剣のようであって剣じゃない。ただそれっぽい形にしただけだそうだ。


「多分腕を発生させた時と同じ、なのかな?」


という事は、精霊達がイメージできるなら何でも形は取り繕えるという事かも。

いや、もしかしたら、最近までは出来なかったのかもしれない。

だって服装の変更はともかく、剣や甲冑を出したのを見るのは今日が初めてだし。


もしかしたら精霊達は環境の変化によって、何かしらの進化か成長をしているのかも。

今なら巨大な状態で戦えば、前と違って様々な攻撃を仕掛けてきそうに感じる。


「・・・成長する精霊か。不思議な精霊だと思ってたけど、何処までも不思議な子達だ。今戦ったら手持ちの道具じゃ勝てるかどうか、ちょっと怪しいかも」


以前のままなら手札を知られていても勝つ自信は有った。

だけど今のこの子達の全力を想像すると、少しばかり危機感が湧いて来る。


『キャー』

「え・・・う、うん・・・あり、がと?」


何故か唐突に頭の上の子に『僕は主が好きだよ』と、そんな事を言われてしまった。

ただ私としては好かれる様な事をした覚えが無いので疑問が残る。

だって初対面では魔法で吹き飛ばして、家では色々とこき使っているはず。

私達は力による主従な訳で、私が精霊達より弱くなれば反逆してくる関係だと思う。


『『『『『キャー!』』』』』

『キャー』


え、なに、急に頭の上の子とそれ以外の精霊とで何か喧嘩が始まった。

何かキャーキャーと文句を言い合っているけど、状況がサッパリ掴めない。

リュナドさんと顔を見合わせるも、彼も良く解らないらしく困惑した顔をしている。


『『『『『キャー!』』』』』

「え? いや、うん? そんな事言われても状況が全く解らん。困る」


だけど今度はリュナドさんに文句を言う様に鳴き始める精霊達。

ただいつも頭の上に乗っている子は「ふふん」とでも言うかのように笑っていた。


「リュナドさん、その子達なんて言ってるの?」

「いや、俺がそいつより役に立ってる事をもっと言ってやれ、的な、何かそんな事を言われた」

「ふぇ? よ、良く解らないけど・・・リュナドさんが居るおかげで、凄く、助かってるよ? 役に立ってる、とかじゃなくて、いつも助けて貰ってると、思ってる。いつもありがとうって、そう、思ってる、よ?」


彼の助けが有ったおかげで、今まで仮面が無くても何とかやって来れた事は多い。

だから彼が役に立ってるとかじゃなくて、いっつも助けて貰ってるっていうのが絶対正しい。

そう思いながら何時もの感謝を胸に伝えると、自然と顔は笑顔になっていた。


「――――っ、そ、そうか」

『『『『『キャー』』』』』

『キャー・・・!』


リュナドさんは視線を逸らしてしまい、変な事を言ったのかと少し不安になる。

だけど確認をする暇なく精霊達がご機嫌に声を上げ、頭の上の子だけが悔しそうに鳴いている。

ただそれで決着がついたのか、頭の上の子は拗ねた様に荷車の端っこに行ってしまった。


「・・・結局何だったんだ、今のは」

「・・・さあ、何だったんだろう・・・この子達気分屋だから、良く解らない事多くて・・・」


多分暫くすれば仲直りはするだろう。何時までも喧嘩しっぱなしって所は見た事無いし。

まあ良いか。よく考えたら普段言いそびれている感謝を言えた訳だし。


「・・・あ、リュナドさん、あの街、かな?」


何だかんだと色々話しているうちに、大きな街が見えて来たので速度を落とした。

リュナドさんは地図を確認しながら周囲の地形を確認しているので大人しく待つ。

私も地図確認してるから多分合ってると思うけど、再確認は大事だよね。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ここ、だな。直線でこの速度を維持できると、半日かからずここまでこれるのか。今更だけど空を飛べるって本当に楽だな」

「ぅん、持ってる中では一番便利だと思う道具、かな」


・・・そうだな、だからこそこれを欲しいって思う連中も多いんだが

錬金術師に直接依頼をしようとしている連中は、この手の道具を欲しがっている。

特に錬金術師が使ってる魔法石だ。あれの危険性も理解せずに欲しがってる連中が多い。


「ま、その辺りの話はまた今度にするとして・・・あそこの大きな屋敷、見えるか?」

「えっと・・・うん」

「そこが領主の屋敷だから、その庭に降りてくれて。あ、ゆっくりで頼む」

「ぅん、じゃあ、行くね」


素直に頷き荷車を飛ばす錬金術師を見ていると、どうにも調子が狂う。

さっきもそうだ。やけに明るく笑顔を向けられ、今までとの違いに対応できない。

別に今までの方が良かったって訳じゃないが、可愛らしい柔らかい笑顔と、今までの彼女の行動が頭の中で合致しない。凄く困る。


「ぁ、人が、多い、仮面」


領主の屋敷の上空に着くと、見慣れない荷車に気が付いた兵士達が集まっていた。

そもそも荷車が空を飛ぶという事態がおかしい、という認識が一瞬抜け落ちている事実に驚く。

色々麻痺してるなぁと思いながら、錬金術師が仮面を付けて荷車を地面に降ろすのを待つ。


・・・やっぱり石仮面付けるんだな。

人嫌いを誤魔化す為の道具らしいけど、逆に人が遠のくと思うんだが。

いや、ある意味それは効果が有ると言って良いのか。彼女は人に近寄りたくないんだし。


「待っていたぞ、錬金術師殿に精霊使い殿! それと精霊殿も! 領主として歓迎する!」

「―――っ」


ただ荷車が地面に降り立った瞬間聞こえてきた声に、彼女は解りやすく警戒を見せた。

相手は甲冑を身に纏った筋骨隆々という様子の男性で、いい笑顔で俺達を歓迎している。


彼がここの領主。ただ領地経営だけをする身ではなく、戦闘職でもある貴族だ。

だから職業柄なのか、彼の立ち振る舞いは常に武器を抜ける様に動いている。

多分錬金術師も気が付いているんだろう。彼は俺達相手にも何時でも抜く気だと。


「ふふっ、面白い。手合わせなら望む所・・・と言いたいが、残念ながら正式な訓練と戦争以外で自由に武器を抜けん身でね。楽しそうではあるが、ここでは我慢して頂こう。でなければ色々と面倒な事になるぞ、お互いにな」


だから当然、臨戦態勢になっている錬金術師にも向こうは気がつく。

つーか何となく解るけど、この人強そう。普通にやって勝てる気がしない。

そもそも体格がなぁ・・・俺って体が小さいからその辺りはどうしようもねえんだよなぁ。


「・・・っ、私は、セレス。錬金術師をやっている・・・宜しく」


錬金術師は珍しく自分で名前を名乗ったと思ったら、目茶苦茶低くて怖い声だった。

あの、人嫌い本当に誤魔化せてるんですかね、その仮面。今まで以上に怖いんだけど。


「ああ、セレス殿。こちらこそ宜しく頼もう。私相手には貴族だなんだのとは気にせずとも良いぞ。机の上での話しか出来ん連中は面倒で困るからな。とはいえ連中では、君の殺気にすら気が付けんだろうがな。はっはっは!」


何なのあんた達。バトルマニアなの? 何でそんなに殺気飛ばし合ってんの?

あ、いかん、俺も名乗らなきゃ。訳の解らん情況に呆けてた。


「お初にお目にかかります、領主殿。私の名はリュナド。精霊兵隊の隊長を務めております」

「ああ、君の事も噂に聞いているよ。君とも時間が有れば手合わせをしたいものだが・・・君は実力を隠すのが得意な部類の人物かな? 前に出る錬金術師と後ろに下がる兵士とは、なかなか面白い組み合わせだ。いや、実戦となればきっと君は魅せてくれるのだろうな」


・・・まって、何故か俺が変な期待されてるんだが。止めてくれませんかそういうの。


「とはいえこのまま立ち話も何だろう。茶ぐらいは出すので腰を落ち着けて話すとしよう。荷車は好きな所に置いておくと良い。屋敷の傍でもどこでも構わん」

「はっ、お言葉に甘えさせて頂きます」

「ふむ・・・堅苦しいな。他の地では領主相手でも強気だったと聞くぞ?」

「あの時は領主代行、という立場でしたので・・・」


今回は単純に一兵士として来てるから、領主相手に偉そうな態度はとれない。

とはいえそれなりの立場という扱いだから、下っ端兵士みたいな扱いにはならないけど。


「ふっ、まあよかろう。私は先に屋敷に戻っているから、使用人に案内して貰ってくれ」


はっはっは、と何がそんなに楽しいのか大笑いしながら屋敷に向かう領主。

なんつーか、一見付き合い易そうで、ものすげー付き合い難そうな人な気がする・・・。

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