第99話、仮面の理由に至る錬金術師。
取り敢えず岩を半分に割り、その割った半分を更に割り、適度な大きさにして腕輪を作った。
と言ってもある程度細かくした物をやすりで削って丸め、それに穴をあけて紐を通しただけ。
次にその際に使った分からそこそこ大きめの物を平らに削り、端をに紐を通して首に下げられるようにした。
細かい細工等は何もしていない。これが効果が有る様なら後でやっても良いかな。
「先ずは腕輪の効果から確かめて来ようかな・・・」
紐を腕に結んで落ちない事を確認し、庭から街道へと向かう通路に出る。
すると出てすぐは良かったんだけど、街道が見えた所で駄目だった。
正確には看板の所に立つ兵士さんの背中が見えた瞬間、足が前に進まなくなったのだけど。
「あ、あう・・・小さすぎたのかな・・・」
腕に巻いている分は大分細かくしたのを繋げているので、効果が弱かったのかもしれない。
通路に入ってすぐは平気だったから、多分効果が無い訳では無いと思う。
なら少し大きめの石を使った首飾りならと付けて行くと、今度は兵士さんの傍まで行けた。
横を通るとかじゃなく、ちゃんとその人の傍に寄って行こうと、そう思えた。
「こ、こんにちは」
傍に寄って行けたのが嬉しくて、せっかくなので挨拶をちゃんとしておこうと声をかける。
そんな風に考えられるのも、多分石の効果が出ているんじゃないだろうか。
何時もなら多分話しかける事に・・・いや違う、その後の事が怖くて話しかけられない。
「え? あ、は、はい、こんにち、は、錬金術師殿・・・え?」
だけど彼は戸惑った様子を見せたので、何か変な風に挨拶をしたかと不安になってしまった。
どうやらこの道具の感情緩和は、私の『人に会うのが怖い』という気持ちの一部分だけらしい。
自分の行動の対応に関する不安などの気持ちには余り強くは作用しない様だ。
それでも今すぐ逃げ出したいと思わないだけ、大分役に立ってはいる気がする。
「ぁ・・・私、なにか、変な事言った?」
「い、いえ、変な事は何も!」
「そう、よかっ――――」
ほっとして笑顔で返そうとして、それ以上は口に出来なかった。
視線が、沢山の視線が、街道から私に向いている。それが、怖くて。
何故か街道を歩む人達が足を止め、私達を見つめていた。
「――――っ」
思わずその場を後ずさり、次の瞬間には全速力で家に戻っていた。
「ひ、人が・・・多いと・・・この大きさじゃ・・・駄目なんだ・・・!」
いや、多分それだけが理由じゃない気もする。
街道に立つ兵士さんは一応は顔を合わせた事のある人だ。
更にはリュナドさんの知り合い、部下という事で多少の安心感も有るんだと思う。
彼との会話には『全く知らない人』という部分の恐怖が小さいんだ。
単純に人数だけの問題じゃなく、自分の心の負担の種類と大きさにも影響が有るのか。
つま心の負荷を誤魔化す事が出来れば出来る程、小型化も出来るという事だと思う。
「心の負担、か・・・さっきフード被ってなかったら、余計に怖かったんだろうな・・・あっ、そうか、何時もフード被ってるし、顔を隠して―――――」
――――今閃いた気がする。そうだ、顔を隠せば良いんだ。そうすれば小型でも使える。
つまり石自体を顔を隠す道具に加工すれば、持ち運び可能な大きさに出来るんだ。
「・・・そうだ、後は力の向きに指向性・・・いや、閉じ込められないかな」
今のこの石の効果は、全方位に力を垂れ流している様な物だ。
それにこれは私には良い効果であっても、他の人には悪影響が有るかもしれない。
実際山の岩は私も結界石が無ければ近づく事すら厳しかった訳だし。
効果を上げる為と周りに迷惑をかけない為に、効果を限定範囲内に収めた方が良いよね。
「制御系の魔法石をはめ込んで交換出来るようにして、効果を自分の体の周囲限定になる様に指向性を持たせて・・・そうなると意志に反映される頭に近い仮面は尚の事良い気がして来た」
これが普通の重たい石なら問題だけど、軽いから長時間付けてても首が辛くはないだろう。
そうだ、せっかく人前に出るんだし、ちゃんと顔の形にした方が良いかな。
なら笑顔が良いよね。うん、その方がきっと見てる人も気分が良いだろうし。
「出来たらライナに見せに行けると良いなぁ」
よし、街の食堂まで歩いて行ける様に、を目標にしよう。
前もフードで顔を隠していたら何とか行けたんだし、仮面にすればきっと行けるよね。
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「いらっしゃ――――」
調理場からも聞こえる元気のいい従業員の挨拶が、途中で止まったのが耳に入る。
何か有ったのかしらと意識を向けると、店内の様子がおかしい事にはすぐに気が付いた。
静かになったのが店員だけではなく、客の声も急に静かになって聞こえて来ない。
「ごめん、ちょっと見て来る。ここ任せるね」
調理場を他の従業員に任せてホールに向かうと、原因はすぐに解った。
店の入り口に見覚えの有るフード姿と、その後ろに見覚えの有る男性と精霊達。
ただしそのフードの人物が、明らかに不審者過ぎる。おかしな仮面をつけている。
「・・・セレス、よね、あれ・・・何、あの、仮面・・・」
造形自体は鼻筋の通った美人な顔に見えるのだけど、それが余計に無機質さを感じさせる。
種類としては社交界の貴族がしてそうな張り付いた笑み、かもしれない。行った事無いけど。
額部分についている宝石のような石が、仮面に更なる異質感を出させている様な気もする。
総合して不気味だ。フードで仮面の不気味な人物。それがぱっと見で感じる印象。
あんな人物が来店すれば、そりゃあ挨拶も途中で止まるわよね。
と言うか店の中の時間が止まった様に、全員が見事に固まっている。私も正直固まりたい。
「・・・あの、セ、セレス、よね?」
「あ、ら、ライナ。う、うん、そうだよ?」
近づいて声をかけると、心底不思議そうに首を傾げられた。不思議なのはこっちよ。
どういう事なのかとリュナドさんに目を向けるも、彼は慌てて首を横に振った。
まあ彼も困惑した顔で立っているし、偶然会ったとかなのかしら。
「と、取り敢えず、奥に来て、二人共」
店を従業員に任せ、二人を店の奥へ連れて行く。
二人を座らせたらお茶を用意して、自分の心と考えを落ち着ける為にお茶を飲む。
来客の為に入れたお茶じゃないのは申し訳ないけど、今のままだと混乱して話が出来ない。
お茶を飲みつつセレスを観察すると、彼女は仮面を少し上にずらして口だけ出して飲んでいる。
口だけだして・・・という事は口元以外は隠しているという事。まさか――――。
「セレス、もしかして顔を怪我してるとか、そういう事で仮面をつけてるの?」
「え? う、ううん、怪我は、してない、よ?」
「あ、そう、なの・・・」
じゃあ何でそんな変な仮面をして、態々人の多い昼過ぎ頃にやって来たのかしら。
なんて、考えるまでも無いか。隠しているんじゃないなら、考え付くのは一つだけね。
だってさっきのセレスの態度は、私が知るセレスとはかけ離れていたもの。
あれだけの人の目に晒されていたのに、彼女は隠れも逃げもしなかった。
そしてその態度で仮面をつけて現れた、となると繋げて考えない方が苦しいと思うわ。
「・・・なら、その仮面で人が苦手なのをどうにかしている、って所?」
「う、うん、そうだよ。今から説明しようと思ってたんだけど・・・凄いね、ライナ・・・!」
いや、貴女の性格を知っていれば、多分簡単に気が付けるわよ。
まあ隣の彼の様に、セレスの性格を理解しきれてないなら別でしょうけど。
今の説明を聞いてもリュナドさんは小難しい顔をしている訳だし。
「これが有れば、お昼に街にも来れるし、知らない人とのお仕事も多分大丈夫だと思う」
「・・・そう」
幼馴染が自分の一番の欠点を克服している事が、全然嬉しくないのはどうしたら良いのかしら。
いや、解ってるの。解ってるのよ原因は。これだと一番肝心の部分が解決出来ないもの。
だって今のセレスは表情が全然解らなくて、びっくりするぐらい不気味に見えるんだから。
明るく喋っているのが逆に悪印象になるぐらい、仮面の笑顔が胡散臭い。
せめて目が「笑っている」と解れば良いんだけど、目の部分も大きく開いていないのよね。
「ねえセレス、その、それは、その仮面じゃないと、駄目だったの?」
「ほ、他にも作ってみたんだけど、効果が薄くて・・・これが一番効果があったんだ。というか、多分この仮面が一番自分に合う、が正しいかな。だからこれが完成品」
そっかぁ・・・そっかぁ・・・どうしよう、頭を抱えたい。
笑顔の仮面を付けたフードの人物っていうのが余りに不審者過ぎる。
「こ、これで、何時でもライナに会いに来れるし、お仕事でもリュナドさんに任せっきりにならない、と思うんだ。ちゃ、ちゃんと頑張るから、うん。頑張れるよ」
「そ、そうね・・・頑張ろうとして、るのよね・・・なのよね・・」
セレスなりの頑張りと言うか、前向きな姿勢なのが解るだけに指摘し難い。
そもそも人にもう少し関わる事を頑張る様にっていうのは、私が言っていた事だもの。
・・・でも何でこの子はこう、斜め上な事ばかりするのかしら。頭痛い。
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