第97話、予想外の事態に慌てる錬金術師。

ポカポカと暖かい日がさす昼下がり、特に何をやるでもなく庭で日向ぼっこをしていた。

やる事もやらなきゃいけない事もまだあるけど、最近少し頑張り過ぎな気がする。


人に出会う様な事は殆どしてないけれど、家で一日のんびりという日は少なかった。

リュナドさんと一緒、というのも有って柄にもなくはしゃいでいたのかもしれない。

ただその彼に現状の道具で十分と言われ、何だか少しだけ気が抜けてしまった。


自分の中では少し心許ないのだけど、彼がそう言うならきっと大丈夫なんだろう。

一応壊された分も作り直したし、なら少しの間引き籠るぐらいは許されるよね。

なんて誰にするでもない言い訳を考えつつ、庭で山精霊に囲まれながらぼーっとしている。

とはいえ別に材料を探すのを諦めた訳じゃない。ただ今はのんびりしようと思っただけだ。


「はぁ・・・気持ちいい・・・このまま庭で寝ようかな・・・」


庭の芝生の上にゴロンと転がり、そのままゴロゴロと横に転がる。

何故か山精霊達も一緒になって転がっていて、キャーキャーと楽しそうだ。

この子達は何でも楽しむなぁ。怒られてる時以外は本当に何時も楽しそうだ。


「君達は楽しむ天才だよね」


怒られている時以外は、この子達が楽しそうじゃない様子を見かけた事が殆ど無い。

そんな事を想いながらポーッと転がっていると、家精霊がタオルケットをお腹にかけてくれた。


「ありがとう」


礼を言ったらそのまま引き寄せてギューッと抱きしめ、頭を撫でながら目を瞑る。

家精霊は私の胸にすり寄りされるがままになっていて、そして私はそれが心地良く感じる。

抱きしめているのは私のはずなのに、暖かい何かに包まれている様な感覚。


「ふぁ・・・ねむ・・・おやすみ・・・」


襲って来た眠気、というよりも自ら迎えた眠気に従い、ゆっくりと意識を落とす。

ただその眠りは深い物ではなく、浅いぼんやりとした眠り。

指先までぼやーっと感覚が歪むような、自分の体があやふやになる感覚を楽しみながら。


「んみゅ・・・?」


だけどその眠りは一際大きくなった山精霊の声でゆっくりと覚醒していく。

音源に目を向けると、芝生をゆっくりと歩いて向かって来るリュナドさんの姿が在った。


「えーと・・・おはよう?」

「うみゅ・・・おあよう・・・えへー・・・」


まだ少し頭が寝ている自覚をしつつも、転がって寝ぼけた頭のまま彼に挨拶を返す。

何だかそれが心地良くて、にへーっとだらしない笑みを向けてしまう。


「や、やけにご機嫌だな。何か良い事でも有ったのか?」

「んー・・・? お昼寝、気持ち良いよー・・・」

「あ、寝ぼけてるのか、これ」


寝ぼけていると言われれば寝ぼけているけど、正確には寝ぼけているとは少し違う。

今の私は意図的に睡眠に近い状態の頭で話しているというのが多分正しい。

半覚醒状態って凄く気持ち良い。それが許されるお友達相手だからなのもあるけど。


「リュナドさんも、一緒にお昼寝、する・・・?」

「あー・・・魅力的な提案だが、この後やらないといけない事が有るんだよ」

「そっかー・・・残念ー・・・」


彼と一緒に芝生で転がってのお昼寝も、きっと気持ち良かったと思う。

家に泊まって行くか少し転がっていれば、彼の疲れも取れると思うんだけどな。

彼は良く「疲れたー」って言ってるけど、彼なら家精霊の力が効くはずだ。


「今日ここに来たのはこの後の事と無関係じゃないんだけど・・・今話して覚えてられるか?」

「あー・・・大丈夫だよ・・・今ぼーっとしてるのわざとだから、頭は動いてるー・・・」


意図的に体の感覚を鈍いままにして、頭の働きも意図的に鈍らせている。

ただそれは受け答えや感覚に対する物だけで、思考の部分はしっかり起きている。

でなければそもそも会話が成立する事は多分ない。もっと支離滅裂な受け答えになっている。


「器用な事するな・・・まあ、そう言うなら報告するんだが、野盗退治の日程が幾つか決まった。詳しい日程は書類を作っておいた。後で見ておいてくれ」

「んー・・・解ったー・・・ありがとー・・・」


彼がしゃがんで差し出す書類を受け取り、にこーっと笑顔を返す。


「っ、あ、のさ。寝ぼけてる、だけなんだよな、今。酒とか飲んでないよな?」

「んー、うんー・・・飲んでないよー?」

「そうか・・・いや、本当に、やけにご機嫌そうだから、さ」

「ふえ? だって、気持ち良いし・・・リュナドさんだし・・・」


えへへーと笑いながら、書類を差し出したままの彼の手を取る。

ごつごつしてるなー。ちゃんと訓練をしている手で、男の人の手だ。

自分も戦闘訓練をしているから可愛い手ではないけど、やっぱり比べると違うなー。


「え? い、いや、俺って、なにが? え、これどういう状況?」

「んー? 何って何がー?」

「い、いや、俺って・・・そうだな、良い機会か。俺はセレスにとって、何なんだ?」

「んー、何って、お友達だよー・・・大事な、お友達ー・・・」

「―――――そうか。そう、思われていたのか」


何でそんな事を聞くんだろう。何で顔を伏せ・・・え、本当に何で顔伏せるの。

リュナドさんの反応が何かおかしい気がして、跳ねきる様に身を起こす。

頭はもう完全に起きているし、体の感覚も完全に戻してしまった。


「・・・ぁ、わ、私、何か変な事、言った?」

「あ、い、いや、そういう訳じゃないんだ。うん、すまん。セレスは悪くないよ。どちらかと言えば、悪いのは俺かな。だから気にしなくて良い」

「・・・そ、そっか、よかった」


彼は俯いたままではあったけど、返事を聞けて胸をなでおろす。

良かった、何か変な事でも言ったか行ったかと思った。

・・・思い返してみれば確かに何も変な事は言ってないよね。うん、言ってないはず。


「悪いな、最近忙しくてさ。ちょっと疲れて頭が回って無いみたいだ。今日はやる事が有るし、詳しい話はまた後日にしに来るよ。その日までに書類に目を通しておいてくれると助かる」

「う、うん、解った」


頷き返すと彼は疲れた顔で立ち上がり、街道へと向かっていく。

その後ろ姿を見つめていると、また少し頭がぼーっとして来た。


「ああ、そうだ、その・・・嫌だとは思うんだが、今回は足並み揃える必要が有るから、何時もみたいに全部俺が対応って訳にも行かないと思う。何せ人が多いからな。じゃあ、またな」


・・・え、なに、それ。ちょっと待って。リュナドさんずっと一緒に居てくれないの?

慌てて問いかけようとしたけど、驚きで声が掠れて彼には届かなかった。

そのまま草むらに消えて行く彼を愕然とした顔で見送り、想像で体が震えて来る。


「ど、どうしよう、ひ、ひといっぱい、相手とか、わ、私には無理だよう」


家精霊に抱きついて顔を埋め、頭を撫でられながら何とか心を落ち着けようとする。


「・・・うう、今からやっぱり行かないって言おうかな・・・だけど、仕事を放棄したらライナに怒られちゃう。リュナドさんにも迷惑が掛かるよね、きっと・・・どうしよう」


半分パニック状態で、グルグルと纏まらない頭を回す。何か解決策は無いかと。

そしてふと、とある方法を前に考えていた事を思い出した。


「精霊達、山に在ったあの岩って、別の魔法も付けられるの?」

『キャー』


後回しにしていたそれを確かめようと、いつも頭の上に居る山精霊に問いかける。

精霊の返事は『出来るよ』という、今の絶望の気分を覆す希望の言葉だった。


山精霊の作った、人の意志に干渉する魔法。気が付かなければ違和感を持てない魔法。

あの魔法は魔法でありながら現実に顕現した岩でもあり、特殊な『素材』に成りうる。

普通の人間が魔法で作ったものは、それ自体は中身がスカスカなゴミにしかならない。

だけど精霊の作った岩は違う。あれは岩自体が力となっている。特殊な魔法だ。


「な、なら、人を怖くないって思う様に、作れないかな。出来るなら、私の頭ぐらいの大きさで良いから、一つ作って欲しい。お願い」

『キャー』

「あ、ありがとう」


良かった引き受けてくれた。

初めて使う素材になるから上手く行くかは解らないけど、希望が見えて来た。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


それは何時かの様に、稀に現れる愚か者だと、そう思った。

だから愚か者には愚か者らしい罠を張り、だけど引っかからなかった。


――――だってその愚か者は、愚か者じゃなかったのだから。


あれは一つの化け物。精霊を超える何か。人間の形をした何か。

精霊相手に敬意は無く、恐怖は無く、害意も無い。有るのは少しの興味程度。

ただひたすらに僕達を『そこに在るもの』としか見ていない感情の無い目。


僕達を何の躊躇もなく、戸惑いも無く、気にもせず倒した何か。

そんな僕達の、怖くて強くて恐ろしい主人の、愛すべき主人の願いだ。

命令じゃない。指示じゃない。お願いだ。


「全員聞いたな。主人の願いを。やるぞ」


僕を『新しくしてくれた』主人の為に、僕達を『神性』にしてくれた主人の為に。

群体で、個体で、纏まっていて、纏まりがなくて、だけど僕達は僕だ。

僕は皆、主人に感謝している。主人は僕達に何も思ってないけど、僕達は主人を想っている。


「この街は僕の街だ。もう僕の街だ。僕達の街だ。だけどそれは主人がくれた『神性』だ。主人が居る事を『許してくれた』から僕達は今ここに在る。主人が『認めてくれた』から僕達はどこにでも行ける。僕達は主人のおかげで『今』が在る」


なら僕は、僕達は、主人の願いに何を思う。何を想う。

決まっている。全力で主人の願いを叶える以外何が有る。


「この前やった演劇にひっぱられてない?」

「かっこつけー」

「主人の頭の上を許されてるからってなまいきー」

「僕だって主人の役に立ってるもんねー」

「でも僕リュナドの傍が一番好きだなぁ。何か落ち着く」

「僕アスバちゃん結構好きだよ。よく遊んでくれるし」

「ライナ怖い。でも料理美味しいから怖い」

「領主嫌いだから家食べようとしたらリュナドに怒られたの思い出したー」

「おやつ食べたい」

「あ、勝手に食べたらまた家に怒られるよ? でも食べるなら分けて」

「すぴー・・・すぴー・・・」


なんだよつきあってよー! ていうか話を聞いてよー! そして寝るなー!


「もう、ちゃんと聞いてよー! それともやらないのー!?」

「「「「「「「「「「主人の為ならやるー」」」」」」」」」」

「すぴー・・・」

「おーきーろー!」

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