第96話、使用実験に協力して貰う錬金術師。
ライナと野盗退治の件での約束を交わしてから数日が経った。
あの日酒場の依頼の相談もしたけれど、約束を優先する為に依頼はまだ一つもやっていない。
じゃあ何をしていたかと言えば、なるべく攻撃をせずに無力化する為の道具を作っていた。
依頼の期日には余裕が有るし、私にとってはライナとの約束を果たす方が大事だからね。
とはいえ自分だけの判断じゃ怖かったので、リュナドさんに一応大丈夫か聞きはしたけど。
「別に良いんじゃないか? 期日に間に合うなら誰も迷惑しないんだし」
彼はそう言ってくれたので、安心して色々と作っていた、というのが最近の日々だ。
因みに彼は材料採取を手伝ってくれて、私有地らしい土地の採取も彼のお陰で何とかなった。
領地外にも彼のお陰で自由に動けたし、本当にお世話になりっぱなしだ。
それと偶にアスバちゃんも付いて来てくれたので、一部の材料採取がとても楽だった。
特に動く縄の材料を手に入れる為には、彼女の魔法が有る無しで手間が段違いだっただろう。
動く縄を作る為にはとある魔獣の心臓部が、核となっている部位が必要だった。
ただそれは核が生きていなくてはならず、普通に倒すと生きた核は手に入らない。
だけど私が欲しい素材である核を持つ魔獣は、核を壊す事が基本的な退治方法になっている。
核を壊さないと攻撃しても割とすぐに治るので、その倒し方は致し方ないだろう。
「成程、核だけが欲しい、って事なのね?」
アスバちゃんにその事を伝えると、彼女は何をすれば良いのか説明無しで理解したらしい。
そして何の問題も無く『核以外の全て』を容易く消し飛ばしてみせた。
核が自分の状態に疑問を持つ前に、ほんの一瞬で事も無げに。
「これで良いんでしょ?」
彼女は当然の様にそう言っていたので、あれは彼女にとって難しくも何ともないんだろう。
きっと本物の『魔法使い』というのは、アスバちゃんの様な人の事を言うんだろうな。
世に居る魔法使いは、彼女と比べれば手品師に成り下がるだろう。
私も例外ではなく、純粋な魔法では彼女に決して敵わない。彼女の魔法は真似出来ない。
そんな彼女だから、道具の試しに何の不安も無く付き合って貰えると思った。
「魔法使いに通じるか確かめたいねぇ・・・まあ良いわよ。とはいえ私に何かが通じる、なんて思えないけれど。実験には付き合ってあげるわ、感謝しなさい」
という訳で、今日までに作った道具が通用するか、彼女で試させて貰う事になった。
勿論どれも命の危機に瀕する様な物は無い。あくまで捕縛用だ。
ただ狭い場所だと色々危ないかなとリュナドさんに相談したら、兵士の訓練場を貸してくれた。
勿論人が多いと私が落ち着かないので、だだっ広い訓練場に今は殆ど人が居ない。
居るのは私達と領主と精霊兵隊の人達だけで、何とか私が我慢出来る人員だけで済んでいる。
「ぎゃあああああああ! ど、何処絞めてんのよ、この縄ぁ!」
「・・・あ、燃やされた」
「何この縄! エロいオッサンの意志でも宿ってんの!?」
そんな訳で縄を投げつけたのだけど、あっさりと燃やされてしまった。
縄自体はそこそこ頑丈なはずだけど、やはり魔法使いが相手だとこういう事が起きるか。
金属が腐食する粉末も作って有るし懐に入れているけど、これは使うだけ無駄だ。
彼女は今金属系の装備をしていないし、根本的に必要としていない。使っても意味が無い。
「煙玉でかく乱・・・だと魔法で位置が解るから意味は無い。だからといって魔法の探知を乱す道具もアスバちゃんには通じないし、魔法を抑える道具は・・・ただの役立たずかぁ」
抑える道具は彼女の放った魔力に耐えられずに一瞬で崩壊した。何て出力だろうか。
巨大な岩を発生させる道具で閉じ込めてみたら、構築を乗っ取られて投げ返される始末だ。
これは他の地形操作系や発生系も同じで、彼女にはその一切が通用しなかった。
つまり魔法系は乗っ取られるので、正面からの力技ではどうあがいても彼女を抑えられない。
「なら、これでどうかな」
「っ、か、から、だ、が・・・!?」
さっきから風上に陣取り、念の為解毒薬を呑んだ上でこっそりと毒を散布していた。
毒と言っても命に関わる様な事は無く、ただ体が痺れて動けなくなる程度の物。
とはいえこの毒は魔力操作も乱すので、魔法使いも自力治癒が出来なくなる。
無力化という点だけを考えるなら、これが一番優秀な道具だろうか。
ただし問題は散布出来る位置に陣取り、対象が全て散布範囲に居る事だけど。
もし相手が意図に気が付いてしまえば、散布前に魔法を使って簡単に防げてしまう事も問題か。
ただ初見の相手ならば、この通り――――――。
「な、めんじゃ、ないわよ!」
「えぇ・・・」
彼女は乱れて上手く纏まらない魔力を纏めようとはせず、ただ無理矢理に力任せに使って来た。
そして本来は発動不可能なはずの体内自浄の魔法を、膨大な魔力と引き換えに成し得てしまう。
何て力業だ。普通の魔法使いなら今ので魔力切れ・・・いや、そんな生易しい事では済まない。
最悪の場合、二度と魔法が使えなくなってもおかしくない程に強引な使い方だと思う。
「はっはっは! この程度で私を無力化出来ると思ったのかしら!? 残念だったわね!!」
だけど彼女は全く問題無く元気に立っていて、相変わらず結界魔法を発動している。
今のは流石にアスバちゃんにしかできないと思うけど、だとしてもこういう事も有るか。
これは魔法使いが別の場所に隠れていたら、簡単に回復されるという結果とも言えるし。
「はっ、あんたの道具も案外大した事無いわね! この程度じゃ簡単に対応されるわよ!」
「いや、お前がおかしいだけだからな。普通は対処不可能な物だらけだったぞ」
「何よリュナド、あんただって対処出来る物も有ったでしょうが」
「この道具が有る事を知ってる事と、精霊が一緒に居る事が前提ならな。そうじゃなかったら簡単に捕縛されてるっての。少なくとも最後の方の毒は絶対に無理だ」
確かにリュナドさんでは防げないとは思う。そもそも先ず動く縄の時点で終わりだろう。
ただ不意打ちじゃないと通用しない物も有ったし。簡単に作れる道具ではこんなものか。
魔法使いが隠れている可能性を考えると、今の手持ちでは心許ないというのが結論かな。
「・・・アスバちゃんクラスがそうそう存在するとは思えないけど、もう少し持って行く道具を考えた方が良いかもしれない。見つけるのが難しい材料も、少し本腰入れて探してみよう」
闘って無力化のつもりなら別だけど、ライナとの約束を守るなら今の道具では無理だと解った。
強力な道具が要る。空間を切り取る程度の道具でもないと、アスバちゃんは抑えられない。
たとえその領域の物が作れなくても、今回使った物の上位互換ならまだ通用するはず。
今持ってる道具が彼女にあっさり負けるのは、材料の質のも大きな理由だ。
・・・星の砂か精霊の卵辺でも有れば、強力な道具も簡単に作れるんだけどなぁ。
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何やら錬金術師が道具の使用実験をしたいという話だったので、見学をさせて貰う事にした。
彼女は実験場所に悩んでいた様子だったので、場所の提供が交換条件だ。
何せ野盗討伐に付き合わされる予定なので、何を使うつもりなのか知っておきたかった。
「・・・無茶苦茶だ、どっちも」
場所の提供をして良かったと、心底思った。目の届かない所でやらせたらどうなっていた事か。
その実験は俺という一般人の視点からすれば、小さな戦場だったと言ってしまえた。
少なくとも傍に精霊が居なければ巻き添えを食って死んでた気がする程度には。
いや多分死んでいたと思う。一回精霊が焦って助けてくれたし。
「隊長、俺達あんな人達と並ばないといけないんですか?」
「あれに並ぼうなんて無茶な事考えるな。死ぬぞ」
不安そうな後輩に最初から諦めろと告げておく。あれは普通の人間じゃ辿り着けない領域だ。
というか俺だって出来れば近寄りたくねえよ。
人がプチって潰れそうな岩が飛び交う戦闘とか、それだけでもう怖いわ。
そんな光景が暫く続き、どうやら最後に使った薬で実験は終わった様だ。
概ね予想通り、とんでも道具だらけで何と言えば良いのか解らない。
それを予想通りと言って良いのかどうか、という点については考えない事にする。
出来れば使わないでくれる方が良い物が多いなぁ。それを言って聞いてくれるかなぁ。
「この結果だと役に立つとは言い難いかな・・・」
「まてまてまてまて、セレス、何言ってんだ。役に立つ物だらけだろ」
俺とは完全に真逆な結論の錬金術師に、思わず口を出してしまった。
いやだって、役に立たないとかいう認識は正しておかないと絶対に不味いだろう。
「その辺の野盗ごときには十分な程に過剰戦力だ。アスバが強過ぎるだけだ」
「・・・それは、そうだけど、だけど魔法使いが隠れていたら、対処出来る可能性が有る」
「いや、それはそうかもしれないが、あれに対応出来る優秀な魔法使いなら、そもそも野盗なんかになって無いと思うぞ、俺は。野盗なんてのは大体身を持ち崩した奴がなるものだし」
「・・・あ、そうか」
錬金術師は相手を軍の精鋭だとでも思っているのだろうか。どういう想定だ。怖すぎるわ。
ただどうやら俺の言葉に納得してくれた様なので、これ以上のとんでも道具は作らないだろう。
「・・・でも万が一を考えて、出来たら一応作っておきたい。空間を分断出来たら、例え魔法使いでも早々簡単には通れない」
駄目だった様だ。空間を分断ってなんだよ。意味が解らな過ぎて俺には理解出来ねえよ。
もしかして錬金術師は、ライナとの約束を変な形で守ろうとしているんじゃないだろうか。
二人の力関係は見ていて何となく理解している。彼女はライナには絶対に逆らわない。
ただ『売ってはいけない』と制限されたので『作って使うだけなら文句は無いだろう』などという抜け道的な考えをしているんじゃないだろうか。
これは絶対に止めないと面倒になる。空間の分断とか聞いた事無いもん。ああ思考止めたい。
「セレス、本当にこれ以上は要らないから。いや、備えて作るのは良いけど、使うのは無しだ」
めっちゃ睨み上げられてる。怖い。だけど流石にここで引くと後で俺が大変な事になる。
目を逸らさずに彼女の鋭い視線に耐えていると、彼女の方が先に目線を逸らした。
「・・・解った、リュナドさんがそう言うなら、そうする」
とても、とてつもなく不服そうではあるが、了承の言葉を貰えた。
錬金術師は約束『だけ』は絶対に守るから、この言葉が聞けたなら一安心だろう。
まあ八つ当たりされる可能性は有るんだけど。そこはもう、うん、諦めよ・・・。
「ま、私程の魔法使いなんてそう居ないからね! 当然の判断ね!!」
「・・・そう、なんだろうね。アスバちゃんは本当に凄い魔法使いだから。とても強い」
「あっ、えっ、ま、まあね、うん・・・」
自分で言ったくせに素直に褒められて戸惑うなよ。顔を赤くするなら止めておけば良いのに。
しかし、あの錬金術師がこういう事を素直に言う程、なんだよな、やっぱり。
実際アスバの魔法を目の当たりにしている身としては、本音を言うなら錬金術師に同意だ。
だからこそ、アスバが大人しくしてる事に違和感が有るのは、俺だけなんだろうか。
いや勿論今まで何度か仕事をして、何だかんだ真面な奴だという事は解っている。
解っているからこそ、アスバの子供っぽさに混在する良識ある行動が、俺の中で強烈な違和感になる事が時々有る。
子供があんな大きな力を持てば、本来口が大きいどころの話じゃすまない行動をとるのではと。
勿論本人は自分が幼いという自覚が在り、実際初めて会った時より少し背も伸びている。
だから本当に少女だというのは間違いないだろうが、だからこそ俺には解らない。
力を持った、あの性格の子供が、真面な思考と義理堅さを併せ持っている違和感。
これは俺が力を持たない人間だから、そう考えてしまうんだろうか。
ただ単にそう思考せざるを得ない人生を歩んで来た、と言われれば勿論それまでだ。
師匠さんとやらを尊敬している様だし、その人物の影響も多分有りはするんだろうが・・・。
流石に変に考え過ぎか。それにそこまでは俺が気にする事じゃないな。
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