第95話、頼まれた事を成す為の道具を考える錬金術師。
「ふああぁ・・・ん~・・・ふぅ」
朝日が差し込む窓を眺めながら伸びをし、階下から香る朝食の臭いに気が緩む。
普段から家の中では緩んでいる気もするけど、尚の事緩んで来る。このまま溶けるかも。
ただこのままぼーっとしていると二度寝して怒られそうだし、さっと着替えて下に降りた。
「おはよう」
台所に向けて声をかけ、ニパッと笑ってパタパタと寄って来た家精霊の頭を撫でる。
ニコニコしながら手に擦りつく家精霊にほんわかしつつ、手拭いを受け取って井戸へ向かう。
山精霊達がキャーキャー騒ぐのを眺めながら水を汲み、顔を洗って息を吐いた。
「・・・息が白くならなくなって来たな」
段々暖かくなって来た。折角防寒具を作ったけど、余り活躍する機会が無かったな。
ちょっと残念だったけど、そもそも私が余り外に出ないのが悪いか。
最近狩りも近所でしかしてないし・・・狼の魔獣はまだまだ近状で狩れるからなぁ。
「・・・このままだと、少し鈍る、ね。リュナドさんからお仕事の話が来る前に、適当に遠くに狩りに出た方が良いかもしれない」
精霊程の相手は流石に嫌だけど、少し強めの魔獣だと丁度良い。
戦闘訓練の為にわざと行動制限をかけて戦うのも手かな。
それなら近くの魔獣でも手軽に訓練に・・・は、余りならないか。
「ナイフ一本で簡単に狩れる魔獣じゃ、一人で訓練した方がマシか」
あの狼程度なら群れで来られても、やろうと思えば結界石無しでも狩れる
せめていつだったか見かけた、熊の魔獣ぐらいじゃないと訓練にならないだろう。
あれは多分ナイフで挑んだら大分面倒な相手だと思う。
魔法石を使ったから一瞬で仕留めたけど、無かったらかなり時間がかかったはずだ。
「・・・そういえばお母さんが居ないから、対人訓練も全然やってないなぁ」
先日の酒場での一件でそこそこ動けた事は確認しているけど、あれは不意打ちみたいなものだ。
相手が私に一切警戒をしてなかった所を、横から割り込んで攻撃しただけ。
野盗退治をする予定なのだと考えると、多少は対人戦闘の訓練をした方が良いかもしれない。
「対人、対人かぁ・・・そこが理由なのかなぁ・・・」
昨日の夕食の後、野盗退治の話を聞いたライナはリュナドさんに詳しい話を聞いたらしい。
ただその話の内容は、私は何も聞いていない。私の居る場では話さなかったからだ。
リュナドさんを奥の部屋に連れて行って、結構な時間戻って来なかったっけ。
二人を待っている間、何故か精霊達による演劇が始まったので暇ではなかった。
ただ台詞が全て『キャー』なので、内容は良く解らなかったけど。
解説としては、街の孤児院に有る絵本の内容だと、頭の上の子が教えてくれた。
私は良く知らないけど、リュナドさんと一緒に居る精霊が子供達相手に遊んでいるらしい。
そうして精霊の演劇が佳境に入ったらしい頃に、奥の扉が開いて中断となった。
『セレス、野盗退治っていう事は、相手は人間なのよ。野の獣じゃない。魔獣でもない。人間を捕まえに・・・ううん、人間を殺しに行く仕事よ。セレスはその仕事を出来るの?』
奥の部屋から戻って来たライナは、私に心配そうな顔を向けて問いかけて来た。
何故そんな事を問いかけられているのか解らなかった私は、その問いに頷き返すしかない。
野盗退治。人間を殺す仕事。その事実は理解している。知っている。
――――――だって、お母さんに連れられてやった事が有るから。
だけど私は『野盗』を生業にしている生き物を、自分達と同じ『人間』とは認識しない。
自分と同じ『人間』に同胞と思わない事を平気でやる『生物』を『人間』とは思わない。
あれは、あれらは『野盗』という名の『獣』だと、私は認識している。
あれは獣だ。野に居る獣だ。ただ人型を取っていて人語を介する獣の群れでしかない。
だから、相手が野盗なら、私は獣を相手にする時と同じ様に処理するだけ。何も感じない。
あれは『敵』だ。私の『敵』だ。私の大事な物に手を出す可能性のある『敵』だ。
対人戦闘とさっき思いはしたけど、それは単に人型で同じ動きをするからというだけ。
――――――もしこの近くに居るというのなら、ライナの安全の為なら皆殺しにも否は無い。
ただ私の懸念は、その仕事の為に他の人と一緒に仕事をしなければいけない事。
野盗退治自体を出来るかと言われれば、それはただ頷いて返すしかない。
だって私は野盗が怖くないから。人間じゃない獣の目なんて、何も怖くないから。
『私は殺せるよ。野盗なら殺せる。何も怖くないよ』
『っ、・・・セレス・・・そう、解った。ただセレス、私のお願いを聞いてくれる?』
『私がライナのお願いを聞かない訳無いよ。なあに?』
『・・・貴女が無事に帰って来る事が最優先として、出来る限り相手を殺さないで、捕まえて終わらせて欲しいの。勿論そうする事で貴女の身が危ないなら、そんな事を気にしなくても良い。だけどそれでも、出来る限り貴女が手を下さない様にして欲しいの。お願い』
ライナのお願いは、私にはその行動の意味が解らない物だった。
だけど彼女がそう頼むのであれば、私にその言葉を否と応える理由は無い。
だってライナのお願いは、私の行動に対するお願いは、何時だって私の為なんだから。
『うん、解った。出来るだけ、手を出さない様にするね』
だからライナにそのお願いの理由は聞かずに、心配そうな顔の彼女に笑顔で返した。
どんな理由であれ、私を心配してくれているのだから安心させたくて。
「・・・捕まえる、か。その為の道具でも作っておこうかな」
捕まえるなら出来るだけ攻撃をせず、相手の攻撃を無力化する方向で考えた方が良い。
となると、この前にリストで書いた道具でも作ると楽かな。
材料が手に入るか解らない物はともかく、材料を探しに行けば作れる物ならすぐだし。
「蛙の魔獣の石だって、魔法が使えるなら小型でもそれなりに使えるかな」
泥濘にはまらせて身動きを取れない様にするのは、捕まえる為なら有効だろう。
ああでもそれは別に良いか。リュナドさんが付いて来てくれるんだから要らないよね。
となると対象を自動で拘束する縄とか、金属を腐食させる粉とかが良いかな。
「自動で動く縄は核になる材料が保存し難いから倉庫に無いけど、以前の魔獣狩りを良くやっていた頃に見つけてるし、腐食させる粉は材料が有るから今すぐ作れる。うん、行けるね」
どちらも一日有れば十分余裕で作れる。粉の方が調合に時間がかかる程度だろう。
ああでも縄の材料も、核を綺麗に手に入れるのに少し手間が要るか。
とはいえどちらも多少の手間という程度で、大変という事も無い。
「材料採取に行きたいけど・・・確か遠い所は勝手に行ったら叱られるんだよね。リュナドさんに連絡入れて、行って良いかどうか確かめよう」
でもまずはその前に。
「朝食だー」
『『『『『キャー』』』』』
精霊達と一緒にパタパタと家に戻って朝食を摂った。相変わらず美味しくて満足です。
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『私は殺せるよ。野盗なら殺せる。何も怖くない』
―――――――――――――怖い。
セレスのその言葉を聞いて、素直に、そう思った。
きっと心配する私に応える為だったのだろう笑顔が、余計に怖くて仕方ないとも。
何の戸惑いも無く、笑顔で『殺せる』と返すセレスに、息を呑んでしまう程に
あの子は本当にずれている。一般的な価値観や考え方という物が通用しない。
敵は、彼女にとって敵でしかない。それ以外の何物でもない。その考えが怖くて危うい。
相手が善良な者だとしても、彼女の敵になれば屠殺の対象になりかねない。
そういう恐怖が、私の中にすら生まれるのだから。親友と彼女を呼ぶ私の中にすら。
なのにもし野盗相手に彼女が彼女らしく行動すれば、他者に与える印象はもっと悪くなる。
そんなのは嫌だ。あの子は根は良い子なんだ。それを私は知っている。
「・・・少しでも、あのお願いに効力が有れば良いんだけど」
リュナドさんから事情を聞き、領主の考えに腹は立つものの、解決策としての代案が無い。
野盗退治なんて事はして欲しくはないけれど、だからといってセレスに降りかかる火の粉を払う為に、彼女の安全な日常の為にだという事を考えると、全面的な文句も言い難い。
実際彼女の事を軽んじた人間が居たから、街中であんな事になったのだと言われると、余計に。
そんな自分に腹が立ちつつも、出来るだけセレスの印象悪化を防ごうとしたお願いだ。
野盗相手でも、たとえそんな連中相手でも、容赦無く殺しはしないでくれればと。
「・・・我が儘、なのかもしれないけど」
私は食堂の店主で、料理人で、荒事なんて出来やしない。戦闘技術なんて全く無い。
だからセレスに対し、物凄く迷惑な事を言ったんじゃないかと、そう感じる部分もある。
「こういう時、私も戦えたなら、もうちょっと良い案が浮かんだのかしら」
はぁと溜め息を吐きつつ、昨日の事を何度も思い返し、だけどやっぱり答えは出ない。
『やっぱり錬金術師は怖いな・・・笑顔で言うか、あれ』
その時背後から聞こえた言葉を思い出し、ちょっとイライラも蘇って来た。
踵で彼のつま先を踏んでおいたけど、腹の虫は収まり切って無かったらしい。
「・・・セレスは彼の事を、場合によっては私より頼りにしているのに。本当にあの元門番さんは怖がりというか、鈍いというか、自信が無いというか。全くもう」
今や街の新兵や子供達の憧れなんだから、もうちょっとドンと構えてなさいって話よね!
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