第94話、良さげな物を理解する錬金術師。

お昼寝から起きた後に色々有ったけど、ゆっくりをお茶を飲んだおかげか落ち着く事が出来た。

その頃にはライナの店の閉店時間を大分過ぎていたので、急いで着替えて向かう事に。

ただアスバちゃんには今日は帰ると言われ、一人で向かう事になったのが少し残念だ。


「いらっしゃい、セレス。今日はちょっと遅かったから、来ないのかと思ったわ」

「あ、ご、ごめんね、ライナ」

「別に謝らなくて良いわよ。何か問題が在ったとか・・・じゃないのよね?」

「う、うん、大丈夫、問題は、な、無いよ」


どうやらいつもより遅かったせいで心配をかけてしまったらしい。

申し訳なく思いつつも、心配させまいと彼女の問いに頷き返す。

・・・問題は少し有ったけど、これはライナに言う様な事じゃないし。

あ、ライナの目が半眼になってる。し、信じて貰えてないかな。


「・・・そ、なら良かった。すぐに調理を始めるから、中にどうぞ」


あ、よ、良かった。信じてくれたみたい。

彼女に少し嘘をついている様で心苦しいけど、心配かけるよりは良いよね。


「う、うん、解っ―――」


ホッとしながら頷いて店内に入ろうとして、足が前に出てくれなかった。

だって彼が、リュナドさんが、閉店した店内に、居る。


「―――――――っ」


彼を確認した瞬間家での出来事が頭によぎり、思わず後ずさってフードを深く被り直す。

あ、ど、どうしよう。あ、あうぅ、やっと落ち着いたのにぃ。


「ど、どうしたの、セレス。やっぱり何か有ったんじゃないの?」

「――――う、うう、ん。なんでも、ない、よ」


私の様子がおかしい事に気が付いたライナが、心配そうに顔を覗き込んで来る。

だけどその事情を口には出来ず、ただ顔を熱くしながら狼狽えて否定した。


「んー・・・そう、解った。セレスがそう言うなら無理には聞かないわ。でもいつでも相談に乗るから、気が向いたら教えてね?」

「う、うん、ありがとう」

「気にしなくて良いわよ。じゃ、ほら。今度こそ中にどうぞ」

「う、うん・・・」


フードを手で押さえて口元まで隠し、彼の顔を見ない様にしながら店に入る。

そのまま彼と同じテーブルに・・・は座らず、その横のテーブルに座った。

ただそれだと不意に彼の目線を確認しそうなのが怖くて、彼に背を向けて座ってしまう。

もしアスバちゃんの言う通りだったらと、そう考えるだけで顔から火が出そうで近づけない。


「あー・・・その、セレス、あのメモの事なんだが・・・」

「・・・メ、モ?」


あうぅ、話しかけてくれてるのに、恥ずかしくて言葉が上手く出て来ない。声が掠れてしまう。

背を向けて座ってしまった様な私にも、優しい声音で話しかけてくれているのに。


「あ、え、えっと、そ、相談って、書いてた、メモ・・・あれ、セレス、だよな?」

「・・・うん、書いた、ね」

「う、あ、い、いや・・・その・・・な、なあ、何か機嫌悪い?」

「・・・機嫌が、悪い、訳じゃ、ない」


うー、やだよう。友達にこんな変に恥ずかしい気持ちになるのやだぁ。

今までこんな事無かったから、どうすれば良いのか解んないよう。


「あ、そ、そう・・・」


自分で自分の感情が処理出来ず、情けなさで泣きそうで体が震える。

顔を両手で覆って丸まって堪える私を見て、彼は話しかけるのを一旦止めた様だった。

ごめんなさい。本当にごめんなさい。勝手に恥ずかしがっててごめんなさい。


「んー・・・料理を持って来たんだけど・・・セレス食べれる?」

「ぁ・・・う、うん」


気が付くとライナが料理を手に持ち、私の横に立っていた。

彼女の接近に気が付かない程、今の私は狼狽えている様だ。


「そう、じゃあ続きは食べてから、気持ちが少し落ち着いてからにしましょう。リュナドさんもそれで良いわよね?」

「あ、ああ、むしろその方が助かる」


私の気持ちが落ち着かないのを見て、彼は私を優先してくれた。

・・・駄目だ。恥ずかしいなんておかしい。リュナドさんはこんなに相変わらず優しいのに。


「―――――っ!」


意を決してフードを外し、料理の盛られた皿を持ってリュナドさんの向かいに座る。

まだ目は見れないけれど、少なくとも自分の顔を変に隠さずに食事を始められた。


「・・・な、なあ、ライナ。俺、何か悪い事したかな」

「うーん・・・何か有ったのは確かでしょうけど・・・身に覚えは?」

「い、いや、無いって、機嫌損ねる様な事したくないって」

「ふーん・・・?」

「いや、待って、何その疑いの目。嘘じゃないって」

「なら良いけど」


二人はその間何かボソボソと話していたけど、今の私にそれを聞いて理解する余裕は無い。

一心不乱に食事を摂り、お腹が膨れる頃に何とか少し心が落ち着いていた。

そんな自分を確認してから一度深呼吸をし、恐る恐るリュナドさんを見上げる。


「・・・アスバちゃんの嘘つき」


彼女に揶揄われたのだと、そこで解った。彼の眼はまっすぐに私の眼を見ている。

ただそれはそれで少し気恥ずかしかったけど、安堵しつつ目線を落とした。


「あ、アスバが、どうかしたのか?」

「・・・ううん、何でもないよ。彼女に少し、揶揄われた、だけ。ごめんなさい」

「あ、そ、そういう事か。あ~~~~、良かったぁ。俺が何か怒らせたのかと思ったぁ」


心から安堵した様子で息を吐くリュナドさんを見て、そんな事を思わせた事に申し訳なくなる。

・・・本当に、凄く優しいよね。どう考えても私が悪いのに、彼は怒らないんだもの。


「まあ、怒ってないなら良いんだ。うん。で、その、本題に入りたいんだが、良いか?」

「・・・本題?」


申し訳ない気持ちを引きずりつつ、眉尻を下げながら彼を上目遣いで見上げる。

すると彼は目線を彷徨わせ、気不味そうな顔をライナへと向けた。

あう、もしかしてへこんでいるのを気にさせてしまったのかな。本当に私は駄目だなぁ・・・。


「・・・まったくもう・・・まあ良いか。セレス、リュナドさんにこのメモを送ったでしょ。依頼の内容が解らないから、どれを作ったら良いかって疑問よね、これ」

「う、うん」


依頼内容が漠然とし過ぎてて、何を作ったら良いのかが全く解らない。

出来れば何が良いかを教えて貰えると物凄くありがたい、と思い送ったメモ。

リュナドさんに送ったはずのそれが、何故かライナの手に収まっていた。


「あのね、セレス。こういう依頼の時は、セレスが使っている爆弾より威力のある物を作っちゃ駄目なの。いいえ、むしろもっと威力を落とさないと。少なくとも怪我する様な物は駄目よ」

「ぁ・・・ごめん」

「謝らなくて良いわよ。まだ作って無いんでしょう? 解らないから作る前に相談に乗って貰おうとした。それで良いのよ。じゃあほら、今材料が有る中から選びましょ」

「う、うん」


ライナはメモを広げ、今すぐ作れる物の詳しい説明を私から聞き、一つの道具を選んでくれた。

それは火が付くと「パンッ!」と少し大きな音が鳴る程度の小さな爆弾。

ただ私が普段使っているのと違い、叩きつける事で鳴るので知らない人には丁度良いだろうと。

流石ライナだ。私が困っていると何時も助けてくれる。


「セレス、この『材料が手に入るか解らない物』の辺りは、作っても絶対に売っちゃ駄目よ」

「え、な、何で?」

「危ないからよ。セレスは使い方を知ってるけど、解ってない人が変に持ったら危ないの。だからもし作る事が有っても、売ったりしちゃ駄目よ?」

「わ、解った・・・」


・・・そっか、この辺は売っちゃ駄目なんだ。使い方が解らないと危ない、か。

確かに見えない刃を飛ばす刃物とか、雷を自由な形で発生させる道具は危ないかもしれない。

私は魔法が使えるし結界石が有るけど、そうじゃない人は怪我しそうだ。


「・・・ありがとう、ライナ。気を付けるね」

「ん、解ってくれて何よりだわ」


ライナの先を見据えた注意に思わず笑顔になり、その気持ちのままに礼を口にする。

彼女も同じ様な笑顔を向けてくれたので、尚の事嬉しい気分が胸を満たしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


閉店の少し前にリュナドさんがやって来て、セレスの受けた依頼で相談が在るとやって来た。

依頼の内容を聞きメモを渡され、思わず項垂れた私を誰も攻めないと思う。


「あー・・・でもこの依頼内容だとなぁ・・・」


おそらくあの子の事だから、依頼内容が抽象的過ぎて解らなかったんじゃないかしら。

だから雨乞いの杖で褒められた事を思い出し、同じ様に出来る限りをした方が良いと考えた。


セレスはあの杖を『ただ雨を降らせるだけの道具』と言っていたはず。

つまりあの子は、その『ただ』が凄いという事を理解していないし、出来ないんだ。


だから解らない。明確に、正確に、的確に指示を貰えないと、何処までやって良いのかが。

今までの依頼は全て「何を何時迄に」という明確な内容しかなかった。

そのおかげでセレスは迷わずに実行し、悩む事も無く達成する事が出来る。


つまり杖の時は例外で、彼女はその例外を自分一人では対応出来なかった。


『雨を降らせる為』


そう書いていたにも関わらず、依頼品は雨を降らせないただの木材。

必要な理由と提出する物が合致しなかった為に、彼女は自分の思考で処理できなかったんだ。

だからどうしたら良いのかと、判断を自分以外に委ねる事にした。


今回はそれと同じ。依頼内容に明確さが無いせいで、何処までやって良いのか解らない。

だから助けを求めてメモをリュナドさんに送った、というのが今回の流れでしょうね。


「・・・下の方の道具、大体の金属を溶かす程の高熱を発する防具とか、意志を遠くに伝える道具とか、流石に不味いわよね、これ。材料が手に入るか解らないっていうのが救いだけど」

「不味いどころじゃない。これを作った錬金術師を手に入れる為に、他領の貴族や国王どころか、他国も介入する可能性すらあると領主は思ってる。俺も何かしらの面倒は起きると思う」

「・・・解ったわ。一応私がその辺りは注意するから」

「すまん、助かる」


・・・全くもう、何で注意ぐらい自分で出来ないのかしら。

少なくとも今の貴方相手なら、セレスは注意されたら絶対言う事聞くわよ?

とはいえ未だにセレスの事を怖がっているみたいだし、中々難しいのかしらね。


何て思いつつ閉店作業をしてセレスを待つと、彼女は何時もより遅めにやって来た。

少し心配になって訊ねると、何か様子がおかしい。

店に入ってリュナドさんに気が付いて一歩下がった所を見るに、彼絡みだろうか。


・・・リュナドさん、私の親友に、一体何したのかしら。場合によってはもぐわよ。


ただその心配は杞憂だったようで、アスバちゃんに何か揶揄われただけだったらしい。

全くもう、あの子は無意識に色々引っ掻き回すんだから、困ったものだわ

でも取り敢えずセレスは落ち着いた様で良かった。

・・・まあ、それでもまだ落ち着ききれてないせいで、リュナドさんが怖がってるんだけど。


「これとかどう? 音が鳴るだけなんでしょ?」

「う、うん、叩きつけたら音が鳴るだけ」


なので私が取り敢えず危なげなさそうな物に誘導し、今回の危機は乗り越えた。

変な物を売らない様に注意もしたので、多分きっと今後は大丈夫だろう。

・・・リュナドさんが貰った槍も、こういう感覚で作ってあげたんだろうなぁ。

あれも大概とんでも武器よね。石畳の上とかだと使えないらしいけど。


「野盗退治をリュナドさんに頼まれていたし、材料を探しに行く時間が足りるかどうかも怪しかったから、今ある材料で良いって解って良かった。本当にライナは頼りになるなぁ」


ただそんな和やかな会話は、セレスが口にした『野盗退治』という言葉で終わる。

態々人間を自ら手にかける仕事を、何故セレスにやらせるのか理解出来ない。

ただでさえ彼女は酒場の件でまた悪い噂が立ち始めているのに。


「野盗退治? セレスが? リュナドさんに? 何で?」


それを伝える様に、わざとらしく作った笑みをリュナドさんに向けて問いかける。

セレスを問い詰める様な事はしない。する必要が無い。この件に彼女の意志はきっと無い。


「あ、い、いや、それは、えっと、事情があって、だな」

「へえ、事情。ふーん、事情ねぇ・・・詳しく聞かせて貰いましょうか」


内容次第では、絶対セレスにはやらせないわよ。

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