第93話、自覚してなかった事を言われる錬金術師。
お昼を食べ終わり、食後のお茶を飲んでいたら、アスバちゃんがやけに静かになった。
彼女は何もせず黙っている事が少ないので、珍しいなと思ったら寝息を立てている。
椅子にちょこんと可愛らしく座り、少しだけ頭が傾いた状態で動かない。
「・・・お人形さんみたいで可愛い」
お友達ではあるけれど、彼女を見ていると時々妹でも出来た様な気分になる。
私よりしっかりしている彼女を妹と言うのは、自分でもどうかとは思うけど。
でも普段の強さの割に、気を抜いた彼女は本当に可愛らしい。
「寝ながら結界維持してるのは流石としか言いようがないけど」
どうやったらこんな器用な事が出来るのか。少なくとも私には出来ない。
本当に、彼女の事を知れば知る程その実力と才能に驚く。
日常的に大量の魔力を使い続けていても、それでも回復の方が早いのも含めて。
もしかしてアスバちゃんは、魔力切れとかした事無いんじゃないだろうか。
「・・・私もお昼寝しようかな」
眠る彼女を見ていたら、自分も眠たくなって来た気がする。
なのでその事を家精霊に伝えると、にっこりと笑ってその準備をしてくれた。
ベッドの準備が整ったらアスバちゃんを抱えてベッドに向かい、彼女を寝かせる。
そしてその隣に寝転がり、家精霊の頭を優しくなてでから眠りについた。
「ふぇあ!?」
だけど心地良いベッドに微睡んでいた意識が、耳に入って来たアスバちゃんの叫びで覚醒する。
意識は半覚醒程度だったけど、彼女の叫びで体が意識より先に飛び起きた。
そのまま起き切っていない頭で周囲を警戒するが、特に危険らしき存在は感じられない。
家精霊も何事かと慌てた様に二階に来た所で、アスバちゃんが狼狽えた様子で口を開いた。
「あ・・・ごめん起こして。寝ちゃったのね、私。不覚だわ。居心地が良すぎるのよ、この家。あ~~~~もう、間抜けな声上げて恥ずかしい。う~~~」
唸りながら顔を手で隠して丸まるアスバちゃん。
普段余り聞かない声だ。いつもより更に子供っぽい。
寝ぼけてた、のかな? まあ何もないならよかった。
恥ずかしがっている彼女には申し訳ないけど、安心して息を吐く。
ふと外を見るともう暗くなっているし、特に何事も無くゆったりと寝れていたらしい。
頭が起きていれば解るけど、家精霊が戦ってない時点で危険なんて有る訳無いよね。
だってもし危ない物が入り込んでいるなら、あの子がいの一番に反応するはずだし。
「あんたがベッドに運んでくれたの?」
「う、うん」
顔を上げた彼女の目が開ききって無い様子に、若干頭が働いてない感じを受けた。
そのおかげなのか、私も若干気の抜けた感じで応えている気がする。
「・・・あんた、寝てる時は普段と大違いの格好よね。何この透けてるの」
「え、これは、その、寝心地が良いから・・・」
透けていて薄手で弱く見えるけど、実はかなり頑丈な上に着心地が良い。
魔獣の出す糸で作った服だから、戦闘にも耐えうるぐらい頑丈だ。
いや、絶対こんな格好で戦闘しないけど。絶対こんな格好で外には出ないけど。
「そう・・・しかしそれにしても・・・」
アスバちゃんは返事を聞いているのか聞いていないのか、微妙な感じで私を見つめる。
見つめるというか、頭の上から下までぼーっと眺めている感じだろうか。少し恥ずかしい。
かと思うと部屋にかけてある普段着を見つめてから、私に視線を戻してから伸びをした。
「ふああぁぁ・・・あんた、中の服は割と可愛いわよね。普段からあの格好してればいいのに、あんなだっさいローブをいっつも着てないでさ」
ただ伸びをして手を降ろした時には、彼女は普段通りのアスバちゃんに戻っていた。
そのまま何でもない調子でそんな事を言われたけど、それは私には無理な話だ。
出来れば目立ちたくないし、人の目を見るのが怖い私にローブは必須装備だもの。
「スタイルも良いんだから、もっとこう、男どもに見せつけて行けばいいじゃない」
「ふぇ? ・・・え、ええぇ、み、みせつけって」
一瞬何を言われたのか解らなかったが、その意味を理解して顔が熱くなった。
み、見せつけてって、そんな恥ずかしい事出来ないよ。そもそも見られるのが怖いのに。
「顔も結構良いのにいっつもフードで隠してるし。っていうかアンタ、そういう顔してれば普通に美人じゃないの」
「――――!?」
び、美人って、アスバちゃんそれは言い過ぎだよ。流石にそれは無いよ。
昔同じ年頃の子に怖い顔だって、こっち見るなって、そんな事言われた事有る顔だよ。
「リュナドの奴だって、あんたがローブを纏ってない時は少し目が泳いでるし」
「ぇ、そう、だったの? でもそれは、私の格好が見苦しいんじゃ」
もし不快にさせていたなら申し訳ない。今度からちゃんとローブ纏うようにした方が良いかな。
最近彼が家にやって来る時は、普段着で会う事も時々あったんだけど・・・失礼だったかな。
「あれを見苦しいっていう男は居ないでしょ。むしろ開いた胸元に引き寄せられるわよ。男ってバカだからねぇー。ずっと見なきゃ見てるのがばれてないとか思ってるんだから」
「ぁ・・・あぅ・・・」
え、う、わ、私全然気が付いてなかったけど、そ、そうなの、かな?
リュ、リュナドさん、み、見てたのかな。あう、ど、どうしよう、顔が熱い。
私は普段相手の目を余り見ないから、視線がどの部位に向いているのかは良く解らない。
最近は普段着でも彼に会うの平気だったのに、そんな事聞いたらもうローブ脱げない・・・!
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「あんた、フードの中の服は割と可愛いわよね。普段はあの格好してればいいのに、あんなだっさいローブいっつも着てないでさ。スタイルも良いんだから、もっとこう、男どもに見せつけて行けばいいじゃない」
それは別段揶揄うつもりは無く、単純に思った事を口にしただけだった。
実際彼女は普通にしていれば美人だし、スタイルも私なんかより遥かに良い。
・・・まあ発展途上の私と比べるのは間違いね。私はこれからだから。これからだから!
とはいえ、寝ぼけているせいなのか、普段の険しい顔じゃない彼女は本当に美人だと思う。
いや、美人ではあるけど、どちらかと言うと可愛らしい部類になるのかしら。
化粧の類はしていないのにこの顔は、中々拝めないと思う部類の顔よね。
彼女が普通の街の女なら、きっと男どもが捨て置く様な事は無いと確信出来る。
ただ本人はその事を解っているだろうし、解っていて隠しているのだろうと思っていた。
「ふぇ? ・・・え、ええぇ、み、みせつけって」
だけど彼女は一瞬、何を言われているのか解らないという顔を見せ、次に顔が赤く染まる。
彼女の珍しいその顔を見た瞬間、思わず自分の口角が上がったのが解った。
どうしよう。何これ楽しい。ここまで狼狽えてるのを見るのなんて初めてじゃないかしら。
何時もならフードで隠れている顔がはっきり見えるから、視線が定まっていないのも、顔が赤くなっているのも確認出来て、余計に楽しい。
動じない女だと思ってたけど、まさかまさか、こんな弱点が有ったとわね。
普段の低い声とも、平坦な声とも違う、あからさまに狼狽える声音ににやけてしまう。
なーによ、あんたにもそういう普通な所が有ったのねぇ。
「ほ、本当に、見てる、の、かなぁ・・・リュナド、さん」
恥ずかしそうに震える声とか、私の知ってる錬金術師じゃない。面白い。
というか、あんた本気で気が付いてなかったのね。そっちの方が私は意外だわ。
これは伝えた方が面白いかしら。実際こういうのは本当の話だし。
「そりゃーねえ、奴もへたれとはいえ、男だし。見るでしょ」
「・・・でも、前に―――――」
錬金術師はそこまで言った後、更に顔を赤くしながら言葉を止めた。
ただしその表情がさっきまでと違い、眉間に皺が寄って睨み顔になっているけど。
声も若干低かった気がするし・・・もしかして、あいつもう既に何かやってたのかしら。
「何々、あいつ前に何かやったの?」
「・・・前に、この格好、見られた事が有って・・・いっかい、だけ」
彼女の反応から察するに、自分から見せたという事は考え難いわね。
そしてただ見られただけにしては、彼女の表情は険し過ぎるし、声がおどろおどろしい。
・・・あれ、ちょっと不味くないかしら。私何か踏み込んじゃいけない所に踏み込んでない?
「でも、あの時は・・・だから、そういう事は、無いと・・・!」
「あ、ごめんなさい。私から話題にして悪いけど、この話は止めにしましょう。取り敢えず落ち着いてお茶にでもしない? 精霊は、そこに居るのよね。お茶をお願いできるかしら」
ギリィっと歯を食いしばる彼女を見て怒り加減を理解し、この話題の続行を止めた。
彼女が語るのなら聞くのも有りだけど、重要な部分を明らかに飛ばして口にしているし。
今までの彼女の言動を考えると、口にしないという事は聞かせる気が無いという事でしょうね。
となると、これ以上踏み込むとその怒りが私にも向きかねないし、それは面倒臭い。
取り敢えず落ち着けようと家精霊にお茶を頼むと、リボンが縦に揺れて下に降りて行った。
「・・・リュナドさんに、聞く? いや、でも・・・」
聞いたら藪蛇になりそうだから聞かないけど、あいつ本当に何したのかしらね。
・・・そういえば錬金術師から相談のメモ渡されてるはずだから、多分明日は来るわよね。
痴情のもつれとか絶対面倒臭いから、明日は絶対に来ない事にしましょう。
あいつ、明日殺されるのかしら。花だけでも用意しておきましょうかしらね、うん。
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