第92話、何を作れば良いのか解らない錬金術師。

「何悩んでんのよ」


私が首を傾げていたせいか、アスバちゃんがテーブルに身を乗り出して依頼書を覗き込む。

ただその依頼内容を見て、彼女も私と同じ様に眉間に皺が寄っていた。


「何か抽象的な内容の依頼ねぇ・・・何なのこれ」


どうやら私だけではなく、アスバちゃんにも良く解らない依頼らしい。

良かった。私の理解の無さから来るものかと思ったけど、違ったみたいだ。

じゃあもう仕方ないよね。リュナドさんに連絡を取って助けて貰おう。うん、これは仕方ない。


「うーん、この間の杖みたいなの作れって事かしら?」


山精霊に伝言をお願いしようと一体捕まえた所で、アスバちゃんがそう呟いた。

この間の杖って・・・雨乞いの為に作った杖の事かな。

でもあれは別に不思議な物では無いし、そもそも材料が無いから作れない。


「まあ、あそこまでの物でなくても良いのかしらね。子供が扱って大丈夫な、玩具みたいな物でも構わない、って事なのかしら。内容的には魔法が使えない事が前提な気がするし」


魔法が使えなくても良い、子供の玩具的な物。成程、それで危険が無い物なんだ。

知識の無い子供が不思議がる様な玩具、って事なのかな?

でもなら何で子供の玩具って書いてくれなかったんだろうか。そう書いてくれたら良いのに。


「・・・危なくない玩具・・・玩具かぁ・・・」


燃料無しで長期間光るランプとか、触るとちょっと痺れる箱とか、火を纏える衣とか?

今はちょっと材料が足りないけど、少し採取に行けば何とかなる物だとその辺かな。


あ、衝撃で小さな爆発と大きな音を出せる物とかなら、今すぐ作れるし材料も大量に有るね。

でもそんな物で良いのかな。子供の頃に道具を使って遊んだ覚えが殆ど無いから解らない。

・・・お人形遊びはライナとしたっけ。動く人形とか・・・これも材料が少し足りないけど。


「何も思いつかないの?」

「・・・思いついたけど、素材の理由で作れるものが限られてる、かな」

「あー、そうよね。前の蛙だって、あの大きさの奴はあれから出て来てないらしいものね」


あの時は依頼の事を考えていたし、二体も持ち帰れないから一体で諦めた。

今思うとせめて体内の素材だけでも持って帰れば良かったなぁ。

・・・いや、無理か。あんなに沢山人が話しかけてくる中で作業は出来ないし。


「・・・何を作るにしても、素材集めが必要だし、作る物決めてからの方が良いか」

「まあ出かける良い機会なんじゃないの。あんた殆ど家に籠りっきりだし」

「・・・かも、しれないね」


確かに最近余り狩りにも行ってないから、偶には実戦訓練もしておいた方が良いだろう。

だた「どれが良さそうか」というのは、私の判断よりもマスターに任せた方が良さそうかな。

私自身は危ない物のつもりは無いけど、子供に扱わせるとなるとどの程度が良いのか解らない。


「・・・取り敢えず、思いついた物をメモしておこう」


今すぐ作れそうな物、材料を採取すれば作れそうな物、材料が手に入るか解らない物。

その三項目に分けてメモを書き上げ、山精霊に持たせてリュナドさんの下へいく様に指示。

ただ丁度そのタイミングで料理が出来たので、指示した山精霊は絶望の表情を見せた。


「た、食べてからで良いよ」


流石に可愛そうだったのでそう言うと、泣き笑いの顔で料理に食らいつく山精霊。

食べ終わって満足した頃にはメモの事を忘れていて、もう一度言う羽目になってしまったけど。

・・・本当にノリで生きてるよなぁ、この子達。メモはちゃんと届けてね?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マスターへの報告は済んだので、今度は領主への報告にと領主館へ向かう。

ただ途中でふと「今回の対策を食堂の娘に話してないな」という事に気が付いた。


「あ、やっべ・・・これまた静かに怒られるんじゃないか?」


彼女は錬金術師を『普通の女性』として扱いたがる傾向が有る。

だけど今回の領主の考えは、そんな彼女とは真逆の事をやろうという話だ。

黙っていてもどうせ錬金術師経由で伝わるし、向こうから呼び出しが来るだろう。


「でもなぁ・・・こればっかりは色々難しい所だしなぁ・・・」


確かに大人しくして仕事だけをしていれば、評判の悪化は防げるかもしれない。

だけどその代わり、彼女にちょっかいを出す人間は消えないだろう。

そうなれば街中で問題を起こす回数が増え、錬金術師の評判の悪化に繋がるのは間違いない。


「せめて普段から笑顔でも振りまいてれば別だが・・・」


偶に見せる気の抜けた笑み。あれは彼女が怖い事を差し引いても可愛らしい笑顔だと思う。

あの愛想を街中では絶対に見せない以上、本人にだって問題は有るんだ。

もし普段から見せていれば、多少彼女が過激な行動をとっても影響は少ないのだから。


「うん、我ながらそれっぽい理由になった。今度の言い訳はこれで行こう」


あながち全部嘘じゃないし、流石にそこまで全部面倒は見切れない。

それはきっとライナだって解っているだろうし、そこまで俺を責めてはこないだろう。

少なくとも錬金術師に面倒が降りかからない為にも、街の治安を守る為にも。

まあ錬金術師の都合を若干無視した領主に対し何を思うかは俺の知った所ではない。


なんて結論を出しながらわざと人の多い通りを選び、目立ちながら領主館へ。

こうすると馬鹿な連中が絡んで来る問題も有るが、基本的に治安維持に繋がる。


俺の様子は傍から見れば、俺が精霊を従えて歩いている様にしか見えない。

そして街のあちこちに精霊が居るので、精霊の目に入れば俺の目に入ると思ってくれる。

つまり俺がのんびり街を歩くだけで、殆ど手間をかけずに治安を守れるという訳だ。


「あ、精霊使いのおじちゃん、サボりー?」

「またサボリか兄ちゃん」

「あんまり酒場ばかり行ってちゃ、うちの馬鹿旦那みたいになるよ」


ただなんというか、時々街の住民にあらぬ誤解を受けるのが悲しい。

いや、日中に酒場に行くのは仕事だから。あ、でもさっき酒飲んだから言い訳出来ない。

・・・武器も鎧も付けてないから仕方ないか。まあ、怖がられるよりは良いのかな。


「あ、あはは・・・」


愛想笑いをしつつ精霊達と一緒に手を振って、そのまま足を進める。

領主館に着くと何の確認も無く執務室に通された。最近は自分だけだとこんな感じだ。


「来たか、リュナド。で、どうだった」

「そうですね、こ――――」

『キャー』


そして領主に事の報告をしようとした所で、ひときわ大きい鳴き声が部屋に響く。

何事かと音の発生源を見ると、折り畳んだ紙を俺に突き出している精霊が居た。


「受け取れば、良いのか? これは・・・錬金術師の字、だな」


表面には『酒場の依頼に関しての相談です。どれが面白いですか』と書いてある。


「態々こんなメモを渡すなんて、何が――――」


折りたたまれた紙を開き、中身を見て固まった。

いや待て、何だこのびっくり道具一覧表。一瞬で落とし穴を作る道具とか何だこれ。

まだその辺りは良いとしても、下の方の項目が凶悪な武具一覧にしか見えない。


「どうした、リュナド。何か無茶な話でも来たのか?」

「・・・これを」


説明するより見せた方が早いと、領主にメモを手渡す。

すると領主は目の動きと共に肩がプルプルと震え、腕に力が入ってゆくのが解る。


「あ、あのクソ店主、錬金術師に何の依頼を渡した! 依頼主は戦争でもするつもりか!?」


・・・マスター、錬金術師に渡す依頼、今回間違えてない?

後これを『どれが面白いか』と言う錬金術師の感性が怖い。やっぱ俺あいつ怖い。

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