第88話、酒場の奥で話し合う錬金術師。

怖がられると思った。怒られると思った。叱られると思った。


――――――嫌われると、思った。


どう見ても人に迷惑をかけた。明らかにやり過ぎた。

色々と駄目な私でも、人の気持ちが良く理解出来ない私でもそれぐらいは解る。

あれだけの破壊を街中でして迷惑じゃない訳がない。だけど―――。


『助けてくれたんだよな。ありがとな』


だけど彼は、お礼を口にしてくれた。私を嫌がらないでくれた。気にしないと言ってくれた。

本心からの言葉なのかは解らない。私に人の本当の気持ちを探る事なんて出来ない。

世の中の本音と建前なんて全く解らない。だけどそれでも、彼の言葉を信じたいと思った。

アスバちゃんとリュナドさんは、きっと簡単には私を嫌わないと。


その事実が胸に染み渡ると、気持ちが落ち着いて行くのを自覚する。

怖くて堪らなかった気持ちが解けて消え、抱きつきたいぐらい嬉しい気持ちに変わるのを。


「―――――ひぅ」


ただ気持ちが落ち着くと、普段の私が戻って来る。人の目が怖い何時もの私が。

フードを深く被り直しながら周囲をちらりと確認すると、皆眉を寄せて小声で話していた。

私が顔を向けると視線を逸らし、だけど私が彼等を視認出来ない方向に顔を向けると、また視線を私に向けてひそひそと話し出す。


きっと責められている。きっと馬鹿にされている。きっと嫌がられている。

怖い。人の目が怖い。ここはお前の居る場所じゃないと言われるのが怖い。

逃げたい。自分の居て良い所に、居て許される所に逃げたい。


「ぁ・・・ぅ・・・」


だから一番近い所に、一番傍に在る許される所に、リュナドさんの袖に縋った。

彼の傍なら私はきっと大丈夫だ。彼が傍に居てくれるなら私は大丈夫だ。だから落ち着け。

そう自分に言い聞かせながら、彼の袖をぎゅっと握りながら深呼吸を繰り返す。


「お熱い事で。私は何を見せつけられてんのかしらね」

「いや、絶対そういう話じゃないから。そういうの無いから。つーか俺まだ割と混乱して処理しきれてないんだよ。呆然とした状態から無理矢理頭回してるから、余計な事言うの止めてくれ」


アスバちゃんがよく解らない事を言うが、リュナドさんが否定していたので違うんだろう。

取り敢えず今の私には、彼に隠れて少しでも心の平穏を保つ事が大事だ。


「はぁ・・・おい兄ちゃん、奥に来い。魔法使いの嬢ちゃんもだ」

「ああ、解った」

「え、私は何言われても謝らないしお金も出さないわよ。今回は私は本当に何も悪くないし」


マスターは溜息を吐きながら店の奥に来る様に言い、二人が向かうので私も素直について行く。店は一旦従業員に任せると指示を出したマスターは、私達を通路奥の部屋に誘導した。

部屋は事務室という感じで、棚と書類だらけだ。

マスターがソファに座る様に促したので、彼の対面に三人で座る。中央はリュナドさんだ。


「さて、兄ちゃん。まず俺がしたいのは今回の修理代の話じゃない。勿論修理代は請求させて貰うが、同じ事が起きたら面倒だからな。今後の対策の話をしておきたい」

「あー・・・今後は気を付ける、という事じゃ、駄目かな」

「・・・また同じ事をしないと、そう言えるのか?」


マスターが私に向けて問いかけて来たので、即座に首を横に振って返す。

さっきの行動はほぼ反射だ。やろうと思ってやった事じゃない。

なら、同じ事をしないなんて約束は私には出来ない。出来る訳が無いだろう。

・・・普通なら、きっとそんな事は無いんだろうな。自分が情けなくなる。


「あんた普段は物凄く静かなのに、動く時は過激よね。私でも店内であそこまでの火力は出さないわよ。あの威力で襲って来た相手以外に被害が一切出ていないのは流石だけど」

「おい、嬢ちゃん。俺の店を被害に数えろ。ホール側の天井が全部吹き飛んでるんだがな」

「店なんて直せば良いでしょ。無関係の人間には誰一人として被害が出てないんだから別に良いじゃない。店が一回二回壊れた程度で、あんたがセレスに文句を言えるつもり?」

「・・・嬢ちゃん、交渉が出来るのか出来ないのかさっぱり解らんな」

「事実を言ってるだけよ。街から錬金術師が消えて困るのはマスターでしょ。違うかしら?」

「はぁ・・・その通りだ。だから俺は別に今回の事を必要以上に責める気は無い」


え、あれ、マスターは怒って無いの? てっきり怒られると思ってたのに。


「ただ流石に何度も何度も店を壊されるのは困るし、もし俺の店以外の所で・・・街中でまた同じ事が起きたら兄ちゃんだって困るだろう。ならその対策はしておかないかって話だ」


あう・・・そ、そうだよね、やっぱり困るよね。

申し訳なさに眉が下がり、袖をぎゅっと握ってリュナドさんを見つめる。

彼は私の方をちらっと見ると、困った様な顔でマスターに顔を向けた。


「マスターの言い分は解る。解るが、彼女の反応はこの通りだ。なら俺達で対処を考えるべきだろう。そもそも今回の事だって元を正せば彼女が悪い訳じゃない。そうだろう?」

「実際そうよね。武器持って背後から奇襲って、殺されても文句言えないわよ」


あ、あう、なんでリュナドさんそんなに優しいの。何でそんなにあっさり私を助けてくれるの。

アスバちゃんも当然の様に彼の言葉に同意してくれるし。本当に、泣きそうなぐらい嬉しい。


「解ってる。俺だって解っている。ただ対策を考える必要が有るだろうと提案をしたいだけだ。敵に回したい訳じゃない。はぁ・・・領主にこの事を話す日を作れと伝えておいてくれ」

「解った。という事で・・・セレス、それで良い、よな?」


二人が庇ってくれる事が嬉しくて、泣きそうで声が出せない。

だけどここで泣いたら心配させてしまうと思う。頑張れ。我慢だ。

泣くのを堪える為に体に力を入れて息を吐く。そしてゆっくりと力を抜き、彼に頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


店の奥の部屋に行く間、というか部屋のソファ座ってからも錬金術師に袖を握られている。

意図が良く解らないが、そこを気にするのは一旦止めよう。

まだ頭が混乱したまま過ぎる。先ずは落ち着かないと碌な話し合いにならない。


自分で今の自分がおかしいのは自覚してるんだよ。多分驚き過ぎて驚いてないんだと思う。

うん、我ながら支離滅裂だな。混乱の極みだと言う他ない。

だって良く考えろ、背後でいきなりあの爆発って、混乱するのが普通だろう。


・・・あ、今更じわじわ実感して来た。あの破壊跡が傍に在った恐怖が沸き上がって来た。

こっわ。何あれこっわ。人間一人が跡形も無くなってたじゃん。

吹き飛ぶとかそういうレベルじゃなくて消滅してんじゃん。

相手が悪かったとはいえ容赦が無さ過ぎるだろ。怖すぎるわ。ちょっと手加減してくれよ。


ああでも俺を守る為だったんだっけ。そう考えると俺が怖がるのも文句言うのもおかしいのか。

襲って来た奴以外は誰も怪我してないし・・・いやそれでも怖い。そこを誤魔化すの無理だ。


何でアスバはそんな平然としてられるんだ。つーか何で俺はお前らに挟まれてんの。

今更気が付いたわ。待って何これ。もしかして袖握られてるのって逃げない様に?

あ、何か袖を握る力が段々強くなってる。待って待って破れる。ああもう全然落ち着かねえ!


「さて、兄ちゃん。まず俺がしたいのは今回の修理代の話じゃない。勿論修理代は請求させて貰うが、同じ事が起きたら面倒だからな。今後の対策の話をしておきたい」


いやマスター、あんた流石に冷静過ぎないか。それとも俺と同じで混乱してるのだろうか。

それに対策と言われても、今の俺の頭で良い対策なんて思いつかない。

というか、錬金術師に今後はもう少し気を付けて貰うのでは駄目なんだろうか。


混乱しながらもそう思い提案したが、彼女はマスターの確認に即座に首を横に振った。

そうかー、駄目かー。許してお願い。何か有る度に街が吹き飛ぶとか勘弁してくれ。

というかだな、マスターが話しかけた辺りから袖が少し破けつつあるんだが。怖いんだが。


「無関係の人間には誰一人として被害が出てないんだから良いじゃない」


ただマスターと違い、アスバはセレスに肯定的だった。

確かに怪我人は出てないし、店は直せば良いし、彼女が消えて困るのはマスターと領主だ。

特にマスターは貴族とも仕事をしているし、そこに錬金術師の薬が絡んでるしな。


いや、彼女の道具は既に街の環境の一部と言って良い程に、当たり前に存在している。

きっと彼女が消えたら困るのは『この街』だ。誰か一人が困るなんて事じゃ済まないな。

まだ山を拓く前ぐらいの頃であれば、彼女が消えても前の街に戻るだけだっただろう。

だけど今この街は、彼女が居なければ成立しない。彼女が消えればきっと街は混乱する。


それを考えれば対策を取るべきは彼女ではなく、きっと彼女に頼る側の仕事なんだろう。

・・・つまり俺の仕事じゃん。ああもうこういう事が無い様に一緒に酒場に来てたのにさぁ!


「ただ流石に何度も何度も店を壊されるのは困るし、もし俺の店以外の所で・・・街中でまた同じ事が起きたら兄ちゃんだって困るだろう。ならその対策はしておかないかって話だ」


いやそれは勿論解るしその通りだけどさ、多分隣の錬金術師様が不機嫌になってるんで待って。

そっちからは見えないんだろうけど、彼女物凄い形相で俺を睨んでるから。

何で私が気にしないといけないのかって感じだから、ちょっと待ってくれ。本当に怖いから。


「マスターの言い分は解る。解るが、彼女の反応はこの通りだ。なら俺達で対処を考えるべきだろう。そもそも今回の事だって元を正せば彼女が悪い訳じゃない。そうだろう?」


強く握られ過ぎて若干破けている袖を見せながら、彼女の様子をしっかり見る様に告げる。

そこでマスターはフードの奥の表情が少し見えたのか、引き攣った笑顔を見せた。

どうやらやっと『マスターの言葉に対し彼女が怒りを見せている』と気が付いてくれた様だ。


「解ってる。俺だって解っている。ただ対策を考える必要が有るだろうと提案をしたいだけだ。敵に回したい訳じゃない。はぁ・・・領主にこの事を話す日を作れと伝えておいてくれ」


マスターも錬金術師の実力は知っているし、敵に苛烈な攻撃をする所をさっき見たばかりだ。

珍しく見て解る程に怯え、この場で話を続ける事と責任を錬金術師に求める事を完全に止めた。

取り敢えず領主に責任を投げる気の様だ。それは回り回って俺にも降りかかるんだけどな。


とはいえ現状それ以上の良い手が浮かばないし、全員一旦冷静になる時間が必要だろう。

そう結論が出たのでセレスに確認すると、物凄く力の入った深い溜息の後に手の力が緩んだ。

頷いた後は眉間の皺が減っていたので、とりあえずは納得してくれたんだろう。


・・・まだ何にも解決してないけどな。本当にどうしよう、これ。

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