第89話、対策を待つ錬金術師。

酒場での話を終えて家に帰り、いつもの様にライナの店に夕食を食べに来た。

ただ今日は笑顔で歓迎という様子ではなく、少し困った様な顔で迎えられてしまった。


「セレス、聞いたわよ。酒場でやらかしたんだって?」

「あ、あう、そ、その、えっと、ご、ごめんなさい」


ライナは誰からか酒場の事を聞いていたらしい。

思わず反射的に謝ると、彼女は大きな溜息を吐いて困った様に笑った。


「私に謝ったって仕方ないでしょ。謝る相手はその場に居た人達よ。ちゃんと謝ったの?」

「あ・・・え・・・と・・・」


どうだっけ・・・そういえばマスターにも謝ってない、様な・・・。

あ、でも今回の事は責める気は無いって言ってたし、大丈夫、かな。


「その様子だと謝ってないわね。マスターがどう言ったのかは知らないけど、悪い事したと思ったから私に謝ったんでしょ。ならマスターにも『ごめんなさい』だけでも言いなさいよ?」

「あう・・・ごめん、なさい・・・」

「ふふっ、だから私に謝っても仕方ないでしょ。取り敢えず続きは食事をしてからにしましょ。お茶を用意するから座っていて」

「う、うん・・・」


言われた通り席に座り、用意して貰ったお茶をちびちび飲みつつ空腹を誤魔化す。

暫く待って出てきた料理を精霊達と平らげて、一息吐いた所で私から訊ねた。


「ラ、ライナは、何処まで、聞いてるの?」

「んー・・・セレスが心配しているのは、人を殺した事を私が叱らないのか、って所かしら?」


あ、う、やっぱり、知ってたんだ。何、言われるんだろう。し、叱られるんだろうな・・・。


「一応詳しい事情をマスターとリュナドさんから、後はアスバちゃんにも夕食を食べに来た際に聞いているわ。だから私としてはそこを責める気は無いの。人の命を軽く見るつもりじゃないけど、私にとって見ず知らずの人と友人なら、友人の方が大事だもの」

「お、怒って、ないの?」

「怒ってはいないわ。だってセレスは『やり過ぎた』って解っているから、私に怒られると思っているんでしょう? 解っているなら良いの。ただ他の無関係な人に迷惑をかけてしまった事は事実だから、そこは反省してね」

「う、うん・・・ごめんなさい」


よ、良かった。叱られはしたけど、怒ってはいないみたい。

でもそうだよね。マスター達は良いって言ってくれたけど、やっぱり迷惑はかけてたんだよね。


「でもこれで、また遠のいたなぁ・・・」

「え、な、何が遠のいたの、ライナ」

「んーん、こっちの話。それに私には、今回の事を叱れる立場に無いもの。セレスがそういう子だって知ってるから、そういう子だから私達は友達になれてしまった訳だし」

「え、そういう子って、どういう子?」

「そうね・・・先ずセレスは今回、無関係の人が怪我しない様にしていた、ってアスバちゃんから聞いているわ。私には魔法の事は良く解らないけど、それはセレスが周りへの被害にちゃんと目を向けていたって事よね?」

「そ、それは、一応、結果的に、そう、だけど・・・」


でもそれは、もう少しで手遅れになる所だったと思う。

あの一瞬は頭が真っ白になって、目の前の敵をただ倒す事だけしか考えていなかった。

正気に戻るのがもう少し遅ければ、きっとアスバちゃん以外は誰も防御出来ていない。


いや、私が防御するからリュナドさんは多分助かっただろうけど、それだけだ。

私達以外は全員死ぬところだった。私が殺す所だった。

そう思って俯く私の額にライナの指が触れ、グイっと顔を上げさせられた。

不安な気持ちで見つめた彼女の顔は、優しい微笑みを見せている。


「大事な事になると反射的に動いてしまうのはセレスの悪い癖だけど、良い癖でもあると私は思うわ。リュナドさんを・・・助けたかったんでしょ?」

「・・・うん。彼が、傷つけられると思ったら、頭が真っ白になった」


昔、似た様な事が何度か有った。そしてその度に私の周りから人が消えた。

たった一人。今私の目の前に居る親友を除いて。


「誰かを守る為にやった事を、それ自体を責めたりなんてしない。勿論セレスに人殺しなんてして欲しくないけど・・・それは私がして欲しくないってだけ。貴女が一方的に襲った訳じゃないのに、私が責める訳が無いわ。安心しなさい」

「うん・・・ありがとう・・・」


そしてその親友は、今も昔と変わらずに優しい。

はっきり言って貰えないと解らない私に、ちゃんと理解出来る様に言ってくれた。


「でも街中で危ない魔法を使った事は叱ります。ああでもこれもやり過ぎたって話の内に入るのかしら。でも実際街の人はかなり驚いたと思うし、気を付けなさいね?」

「あ、う、ご、ごめんなさい」


でもやっぱり叱られてしまった。そうだよね、そこは叱られるよね・・・。

魔法石で戦闘をする様になってからは初めてだったから、準備をしてなかった私が悪い。

・・・今度指定範囲内に力を閉じ込める部類の結界石を作っておこう。


「ん、反省しなさい」

「うん・・・」


少し強めの声音で言われてしまい、俯きながら彼女に頷き返す。

だけどそれでも彼女の注意は怖くない。

いや、違う。怖いけど嬉しい。彼女が叱ってくれるのは嬉しい。だって私の為だから。


リュナドさんの事は好きだ。この街で最初に出来た大事な友達だと思っている。

あの人はとても優しくて、とても頼りになって・・・傍に居ると安心する人だ。


アスバちゃんの事は尊敬している。あの子はとても強い。ただひたすらに強い。

彼女の強さはとても眩しくて、私が傍に居てもきっと何にも問題無いと感じる。


だけど、ライナは違う。彼女は普通の人で、普通の女性だ。

彼女は私に怒る。私を叱る。私に呆れる。私の言動を嫌がる時も有る。

それでも、彼女は私の傍に居てくれる。だから誰よりも安心出来て、信頼している。

駄目な私の駄目な所を駄目と言って傍に寄って来てくれる。私を想って注意してくれる人。


だから彼女だけは、ライナだけは本物の特別だ。私の大好きな、親友。


「ライナは絶対、私の為に言ってくれるもんね」


私の親友は私に隠し事をする。私の性格を知った上で読み取れない事を言う時も有る。

何時だって私に解る様に、なんて訳じゃない。さっきだって私に解らない話が少し有った。

それでも彼女がそうするという事は、そうした方が良いと思っているからだ。


少なくとも私はそう信じているし、そう信じて救われた事しかない。

そんな親友に本気で嫌われない様に、注意された事は出来る限りは気を付けたい。


「ありがとう、大好き」

「・・・ん、ありがとう、セレス」


だから、好意を告げると時々見せる目を伏せた笑みに、私は何も言及はしない。

私にはその意味が解らないから。それは嘘でも誤魔化しでもなく本当で、そしてそれで良い。

彼女の言葉は私にとって全て真実で、彼女の存在は一番の安らぎなのだから。


―――――もし彼女が私を嫌っても、私は彼女の事が最後まで大好きだ。それで、良い。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


先日の錬金術師の酒場爆破事件の後、数日後に領主館の一室に三人の男が集まる。

一人は領主。一人は酒場のマスター。最後に錬金術師の御守役の精霊使い。つまり俺だ。

まあ精霊も居るから正確には三人じゃないけど。人間は三人しか居ない。

話し合う内容は当然今後の錬金術師に降りかかる問題の対策・・・のはずだ。


「なーんで、俺が貴様の店の修理代なんぞ出さねばいかんのだ!」

「お前の所のお抱え錬金術師が爆破したからだろうが!」

「そんな物、俺の指示でした訳じゃない! 大体貴様は錬金術師の仕事に関して、最低限以外に口を出すなとぬかしていた癖に、損害が出るとこっちに振って来るとは恥を知れ!」

「その最低限の部分を譲歩してやった事を考えろ! 元々貴様が錬金術師と交渉のテーブルに着く為の手筈を整えたのは誰か、忘れた訳じゃないだろう!」


何で喧嘩が始まってるんですかね。俺完全に蚊帳の外だし。いや、巻き込まれるのも嫌だけど。

俺としては早めに対策の話をしたいんだけど、全然話が進む様子が無いので困っている。


・・・目茶苦茶怒ってたよなぁ、あの時の錬金術師。

初めて会った時から想定していたけど、敵対者に対し容赦が無いよな、あいつ。

一緒に魔獣退治に向かう様になった後も、魔獣への攻撃はえげつなかったし。

素材が必要な場合とそうじゃない場合で、攻撃のえぐさが違うんだよな・・・。


「はぁ・・・はぁ・・・く、口のへらん奴め・・・!」

「はぁ・・・はぁ・・・これでも面倒な連中相手にずっと店構えて来たんでな・・・!」


二人共疲弊して口論が止まった様だ。何も話が進んでないのに。


「はぁ・・・大体、御守役が守られてどうする。錬金術師を守る為の噂の『精霊使い殿』じゃなかったのか。その為に意図的に『精霊使い殿』の偉業の噂を流したというのに」


あ、何か俺に飛び火して来た。待ってマスター。俺だってサボってた訳じゃないし。

ちゃんと役目を全うする為に、一番面倒そうな奴の前に立ってったんだって。


「無茶を言うな。彼とて守る為ならば動いただろうが、事情が違うだろう。彼に対する攻撃に、錬金術師が反応したと聞いているぞ。精霊よりも早くとな。それは常人には無理な話だ」


お、意外。俺が何かを言う前に領主が庇ってくれた。

実際精霊より速い反応で動かれたら、俺には絶対に対処出来ない。


「それもそうか。確かに酷な話だな・・・そういえばさっきから一言も喋っていないが、兄ちゃんは何か言いたい事は無いのか?」

「そうだな、リュナド。何時までも黙ってないで何か出せ」


いや、何で俺が黙ってた事を咎められないといけないのか。

さっきからずっと二人が口喧嘩していたから、俺が口を挟む隙が無かったんじゃないか。

まあ良いや。一応考えていた事は有るし伝えておこうか。


「街の安全だけを考えるなら、酒場の依頼を錬金術師が受けに行くのではなく、錬金術師の下へ持って行く方が安全かと。そもそも現状は彼女にしか任せない仕事も沢山有るはずです。それを彼女が来た時に仕事を与えてやる体だった以上、今回の損害はマスターにも責任が有るかと」

「・・・確かにそうだな。以前と違い、今は彼女を名指しで頼む依頼が多い。今後は緊急の依頼以外も、こちらから頼みに行く事にしよう。それで良いか?」


お、やった。案外素直にマスターが折れた。いや、マスターが単に領主の事を嫌いなだけかな。


「だが、だ。それだけでは駄目だろう。確かにそれで酒場では問題は起きなくなる。だがこのまま放置すれば、また街のどこかで同じ事が起こるぞ。その対策はどうする気だ」

「あー・・・それは・・・」


いくら俺が傍に居ても、今回の様に俺より先に反応されたらどうしようもない。

というか今回俺が弱いから助けられた形で、錬金術師に意見して気を付けて貰う事も出来ない。

そもそも本人が気をつける気が無いってマスターに返してたしなぁ。

対策らしい対策は思いつけないなぁと悩んでいると、領主がニヤリと笑って口を開いた。


「そこに関しては考えがある。今回の件が起きた理由は、とにかく『精霊使い』を倒せば良いと思われていたせいだと、俺は思っている。つまりは錬金術師への危険認識が薄れているのだ」

「・・・言われてみればそうかもしれないな。魔法使いの嬢ちゃんと精霊使いの隊長様の危険は良く語っているのを聞くが、最近は錬金術師の戦闘面の噂が減っている傾向が有る」


確かに、俺をどうにかすれば錬金術師に言う事を聞かせられる、みたいな反応は多かった。

元々街に居た人間からすれば馬鹿な話だが、最近街に来た人間ならそうでもないかもしれない。


錬金術師の強さで安全性を示していた時期もあったが、今はそんな事は無い。

むしろ錬金術師の作る『道具』が、街の安全を確保していると思われているだろう。

最近は強力な魔獣が出てきても殆どアスバが対処するのも原因だろうな。


「ならば、こうなった以上、もう一度見せてやれば良い。あの女という化け物の恐怖をな」


・・・え、領主様、何その結論。物凄く嫌な予感しかしないんですけど。

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