第87話、友達の為に友達を怖がる錬金術師。

リュナドさんとアスバちゃんが店から出ようとしたので、慌てて二人について行く。

だけど丁度同じタイミングでお客さんが入って来て、入り口を塞がれてしまった。

皆大きくて怖そうな顔の男の人だったので、ほぼ反射的にリュナドさんの背中に隠れる。


ただそこで彼らはリュナドさんに余り良いとは思えない表情と言葉を向けた。

対するリュナドさんも少し不機嫌そうで、いつもの様な優しげな雰囲気が消えている。

何だか喧嘩が始まりそうな緊張感におろおろしていたけど、何故か楽しそうなアスバちゃんの笑顔で少しだけ気が紛れ―――――。


「――――――」


視界の端に、刃物が、見えた。誰からも見えている位置の武器ではなく、懐に仕込んだナイフ。

出入り口に居る男性の声で近づいて来た男が、その刃物を、リュナドさんに向けるのが。

リュナドさんの背中に、刃物が、迫る。友達が、刺される。


――――――私の友達が、殺される。


次の瞬間には懐からナイフを引き抜き、その腕を切り落として弾いていた。

ただ切り落とすだけではリュナドさんに当たるからと、頭は変に冷静に動いている。

精霊が動いているのは見えていたし解っていたが、意識よりも体が先に動いていた。


「ぎゃぁああああ!」


何時もの『私』に戻ったのは、おそらくその悲鳴が耳に入った瞬間。

だけどその時既に男の体を蹴って突き放し、魔法石を放った後だった。

放たれた魔法石は爆弾代わりに使う爆発系。

その上魔法石が単一ではなく水晶化し、更には指向性を一切持たせていない。


このままだと全方位に衝撃を放ち、酒場どころかこの区画が全て吹き飛ぶ。

いや、違う。ここに居る人が、周辺に居る人が、アスバちゃんと私以外全員が死ぬ。


「―――――っ」


焦りつつも冷静に結界石を手にし、魔力を通して周囲にばら撒く様に投げる。

結界同士を繋ぎ合わせて水晶の周囲を囲み、防御と同時に衝撃を上に逸らそうと。


出来れば完全に抑え込みたいけれど、そうするには結界を裏返す必要が有る。

このタイミングではもう間に合わない。おそらく構築途中に爆発する。これが精一杯だ。

むしろ幸いは『制御の甘い複数の魔法石による魔法』のおかげで防御が間に合ったと言える。

そしてその通りとでも言う様に、結界が発動するのと爆発が酒場を襲うのは、ほぼ同時だった。


轟音と光が酒場を支配し、近距離過ぎたせいで自分も目を開けていられない。

光が収まり状況を確認すると、爆発中心部の床は大きく抉れ、天井は完全に無くなっていた。

そして何よりも、先程の男は、肉片すら残っていない。


いや、一つだけ残っている。武器を握っていた腕だけが、私の足元に落ちていた。


――――――やって、しまった。


友達を守る為とはいえ、気が付いたら全力で攻撃していた。

止めるだけなら腕を斬る必要すらなかったのに。あの程度なら簡単に組み伏せられたのに。

周囲への被害が完全に頭から飛び、危うく無関係な人を大量に殺す所だった。

自分の大事な人を助ける為に、ただそれ以外の事が吹き飛んでいた。


――――――目が、怖い。


周囲の人が、自分をどういう目で見ているのか、それを確認するのが怖い。

どういう感情を持っているのか、確認するのがとても怖い。

解らなくても、解る物がある。知っている眼が有る。いや、彼等よりも。


――――――リュナドさんとアスバちゃんが、どう思うだろうか。


それが怖くて、視線を動かせない。二人の様子を見る事が出来ない。

呼吸が辛い。怖くて息がしにくい。肩が震える。


「はぁ・・・馬鹿が」


リュナドさんの低い言葉に、思わずびくっと震える。


「ホント、馬鹿ね」


二人共、声音が、違う。何時もの様子とはまるで違う。

何度も聞いた覚えの有る声音だ。落胆や蔑みの時に聞く声音だ。やだ、聞きたくない。

思わず両手に力が入り、嗚咽が漏れる。手に持つナイフの軋む音がする。


「ひ、ひぃいぃぃいい!」

「ば、化け物・・・!」

「まっ、あにっ、置いてかねえでくえれよ!」


私が吹き飛ばした男の仲間が逃げて行ったんだろう。

何時もなら気になるその声も言葉も、今の私には何も気にならない。

私が今一番に怖いのは、友達二人が離れて行く事。それが吐き気がする程に苦しい。


―――――人を殺した事よりも、大量に殺したかもしれない事よりも、私にとっては大事な事。


ああ・・・本当に私は、私の事しか、考えていない。

解っている。私がおかしいのは知っている。だけど、私は私を変えられない。

変えられるなら、こんな失敗していない。


「いつまでその状態で居るつもりよ、セレス。もう終わった事にいつまでも唸ってても仕方ないでしょ。それよりも今はする事が有るんじゃないの」


だから、そんな何でもない、何時も通りの声を掛けられるなんて、全然思ってなかった。

たったそれだけの事が、余計に泣きそうなぐらい嬉しいなんて・・・私は何て単純なんだろう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


不自然な形で吹き飛んだ床と、跡形もなくなった天井。

中心地に居た男は跡形もなく、錬金術師は息を荒くしながら破壊跡を見つめている。

誰もが驚き固まり、錬金術師を凝視している。

彼女の肩が上下し、吐く息は震え、明らかに怒りの様子を見せている様を。


「ふぅー・・・! ふぅー・・・!」


さて、正直言って状況が良く解っていない。今の俺は物凄く驚いていて頭が回っていない。

ただそれでも意外と冷静なのは慣れだろうか。驚き過ぎているだけだろうか。

取り敢えず俺が解っている事は、多分背後に居た男を錬金術師が吹き飛ばしたという事だけだ。


まさかこいつに手を出そうとしたんだろうか。だとしたら相当の馬鹿だ。

というか馬鹿すぎて面倒臭い。何考えてんだ。


「はぁ・・・馬鹿が」

「ホント、馬鹿ね」


溜め息と共に漏れた言葉は、隣に居るアスバも同じく思った事の様だ。

呆れた顔で破壊跡を見て、俺と同じタイミングで男達に視線を向けた。


ただ背後からは錬金術師の唸るような声が聞こえ、やる気満々過ぎて俺が怖い。

腕に力がどれだけ入っているのか、ナイフを握る手からはミシミシと音が鳴っている。

ナイフのグリップが鳴るって、どういう握力してるんだこいつ。


俺達の視線と錬金術師の唸り声に、兄貴分の男が正気に戻った様だ。

とは言っても呆けていたのが恐怖に変わった訳で、それを正気と言って良いのかは怪しいか。

そしてそのまま男どもは恐怖で逃げて行った。まあ当然だろう。これで向かって来たら凄い。


「・・・さて」


残ったのはまだ怒りの収まらない様子の錬金術師と、血の気の引いた客達。

そして吹き飛んだ店に頭を抱えるマスターと、この後始末をどうするか悩む俺だ。

アスバは除外だ。この状況でコイツの事なんか気にしてられるか。


『キャー』

「え、そうなのか?」


後ろに居た奴が俺を刺そうとしてたらしく、精霊よりも先に彼女が動いたらしい。

武器を持つ腕を切り落として弾いた上で、襲撃者を吹き飛ばしたと。

てことはこれ、俺を守ろうとしての被害なのか。何それ困る。どう反応したら良いんだ。


てっきり彼女自身が襲われて、だからこそ切れたと思ってたのに。

じゃあ何で未だに怒りが収まらない様子なんだ。ていうか何に怒ってんの。

・・・え、まさか俺を襲った事に怒ってるのか?


「いつまでその状態で居るつもりよ、セレス。もう終わった事にいつまでも唸ってても仕方ないでしょ。それよりも今はする事が有るんじゃないの」

「――――――っ、する、事?」


誰も声をかけられない中、だけどアスバだけは何時も通り声をかけに行く。

そこで錬金術師は初めて周りに意識を向けた様に見えた。


「修理代の話よ、修理代の。もう修理とかそういうレベルの破壊じゃないけど。ほら、マスターが頭を抱えているし、謝っておいた方が良いんじゃないの?」

「・・・アスバちゃんは、気にしてないの?」

「私が何を気にしろって言うのよ。言っとくけど今回私はまだ何もしてないからね。私悪くないから。というか、リュナドは何時まで呆けてんのよ。後始末はあんたの仕事でしょうが」

「え、あ、ああ、そう、だな」


余りにも通常運転のアスバに感動すら覚えつつ、錬金術師に顔を向ける。

確かにアスバの言う通り、先ずは酒場の修理の話からしなきゃいけないだろう。


「あー・・・セレス、そろそろ落ち着かないか? 取り敢えず依頼の品を渡すついでに、この後始末の話もマスターを交えてしたいんだが」

「・・・リュナドさんは、良いの?」


良いのって、何の話なのか解らんのだが。むしろ良いのかどうかを聞いてるのはこっちな訳で。

・・・もしかして攻撃されたのが俺だから、俺が怒ってないのかって話か。


いや、俺はお前らと違って背後からの攻撃とか、死角からの攻撃とか簡単に防げないからな。

普段から後ろは精霊に完全に任せてるし、そんなにいつも背後を警戒してられねえって。

だからさっきのは攻撃された自覚が無いし、気が付いたら終わってたとしか言い様がない。


「いや、その、俺は何も気にしてないんだが・・・気にする様な理由もないというか、色々追いつけてないというか・・・あ、でも、助けてくれたんだよな、これ。驚きが先に来て礼を言いそびれてた。ありがとな」

「そう・・・なん・・・だ・・・」


何処か気の抜けた様な、珍しく少し呆けた様な声で、彼女は納得してくれた。

むしろ俺が気になるのは修理代の行方と、マスターの文句と、錬金術師の噂の悪化だしな。

幾ら相手が武器抜いた悪漢とはいえ、これはやり過ぎだよなぁ・・・。

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